リリーナさんはいじり甲斐がある(2)
「では次は私の用事について、お話しさせてもらいましょうか」
そう言ったディアナは意味ありげに微笑む。その瞬間少しひりついた空気に、リリーナは内心で身構えた。そして必死に脳内の記憶を漁り現状につながる何かがなかったかを思い出す。
自分の何か悪い評価でも起きたのだろうか、最近お茶会をした際に無礼があったか、それとも他に何か…脳の全てがフル回転して自分の懸念点を洗い出す。
しかし表情は崩さず、冷静に…そう考えていると、突然ディアナが太陽のようににっこりと笑った。
「ウェディングドレスのデザインについて話に来たのだけれど」
「!?」
まさに重苦しい空気から一転、といった乱暴な空気の切り替えで満面の笑みを見せるディアナ。リリーナは急なことに椅子から転げ落ちそうになるもなんとか堪え、一方でディアナはそんな拍子抜けしたリリーナの様子をみながら口元に手を当てふるふると何かを堪えていた。
「んっふふふふふふ…」
「ディアナさん、あまりリリーナさんで遊ぶものではないわ」
「その言い方は酷いですわ上王妃様。お話に乗ってくださったのは上王妃様ではございませんか…ふふっ…」
「あら? そうだったかしら」
短い会話の後で、ディアナは未だ笑いを堪えている。そして呆けたリリーナと震えるディアナを見ながらフランチェスカは呑気に微笑み、提供されたサンプルの練り香水を手の甲に馴染ませていた。
そして驚きのあまり若干目が泳いでしまっているリリーナに、ディアナがまだ笑いを堪えながらもリリーナに状況をネタバラシする。
「ごめんなさいねリリーナさん。可愛い子を見るといろんなところを見たくってつい…ね? ウェディングドレスの話をしに来たのは本当なのよ?」
「そ、そうでございましたのね…」
「ふふふ、困ってる…ふふふふ…可愛いわねリリーナさん」
「ディアナさんは本当にリリーナさんが好きねぇ」
などと言いつつ微笑むフランチェスカは、ディアナがこんなに笑い転げるのも珍しいと内心で思っていた。
確かにディアナは普段からユーモラスで笑顔の絶えない女性だが、かといってこんなにもすぐに笑い転げるような人間ではない。動揺のあまり椅子から転げ落ちそうになっているリリーナの素直さをそれだけ気に入っているのがよく伝わってくる。
対して態度は動揺のあまり崩れてしまったが、なんとか言葉遣いだけは死守できたと内心で安堵しているリリーナは軽く咳払いをしてその動揺を誤魔化す。
「んんっ…急なことで少しばかり驚いてしまいましたわ。申し訳ございません。失礼ながらお話を戻しても構いませんでしょうか?」
「んふふ…っ、そうね、ごめんなさい。改めて話をしましょうか」
ディアナはなんとか平静を保とうと気を張るリリーナが愛らしくて仕方ないと思うと、結局話の区切りまで笑いが止まらないでいる。
彼女からすると、リリーナはすっかり捻くれた息子と違って少しいじるだけで素直に驚いたり、平静を装いつつも凍りついているのがディアナから見るとどうしてもわかってしまったりと、とにかく素直で面白くそして愛らしくて仕方がない。
しかもここに来てもう一年以上経っているのにまだディアナの冗談に振り回され表情をコロコロと変えてリアクションをしてくれる。そういった部分もディアナは大変彼女を気に入っている理由だ。
勿論彼女の評判や能力は認めているしそういった側面でも文句はないが、この少し心配になるほどの純粋さが何よりも可愛らしくて仕方がない。
だがそれはそれとして先ほど出した話題は本当なので、ディアナは一度感情を切り替える。
「式の日取りも具体的になってきたから、ドレスにもそろそろ手を出したいのよ。ディビにはちゃんと話を通してあるわ」
「お心遣いありがとう存じます…ですが王妃様自らとなりますと、よろしいのでしょうか?」
「やだ、せっかく娘ができるのにウェディングドレスもデザインできないなんて天から授かった私の才能が泣いてしまうもの、むしろ作らせて!」
数言の短いやりとりだけでも、ディアナがウェディングドレスに対して張り切っているのが良くわかるが、リリーナの中では一つ問題があった。
まだ本人に話をしたわけではないのだが、リリーナはウェディングドレスのデザインを最も信頼できるデザイナーであるイェーガー洋裁店のマチルダに頼もうと考えていた、という問題である。
しかしディアナの気持ちや厚意を無碍にするのも申し訳ない思いだ。どう選択したものか。
「あぁ、マチルダの心配をしているなら問題ないわ、彼女にももう話してあるから」
「そうなのでございますか?」
「彼女とは古い付き合いなのよ、簡単に言うとライバルなの。でも今回は私の『娘ができて嬉しい!』って気持ちを汲んでくれたわ。披露宴のドレスは彼女が作る約束だから話をしにいってちょうだいね」
「了解いたしましたわ。お心遣い感謝いたします」
あっさりと心配事が消え去り少し驚くリリーナ。
しかし言われてみると、マチルダとディアナは元々歳が近いようには感じていたな、と思い出す。二人の正確な年齢はわからないが、落ち着いて洗練された立ち居振る舞いはどうしても努力だけでは身につかないことをリリーナは知っている故に、なおさら二人の共通点として感じていた。
ディアナが自身がデザインするドレスブランドを元より持っている点も含めて、同じデザイナー同士である二人は何かと接点が多いのだろう。
「では本題に入りましょう。ドレスのシルエットや装飾、ベールとかの小物でもいいわね、何かリクエストはある?」
「胸元や背中が大きく開いているデザインは避けたいと思っておりますわ」
これは事前に考えていた意見だ。結婚式と言うとやはり貞淑な雰囲気を重視したく、あまり派手なものは避けたい。
「なら全体的なイメージとしては基本に忠実なものにしましょう。ただリリーナさんは胸元にボリュームがあるから、その上にある鎖骨のあたりは出したほうが綺麗だと思うの」
「谷間が見えるようなことにならないのであればそれがいいと思っているのですが…」
「わかったわ。ならデコルテ周りは透けるような印象のレースを使って、くどくなくて品のある印象にしましょう。上半身に薄いレースの上着を羽織っているような形にしてしまって、ある程度袖も長ければ気品が感じられると思うわ」
「レースで隠す…そういった発想もあるのでございますのね。おっしゃる通り重たい印象がなくなって素敵になりそうですわ」
ディアナは思いついたアイデアを流れるように、そして素早く紙に書き写していく。リリーナはその姿を見ながら先日会ったマディや、普段ドレスの話をする際のマチルダのことを思い出した。やはりデザインに手慣れているというか、アイデアスケッチが皆驚くほど早い。
「裾のシルエットにこだわりはあるかしら?」
「特に…あぁいえ、少し愛らしいものにしていただきたいですわ」
「可愛い感じでいいの? 少し意外なような気がするけれど…」
「ディードリヒ様は愛らしい私がお好みのようですので」
裾のシルエットまでは大きく考えていなかったので要望はすぐに思い浮かばなかったが、その時ふとディードリヒのことを思い出した。
彼はすぐ自分に愛らしいものを贈ったり着せようとするので、どちらかというと愛らしい自分の姿が好きなんだろう、と。
「そういう理由ならやめた方がいいわね」
「失礼ですが王妃様、なぜそのようなお言葉を?」
「それはあの子が本当に望んでいると思う?」
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