差し入れを持ってきたはいいけれど(1)
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カン、キン、と金属同士がぶつかり合う特有の音が訓練場の一角で響いている。その音の元凶となっている二人の男性に向かってリリーナは少し意外だと言いたげな目を向けた。
リリーナは自らの視線の先にいるディードリヒがここに来ていると聞いていつもの如く差し入れに来たのだが、今日の彼はケーニッヒではなくラインハートと剣を交えている。
ラインハートがいつこちらに来たのかリリーナは知らないが、普段あれだけ毛嫌いしている彼とディードリヒが剣を交えているということはなんだかんだと言いつつ仲がいい証拠なのでは、と意外だと思うと同時に嫉妬の火が灯り始めるも、眉間に皺が寄った瞬間に誰かが服の袖を引く感覚に反射的に振り向いた。
「リリーナさん」
「! ルアナ様でございましたか、ごきげんよう」
「こんにちは。兄様に会いに来たの?」
「えぇ、こちらにいらっしゃると伺いましたので差し入れをと思いましたの」
そう言ってリリーナは持っている大きなバスケットを軽く持ち上げる。バスケットの中にはビスケットにクリームを挟んだものにサンドイッチをいくつか、それと瓶に入ったジュースとワインにいくつかのグラスと取り皿と地面に敷ける大布が入っていた。
「差し入れ!? クッキーある!?」
「クッキーはございませんが…ビスケットにクリームを挟んだものでしたらご用意しておりますわ」
「美味しそう…兄様たちを呼んでくるよ!」
言うなり飛び出していくルアナ。リリーナが止めようにも間に合わず、諦めて待っているとまず小走りでディードリヒがやってきた。
「リリーナ!」
「お疲れ様でございます、ディードリヒ様」
自分が来たと知って彼は走ってきてくれたのだろうか、そう思うとついそれが嬉しくなってしまう。
だがその後ろからやってきた満面の笑みの男を見た瞬間その嬉しさは瓦解し、今度は嫉妬を隠さぬ不機嫌さで男を睨みつける。
「…ごきげんよう、グレンツェ辺境伯」
「お久しぶりでございます、リリーナ様」
リリーナの凍てつくような視線にも変わらずご機嫌な笑みを崩さないラインハート。彼からすればリリーナの不機嫌な視線など子猫の威嚇のようなもので、微笑ましくはあれど恐ろしいと思ったことはない。彼からすれば何度かパーティに出席する羽目になった際に見かけた彼女の花のような笑顔の方が迫力を感じる。
なので彼女の威嚇などいっそ可愛いほどなのだが、そんなことを口走ったが最後ディードリヒに本気で嫌われかねないので発言するのは避けている。強いて言うならばそれだけの気迫で迫ってくるディードリヒとはさぞ最高の戦いが楽しめるだろうが、その一瞬のために全てを投げ出すのは流石に勿体無い。
「リリーナ」
と、そこでかけられた声に振り向こうとしたリリーナの視界はふらりと暗くなった。そして視線を遮るのはディードリヒの手だと、彼女はすぐに理解する。
「駄目だよリリーナ、他のやつなんか見たら」
「ディードリヒ様…」
その声音は嫉妬で少しばかり冷たく、いやでも胸がときめいてしまう。しかしはっとすぐに我を取り戻したリリーナはディードリヒの手を目の前から外し軽く咳払いをして気を取り直す。
「失礼、少し取り乱しましたが…皆様に差し入れをお持ちしましたわ。簡単なものではございますがよろしければ召し上がってくださいませ」
「わぁ、リリーナの手作り?」
「一応ですが…簡単なものですわよ」
「そんなの関係ないよ! リリーナが作ってくれたものなんだから」
「そ、そう言われますと少し照れますわね…」
出会って一分と経たずにいちゃつき始める二人を眺めながら、ルアナは少し呆れたような目でラインハートを呼び耳打ちを始める。
「すっごいラブラブだよね、あの二人…」
「えぇ、とてもお似合いかと」
「私はちょっといちゃいちゃしすぎだと思うけど…ラインハートさんはそう思わないってこと?」
「はは、自分はお二人ではありませんので」
ラインハートから見て二人は“そういう二人”という感覚だ。“他人は他人、自分は自分”という感覚で生きている彼からすればリリーナたちがどれだけがいちゃつこうが“それが二人の形なのだろう”、としかそもそも思わないのである。
一方でルアナから見ると、二人の交流は他人に見せつけているようで違和感が強かった。少なくともルアナからすればその必要はないほど二人は常に仲が良く、わざとらしくベタベタとしているのはおかしいように感じてしまう。
「ルアナ様がどういった人生を歩まれるか俺にはわかりかねますが…生きていくうちに自分と他人の境目というものが見えてくるものでございます。そうすれば自ずと答えは出ますかと」
「そうかなぁ…だめじゃないんだけど、なんか見てて嫌な感じがするんだよね。わざとっぽいっていうか」
「そちらに関してもいずれ答えが出るでしょう。こちらは断言いたします」
ラインハートから見てルアナはやや鋭い子供に感じた。実際あのいちゃつきは主にディードリヒの手によってわざと行われているのだから、彼女の言う“嫌な感じ”や“わざとっぽい”は間違っていない。
ディードリヒが周囲にリリーナとの仲の良さを見せつけることで、リリーナに近寄る人間…主に男を寄せ付けないようにしているのは彼を知っている人間ならばすぐにわかる。
それだけリリーナに一辺倒だからこそ、彼の弱点はいつまでもリリーナなのだから。
「おい、グレンツェ」
「如何なさいましたか殿下?」
「差し入れを食べる支度をする。手伝え」
「喜んで!」
ディードリヒの言葉に飛びつくラインハートだが、結局顎で使われているだけに過ぎず“それでいいのか?”という目でどうしても見てしまうルアナ。
そしてリリーナの持ってきたバスケットを持ったディードリヒについていくラインハートの後ろから自分を呼ぶリリーナの声にはっとして彼女は慌てて足を動かした。
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