差し入れを持ってきたはいいけれど(3)
「なんか不思議だね、三人って」
「ルアナ様?」
「リリーナさんはそれこそこっちに来て一年とかなのにさ、三人って揃ってずっと昔から仲がいいみたいに見えるよ」
「「…」」
「ははっ、それは光栄ですなぁ」
ルアナの言葉に対して不服を隠せず表情を曇らせるリリーナとディードリヒに対して、ラインハート実に楽しげに笑う。
その感情の表し方がまさに自分の発言の理由なのだが、とルアナは複雑な感情を持った。
「なんていうか…色々遠慮がないよね。兄様に友達って変な感じするけど」
「こいつは友達じゃない」
「今更それ言うの無理があるでしょ。そもそも兄様が親戚とか家族以外にそんな明らかに怒ってるの見たことないし」
「それはそれで嫌だな…」
家族とリリーナにしか向けていないような側面の一つを友達とは絶対に呼びたくない相手に見せているというのは、正直なんとも言えない不快感があるディードリヒ。その表情は正しく“まるでこいつと僕が友達みたいじゃないか”と不服を申していた。
そんな彼にリリーナとルアナは心底呆れた視線をディードリヒに送る。
「兄様ってそういう面倒なとこあるよね…」
「同意いたしますわ。しかも人選が上手い分切り捨てるには厄介なのです」
「面倒って酷くない?」
「リリーナ様、それは俺の実力を認めてくださっているということでしょうか?」
「黙れグレンツェ」
やれやれ、と言わんばかりの二人の言葉に傷つくディードリヒだが、それでもラインハートがリリーナから認められる可能性を否定しようと声を上げるのを見てルアナはまるでリリーナが不憫とでも言いたげな視線を本人に送る。
「リリーナさんも大変だね、こんな捻くれ者と付き合うなんて。兄様って元から捻くれてるのに」
「こういった場合ですと…そうですわね。現状は認めざるを得ない部分さえ認めない方ですもの」
ルアナの言葉に返しつつ、ディードリヒに恨みの目線を向けるリリーナ。やはりリリーナからすればラインハートからディードリヒへの友好的な感情が憎たらしくて仕方がなく、この状況を生むきっかけになったディードリヒに怒りは残っている。
「う…ごめんねリリーナ…」
「知りませんわ」
「今日もお二人は仲睦まじく、良い日ですな」
「仲良いとは思うけど…ラインハートさんもすごいよね、ずっと二人から嫌われてない?」
やや険悪になりつつあるリリーナとディードリヒを見ながら和やかに微笑むラインハートに向かってルアナは率直に問う。その純粋で子供らしい問いにラインハートは当たり前のことを話すように答えた。
「すごいわけではございません。殿下やリリーナ様のような知的な方は、こちらに感情的であって下さる段階で友愛を向けてくださっていると言っても過言ではありませんので。それにお二人ともとてもお優しい方々です」
「あれだけ嫌な態度取られてるのに?」
「勿論でございます。殿下やリリーナ様のような社交の上手い方々というのは、本当に嫌いな人間は愛想笑いで突き放すもの…それが社交界というものでもあります。ですがお二人は常に等身大で俺に接して下さる、それこそがお二人がとてもお優しい証拠でございますから」
「…本当にそう思ってるの?」
「えぇ、お二人とお心の広いお方でございますので。我ながら良き方々に巡り会えたと思っております、ありがたいことですな」
そう言ってラインハートは嬉しそうに笑う。ルアナはそんな彼を見てこれまででは会ったことのない人種だと思い、そして自分にないものを彼に感じた。
「すごいね、ラインハートさんって。大人だ」
「はは、本当にそうだと良いのですが」
ルアナの言葉にラインハートはまた一つ軽く笑う。二人の前では変わらず情けないディードリヒとそれを無視し続けるリリーナがいるが、そんな個性豊かな四人の前に一つの大きな影がかかる。
「おお、ここにおられましたか」
やや一安心、といった様子でいつものように明るい笑顔を見せ現れたのはケーニッヒであった。
背も高く大柄な彼が騎士団長としての立派な鎧に身を包むその姿は巨大な敵を思わせ威圧感を感じさせるはずなのだが、日常的な彼のおおらかで明るい態度と気さくな言葉がその印象を大きく軟化させている。
「あ、ケーニッヒおじさんだ。さっきぶりだね」
「そうですなぁ。どうですか、お二人の指導を受けてみて感じたことなどはございますかな?」
ケーニッヒに最初に反応したのはルアナ。二人はここまでの振り返りのような話を始めたが、それを見ているリリーナはケーニッヒとルアナはある程度仲がいいようだと感じた。
確かにケーニッヒはハイマンより少しばかり年上に見えるが、如何に他人に対してフランクな態度を取ることの多いルアナとはいえ仲の浅い人間を“おじさん”などと呼ぶことはないだろう。
大公家とは言え一見縁が深くなることは難しいように見える二人だが、やはりルアナが剣術に興味があり騎士を目指す故なのだろうか。
「そうだ、リリーナさんが差し入れ持ってきてくれたんだよ。リリーナさん、おじさんにも分けていい?」
「喜んで。ケーニッヒ様さえよろしければ召し上がってくださいませ」
「ほう、姫の差し入れでございますと…旨いのは決まっておりますからな。是非いただきましょう」
ケーニッヒはリリーナのことを“姫”と呼んでいる。パーティの護衛などで何かと縁のあるケーニッヒとリリーナだが、安易に他人がリリーナの名前を呼ぶとディードリヒに目をつけられるのは必至のことで、かといって苗字ではそっけないという話になり…結果としてあだ名が“姫”に決まった。
理由は“公爵家の娘”であることと“ディードリヒにとってのお姫様”であることというやや皮肉の入ったものではあるがリリーナはあまり気にしていない。
正確に言うとケーニッヒとはある程度の仲を築いた上であだ名が決まっている状態なので気にしていない、といった関係性故の“気にしていない”である。もしも仲の浅い人間がリリーナのことを“姫”と呼んだらリリーナが不快に思うのは勿論、怒ったディードリヒが「馴れ馴れしくするな」と言いながら飛んでくるだろう。
「殿下もよろしいですかな?」
「ルアナが見てる前でまで目くじらはたてん。好きにしろ」
「その言葉を使うにはもう説得力がないよ兄様」
今更ディードリヒが紳士を気取ったところで、ここまでのラインハートとディードリヒのリリーナを間に挟んだやりとりを見てしまっていたら…ディードリヒがリリーナを独占したいことなど嫌でも伝わっている。
その状況では何を言ったところで…という話故に、ルアナのツッコミを聞いたラインハートは口元に拳の側面を当てて笑いを堪え、ケーニッヒは隠しもせず「がはは!」と大きく笑った。そしてその様をリリーナは呆れた目で見ている。
「従姉妹様に一本取られていますなぁ、殿下」
「うるさいな…追い返すぞ」
「おや? 儂を追い返すよりも殿下はグレンツェ辺境伯に落ちた腕を研ぎ直してもらう方が良いと思いますがな? 儂とばかりでは慣れもあるでしょう」
「あの剣筋で鈍っておられるのですか殿下!?」
「あーもーうるさい! こうなるからケーニッヒがいるのは嫌なんだ!」
予想はしていたものの、それよりもっと厄介なことになったと状況に嫌気がさすと叫ぶディードリヒ。一方でそんな彼の姿をおちょくるように笑って眺めているケーニッヒは、それに相反して冗談でディードリヒにあの言葉を言ったわけではない。
ディードリヒの剣技の特徴はその無心さだ。彼のものへの執着のなさ、関心のなさ、そしてそこにリリーナへの一途な思いという点のような願望が重なった故に磨かれた迷いのない剣筋は長く騎士たちを見てきたケーニッヒを持ってして頷くものがあった。
しかし今のディードリヒには余裕がありすぎる。周囲に目が行くことは確かに大切なことだが、視野が広すぎでも余計な雑念を拾うだけだ。精々“リリーナにいいところを見せよう”程度のことでも考えていれば、そのために何をすべきか、ということだけを実行できる人間だというのに。
他人への無用な嫉妬を抱え、右に左に目を向けているから本当に大切なものへの焦点が定まらなくなる。それではこの先腐っていくだけだろう。
それならば、いっそ噛み付いてくるラインハートに好きに噛み付かせた方が剣筋も定まるというものだ。
「ケーニッヒ様、ディードリヒ様の剣筋は今より伸びるということですの?」
ふと、リリーナがケーニッヒにそう問うた。するとケーニッヒは「勿論」と力強く頷く。
「殿下の剣は本来“無心”というのに相応しいものでしからな。今は追い込まれ足りてない。鈍って当然でございます」
「そうなのですか…それは鍛えられたお姿を是非見てみたいですわね」
そうリリーナは何気ない様子で言った。するとその言葉を聞くなりディードリヒが立ち上がり、ラインハートの襟首を掴んで引きずっていく。
「来いグレンツェ。要望通りお前の見たいものを見せてやろう」
「本当ですか殿下! ありがたき幸せ!」
リリーナの言葉にまんまと乗せられたディードリヒは、喜びに目を輝かせるラインハートを引きずったまま去っていった。二人の光景に興味が湧いたのかルアナもまた「私も見る!」とその場を走り去る。
その三人の様子を眺めながら、ケーニッヒは空いたリリーナの隣にゆっくりと腰掛けた。
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