これは私のエゴだけど(3)
「少し、話が変わるようなんですけど…私、リリーナ様が罪を問われたあのパーティで起きたことを何も知らなかったんです」
「…そう、だったんですの?」
「そうです。信じてもらえないかもしれないけど…あの日起きたことは全てリヒター様がお一人で組み立てたことでした。確かに朝の教会で死体を見つけたのは私だし、突き落とされたのも本当です」
「…」
「でも全部を勝手にリリーナ様のせいにして、ましてあんなことをやり切ってしまうなんて…私は何も知らされていなくて怖くて、びっくりして…あの時声を出すこともできなかった」
オデッサの言う通り、話は急激にかつ思わぬ方向へと進んでいる。その状況に少なからず動揺を見せるリリーナへオデッサは一つずつ確実に言葉を続けた。
そして話をしながら、オデッサはリリーナとリヒターの婚約パーティでの出来事を思い出す。
「あの日、私本当は婚約パーティを開くって決めたリヒター様にお別れを言うつもりでいて…それなのにリヒター様があんなことを言ったことにまず驚いたんです」
リリーナとリヒターの婚約発表パーティは、それは盛大に行われた。フレーメンに比べたら小さな国とはいえ、パンドラは決して弱小国でもない。故に王族の祝い事となれば国中から貴族たちが集まり祝いの品を持ち寄る。そしてその中には友好国としてフレーメンを代表し、自ら祝いの品を持って冤罪をかけられるリリーナを見にやってきたディードリヒがいた。
そんな華やかな場所で、不意にリヒターはリリーナに向かって「すまないなリリーナ、今やお前は俺に相応しくない」そう確かに言い放ち、彼は付近にいたオデッサを引き摺り出すと周囲の注目を引き付け高らかに宣言する。
それはリリーナの犯した罪…と言う名の冤罪の数々とそれを裏付けるために偽装された証拠たち。リリーナが日頃からオデッサに悪質な嫌がらせをしていたところから犯行の動機も存在するという決めつけ。
そしてその全てに…何も言わずただ真っ直ぐとリヒターを見つめるリリーナ。
「リリーナ様がつれて行かれた後パーティは解散になって、その時私はリヒター様を強く問い詰めたんです。でも彼は何も答えてくれなくて、結局陛下に引き離されて別室でハリエット様から話を聞いて…それでもやっぱり『おかしい』って訴えたのに誰も話も聞いてくれなかった」
「貴女はあの場で起きたことがおかしいと気づいていたんですの?」
「はい。そして今でもあの場で声を上げられなかったことを悔やんでいます。何か具体的に言えるわけじゃないですけど、“リリーナ様はそんなことする人じゃない”って思っていたから」
そこまで言って、オデッサは言葉に一つ間を落とす。リリーナが静かに彼女の次の言葉を待つと、オデッサは心底疑問を隠さず納得のいかない様子でその言葉を口にした。
「だから、リリーナ様が私を突き落としたことだけが不思議で」
「不思議?」
心にわだかまりが残るようなオデッサの言葉にリリーナは疑問を覚える。
オデッサは、リリーナがディードリヒと共にリリーナの冤罪を証明するために参加したパーティの場で、確かに“当時を思い出して欲しい”という旨の発言をしていたはずだ。
それなのにオデッサは自分を突き落とした犯人がリリーナであるには疑問が残る、という発言をしている。これは明らかな矛盾だ、とリリーナも内心で疑問を感じた。
「不思議というかおかしいというか…リリーナ様は私から見てどうあっても人を殺したり傷つけるような人じゃない。でも私があの時見たのは確かにリリーナ様だって思う姿だった」
「そう確信する要素があったということですの?」
「背丈と髪の色が同じだったので…でも証明の光が逆光になっていて顔はわからなかったし、ドレスも…なんとなくリリーナ様が着るようなものじゃなかったような気がしておかしいとも思って。だからリリーナ様がフレーメン王太子殿下とパーティにいらした時、何か話を聞けないかと思ったんです」
「そういったことでしたのね…」
自分の髪の色が珍しいものであることはリリーナにも自覚がある。故にウィッグであろうが同じ髪色で背丈もにた人物を見ればオデッサが犯人を自分だと思うのは無理もないだろう。
だがオデッサ自身が犯人をリリーナだと決めつけるには不審な点があると言っている。オデッサが自分に優位に話を進めたいのであればこのような話をする必要もないので、嘘もついていないと見るのだ妥当だ。
「本当に他には誰も見ていなかったんですの?」
「少なくともそう聞いています。実は私あの時頭を打って気絶してしまって…背中を突き飛ばされた瞬間に驚いて振り向いた時に見たリリーナ様のような姿しかちゃんとは覚えていないんです。ただ、頭を打った時に血が出ていて、助けが来た時にはそこだけ手当てがしてあったと聞きました」
「手当をした人物は見つかっていないんですの?」
「何度も探してるんですけど見つかっていなくて…助けを呼びに行ってくれた人が三つ編みに大きな眼鏡をかけた黒髪の方だったとは聞いているのですが」
「何度も探しているのに、というのは少し不可解ですわね…」
パンドラ王城は一部の画廊やエントランスが観光客に解放されているが、その場所は極めて限られている。その上で、それ以外の場所を歩ける人間など長く城に顔を出していれば覚える程度のものだ。交代制で入れ替わりの激しい護衛の人間ならばともかく、決まった配置になっている使用人や、ましてや令嬢ともなれば見つからないなどあり得ない。
散々とリリーナの冤罪に対して証拠集めをしていたディードリヒの口から「証言がオデッサからしか出ていない」「目撃者がいない」と出ていたのでリリーナも怪我を包帯などで偽装して自作自演を図っていたのかと思っていたが、今までの話を振り返るにオデッサはそもそもリリーナが冤罪にかけられる計画そのものを知らなかった。そうなると彼女の疑問は尤もたるところで、話が根本から大きく変わってくる。
「話が逸れてしまいましたね…とにかくあの日、リヒター様から引き離された私がハリエット様から聞いた話では、どうあってもリリーナ様の処遇は変えられないと…本当に申し訳ないと思ったのを今でも覚えています」
と、そこでオデッサは気まずそうに目を閉じ頭を下げた。
「私は…ごめんなさい。リリーナ様のことはとても苦手でしたが、だからってあんな目に遭って欲しかったわけでもなかったんです」
「好かれたかったわけではありませんでしたのでそれは構いませんが、貴女がそこまで私のことを考えていたというのは少し意外に思いましたわ」
「確かに『嫌がらせが終わってリヒター様と私の関係が認めてもらえたら』とか、貴族のルールが正しいと押し付けてくるのはやめてほしいとか、そういうことは考えていましたけど…突然“人殺し”だなんだって騒ぎになって一方的に牢獄行きなんて、流石におかしいとは思いました。騒ぎを大きくするのがわざとらしいようにも思いましたし」
オデッサは再び悔しげに表情を歪める。彼女を見たリリーナは、オデッサが己の中に無力さを感じているのかもしれない、とそういった様子に見えた。
一方でリリーナの内心としては、これこそが自分のやってきた全ての行いの結果だったのだろうと改めて納得する。
自分があの瞬間まで周囲から見て付け入る隙のない人間であったからこそ、あのように無理やりで大袈裟な手段で周囲を味方につけるやり方でしか自分を排除できないとリヒターは考えたのだろう。
そして同時に、それだけ足場の固められた状態でありながらオデッサとリヒターが惹かれていくことが自分の立場に対して脅威であると感じ、ましてなんの立ち居振る舞いもなっていないような小娘が自分の立場を脅かすことに腹を立て嫌がらせを繰り返すという愚かな行いをした自分が招いた結果でもある。
(我ながら呆れるばかりですわね…)
内心で思わずため息の出るリリーナ。しかしそこで、ふと冤罪を証明しに行ったパーティでのオデッサの発言に思い至る。
「…そういえば貴女、あのパーティで“祝いに来たのか”とこちらに問いませんでしたこと?」
「はい。そしてリリーナ様はそれを肯定なさいました。あの場にリリーナ様が現れてあの問いに肯定なさるということは、絶対に言葉通りではないと確信したので話が聞き出せるかもしれないと思ったんです」
オデッサは、あのパーティでリリーナの顔を見た段階で全てに勘づいていたのだ。そして敢えて愚か者として呆けたような発言をすることでリリーナの真意を引き摺り出し、リリーナがあのパーティで“自分たちに復讐をするのだ”と確信した上で“リリーナは突き落としの犯人ではない”と自分の中で決定づけたのだろう。
だからこそオデッサはリリーナたちが自分を突き落とした犯人について何か知っていると考え行動したのだ。
「少し驚いていますわ…まさか貴女がそんなにも頭の回る人物だったとは思っていませんでした」
「あの時はとにかく必死で…あのパーティの後でリヒター様とお別れをするためにお話をしましたし」
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