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「決まったんです、私のやりたいこと」

 

 

 ********

 

 

「メリセント様、ごきげんよう」


 何気なく調べ物にやってきた城内の図書館にて、リリーナは見知った顔を見かけ声をかけた。彼女の目の前の机に座るメリセントと呼ばれた少女は、今日も姉に似た金糸の髪をきっちりと三つ編みにまとめて分厚い本と向き合っている。


「…こんにちは、リリーナさん」


 リリーナの声かけに反応したメリセントは読んでいた本を一度閉じ、黒縁眼鏡の奥にあるくりりとした目をリリーナへ向けた。


「今日は何を読まれていますの?」

「今日は、捕鯨で揚げられた鯨の再利用について調べています」


 メリセントは別荘で出会った時と変わらず難しい本を読んでいるらしい。その知識への探究心がなんとも彼女らしいと思いながら、リリーナは彼女を一つ誘いにかけてみる。


「せっかくお会いしましたし、メリセント様さえよろしければこの後一緒にお茶をいただくのは如何でしょう?」

「この後ですか?」

「えぇ、初めてお会いした時以来ですので他愛のない話をする程度かもしれませんが、メリセント様さえよろしければ」


 リリーナからの誘いを受けて、最初に読んでいた本へ視線を向けるメリセント。しかしそのすぐ後でメリセントはリリーナに視線を戻した。


「わかりました。是非ご一緒させてください」

「嬉しいですわ、ありがとうございます。すぐ使用人に声をかけて支度をさせましょう」

「わかりました。ではその間に本を片付けてきますね」


 そう言ってメリセントは静かに席を立つと、机に積んでいた本をまとめて持ち上げようとし始める。十冊はあろうかというその重たい本たちを一度に持ち上げようというメリセントに驚いたリリーナが慌てて「自分も手伝う」と言い始めたのは彼女が行動し始めてすぐのことであった。

 

 ***

 

「東方では、蝶の呼び方を二分するそうです」

「蝶を?」

「あちらでは夜行性の蝶を『』と呼ぶそうです。国によって価値観が違うのはとても面白いですよね」

「確かに興味深いですわね…蝶に昼夜の概念があるとは知っていたのですが、つまりそれは、東方の方々にとってその二つは別の生き物なのでしょうか?」

「そう思っていると聞きました。私たちにとってはどれも同じ概念なのに、きっとこういったことを多様性と言うのかもしれません」


 確かにこれも一つの多様性と言えるだろう。少なくともフレーメンの学者たちは蝶という生き物を形や模様で判別し、識別している。それぞれの生態にも触れてはいるが、生態で種を分けるといった考え方はしていない。

 だが国の場所が違うだけでどこを中しするかが変わっている、と言うのがこの話の主軸と思うと確かにこの生き物に対する捉え方の違いは多様性の一つと言えるだろう。


「それで…えっと…」


 と、メリセントが急に言葉に詰まってしまった。ここまで生物に関わる話を二、三してきたが、その話の区切りの度に彼女は少しそわそわとした様子で言葉を詰まらせてしまう。


(何か言いたいことがあるようなのですが…)


 ここまで本と向き合うことばかりしてきた少女が急に口が上手くなるとも思えないので、このどもったような態度は何か切り出したい話題に対してうまくタイミングが掴めないのであろうとは思うのだが、自分が助け舟を出すべきではないような気がしてしまい待ってしまうリリーナ。

 少しの間何やら話題を切り出そうとするメリセントを眺めていると、彼女は突如何かを諦めたように肩を落とした。


「…ごめんなさい。上手く話題が繋げそうにないです」

「何か仰りたいことがあるのだろうとは思っておりましたが…ゆっくりで大丈夫ですわ、お聞かせくださいませ」

「ありがとうございます。実は、リリーナさんにお話ししたいことがあって」


 そう言ってメリセントはまっすぐとリリーナに向き直る。彼女の姿にリリーナはよほど大切な話のようだと少し気を引き締めた。


「実は年始にお話ししてもらったことについて、ずっと考えていたんです」


 年始の話というと、彼女に学術院という選択肢について話をした時だろうか。あの時は自分のおせっかいが出ただけの話なので、考えてくれただけでもありがたい話ではある。


「えっと…学術院の話です。お祖父様たちのところから帰った後、学術院の方から勧誘の手紙が来ていました」

「そうなのですか?」

「はい。それで…今回は見送るというお返事をさせてもらいました」


 “見送る”ということは、リリーナの言葉は彼女の中で新しい選択肢にならなかったということだろうか。律儀な印象を持つ彼女のことなので、考えた末の答えを話してくれたのかもしれないが…眼鏡の奥にあるメリセントの瞳は光に反射したレンズに隠れ見えることはない。

 しかし、やはり自分は余計なおせっかいをしてしまったようだ、とあの時の行いを恥じるリリーナに対してメリセントはもう一度口を開く。


「学術院には成人してから正式に入学しようと思っているんです」

「…成人してから?」

「はい」


 リリーナの驚きの混ざった声に頷くメリセント。そこから彼女はひとつひとつの事情を説明するように話を広げていった。


「成人しないと学術院の学生寮に入れないので、寮に入る形で入学しようと決めたんです。なので、勧誘のお手紙にもそうお返事をしました」

「そういったことでしたのね。ですが寮となりますと、生活の全てをご自身でなさらなければならないのでは?」

「むしろその方が時間に融通が利くので、最近はお母様に家事について教わっています。『嫁ぐわけでもないのに花嫁修行みたいだ』とお母様には少し笑われてしまったんですが…」


 えへへ、とメリセントは少し照れくさそうに笑う。彼女にとっては慣れないことをしている自分がむず痒いのかもしれないが、リリーナからするとそれだけ彼女の意思が強いことを感じた。

 リリーナから見て、少ない時間の交流であっても“一意専心”とは彼女のための言葉のように感じている。それほど生き物が、科学が、勉学が好きな彼女の決意は興味がないであろう分野に手を出させるほどなのだろう。


「学ばれたいことに対して、本気なのですね」

「はい。本だけでは追いつかない論文も読みたいですし、何よりリリーナさんの言った“出会い”に期待したいと思ったんです」

「…!」

「私は確かに人付き合いが得意ではないけれど、一人でやるより誰かとやることで見つかることが多いのも本当のことだから」


 そう言って口元を綻ばせた少女の眼鏡の奥にある瞳は、清々しく微笑んでいた。この先の未来に対する期待に溢れたその微笑みに、リリーナもまた溢れ出た喜びを表情にして返す。

 リリーナがあの時最も伝えたかったことは、確かにメリセントに届いていたようだ。そしてそれは今彼女の光となってそこにある。それは替えのきかない嬉しさが溢れた現実。


「あっでも、リリーナさんが責任を感じたりする必要はないです。決めたのは私だから…」

「お気遣いありがとうございます。ですがメリセント様の行く道にほんのわずかにでも関われたことがとても喜ばしいですわ」

「…! こちらこそありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」


 そう言ってまた一つ微笑んだ眼鏡の少女は今日一番美しい笑みを見せる。その笑顔は普段の無表情からはとても想像できず、しかし確かに姉二人を思わせる愛らしい笑顔であった。


「よかったです、このことを話す機会を作ることができて…。お手紙にしようかとも思ったのですが勇気が出なくて」

「お手紙はお気軽に送ってくださいませ。時間さえ合うようでしたらまたこうしてお話しもしたいですし、メリセント様さえよろしければ私からお手紙をしてもよろしいでしょうか?」

「いいんですか? 是非気軽に送ってください。私もたくさんお話ししたいことがあるから…」

「メリセント様のお話はいつも興味深いですので楽しみですわ。私もたくさんお話しいたしますわね!」


 気づけばメリセントの纏っていた緊張はすっかり解けたようで、二人の少女のお茶会は穏やかに進んでいく。

 こうして少しずつ仲を深めていく二人の間で。


メリセントの話は五巻の段階で書きたいと思っていました。他にもそういったキャラがいくらかいます

正直本筋だけ辿るならなくてもいい話に入ってきてしまう話なのですが(ウェディングドレスのデザインの話とかもそう)、やはりできうる限りぽっと出で捨てるようなキャラは減らしたいなぁと思うと入れてしまいがち…


どうでもいいですがメリセントは料理が下手くそな気がするなぁと勝手に思っています

現代に生きてたら多分カップ麺で生きてそう


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