裏切り者の告白(1)
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フレーメン王国王城にはいくつかの隠し部屋が存在する。
その場所は建物の地下に塔の屋根裏、特定の部屋の本棚の向こうまで多岐に渡るが、その全ての詳細な場所を知るのは代々“影”と呼ばれる王国お抱えの隠密集団のみ。
“影”の始まりは建国当時より続いているとも言われ、所属している人間も基本的には世襲制である。
その“影”が管理する王城内の隠し部屋の一つが置かれている空き部屋の鍵を開けたのは、リリーナの侍女兼護衛のミソラだ。彼女は代々“影”に属する一族の一つであるオダ家の第二子であり、遠き祖先に東洋の島国の血縁を持つオダ家は特有の武術を扱うと言われている。
ミソラはリリーナとディードリヒを連れ空き部屋に入っていき、リリーナたちが部屋に入ったことを確認すると部屋の鍵を締め直す。そして持っているランタンで暗い室内を照らしながら室内に設置された暖炉を構成するレンガの中のひとつを押し込むと、重々しい音を立てながら壁の一部がスライドし奥に隠された部屋へ繋がった。
壁が動いたことを確認してからミソラは二人を連れ隠し部屋の中へ入っていく。
「このような場所が…」
「王城にはいくつかございます。詳細な数をお教えすることはできませんが、王族の皆様の避難所に予備の宝物庫、機密文書の保管室などがございます。ここは私たち“影”の拠点の一つです」
最初に隠し部屋に入ったミソラが部屋の中央に置かれた机にランプを置くと、ぼんやりとではあるが部屋の全貌が見えてくる。
大人が数人入ればいっぱいになってしまう程度の狭い部屋には簡素な机と椅子が一つずつ置かれ、他には天井まで届くほどの高く大きな本棚が一つと壁に取り付けられた木板にはたくさんの写真や資料と思しきものが張り出されていた。
「申し訳ございませんがこの部屋に電気は通っておりません。リリーナ様はこちらにお座りください、足元は照らさせていただきます」
そう言ったミソラは、実に自然な動きでリリーナをこの部屋唯一の椅子に誘導する。ディードリヒもまた少し躊躇う彼女の背中を押して着席を促し、リリーナが二人に対して少し申し訳なく思いながらも椅子に腰掛けると、ディードリヒが口を開いた。
「で、ここに呼んだ理由はなんだ? “影”の拠点に足を踏み入れるのは王族であろうといいものじゃないとお前ならわかっているはずだ」
「ここが最も“お二人にとって”影響が少ない場所であると判断いたしました」
「…」
ミソラの返答にディードリヒは一度閉口する。少なくとも“影”の扱う資料には機密のものも多いはずだ。万が一にでも護衛対象である王族にしれたらまずい内容も少なく無いはずだというのに、ミソラは“それを承知で連れてきた”とたった今肯定したのである。
となれば、たとえ彼女が何を意図して自分たちをここに連れてきたのかはわからずとも、少なからずここで話される内容がそれだけ機密的で喜ばしい話で無いことが実質的に明らかになった。
「それほどまでに重要な話ということですの?」
リリーナもまた疑問を隠せない声でミソラに問う。正直リリーナからすれば、今の状況への疑問にミソラの様子も含まれている。今日の彼女はずっと顔色が良くないのだ、しかし体調が悪いようには見えずどちらかというと精神的なものに感じた。
そこにきてこのような場所に突然連れて来られれば、いやでも疑問は尽きない。
「…はい」
そして問いに対して返したミソラの言葉は簡潔な肯定であった。しかしその声音はやはり暗く、何かの後悔を抱えているようにも聞こえる。
ミソラは短い返事の後に部屋に置かれた大きな本棚まで向かうと、そこから一つの紙束を取り出した。そして彼女はその紙束をリリーナに差し出すようにして机にそっと置く。
「本日お二人をここまでお連れしたのは、この資料をご覧いただくことと私がリリーナ様の護衛から外させていただきたいというお話故でございます」
「「!?」」
あまりに急なミソラの申し出に、リリーナもディードリヒも動揺が隠せず表情に出る。
だがディードリヒはちらりと脳に過った予想に一瞬だけ視線を逸らす。リリーナの腰掛ける椅子より後ろの立つ彼の表情がリリーナに見えることはないが、それが幸いしたようにディードリヒは考える。予想程度のことを発言することになってしまったらリリーナに要らぬ混乱を与えかねない。
「私は長くリリーナ様に…いえお二人に対してある情報を隠匿しておりました。その隠匿していた情報をまとめたものがこちらの資料になります」
そう言ったミソラは机に置いた紙束の表紙を捲る。リリーナが困惑を隠せないまま少し震える手でその紙束を持ち中身を確認していくと、一枚ごとに写真と記述が書かれていることがわかった。そこからさらに進むと何やら報告書のようになっており、リリーナはそこに書かれた一つ一つに戦慄する。
なぜならそこに書かれていたのは、全員がリリーナの知っているパンドラの令嬢たちであったからだ。
五人の令嬢は全員とも顔を覚えている家の令嬢で、何度か“取り巻きに入りたい”と要望されたことがある。五人は揃って行動している印象の強い集まりで、しかしあまり教養があるわけでもなく下世話な話をしているのを何度か耳にしているのが記憶に新しかったため都度断っていた。
全員が伯爵家であったあの五人は確か家同士の仲がよかったはずだが、彼女らの親は全員揃って嫌な印象の人物だったのを覚えている。こちらに対するリスペクトはないがそれを表面上だけ装って称賛してくるような厚みのない人間で、自分の傲慢さを棚に上げて他人の陰口の多い集まりだった。
だがこの資料に書かれていることが本当ならば、彼女たちは…
「こちらの方々は、オデッサ・マイヤー様を突き落とした犯人グループでございます」
さらりと、ミソラは言った。確かに目の前の資料にもそう書いてはあるが、これだけ急に見せられたところで二人の心には疑問が湧き出るばかりである。
「…いつ、情報をまとめましたの?」
だがリリーナは大きな動揺を見せず、目の前の護衛に向かって静かに問う。そして問われたミソラもまた静かに答えを返した。
「リリーナ様とパンドラ王子殿下の婚約パーティが行われる前日には」
「…そう」
リリーナはそっと資料を閉じると静かに机の上に戻す。それをディードリヒが回収すると、次は彼が資料を閲覧し始めた。
「私はこの事実を今日の今まで隠匿して参りました。この行いはリリーナ様に多大な被害を及ぼしただけでなく、ディードリヒ様への明らかな背信となります」
そしてミソラは淡々と、深く沈んだ声音で己の罪を告げていく。いつも通り背筋正しく、静かで凛とした菖蒲のようなその姿で。だがその声音だけが、彼女の感情を隠せないでいる。
「よって私は今日を区切りとしましてリリーナ様の護衛を外れるべきであると考えました。大変身勝手な私事ではございますが、やはりお二人の信頼を裏切った私では…」
「なら“これ”を今更になって出してきた理由はなんだ。自分勝手を押し付けるにもお前には理由があるはずだ」
必死に心を閉ざし冷静であろうとする冷ややかな声にリリーナが返答を迷っていると、ディードリヒが容赦なく割り込んだ。要件だけを述べた言葉は普段の彼女らしからぬ冷静さを欠いた今のミソラを現実に引き戻す。
「…有り体に言いますと、言い出す機会を見つけられなかった…ということになります。ある事情がありましてすぐに調査を始めた故に、すぐ纏められた資料ではありましたので」
「機会? そんなものを僕の命令に持ち込めるとお前は本気で思っていたのか? ましてやこれがあればあの状況は確実に覆ったはずだ」
「承知しております。ですがそれ故にこのことに関しては黙っているべきであると判断いたしました。リリーナ様に被害を出さないために」
ミソラの行為を直線的に責めるディードリヒに向かって、彼女は語気を強めて言葉を返す。
そしてディードリヒは確かに聞こえた“リリーナに被害を出さないために”という言葉に反応し、一度ミソラの言葉を待つ。
「この事件は、リリーナ様が冤罪をかけられるその八日前に起きた出来事でございました。あの時私は、マイヤー様が主犯の手によって階段から突き落とされるその瞬間を見てしまったのです」
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