叔父さんはこれでも応援がしたい(1)
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翌日、予定通りエドガー大公一家が首都ラッヘンを訪問。一家は先乗りしていた長女マディとタウンハウスで合流し、その夜両親である上王夫妻、兄である国王の一家とリリーナを含め王城で年始ぶりの再会を祝い、王城の晩餐の間で夕食となりその後アダラート、ハイマン、エドガー、ディードリヒの四人は談話室で和気藹々と会話に花を咲かせ、夜も遅くになり解散となったところでディードリヒはエドガーに呼ばれその場に残されていた。
「何かご用事でしょうか? エドガー叔父」
特に叔父から声をかけられるような用事もなかったような、とディードリヒは素直に問いかける。そこにエドガーも素直な言葉を返した。
「特別何かあったわけじゃないよ。滅多に会わない甥っ子とせっかくだからワインでもと思って」
君が成人してから二人で話すこともなかったしね、とエドガーは続け使用人を一人呼ぶと彼のお気に入りのワインを一本とグラスを二つ持ってくるように指示をする。
彼の言葉に、ディードリヒは何やら叔父に気を遣われているような気がした。エドガーは元より察しがよく、人の話を聞くのが上手いので久方ぶりにあった自分に思うところがあったのかもしれない。
「光栄です。僕も叔父上とは話がしたいと思っていましたから」
「はは、相変わらず口が上手いな。気を遣わないでいいよ、他愛のない話をするだけなんだから」
こういった突然の場に使う定番文句はあっさりと見抜かれてしまう。だがそんなことはわかっていたことで、これはただのディードリヒのひねくれである。
そんな丁寧に捻くれた甥に向かって「変わらないなぁ」と軽く笑いながらエドガーは運ばれてきたワインを使用人にそのままグラスへワインを注がせ、グラスの持ち手を静かに持ち上げると軽く掲げた。
「まずは乾杯でもどうだい? 遅めの成人祝いってことで」
「感謝します」
ディードリヒはグラスを掲げるエドガーに合わせてワインの注がれたグラスを持ち、次に薄いワイングラスが軽くぶつかり合う特有の高い音が部屋に響く。
そのままエドガーはグラスを軽く揺らし、飲み口をグラスに近づけると軽く息を吸い込みお気に入りの白ワインの香りを楽しんだ。
「うん、今年もユングフラウの白はいいね。素晴らしい香りだ」
香りを楽しんだ次はグラスに口をつけるエドガー。白ワイン特有の、赤ワインより若干ではあるがアルコールが直接届くような感覚と白ぶどうのすっきりと締まった香りと味わいが口内から鼻へと抜けていく楽しみを味わう。
「あぁ、いいね。ここに来れないと飲めないのが悲しいくらいだよ」
「今年も買い付けは行っていないのですか?」
「お互い国の端と端にあるような場所だからね、輸送のリスクを考えて買い付けはしていないよ」
エドガーが統治しているレーゲン領が首都より見て東の端にあるとするならば、彼が気に入ってるワインの生産地であるアルト領は西の端に位置する。
そのアルト領の南方に位置する小さな村がユングフラウ村であり、彼のお気に入りである地元ワインの生産地であった。
ユングフラウ村では長きにわたりワインの生産を主な収入源としており、そのレシピやワインの原料である葡萄の育て方などは村長にのみ言い伝えられているという。
そんな貴重なワインは特産物として城に上納され、エドガーは成人してからレーゲン領を引き継ぐまでの期間によく飲んでいた。
だが国土の端と端となると、輸送の途中で野盗に狙われる可能性や事故や馬車の故障も踏まえ、エドガーはレーゲン領でこのワインを口にしていない。
「それにしても、変わらず白がお好きなのですね」
「赤が飲めないわけではないんだけどね、白の酸味が好きなんだ」
「わかります。料理にもよりますが、僕もたまにセオリーを無視して肉料理に白を合わせたくなりますから」
嘘をついてもいないが、ある程度話を合わせていく。ディードリヒとしてはハーブソルトのチキンソテーなどには白ワインを合わせたい時がある。そもそもハーブソルトのみのチキンソテーなど最近は見かけてないが。
「はは、そういうのわかるなぁ。でも少し意外だな、君は食べ物に頓着がないと思っていたのに」
「目立ったこだわりはありませんが…気分のようなものです。赤が合う料理でも白の気分もありますから」
「なるほどね、そうやってなんでも食べるから兄さんみたいに背が高いのかい? つい数年前まで僕は君と話をする時少し下を向いていたと思ったのに」
ディードリヒの身長は百八十五センチである。ついでに言えばリリーナは百六十センチだが、エドガーは百七十センチとややフレーメン王国の平均身長からは低い。
「言われてみれば…そうですね。気がついたらこうなっていました」
「兄さんに似たのかな、兄さんは昔から背が高いから」
「そうかもしれません」
一見、エドガーの言う通り本当に取り留めのない話ばかりだ。しかしワインにそれとなく口をつけながら話をしているディードリヒは内心でやや警戒している。
エドガーそのものは物腰も優しく話しかけやすい人物だが、二人きりで部屋に残され話をすることなど滅多にない。それこそ、偶然ではなく故意にエドガー本人が自分を呼びつけるなど初めてのことではないだろうか。
やはりそう考えると何か裏があるのではと考えるが、同時に会うことも少ない相手となると話の中から相手の腹の中を探るのもやや難しい。
「ルーベンシュタインさんとはどう? 別荘で見かけた時は随分と仲が良さそうだったけど」
「良好なお付き合いをさせてもらっています。両親や周囲の皆のおかげです」
言っていることは本当だが、同時に隠したいことは内密に。ストーキングに関しては言う必要もないので勿論言わないが、周囲の人間のおかげで保たれている仲であることも間違っていないので、それはそれで認めざるを得ない。
「そう、それはよかった。あの時の君たちは、見ているととても不安定に見えたから気になっていたんだ」
「不安定、ですか?」
エドガーから出た一言に反応するディードリヒ。
彼が自分たちを通して何が見えたのかはわからないが、少なくとも平穏な予感もしないとやや内心で身構える。
「ディードリヒ、君は何か“いけないこと”をしているね?」
エドガーは先ほどまでの柔らかな笑顔をしまい表情を硬くすると、開口一番でそう言い放った。
「それはまた…唐突な問いかけですね」
「職業病ってやつかな、後ろ暗い人間は見ているとわかるようになってしまってね。少なくとも僕から見て…君がルーベンシュタインさんを見る時の視線は普通じゃないな」
「…」
なんて厄介な職業病だろうと、ディードリヒは素直に思う。とはいえその“観察眼”というのは自分にも必要な特性なのだが。
エドガーの管理しているレーゲン領には王国の中で最も大きな貿易港が置かれている。その流れで厄介で狡賢く、腹の黒い商人たちを相手にしているうちに温厚なエドガーにも大変厄介な“職業病”が取り憑いてしまった。
文字通り海外からやってくる荷物の中には、不正な手段で入ってきたものや品そのものがフレーメンでは違法であるもの、芸術品の贋作など…そんなものをあの手この手で管理を掻い潜りこの国に入れようとする輩は多い。
さらに地元の商工会の会議などに参加した場合には周囲や自分の裏をかき一パーセントでも多い利益を得ようとする商人の相手をすることになる。
そんなことばかりしていれば嫌でも人間を見る目は鋭くなっていき、時には吐き気をもよおすものを見ることも少なくはなくなった。
そしてそんなエドガーから見て、ものに関心のなかったはずのディードリヒが連れ歩いている女性を見ている彼の目は…確かに“異常”と言える。
「そんなに身構えなくても、君の“偽装”はよくできているよ。一見確かにただの“愛しい人を見る眼差し”だからね。でもその奥の汚泥みたいなものに気づいてしまうと…少し、ね。ルーベンシュタインさんはこのことを知っているのかい?」
ディードリヒはエドガーの問いに敢えて答えなかった。その肯定と取られる可能性も否定と取られる可能性もある反応は、ディードリヒの中の葛藤を示している。
“見抜かれているならばここは素直に認めてしまう方が得策なのだろうか”、と。
そしてエドガーはそんなディードリヒの葛藤に気づいている。正確には“なにか迷うようなことがあるようだ”、という程度のものではあるが、少なくともディードリヒの反応は、彼に何か秘密があるのが明白であることも指し示していた。
「君の汚泥に対して、ルーベンシュタインさんは何か迷っているように見えた。そんな君たちの不安定さが、親戚としては気になったんだよ」
「…そうですか」
そうまではっきりと言い切られてしまうと厄介この上ない、とディードリヒは内心でため息をつく。
あの優しかった親戚の叔父は、しばらくまともに話さなくなった間に随分とやりづらい相手になってしまったようだ。
ここまで簡単にこちらを見透かしてきたエドガーの言っていることを否定しきれない以上、いっそ話してしまった方が楽なのは明白なのだが…かといってどこまで話したものかとも思う。
まさかあの数日でそんなに深くものを見ていたとは、完全に相手を舐めていた自分の落ち度だ。
「何か、僕にお望みで?」
そしてわざわざこの話を引っ張り出してきたということは、何か他にも掴んでいる可能性が高い。そうなれば相手は何か取引を要求してくると思った方が早いだろう。
先手を打たれていたのは痛いが、火元は早く消すに限る。最悪“影”を使ってでも彼の持っている証拠の類があるとしたら潰してしまわなければ。
「そうだな…望みになるかどうかは君の返答次第かな。まぁ取引なんて大袈裟な話でもないけど」
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