表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

252/293

リリーナさんはいじり甲斐がある(1)

 

 

 ********

 

 

 麗らかな春から、気づけば季節は夏の気配が強まっている。強くなってきた日差しを日傘で遮りながら通りを歩く令嬢や婦人たちの行き交う通りの一角にその店はあった。

 店は大人気の洋裁店の上の階に置かれ、出店からわずか一年と数ヶ月にして固定客のつく人気店となっている。


 その店の名は『ヴァイスリリィ』。リリーナ・ルーベンシュタインをオーナーに、他工房からの取り寄せだけでなくお抱えの職人が作り上げたオリジナル商品が人気の香水専門店である。

 そして本日オーナーであるリリーナは、大切な“賓客”と言って過言でない人物を待っていた。それはディードリヒの婚約者の自分としても、この店のオーナーとしても、絶対に自分が出迎えなければいけない賓客である。


「リリーナ様、お越しになられました」


 窓の外を警戒していたミソラがリリーナに賓客が来たことを告げると、リリーナはそれに頷き従業員たちに声をかけ、全員で正面玄関の前に整列するよう指示を出す。

 そして正面ドアに備え付けられた鐘が鳴ったと同時に全員で賓客に向かって頭を下げた。


「いらっしゃいませ。ようこそおいで下さいました、フランチェスカ上王妃様、ディアナ王妃様」


 中に入ってきたのは上王妃フランチェスカと、その付き添いとしてディアナの姿があった。フランチェスカは高齢により膝を壊しており生活には介助が必要である。しかしヴァイスリリィは何人もの人間が入れるほど大きくはなく、ディアナが介助のために連れ添っているのだ。


「あらあら…こんなにしっかりとしたお迎えをしてもらえるの? 気にしなくていいのに…今日のわたくしはただのお客さんなのだから、みんな頭を上げて」


 少し驚いたようなフランチェスカの言葉に、リリーナを含むヴァイスリリィの従業員たちが頭を上げる。それからリリーナが店を代表して二人に微笑みかけた。


「お心遣いに感謝いたします、上王妃様。改めましてお二人とも本日はヴァイスリリィへお越しいただき誠にありがとう存じます。店内をご覧になることは勿論、ご要望がございましたら私がご対応させていただきますわ」

「ありがとうリリーナさん。とてもすてきなお店で驚いてしまったわ」

「ありがとう存じます、上王妃様。当店は御休憩用に部屋をご用意してございますので、お二人のお身体のことを考えまして少しお休みいただくのもよろしいかと思われますわ」


 この暑さでは、高齢により悪くしているフランチェスカの膝を気遣うだけでなくディアナも含めた二人の体調を意識するべきだ、という旨を注視し発言するリリーナ。

 その気遣いにフランチェスカとディアナは礼を一つ述べ、それから今日主だってここに訪問することが目的であったフランチェスカが微笑む。


「優しいのね、リリーナさん。せっかく来たのだからまずは少しお店を見て回ろうかしら。おすすめを教えてもらえる?」

「かしこまりました。私でよろしければご案内させていただきますわ。王妃様もご一緒とお考えしてよろしいでしょうか?」

「えぇ。今日は上王妃様のお手伝いとして来ているから、一緒に行動させていただくわ」

「かしこまりました、ご無礼をお許し下さい。ではご案内いたしますわ」


 リリーナは二人を店内の少し奥のコーナーへ案内する。その際他の従業員には一度普段通りに行動するよう指示を出して、二人を連れたリリーナはまず手軽な商品から案内を始めた。

 

 ***

 

「ふふふ、とっても楽しかったわ」


 差し出された紅茶を前に微笑むのはフランチェスカである。今フランチェスカとディアナはリリーナに案内され一通り店内を見回った後、フランチェスカの土産物の候補を絞り込むことも踏まえて休憩の時間に入っていた。


「香水ってたくさんあるのね、気に入ったものが見つかって嬉しいわ。少し目移りしてしまっているけれど…」

「私もとても嬉しいですわ。お客様がお気に召された商品があるということは、いつであっても嬉しいものでございます」

「ふふ、リリーナさんはお口が上手ね。お店がうまくいっている理由がわかる気がするわ」

「そのようなことは…恐縮ですわ」


 ありのままの感情として言葉を述べたつもりではあるが、少し嫌味のように受け取られてしまっただろうか。フランチェスカの言葉から取るに気を悪くさせてしまったわけではなく、褒めてもらっているように聞こえるのはありがたいが…。


「ディアナさんも素敵な出会いがあったみたいで、そっちも嬉しいわ」

「えぇ。今日はいつも気に入っている練り香水の香り違いのものを購入してみました。ここの商品は塗り心地と香りがとてもいいのですよ」

「まぁそうなの? その商品も見ればよかったかしら?」

「後ほどご覧になられるようでしたらご案内いたしますわ。暖かな時期ですので少し合わないかと思ったのですが…」


 練り香水は軟膏として保湿などに使う商品故に、ヴァイスリリィでも時期によって扱う品数を調整しようと決まっている商品である。夏場は特にベタつく可能性もある上、そもそも手が大きく荒れないのであれば使う必要もないのではないだろうか、とリリーナが考えていたからだ。


 季節問わず手の荒れやすい人間がいることを知っているので取り扱いはする予定ではあったが、勧めるほどではないのではと少し気後れのようなものがあったと言っていい。推していきたい商品は何も練り香水だけではないのだから。


「でもまだ夜や雨の後は少し冷えるし、上王妃様にはとてもいいのではないかしら? 練り香水って保湿のできる軟膏のようなものだもの」

「軟膏のように使えるの?」

「はい、本来肌荒れなどに使われるものですので…マッサージなどに使われますと血行も良くなり夜に眠りやすくなりますので、おすすめですわ」

「まぁ、マッサージに使えるのは素敵だわ。その練り香水というのは手のひら以外に塗っても大丈夫なものかしら?」


 手のひら以外となると、フランチェスカの場合膝を指しているのだろうか。確かに毎日のマッサージに使うのは薬も大切だが、時には香りのいいもので日々に彩りを与えるのもいいかもしれない。


「問題ありませんわ。ただ、塗り薬などをお使いになられているのでしたら一度医師にご確認を取られた方がよろしいかと思われます。ですので、ご興味がおありのようでございましたら一つお贈りさせてくださいませ」

「いいのかしら? ただでなんてなんだか申し訳ないわ」

「試供品だと思ってくだされば幸いですわ。御御足にご使用できないとなれば手のひらにでもお使いいただけますと嬉しく思います」

「そこまで言ってくれるなら、一つ頂こうかしら。嬉しいわ、お気遣いありがとう」

「いえ、私がお贈りできるものも多くありませんので、お気になさらないでくださいませ」


 これこそ言葉通りだ。自分が他人に渡せるものなどそう多くない。結局フランチェスカに贈る商品でさえ、作ったのは職人であるアンムートだ。

 いつだって自分はそうやって誰かに支えられていることを忘れてはならないし、だからこそ店にも目の前の賓客にもできることをしたいと思う。


「お肌に合うかご心配なようでしたら、香りのついていないサンプルがございますのですぐにお持ちすることもできますわ」

「あらそうなの? なら試してみたいわ。今日はディアナさんもリリーナさんにご用事があるみたいだから、わたくしはその間二人のお話を聞いていましょう」


 ふふ、とまた一つ柔らかな笑みを見せるフランチェスカ。対してリリーナはディアナが自分に用事がある、という部分に思い当たる節はないものの、一先ずグラツィアを呼んでフランチェスカに提供するサンプルの用意を頼み、あらためて二人に向き直る。


「では次は私の用事について、お話しさせてもらいましょうか」


「面白い!」と思ってくださった方はぜひブックマークと⭐︎5評価をお願いします!

コメントなどもお気軽に!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ