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謝罪と謝罪(4)


「何も知らなかったから、と貴女を侮辱したことも、貴女の人生に傷をつけたことも許されていいことじゃない。ここまで謝罪の場を設けられなかったのには外部的な要因もあるが、俺はそれを押し除けてでもここに来るべきだったんだ」

「そのような、押し除けてまでとは…」

「いいや、俺は無理を通すべきだったんだ。先ほどのフレーメン王太子殿下を見れば貴女の血反吐がどんなものだったのかはっきりとわかる。俺はそれだけのことを何度も侮辱して来たんだ。同じように努力を重ねるオデッサのことをずっと見て来たのに」

「リヒター様…」


 口を挟むまいと黙っていたオデッサが思わずリヒターの名を溢す。それだけリリーナと同じようにオデッサもまたリヒターの姿に驚いていた。

 如何にまだリヒターの王位継承権が確立していなかったとしても、王族が他国に行くとなれば話は自然と大きくなる。この件に関しては内々で済ませたいというのがそもそもフレーメン側の希望でもあった故に、そういった大事にするわけにはいかずここまでリヒターたちは謝罪の場を設けられなかった、というのは確かに実情だ。


 だがそこで状況に甘えていたのだとリヒターは思い直す。自分がリリーナのことを侮辱するということは、オデッサのことさえも侮辱していたことになると理解したからである。

 リリーナの冤罪が晴れたあの日オデッサはリヒターに別れを切り出し、慌てた彼の長い交渉と二つの約束をすることでなんとかオデッサはリヒターの元に残ると頷いてくれた。


 そして帰って来てからの彼女はまるで人が変わったかのように“淑女”として必要なものを必死になって身につけるようになって、リヒターは確かにその姿を見て、そして自分なりに支えてきたはずなのに。

 リリーナもその苦しい思いをしていたとは知らずに自分は彼女を否定し続けてきた。それはオデッサのこれまでを否定することでもある。こうしてまたリリーナに償わなくてはいけないことが増えた。


 もっと早くに彼女の裏側に気づいていれば、せめて隣にいるのだからと、彼女に寄り添っていればこんなことにはならなかったのに。

 自分は本当に逃げてばかりだ。


「本当に、本当に申し訳なかった。口だけの言葉なんて信じられないと思うが、謝らないのは別のことだ、許すかどうかも貴女の決めることだが、それでも申し訳なかった」

「…」


 頭を下げ続けるリヒターに驚き未だ言葉を失っているリリーナではあるが、彼が訴える一つ一つの言葉に冷静さを取り戻していく。そしてリリーナは内心で一呼吸置いてから頭を下げ続けるリヒターに向き直った。


「頭を上げてくださいませ、王子殿下」

「…わかった」


 リリーナの言葉を合図にゆっくりと上がっていくリヒターの顔から影が取れて、その表情が周囲の視界に入る。彼の表情から読み取れる申し訳なさや悔しさ、そして強い後悔は確かに本心を思わせて、リリーナは先ほどの彼の謝罪は本心だったのだと改めて感じた。

 ならば、自分も真剣に向き合わなくては。


「まずは心からの謝罪、ありがとうございます。貴方からその言葉が聞けること自体が奇跡だと思っていましたから…今、貴方が本心から謝ってくださっていることに感謝いたししますわ」


 静かな感謝の言葉に、自らも静かに会釈を返す。だがリリーナの言葉を邪魔しないようそれに止めた。


「そして私は最初に申した発言を撤回し、私自身の本当の思いをお伝えしたいと思います」

「…あぁ」


 リリーナの言葉に、リヒターの表情がさらに引き締まる。先ほどまでと違い、今度は嫌味であろうが受け入れようというように。


「まず最初に、私は貴方を『許す』と発言したことを撤回いたしますわ。ずっと許すと言い続けてこれ以上掘り返されなければそれでいいと思っていましたが…貴方が本当に私に償いたいと仰るのであれば、私はまだ貴方を許すべきではありません」

「…わかった」

「ですから…」


 そこで、リリーナは一つ小さな深呼吸をしてリヒターの目を真っ直ぐと見る。彼女が映す彼の瞳はやはり少し暗く、だがリリーナへの誠意を示したいと願うようにこちらを真っ直ぐに見ていた。

 そんな彼の瞳に、リリーナは優しく微笑みかける。


「ですから、私が『許そう』と思える方になってくださいませ。それは正しい道を歩み、必要な努力を重ね、隣にいる大切な方を幸せにすることですわ。以上が私の答えです」

「…!」


 リヒターはそこで大きく驚きに表情を崩す。そして自分を見つめる優しい笑みに罪人は堪えるように目を閉じ、たった一言を必死に絞り出した。


「…っ、ありがとう」


 その声は震えていて、だが泣くまいと必死に己を律している。その姿を見たリリーナは感情を整理するようにディードリヒを見上げ、彼は彼女にリリーナの優しさに少し呆れつつもその判断に彼女の髪を撫でて肯定した。


「リリーナ様」


 と、そこで鈴の声音が聞こえてくる。その声に反応したリリーナが顔を向けると、今度はオデッサが頭を下げていた。


「私からもありがとうございます。リヒター様にチャンスをくださって」

「そのように大層なものではありませんわ、顔を上げなさい」


 リリーナの言葉にオデッサは静かに顔を上げる。しかしその目元は少しばかり涙ぐんでいた。


「いいえ、リリーナ様はとても優しい言葉をかけてくださいました。本当に感謝しています」

「王子殿下を私が許すかは今後次第ですわ。この話はここで終わりにして次に向かいましょう」

「次、ですか?」

「えぇ、まずは全員座り直しましょう。話はそれからですわ」


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