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母国からの客人(2)

 

 ***

 

「少し厄介なことになりましたわ」


 お茶会の後、リリーナはディードリヒを急遽自室に呼びつけるとミソラとファリカも交えた状態でそう切り出した。

 珍しく“面倒だ”という憂鬱さを隠さないリリーナの姿に余程のことかもしれないと他の三人は思いつつリリーナの言葉を待つ。


「ハリエット王妃様から目の敵にされてしまっているようです。万が一として想定していた事態ではありますが、ゆえに放置もできませんわ」


 先ほどのお茶会であれほど敵意と恨みをぶつけられてしまっては動かないわけにもいかない。ディアナにも、ハリエットに対して何かしら感じているような動きが見られているので余計だ。

 確かにハリエットは子供の前でも大きく笑ったりはしないものの明らかに物腰が柔らかくなるのも事実。それだけ子供を愛しているがゆえにこういった事態になりかねないとは以前から思ってはいた。

 しかしハリエットも決して馬鹿ではないと思っていたリリーナとしては、あそこまで感情的になられてしまうと嫌な予感が拭えない。せめて周囲の人間に害を被るようなことが起きないようにしなければ。


「それはつまり暗殺依頼の話?」

「ご用意はできております」

「おやめなさい! 冗談で口走っていいことではなくてよ!」


 ディードリヒとミソラから帰ってきた第一声に憤怒するリリーナ。そしてファリカは三人の様子を眺めながら呆れたように肩をすくめる。


「この状況でことを大きくしようなど、何が起こるかわかっておいででしょう! 誰かが聞いていたら揚げ足を取られかねませんわ!」

「って言ってもなぁ…要は逆恨みでしょ? 被害者はリリーナなんだよ?」

「それは事実であってハリエット様の感情の話ではございませんもの、この話では通用しません。それに、これはあくまで情報共有ですわ。ディードリヒ様が突発的に動かれることだけは避けたいのです」

「言葉に棘を感じるよ、リリーナ」

「そう思われるのでしたら行動を改めていただきたいですわ」


 予見していた反応がそのまま帰ってきてしまい、リリーナとしては怒らないでいられない。かといって話さないままリリーナに何かしらの被害が出るとディードリヒは基本的に手段を選ばないので、言わないわけにもいかなかったのが現実だ。

 その状況で言われる“暗殺”という言葉は、ミソラが同意した段階で嘘か真かの境界線をさらに曖昧にしている。万が一にもディードリヒが何か起こしたら今度こそ隠蔽できないかもしれない…なのでそれだけは避けたいと思うと怒りたくもなってしまう。


「それにしても目の敵なんて、あの場で何か起きたの?」


 話題を戻した方がいいと判断したファリカがリリーナに問う。そしてその問いにリリーナは首を横に振って応えた。


「“あの場で”何かあったのではありません。それ以前の問題なのです」

「どういうこと?」

「私が公の場で自らの冤罪を証明し、リヒター様に恥をかかせたことをよく思っていないのでしょう。あれはディードリヒ様にお願いをして最も打撃を与えられる場所に行かせていただきましたから」


 リリーナが冤罪を証明したあのパーティは、かつて自分が罪を着せられた時と同じリヒターの婚約パーティだ。国を上げての祝い事ともなれば人は集まり、その分揉み消すこともできなくなる。パンドラ内部では相当な醜聞になったに違いない。


「でもその話って、リリーナ様は冤罪だったんでしょ? そもそも気に食わないってことがおかしいんじゃない?」

「ハリエット様はご家族には極端に甘い方ですから…感情的になっておられるのでしょう。大事になることはなさらないと思いますが、ミソラとファリカに何か起きないとは言い切れませんわ。特にファリカは自衛の手段もありませんので、話をしておくべきだと思いましたの」


 感情的になった人間はなにをしでかすかわからない上、明らかに目の敵にされてしまっている以上できる警戒はしておくべきだ。

 ハリエットも如何に感情的になっていたとしてもこのタイミングで大事になるようなことをするとは思いづらいが、揉み消せる程度の嫌がらせはしてくる可能性がある。


 その場合最も危険なのはファリカだ。リリーナやディードリヒに手を出すのは目立ちやすいが、リリーナの侍女程度であれば万が一“事故で亡くなった”となっても表の出来事の影に隠されてしまいかねない。

 そういった意味ではミソラは自衛ができるほどの実力があるがファリカにそこまでの戦闘力はなく、まして爵位も低いとなれば尚のこと向こうはしらを切るだろう。


 かといってファリカに刃物などの危険物を持ち歩かせるのは無用な冤罪に巻き込まれかねない。実際にミソラは元よりそういった陰謀に巻き込まれる危険性を考えファリカやリリーナに刃物は持ち歩かせていないほどだ。

 結論として、ファリカは今多方面からの危険に晒されている。


「そういったお話でしたら私の部下を数名ファリカ様にお付けします。それが最も確実であるかと」

「えぇ、ではそうしましょう。ファリカもよろしいですわね?」

「わかった。みんなの足引っ張りたくないし大人しくしてるよ」


 ファリカからの厚い信頼を感じながら、リリーナはふとオデッサの心配をしてしまう。

 今の話と関係ないとはわかっているのだが、やはりフレーメンの人間はおおらかで正直な人間が多いように感じる。それは貴族か平民かでの違いもない。


 確かに卑怯で醜悪な人間も多く見たが、それでもパンドラでずっと晒されていた“どこを見ても醜悪”と言って過言でない、そんな汚いところだけに一体感を感じるような空気や視線からは程遠いのがフレーメンであることも事実だ。思わず嫌味と言われるかもしれないくとも“これが戦勝国の余裕なのか”と言いたくなってしまう。


 そんな故郷を思い出すきっかけとなった今回の出来事を前に、リリーナはどうしてもあの真っ直ぐで擦れてなく他人のために怒れてしまうあの田舎者を心配してしまうのだ。

 オデッサが今もリヒターのそばにいるということは、あの醜悪な空気に今も前線で立たされていることになる。彼女は確かに無礼で物覚えも悪く己の正義で忙しい愚か者だったが、あの純粋さが歪んでしまっていないかだけは、どうにも気になった。


「やっぱりパンドラっていい場所に思えないよ。確かにレイノルド陛下やルーベンシュタイン公爵みたいにいい人もいるけど…リリーナを通して見たあの国の国民性はとても好きになれそうにない」

「えぇ、そんなにやばいんですか?」


 ディードリヒが“どうでもいい”ではなく明らかな嫌悪を見せるものは珍しい。しかもそれが“リリーナに直接害の出る出来事や人物”でない、もっと彼個人の所感となると尚更だ。

 だがそこまで悪い人間性を持つ人物が目立つ場所など、少し大袈裟なのではないかともファリカは思う。


「あまり大袈裟でもありません。リリーナ様に取り入ろうと煽ては跳ね返された貴族たちが、その都度裏で妙な噂を流し陰口を叩いてリリーナ様を悪役に仕立て上げることなど日常茶飯事でしたので。リリーナ様自身直接的な嫌がらせを受けていたことも多く、下品な物言いをしてリリーナ様から失態を引き出そうとする輩もいましたね」

「うわこわ…そんなのが毎日だったってことですか?」

「そうです。だからリリーナ様が冤罪であろうとも誰も味方をしなかったのです。確かに当時のアリバイを証明できる人物が口止めをされていたのは事実ですが、あの場にはそれだけルーベンシュタイン家を陥れたい人間があまりにも多かった。掃き溜めなのです、あそこは」


 彼女らしからぬ、心底吐き捨てるような物言いでミソラは言い切る。

 決して当時ルーベンシュタイン家に人望が無かったわけではないので、確かに半分ほどはリリーナが自らオデッサに嫌がらせをしていた事実からくる身の錆に由来してはいる。


 しかし、それ以前に叩いても埃が出ないのがルーベンシュタイン家でもあった。ルーベンシュタイン家の当主であるマルクスは誠実な人物で通っており、愛妻家で人望もある人物でありながら観察眼に優れた人物である。故に何度も彼の手によって隠蔽されかかった邪な法案が棄却されたことは少なく無かった。

 そんな人物が己の利益しか考えていない人間たちにとって都合がいいわけもなく、リリーナは感情的にあるあまり当時その点を見落としてしまっていたせいであの場から味方はいなくなってしまったのであった。

 逆に言ってしまえばあの国において信用というのはそれだけ難しいものだという証明でもある。


 ルーベンシュタイン家の背負うものの重みも知らずにその座を狙い、やっかみ、貶めようとする人間はあの国にはあまりにも多く、“公爵家、そして宰相の娘”としても“第一王子の婚約者”としても、リリーナの立場は常に心無い人間たちによって脅かされていた。

 ミソラから見てあの国において高潔なリリーナに見合う人物など見た試しがない。それこそディードリヒというクズの権化のような男であっても薄目になればまぁまともに見えなくもない程度には。


 そういった目で見ると、ヒルドの存在はこの国でのリリーナにおいてとても重大な役割を担ってくれている。

 ヒルドは本来、フレーメンにおいてリリーナを最も逆恨みしてもおかしくない立場にあった。しかしその彼女が味方についてくれたおかげで、リリーナは無闇矢鱈な俗物どもからの被害を最低限に抑えることができたのだから。

 思い返せば思い返すほど、憤りが止まらないと黙り込んでしまったミソラを一瞥したリリーナが、彼女の話にすっかり引いてしまっているファリカに向かって口を開く。


「…確かに、今思えばあまりいい場所ではありませんでしたわ。本当に、全てを捨て去らなければ立ち位置を確保できない場所だったのは事実です」


 あの頃に比べたら今の自分は天国にでもいるかのようだ。これだけ腑抜けて己の幸福に溺れたところで、誰も足元を狙ってくることさえしないのだから。


「…何度ぶち壊してやろうと思ったことか」


 ぽつり、とここまで黙っていたディードリヒが吐き捨てる。たった一つの呟きに込めた感情を示す彼の表情は、怒りを通り越して憎悪に満ち溢れていた。


「リリーナを壊したのはあいつらなんだ。リリーナがこんなになっても誰も、ご両親とミソラ以外誰も知ろうともしなかった!」


 憎悪が声音に乗って部屋に解き放たれる。その憎悪は他人だけではなく、己にも向かっていた。


「あそこはリリーナが、リリーナがあんなに壊れないと立ってられない場所で、あんな思いをしていなければ足場を崩そうとする奴らばかりのクソみたいな場所で…っ」


 血反吐を吐きながら、心を摩耗させながら、己を壊しながら進んできた彼女は誰よりも優秀であり続けて。その表面しか見えていないクズどもの悪意と妬みと嫉妬に晒され続けた。

 だが自分は、そんなリリーナを救えなかったせいで今も苦しむ彼女に何もできないでいる。


 あの頃、彼女を救うにはあまりにも自分の立場が邪魔だった。許嫁のいる他国の女性であるリリーナにアプローチをかけるなど、リリーナの品位が低いと噂されてしまう。それだけは絶対にあってはいけないと、何度パーティで言葉に気を遣い近づかないよう心がけたことか。

 それなのにこの立場がなければあの輝きに近づくことすら、あの輝きを目に入れることすらできない。

 結局、醜いのは自分も同じだ。


(全てを捨てて女神リリーナを攫えなかった、自分も)


「ディードリヒ様」

「!」


 苦痛と憎悪に歪んでいく彼の耳に、確かに彼女の声が突き刺さる。激しい動揺を絵に描いたようなディードリヒの姿を真っ直ぐに見つめながら、リリーナは彼を連れ戻すようにもう一度彼を呼んだ。


「ディードリヒ様、私は今ここにいますのでそのような無駄口は求めておりませんわ。目の前の問題から片付けるべきでしてよ」


 過去を見て何になる、と言いたげなリリーナの視線は決して優しいものではない。むしろ突き放すような厳しい視線だ。

 だがその強さもまた彼女なのだと、そう思うだけでどこか安心する自分がいることに気づいた時、ディードリヒは少し落ち着きを取り戻す。


「…そうだね、現状では“警戒しない”という選択肢だけは取れない。出せる可能性は全部洗い出しておこう」

「そういうことです。あちらには第二王子であるアーノルド王子殿下がいらっしゃる以上、保険は存在しています。気を抜くのは全てが終わってからでしてよ」


 リリーナの言葉に話題は次へつながっていく。しかしリリーナの中にはどこか、形のない違和感のようなものが残っていた。


パンドラからお客人がきましたね〜。国王様まで来ているのはルーベンシュタイン家が公爵の家系である故です。ある意味外交のチャンス

そのせいで客人来過ぎなくらい来てますが…


ディードリヒくんは相変わらずリリーナが関わると精神不安定ですね。これは真面目にそういう奴が好きなんで書いたんですが。そこからリリーナ様がいっそ冷たいくらいの言葉で切り捨てにかかってくるので一周して冷静になっている感じです


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