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裏切り者の告白(3)


「お答えになっていただけませんこと?」


 信じられない、と言う感情が乗った声音は淡々とディードリヒに質問を投げつける。しかしディードリヒは沈黙を貫き、その姿を見たリリーナは、


「うぐぁ!?」


 ディードリヒの足の先をヒールの先端で思い切り踏みつけた。


「…お答えいただけますわよね?」

「゛いっ…いや、その、本当に証拠が見つからなくてあだだだだだだ!」

「ミソラの報告がおかしいと気づかない貴方ではないでしょう! もしかしなくとも“都合が良いから”と調査を放棄しましたわね!?」


 ぐりぐりと押し付けるように細いヒールの先端がディードリヒの親指の真上に突き刺さる。激しく呻く彼を見ながら憤慨するリリーナを見たミソラは、ディードリヒが何故自分にオデッサのことに対して深掘りをしてこなかったのか察しがついていた故に同情もできず冷めた視線を送っていた。


「人が一人死んで! さらにもう一人死にかかっていたんですわよ!? それなのに貴方という人は!」

「そんなことわかってても僕は君しかあだだだだだっ!」

「もっと道徳心というものを覚えなさい貴方は! ミソラが適切な処置をしていなければもっと大事になっていたんですわよ!」

「そっ…れはぁ…っ、リリーナ以外には、適用、されな゛ぁっだだだだ!」

「私のヒールを受け入れているのですから多少の罪悪感程度はあるのでしょう!? わかっているのでしたら私に言うことがあるのではなくて!?」


 憤慨に憤慨を重ねるリリーナ。今やディードリヒの左親指は突き刺すようなヒールの圧迫に骨が折れるのではないかと言うほどの激痛を訴えているが、彼女はそれでも容赦なく踏み潰す。

 しかしリリーナの言う通り、彼女が自分の指先を踏み潰すヒールを避けなかったのはディードリヒだ。彼であればこの話でリリーナが何に勘付くかなどわかっていようものなのだが、逃げもせず彼女からの制裁を素直に受け入れているだけ反省の意思があると言えるもの。これも彼の成長…なのかもしれない。


「ぐぅ…ご、ごめんリリーナ、君を騙すようなことをして…君がマイヤー嬢のことについて詳しくは知らなかったみたいだからいけるとおも…っだだだだ!」

「騙す“ようなこと”ではなくて“騙した”のでしょう? 私はあの時貴方の発言を信じていましたのよ?」

「でも嘘も言ってないよ…証言は彼女からしかなくて、リリーナっぽい人影が走っていくのを見たって証言は出てたけど決定的な証拠があったわけじゃなかったし」

「ミソラの発言から考えるにそこは本当なのでしょう。ですが私が怒っているのは、貴方のそういった状況を利用して見て見ぬふりをすれば都合よく物事が進むと確信して行動している部分を指しているのです!」

「う…」


 リリーナの言葉にディードリヒも思うところがあるようだ。やはり彼なりに反省はしているらしいと思うと、ミソラはやや意外なものを見たような気持ちになる。


「全く…今回のことは絶対に、彼女に謝罪してくださいませ!」

「それは勿論させてもらうよ。証拠がこうして出てきた以上説得力もあるだろうし」

「もう…こういったことをされてしまいますと素直に傷つきますからやめてくださいませ。貴方が容易に他人を傷つける様は見たくありません」

「あ…ごめん」


 落ち込むリリーナに対して漸く自分が何をしたのかを彼は理解できたのかも知れない。ショックを隠せないまま素直に謝る彼を見て、ミソラは静かに口を開く。


「リリーナ様、元を辿れば何も言わずここまで話を隠匿してしまった私に非があります。確かにディードリヒ様が敢えて私に尋ねてこなかったのはわかっていますが、このことで私がリリーナ様の罪を重くし貴女を危険に晒したことには変わりありません」

「…そうだとして、貴女は何が言いたいと?」

「ここまでのことを鑑みまして私はリリーナ様のお側には相応しくないと判断いたしました。もとより“信用の置けない人物をお側に置くべきでない”と申したのは私です。本当に申し訳ありません」


 そう言ってミソラは深く深く頭を下げた。その悲痛な謝罪にはやはり強い後悔の念が含まれていて、リリーナはその姿をしばし眺めてから、冷めた視線を彼女に向けて口を開く。


「…浅はかですわね」


 そしてリリーナは吐き捨てるようにそう一つ述べた。対してミソラは自らのケジメを示すかのように頭を下げ続けている。


「頭を上げなさい、ミソラ」

「…はい、リリーナ様」


 指示に対してゆっくりと頭を上げたミソラはまっすぐと真摯な視線リリーナへ向けた。その瞳はまるで、リリーナからの言葉であれば全てを受け入れると言わんばかりのもの。

 その視線にリリーナは自らの護衛に対して内心で少しばかり寂しさのようなものを覚えた。

 そうまでして覚悟を決められてしまうと、やはり少しばかり寂しいと思ってしまう。その真面目で忠義に厚い部分が彼女の良さなのだが。


「先ほども申しましたが、貴女の判断は浅はかとしか言いようがありませんわ。私は随分とみくびられていたようです」

「…申し訳ございません」

「その謝罪は私の発言の何に対して言っていますの?」

「私が判断を誤ったばかりにリリーナ様に多大な危害を」

「私がいつそのような愚かな発言をしたと? 軽率な発言は控えなさい」

「…申し訳ございません」


 “自分が憤りを感じているのは、そんなくだらない事ではない”と怒るリリーナの声音には相手を黙らせるほどの気迫があった。その気迫に圧されたミソラは謝罪の後に一度閉口する。


「貴女が何よりも浅はかなのは、私のそばを離れようとしたことですわ」

「!?」

「そもそもこの件に関しては貴女が第一発見者なのですから、そこに講師であったメロエッタ夫人の証言さえあれば私のアリバイは証明されます。そのためのこの“資料”でしょう」

「ですが——」

「そもそも、この件の全てが最初から犯人たちの計画だったとしたら? あのパーティは一ヶ月前には準備が始まっていますのよ、それに私のスケジュールも機密というわけではありません。全ての陰謀を攫い切るなど無理に等しい」


 リリーナはディードリヒが持ったままになっていた紙束を受け取ると、それをミソラに向かって突き返す。


「この資料を内密にしたことも含めて、貴女は貴女の立場でできることをしたに過ぎません。この程度のことで私のそばを離れようなど、私は貴女の信用を得られていないということですわね」

「そのようなことは!」

「ならば行動で示しなさい。貴女の今の主人は私なのですから」

「リリーナ様…」


 まるで予想外の状況に狼狽えるミソラ。こんなことがあっていいのかと驚きの隠せない彼女に対して畳み掛けるようにリリーナは次にディードリヒを見た。


「それに、ディードリヒ様が私に触れることを許す人間をこれ以上増やすとお思い?」

「…」


 リリーナの言葉にディードリヒは気まずそうな表情で視線を逸らす。そしてディードリヒから返ってきた無言にリリーナは「それ見たことか」と言わんばかりの呆れた視線を送り、それから改めてミソラを見た。


「既に貴女は私の元から離れることを許されていませんのよ。そしてディードリヒ様は黙っていないで何か言ってくださいませ」


 情けない婚約者、という名のミソラの元主人を強く睨みつけるリリーナ。そもそもリリーナの周りに置く人間に対して最も口を出すのはディードリヒなのだから、彼の言葉がなくては始まらない。


「…ミソラ」

「はい、ディードリヒ様」

「お前はこのままリリーナの側にいるように」

「え…」

「僕の意見もリリーナと同じだ。最初からお前にマイヤー嬢の監視までは命じてないのだから、むしろリリーナがあれ以上不利になるような事態にしなかったお前の判断に僕は感謝しないといけない」

「…!」


 ディードリヒから出た“自分に向けた感謝”という謎の状況に固まるミソラ。

 だが万が一にも突き落とされたオデッサが死んでしまっていたら、リリーナは冤罪でありながら死刑にさえされていた可能性がある。

 ただでさえ殺人という大きな罪を着せられているのに、リリーナと似た姿を見ている人間が一体何人いたかわからず、それでいて一部の貴族から妬まれていた彼女の罪はどこまで重くなっていってしまってもおかしくはなかっただろう。


「…どうせ僕も遅かれ早かれあいつらとは向き合わないといけないんだ。リリーナがお前を許すなら僕はお前を咎めたりしない」

「ディードリヒ様…」

「ただこの書類は今夜のディナーで二人に渡させてもらう。構わないな?」

「問題ありません」


 そう言って、普段はぼやけることなどない彼女の視界が溢れたもので滲んでいく。堪えたくともそんな器用なことはできず、それでも泣き喚くまいと俯いた彼女は二人に涙を見せないよう深く頭を下げた。


「温かいお言葉を、ありがとうございます…お二人とも」


 必死に絞り出した声は震えている。一度はリリーナたちとの別れを覚悟した彼女の黒い前髪の奥にある青い瞳は涙に揺れ、恩赦の言葉を受け入れながらも心にはやはり悔いが残った。


 あの時、自分がもっと素早く対応できていたら。

 あの時、躊躇うことなく二人にこのことを話せていたら。


 何度も後悔して、時間は戻らないのだと申し訳ない思いでいっぱいになって。

 それでも、話すならここが最後のチャンスだと思った。この秘密を抱えたまま二人の、リリーナの側にいた自分は許されないだろうとわかっていても。

 だから悔しさも申し訳なさも拭いきることはできない。それなのに今、心がこんなに温かい。

 二人の側にいていい喜びが、涙のように心に溢れている。


一巻の段階で「あれ?」ってなっていた方もいるのではないかと思っているオデッサ突き落とし事件の真相が明らかになりましたね。

まぁディードリヒくんが暴論言い始めた段階で「ヤンデレにしては詰めが甘いな?」と思った方は少なくなかったと思います

一応このタイミングまで引っ張ったのは理由があるのが半分、タイミングが無かったのが半分です。一応キリのいいところで精算させようとは思っていました


ミソラさんのいいところは良くも悪くも真面目で律儀なところです。ディードリヒくんの悪行をキモいと思いながらも仕事として受けた以上やりきろう、というあたりがまさにそれですね

そしてあまりにも優しい。すぐ身内に感情移入してしまうのが欠点であるとも思います

“影”の主な役目は情報収集と騎士団では手が届かない部分の護衛をまかなうことなので暗殺を行うことは稀ですが、彼女がどこまで非道になれるかは気になるところです


ですが何より、リリーナのそばにいれてよかったねと…作家は思います



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