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これは私のエゴだけど(6)


「あり得ませんわね」

「え」

「思い出してごらんなさい。この私が哀れな存在を素直に憐れみ、まして手を差し伸べるような聖女のごとき女であったかどうか」


 そこまで言い切られて、オデッサははっと記憶の中のリリーナに行き着いた。

 オデッサの知るリリーナは哀れな存在を切り捨てることはあっても手を差し伸べたことなど一度もない。


 実際自分もただ正面から接してもらっていただけでその中身は基本的に注意と叱咤、下手をすると大目玉といったことばかりであった。そして反論しようものならばこちらが言い返せなくなるまで正面から言い返してくる。

 リリーナ・ルーベンシュタインは、それだけ実力主義で自分が認めた人間以外はそばに置くことなどない冷徹な女であったのだ。


「…言い方は悪いですが、そんな方ではなかったです」

「思い出すまでに時間がかかりすぎでしてよ。ですがそういうことですわ」

「えぇ、ならどうして…」

「どうして?」


 リリーナはそう言って思い切り眉間に皺を寄せたあと、心底呆れたと言わんばかりのため息をつく。まるでその姿はオデッサに向かって「この程度も言われないとわからないのか」と言外に見せつけるように。


「訊き返されましても…リリーナ様が私を認めるなんて…あれ?」


 自虐的な発言の中でオデッサはふとした疑問に行き当たり、そのまましばし考える。

 よく考えてみれば、リリーナが自分に向かって「ファーストネームで呼んで良い」などと何か間違っても言うはずがない、と。


 確かに初めに無礼を働いたのは自分だが、だからと言って「もう今更だ」と継続を許可するなどあり得ない。

 それこそ、リリーナが自分を何かで認めてくれていなければ。


「嘘…」

「やっと気づきましたの? 鈍すぎますわ…本当にその鈍さで社交界に行こうと?」

「いえ、そんな…リリーナ様が私を認めてくれるなんて」

「冤罪を晴らしたあの場と、昨日の貴女をみればかつての貴女からどれほど成長したかなどすぐにわかりますわ。そしてそれがどれほどの覚悟の上であったのかも…理由などそれで十分です」

「リリーナ様…」


 目を閉じつんとした様子でそう言ったリリーナは、次に目を開くとオデッサを視界に収めながらいつもの自信に満ちた様子で微笑む。


「そのような話よりも、私は貴女の返事が聞きたいのですけれど?」

「…!」

「先ほど『拒否権はない』と言いはしましたが、互いの行いに対する公平性を訴えるのであれば勿論断ることもできますわ。これはあくまで取引ですもの」


 しかしリリーナはまた少しつんとしたいつもの彼女にすぐ戻ってしまう。その様子を見ていたオデッサは少しばかり呆然とし、


「ふはっ」


 そう吹き出すと今度は口元に手を当て堪えるように笑い始めた。


「ふふ、ふふふ…ごめんなさい、こんなの失礼なのに、ふふふっ」

「なんですの、人の言葉を笑って返すなど馬鹿にしているようにしか思えませんわ」

「ちが、ちがうんですごめんなさ…あはは、リリーナ様って本当に不器用なんだなって思っちゃって。あはははは」


 そこから一分以上笑い続けるオデッサ。その後ひとしきり笑った彼女はようやく深呼吸で息を整え、改めてリリーナに向き直る。


「…先ほどは失礼いたしました。リリーナ様よりのありがたき申し出を喜んで受けさせていただきたく思います。貴女のような方と交友を築けることを心より感謝いたします」

「硬くならずとも、先ほどまでと同じで構いませんわ。くだらない類の友人関係には疲れていますの」

「改めて言われると緊張します…」

「パンドラでの貴女と先ほどの無礼な爆笑を思い出してから発言してくださる? 今の貴女であればいつかに私が追い出した下級貴族の娘を庇って啖呵を切った貴女の方が余程気骨がありましたわ」


 パンドラに住んでいた頃のリリーナは何度か下級の家の令嬢を同席しているパーティから追い出していた。

 その下級貴族の令嬢たちは揃って見窄らしいドレスを身にまとい、余程のことがなければリリーナのような上級貴族令嬢のいるパーティに参加できようはずもない。だが誰かに無理やり連れてこられたであろうその娘たちはいつも周囲の人間に馬鹿にされ、怯えすくんでいた。そんな彼女たちを見たリリーナは決まってこう言い放つのである。


『見窄らしいドレスですこと。平民でももっとまともな裁縫をしますわ、私の目に留まる場所に貴女のような汚い女は要りませんの。今すぐまともなドレスに着直してくださる? 貴女が今後誰に何を言われようと私の目に入る場所にそんな見窄らしいものを置いておきたくはありませんわ』


 要は“見合ってない場所に来てしまったならば、見合うようになってから来ればいい。自分リリーナが『帰れ』と言ったと伝えれば誰も口は挟めない”ということを伝えているのだが、周囲からすれば単純な切り捨てであり毎度のことでも何も知らないオデッサが気にしないはずもなく、“あまりにも冷たい”とリリーナに噛み付いたことがあった。


 その時リリーナはオデッサごとその令嬢を切り捨て、最終的に二人を追い出した後で令嬢を馬鹿にしていた人間たちに『私のいる場所にゴミを撒かないでくださる?』とだけ言い残して去っていった。リリーナからすればゴミなのは令嬢を馬鹿にしていた人間たちの方であったが、あえて伝えないのはその方が勝手に向こうが竦むとわかっているからである。


「あ、あれは…リリーナ様の言い方もよくなかったと私は今も思っています」


 今であればオデッサにも考えつく。あれはリリーナなりの優しさであり、自分が悪役になることでその場を収めようとしたのだと。

 だからと言ってあそこまで吐き捨てる必要はなかったのでは、ともオデッサは同時に思うだけで。


「それは私の立ち位置の問題ですわね。嫌われ役を買って出て風紀を整えるのも、ルールを作る上級貴族の務めですわ」

「でもそれだとリリーナ様の優しいところが勘違いされるんじゃ…」

「その発想の甘さが平民なのです、貴女は。私が社交界の歩き方をもう一度教えて差し上げた方がよろしいかしら?」


 言外に社交界に進むための覚悟をオデッサへ問い、苛立ちと心配を半々にして不機嫌を表すリリーナ。

 ここまで渡ってきた社交場も甘くはなかったはずだ。それをここにきてまだ甘えたことを言おうなど危険でしかない。


「結構です。私は私の道を見つけます」

「言うではありませんか、では見ていて差し上げましょう」

「楽しみにしていてください。私は貴女よりも、リヒター様と共にあの国をいいものにできる人間になります」


 久しぶりに聞いたオデッサの啖呵にしばし笑顔のまま睨み合う二人。その間にはチリチリと小さな火花が散っているが、互いの奥にあるのは否定ではなく純粋な対抗心であった。


「…ふふ」

「あはは」


 そして三秒ほど睨み合った後、リリーナが最初に小さく笑ってそのまま互いに笑い合う。


「その言葉覚えましたわよ、オデッサ。私もディードリヒ様と共にフレーメンをより良い国にしてみせますわ」

「はい、勿論ですリリーナ様」


 二人の笑顔の奥には、確かな覚悟がある。

 今日リリーナが得た新たな共は、これまでとはまた違った意味で掛け替えのない存在になりそうだ。


「さて、外にいるミソラに声をかけましょう。きっと今頃ファリカと共にため息をついているに違いありません」

「えっ!? ドアのすぐそこにいるんですか!?」

「ミソラは私の護衛ですもの。それに私は初めから『ドアの外にいろ』と言いつけましたわ」

「えぇ…」


 リリーナが自分の侍女を追い出した時に言った言葉はてっきり“席を外せ”という意味だと思っていたオデッサは驚きが隠せない。

 まさか本当にドアの外で待機していろ、という意味だったとは思わずリリーナの行動に“なぜそのような指示を出したのだろう”という疑問が残る。何か意味があるのだろうが、先ほどいた侍女が護衛も兼ねているのならばそれが関わっているのだろうか。


 頭が混乱しているオデッサを置いてリリーナは席を立つとドアの方に歩いていく。それをオデッサが呆けた顔で眺めていると、開いたドアの向こうから本当にリリーナの侍女が現れてますます混乱するオデッサであった。


オデッサちゃんとのタイマン回でした。

前の話の塊に出てきた意地悪おばさんなんかよりよっぽど話の重要度の高い話題が出てきましたね


個人的にオデッサちゃんは“怯まない子”というイメージで書いています。それこそ主人公気質と言いますか、真っ直ぐでへこたれず強大な相手に怯えないメンタルの強い子です。なので下級の家の人間からとても好かれています

ですが単純に押さえつけられるのが嫌なので、意味を理解できていないルールに縛られるのが嫌、という子でもありました。今でも許されるなら草原を裸足で駆け回りたいような子です

そういう子が覚悟決めると強いよね、みたいな話


そして故郷にいた頃のリリーナ様はなるべく口が悪くなるよう一生懸命考えています

それくらい排他的でないと付け込まれるということですね

少なくとも今もリリーナは自分のことを優しい人間ではないと考えています。優しい子なんですけどね


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