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リリーナさんはいじり甲斐がある(3)


「それはあの子が本当に望んでいると思う?」

「…」


 最初にディアナからそう問われた時、リリーナは“そうだろうか”と考えた。しかしそう決めつけるには違和感もあり、感覚的にではあるがディアナの言いたいこともどこかわかるような気がする。

 うまく言葉にできるわけではないが、本当に愛らしいドレスを作ったら彼がどこかで寂しい思いをしてしまうような気がした。


「あの子は“貴女”が見たいのよ。愛らしい貴女はあくまで貴女の側面の一つであって貴女自身ではないわ。あの子ってそういう子でしょ?」

「それは…」


 それは確かにそうだ。結局ディードリヒはリリーナであればなんでも素晴らしく見えて、愛らしいものを贈るのも普段リリーナが率先して手に取らないからに過ぎない。あくまで普段見かけない自分であることに彼の中では価値があるのだろう。

 そう思い至ると、言われた通りディードリヒの普段言っていることにただ合わせるというのは彼が喜ぶことではないように思う。


「だから着たいものを着ましょう! それにせっかく自分の結婚式なのだから相手に合わせるだけなんて損よ。少なくとも私はそれで素敵な式になるとは思わないわ。上王妃様もそうは思いませんか?」

「そうねぇ、最近はもっと結婚式も自由になっているのかしら? わたくしの頃はドレスも母親のおさがりだったから、ディアナさんには『好きにしていいのよ』とは言ったけれど」

「あの時はそのお言葉のお陰でドレスの仕立てを自分で行うことができました。今思い出しても本当に感謝しておりますわ」

「なら嬉しいわ。私もお母様のドレスが嫌だったわけではなかったのだけれど…せっかくなら自分のドレスが欲しかったことを思い出してしまって。あの頃にそんな余裕はなかったのだけれどねぇ」


 フランチェスカはなんでもない思い出話のように話しているが、こうして二人のウェディングドレスの話を聞くだけでもリリーナには大きな時代の変遷を感じてしまう。

 自分の結婚式にウェディングドレスを仕立てる“余裕がなかった”という事実は、フランチェスカという時代の証人が発することで確かな重みを持つ。


「ね? そういうことだからリリーナさんの好きなドレスにしましょう。私は貴女が後悔しないくらい素敵なものを作りたいの。だから改めて好きなシルエットがあったら教えて欲しいわ」

「私は…」


 ディアナの言葉に改めて自分の要望を考えるリリーナ。確かに過度に愛らしいものは好きではないが、あまり上品過ぎても大きな祝い事には少し合わないような気もする。


「そう、ですわね…あまり特別感はないかもしれないのですが、ベルラインがいいでしょうか。プリンセスラインより品がございますし、スレンダーラインのような線の細いデザインになりますと少し体型には合いませんので」


 ベルラインは貴族ドレスでは一般的な裾のシルエットだ。ウエストをコルセットでしっかりと締めてくびれを作り、腰の切り替え部分から鐘のような特徴的な膨らみに始まり裾はふわりと広がったデザイン。

 対してスレンダーラインは腰の切り返しが大きくなく、体型に沿って裾が落ちていき足元の広がりも大きくはない。


 スレンダーラインはヒルドのような全体のスタイルのバランスが良く、リリーナのような比較的凹凸のあるボディラインには浮いて見えてしまうのでリリーナは普段からあまり纏わないのだ。


「一つお訊きしたいのですが、後ろ裾とベールはフレーメンでも階級に応じて長くなるのでしょうか?」

「そうね、そうなるわ」


 ディアナの言葉に少し安堵するリリーナ。もし自分が式を挙げるならばずっとやりたいことがあったので、これならできるかもしれない。


「でしたらベールボーイを私の侍女の親類に任せたいと思っているのです。故郷の結婚式ですとそういった場合がありまして…難しいようでしたらこちらの慣例に従うのですが」

「まぁ! ベールを持つのを子供にお願いするの? 素敵だわ! なら後ろ裾の長さは少し考えないといけないわね…あ、メリセントちゃんもつけるのはどう?」

「それは…メリセント様がよろしければ、でしょうか」

「ベールは長いし、子供一人で持つよりは二人で持つ方がバランスもとりやすくて安全だと思うわ。エリシアさんには私から話をしておくわね」

「ありがとう存じます…お心遣い痛み入りますわ」


 こうも自分の提案が抵抗なく受け入れられていくというのも不思議な気分だが、それは相手の心遣い故だと思うとやはり感謝の念が絶えず内心で二人にまた一つ感謝を述べる。


 ベールボーイというのは男児ならベールボーイ、女児であればベールガールと呼ばれ、貴族階級に応じて富の象徴を表す高級なレースでできた長いベールが床を擦らないよう支える子供を指す。

 パンドラでは一定年齢以下の子供は無垢の象徴と言われ神聖な存在であり、無垢の象徴が花嫁に祝福を授ける一種の形式美のように扱われていた。


 リリーナは自らが子供の頃、結婚式にベールボーイやベールガールが花嫁とともに教会を歩く姿に美しさを感じ、いつか自分が彼らをつけることに憧れを抱いていた故に、できうることならば実現させたいと長く思っていたのである。

 今回の結婚式でベールボーイを頼もうと思っているのはファリカの弟であるテレルだ。ファリカ本人は「とりあえず親に相談してみるよ」と言ってくれているので今は返答待ちといったところだが、色良い返事を期待したい。


 一方で、ディアナの提案にも納得できる点があった。人が支えないといけないほどの長さのベールを持ち、同じように長い後ろ裾を踏まないように歩くというのは子供一人ではバランスが悪いだろう。

 ましてファリカの弟であるテレルはまだ八歳である。会ってみたこともあるがまだ小さく幼い彼の体でベールを持ったまま真っ直ぐ歩くのは難しいかもしれない。であればディアナのいう通りメリセントがいた方がずっと安心もできる。

 とはいえメリセントは目立つことが苦手なので、そのような人前に出ることをやってくれるといいのだが。


「ティアラはどうしましょうか。手袋は貞淑の象徴だから外せないし…」

「その…ティアラに関しましては少し考えていることがございますの」

「あら、リクエストは大歓迎よ」

「ティアラに使う宝石の一部にアクアマリンを使用して欲しいのです」


 これも前々から考えていたことだ。考えていたというよりは、婚約指輪がリリーナの予想を外れたものを贈られたので悔しいからやり返してやろう、という話なのだが。


「アクアマリン? 構わないけれど…なにか理由があるのかしら?」

「ディードリヒ様の瞳の色とよく似ていますので…これは本当に、ただ私が彼の方に見せたいのでございます」


 正直に言って、ディードリヒがリリーナに婚約指輪を贈るとなったら彼は絶対に自分を連想させるものを装飾に使うと思っていた。

 しかし実際に贈ってきたのにそういった装飾はなく、さらには“リリーナに似合うものを”とリリーナの髪色を連想させたものを贈ってきたのである。


 嫌だったのではく、贈ってもらったものそのものもそこに込められた思いも彼らしい行動も全てが嬉しかったが、なぜ彼はこれから自分のものになる女を自慢しないのかと思わないでいられなかった。

 自分はこの指輪を持ってしてこれから彼のものになると明言しているのだから、もっと他人にわかりやすくしてもいいのでは!? …と、実を言うと彼女なりに怒ってはいたので、ティアラで自分から明言してやろうではないかという意思の表れである。


「らぶらぶねぇ」

「上王妃様もそう思うわれますわよね。羨ましいほどですわ」

「あ、いえ、その…っ、これはなんと言ったらいいか…!」

「大丈夫よ、リリーナさんが何か言わなくてもみんなわかっているわ♪」


 おほほ、とご機嫌な様子で軽く笑うディアナにまた揶揄われてしまったと反省するリリーナ。しかし今回ばかりは己で蒔いた種故に言い返すこともできない。


「わかったわ、ならアクアマリンを“それらしく”つけておいてあげる」

「あ…ありがとう存じますわ、王妃様」


 何やら意味ありげににやりと笑うディアナに少しばかり嫌な予感がするような…とは思いつつも、ディアナが肝心なところでふざけるような人間でないことはリリーナにもわかっているので心配する必要もないだろうと最終的には判断した。


「さて、訊きたかったことは全て訊いたと思うわ。ウェディングドレスはある種の儀式用装束だからシルクで作るのが慣例なの。だからお肌のことは心配しなくていいわ」

「それは助かりますわ。大切な情報を知らせていただきありがとう存じます」

「わたくしもいただいたサンプルがだいぶ手に馴染んできたわ。使い心地がいいし是非膝にも試してみたいから、リリーナさんのご厚意に甘えてもいいかしら?」

「大変嬉しいことを聞きましたわ。お気に召していただけたのでしたら何よりでございます。では後ほど店頭の棚よりお好きなものをお選びください、そのまま他にお買い上げの商品とともにエーデルシュタイン領への配送を手配いたしますわ」


 フランチェスカの反応を見るに、彼女には本当に練り香水を気に入ってもらえたようだと安堵するリリーナ。穏やかな表情と素直に弾ませてくれているのが伝わってくる声音がそれを物語っている。

 こうやって一人一人の客人に、それこそ身分を問わず心から評価され気に入ってもらえる商品を一つでも多く提供することにこの商売は意味があるとリリーナは常々感じていると言っていい。


 自分も例に漏れず…といった話ではあるが、本当に自分が“良い”と感じたものを手にした人間はそれを独占したがる。しかし同時に本当に“良い”ものだからこそ限られた人間には話したい…それが人間の心理の一つだ。

 ならばこのプロセスを繰り返すことで、この店は更なる向上が見込まれ評判もそれに連なって上がっていく…。


 やはりそのためにも、今後も商品の質や需要を考えていくことは重要であると断言できる。

 そしてそのための一歩として、今後予定されているシュピーゲル領との話し合いの場があるのだ。この機を逃すわけにはいかない。


「あぁ、他に買ったものも何もお土産が決まっていないのだったわ。そのためにお部屋を借りたというのに…忘れてしまうなんて歳かしらね」

「そのようなことは…! 私もうまく切り出すことができず申し訳ございません…」

「それは私のせいもありますわ。ですのでこれからゆっくり決めましょう、上王妃様。なにせ候補がたくさんありすぎますから」

「それはそうね。ではお茶のおかわりをいただこうかしら?」


 フランチェスカの言葉に反応したリリーナがグラツィアを呼び紅茶の手配を頼む。次の話題として始まった世間話を聞きながら、リリーナはフランチェスカの気にいる商品が見つかることを祈った。


ディアナママはほんまにリリーナさんが好きだなぁと…

まぁリリーナは真面目で礼節を重視した人間なので、ちょっと圧かけてるような雰囲気になるだけで内心めちゃくちゃ狼狽えるのが可愛いのは事実ですが。いつかリリーナにもディアナの本音といじりが区別できるようになるんだろうか


そしておばあちゃんダシに使ったみたいになって申し訳なさある…

まぁヴァイスリリィが店舗の規模としては大きくないのも事実なのでディアナママが介助につくのはおかしい話ではないんですが

香水となるとそこまで場所を取るものでもないので店舗の中にそんなに人は入れないです。その分従業員用のロッカー室とかリリーナの仕事部屋兼応接室がや給湯室あります

一階にあるイェーガー洋裁店さんは別で工場を持っているので、あの場所で行っているのは商談や商品の引き渡し、お客さんがドレスを試着したりサイズの計測が主だっています。なので大きく場所要らないっていう


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