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大好きだから、ごめんなさい(3)


「まず、マディ様には一人怒ってもいい…いえ怒るべき人物がいます」

「…怒るべき、人?」

「そうです。ディードリヒ様のことは怒ってほしいですわ。彼の方は己の責任を放棄して自らの欲望のために貴女へ甘い言葉をかけました。それは許されていいことではございません」

「そう、かしら…」


 リリーナの示した怒りに、マディは少し戸惑っている。おそらく“その甘言に乗ってしまった自分も悪いのでは”と怯えているのだろう。しかしそれはそれでこれはこれだ。


「確かに、マディ様の本日の行いにはやりすぎだと感じた側面もございました。しかし貴女の創作への思いを利用し、己の目標のみを考えていた彼の方は狡猾で強欲が過ぎます。そして貴女は彼の方に利用されたという事実を怒るべきであると私は考えますわ」


 今日のマディの行いは、特に女性の胸元を許可なくはだけさせるという行いや、その上でリリーナの許諾していない撮影を外堀を埋めることで許諾させざるを得なくしたことに加担したことなど、どう考えてもやり過ぎであるとはっきりと言える。


 だがその状況に持っていけるよう彼女に甘言を囁き、確信的に行動に移したのはディードリヒだ。いつぞやに実家に帰ったリリーナに、従兄弟であるルーエが手を触れただけで怒り狂っていた彼がマディの行いに何も反応を示さなかった段階でそれは証明されていて、リリーナの質問に対して本人も故意に状況を作ったことを認めている。


 その全てが己の目的のためで、状況や他人の好きなものを利用しましてや恋人を辱めるなど、どこまで他人を侮辱すれば気が済むのか。そんなものは家族であろうが恋人であろうが他人であろうが、全てにおいて許されていいことではない。

 ましてディードリヒはそれを無自覚に行う場合がある。ある意味において己の好きなもの、欲望に純粋と取れないこともないが、それならば尚更しっかりと叱りつけて状況を理解させなければ。


「そしてもう一つお話ししたいことがございます。それは、次の機会には私の意見も取り入れてほしいということです」

「え…? それは…」

「誰かに何かを広める、ということはまず他人にも違った考え方や好みがあるということを理解して行動しなければなりません。逆に考えると、その点を重視すれば効率的に自分の好きなものを広めていくこともできるということですわ」

「こ、効率…?」


 リリーナの発言についていけず、思わず頭の上に疑問符を浮かべるマディ。どうやら彼女には好きなものを広めるということは、自分の“好き”という感情を周囲に見せることにあると思っているようだ。


「効率的、というのはなにも計算上の冷たい話ではありません。それが好きそうな人に好きになってもらいやすく、そうでない方には無理を言わない…それだけで世界は広がりますわ」

「それと、次の機会を用意してもらえることや、リリーナさんの意見がもらえることには何のつながりが…?」

「共に意見を出し合って考えれば、マディ様の恐れている独断専行になることもなく、私も快く参加しやすいですもの。そのほうが楽しいと思いませんこと?」

「あ…」


 聞こえた一つの“意見”にまるで目から鱗でも落ちるかのような表情を見せるマディ。そうやって驚きを隠せない彼女の姿に、リリーナは内心で一つ落胆した。


 “あぁ、やはりか”、と。


 おそらく、予測ではあるが、ここまでの彼女の人生で彼女に向かって否定以外の意見を述べた人間がいなかったのではないだろうか。

 姉妹であるルアナやメリセントであれば面と向かってものを言うこともできるだろう。しかし彼女たちがマディに向かって言うのは“否定”だ。家族として気兼ねがないからこそ“趣味じゃない”とはっきり言うことができてしまう。


 では他人では?

 こちらも難しいのではないだろうか。まして彼女のような好きなものへの熱量の高い人間に対して「自分の意見も聞いてほしい、一緒に良くしていきたい」と言える人間は彼女と同じ熱量がなければ難しい。

 ましてマディは大公の娘だ、その辺の令嬢が迂闊な意見を言えば自分が不敬と扱われるかもしれない…その状況で彼女に意見を言うことは、そもそもそれそのものが難しいだろう。


 確かに何人かはいただろう、上辺で人気者に取り入りたい多くの人間の中に一握り、彼女の趣味に憧れや理解を抱いていた人間が。

 しかしマディの熱量はあまりにも高く、自分を知ってもらうことにばかり目が行っていて、そこに彼女の立場が重なれば…面と向かって意見できるはずもない人間たちができるのは距離を取ることだけだったのではないだろうか、そう考えるのはあまりにも容易い。


 人気と噂の彼女のサロンに人が集まるのは、彼女の趣味…特に服飾の部分が有名で、さらに間口の広い場所故に経験の浅い人間でも参加できるからだろう。

 つまり彼女に必要なのは、対等に意見を言える“友達”なのだ。互いに歩み寄り、意見を言い合って、存在を認め合える存在が彼女にはおらず、そしてその存在がいることがどういったことなのかを体感したこともない。


 確かに人の生においてそういった存在は必須ではないかもしれないし、求めない人間もいる。だが今のマディに必要なのは“意見を言い合える人間”…それを友達と言わずして、仲間と言わずしてなんと言うのかを少なくともリリーナは知らない。


 この様子では同じように服飾の趣味を持つディアナには裁縫の話しかしていないのかもしれないし、母親であるエリシアにも心の内は明かしていないのだろう。心配をかけたくないと彼女なりに考えた結果なのかもしれない。

 そしてそこに思い至ったのが自分なのであれば、まずは自分が歩み寄る存在になりたい、そうリリーナは思った。


「広める、とはそうやって輪を繋げていくものですわ。同じものを好きだとしても、その奥にはさらに個人の好みがあるもの…例えば私でしたら、白百合が好きですので白百合とレースのコサージュが似合う服が着てみたいですわね」

「白百合…なら、敢えて赤いドレスを合わせるのはどうかしら〜? お祖父様のお家にいた時、リリーナさんは鎖骨の下辺りまで胸元を隠していたから…袖を切ってしまう代わりに首にサテンのチョーカーをつけて、胸元からチョーカーまでをレースで繋げて、腰に大きな百合の飾りをつけたら同じように作ったコサージュとよく合うと思うの〜。生地もサテンやシルクの艶のある素材にして…」


 リリーナの言葉に少し気持ちが切り替わったのか、マディはメモを取り出すとリリーナにデザイン画を描きながら説明を始める。丁寧に描かれたデザイン画はとてもわかりやすいスケッチで、彼女は絵も描けるのかとリリーナは感心した。


「白百合のお姫様…でもきっとこのお姫様は悲劇に悲観するようなお姫様じゃなくて、自分の足で立ってドレスが引き裂かれても歩き続けるの。そこに純潔を意味する白百合が重なって、とっても素敵な物語ができると思うわ〜」

「マディ様は、フリルやリボンのないドレスもお好きなのでしょうか?」

「好みではないわ〜。でも、せっかくリリーナさんから意見を貰ったドレスだから、リリーナさんに似合う物語にしたかったの〜」


 そう言ってはにかむマディはとても嬉しそうに見える。自分の意見が彼女に何か響いているといい、そう思いながらリリーナも笑い返した。


「作ったお洋服に物語を乗せるのか好きなの〜。お砂糖の国のお姫様や薔薇の妖精、ディードリヒ兄様に着てもらった服は純潔の少女に一目惚れをした孤独な吸血鬼で、ヒルドさんに着てもらった少女の守護妖精は少女が小さな頃から友達なのよ〜」

「一つ一つに物語があるのですね」

「そうなの〜。リリーナさんに着てもらったお洋服は、純潔の少女が吸血鬼の闇に誘われて彼の色に染まりつつある表現なのよ〜。妖精は少女がこれ以上堕ちてしまわないようずっと彼女の手をひいているの…素敵だわ」


 マディは一つ一つの物語を語りながら、そっと先ほどのデザイン画に触れる。それだけ彼女にとっては描いた物語の全てが宝物のように大切なのだろう。

 それにしても、どうしてマディはこうも自分とディードリヒの関係を見透かしたように物語に落とし込んでしまうのだろう。流石に偶然にしてはできすぎているとしか思えない。

 如何にディードリヒがあの執念としか言いようのない視線をあからさまに向けていると言っても、まるで自分たちを壁の穴から覗き見ていたような正確さだ。


「では白百合の赤いドレスはどういった物語なのでしょうか?」

「このドレスを纏っているのはある国のお姫様なのだけれど、彼女はある日傷ついた伝書鳩を見つけるの〜。鳩を治療するために連れ帰って足についていた手紙を確認すると、孤独な男の子の寂しい思いが綴られていたわ〜。だから彼女は治った鳩にお返事を託して、暫くやり取りが続くのだけれど…」

「けれど?」

「男の子は実は他国の忌み子の王子様で、今度遠くへ行ってしまうことがわかったの〜。そのことに奮起したお姫様はこのドレスを着て彼の元に向かうことを決意する…そして深い森の木々にドレスがボロボロにされても気にせず進み続けて、最後は幸せに結ばれるのよ〜」


 一通り話し終えたマディは、満足げに紅茶を飲み下している。その物語はとても勇ましいハッピーエンドで、リリーナは何故か心強く背中を押されたような思いを抱いた。


「ハッピーエンドなのですわね」

「悲しい物語も好きだけれど、どうしてかリリーナさんを思い出して書いた物語はいつも幸せな結末になるわ〜」

「吸血鬼の物語も幸せに終わるのですか?」

「あのお話は、少女の純粋な祈りが神に届いて吸血鬼が人間になって終わるのよ〜。そして守護妖精は二人の子供を守る役目に変わっていくの〜」

「それは、とても素敵ですわね」


 今度も美しいハッピーエンドだ。この結末は物語でしか許されない結末かもしれないが、いつの日か自分も彼を幸せにしたいと願うから、一つ一つの結末を描いてくれたマディの思いが勇気をくれる。


「ふふ、確かにこうやって他の人の言葉を聞きながら作るドレスはとっても楽しいわ〜。それにリリーナさんの言う通り、私のことをわかってくれる人とも出会えるかもしれないわね〜。そう思うと少し元気になったわ、ありがとう〜」

「そう言っていただけるのはとても嬉しいですわ。自分の譲れないことを譲るというのはしてはいけませんが、融通のきくところは相手と話し合うことでもっと素敵になります。実際に今聞いたお話もとっても素敵で私好みでしたわ」

「本当〜? そう言ってもらえたならよかった〜」


 そう言ったマディは今日一番幸せそうに笑っていた。その姿にリリーナはまた要らぬお節介を焼いてしまった自分に呆れつつも、彼女が笑顔であるならばそれでいいと、確かにそう思える。


「!」


 と、そこにノックの音が入ってきてリリーナが先に反応する。返事をするとドアを開けたのはヒルドであった。


「マディ様、こちらにいらしたのですね。撮影が終わったので写真屋がお話があると探しておりました」

「あら〜お疲れ様、ヒルドさん。探させてごめんなさいね〜。これからお着替えよね? 私は写真屋さんのところに行くからゆっくりお支度してね〜」

「ありがとうございます、マディ様」


 マディはゆっくりと立ち上がると、今度はリリーナに向き直って一つ微笑んだ。


「リリーナさん、今日は本当にありがとう〜。またお話ししてもいいかしら〜?」

「勿論ですわ、いつでも歓迎いたします」

「よかった〜。では二人ともお疲れ様〜、今日は泊まっていってね〜」


 そう言い残すと、マディは静かに部屋を出ていく。リリーナと共に彼女を見送ったヒルドが部屋に入ってくると、今度はヒルドがマディの座っていた椅子に腰掛けた。


「なんの話をしていたの?」

「ただの世間話ですわ。今日のことを労っていただいただけです」

「あら、私に秘密を作るの? 仕方ないわね…今度ケーキをご馳走してくれたら許してあげる」


 ヒルドの言葉にぴくりと眉を動かすリリーナ。すると彼女は少し不貞腐れたような顔でヒルドを見る。


「それを言い始めてしまったら、お茶会の時に私を散々いじり倒したお詫びはもらっていないのですが?」

「あっひどいわ。私はリリーナのためを思ってやったのに」

「かといって私を話のダシにするなど…」


 互いに譲れない思いから起きる小さな喧嘩。とは言っても互いに本気ではないので、何かきっかけがあればすぐに笑い合ってしまう程度のものでもある。

 そしてディードリヒは後でしっかり叱りつけようと思いつつ、リリーナはヒルドとおしゃべりをする中で彼女の着替えを手伝ったのであった。


長い!!!!!!(苦渋の顔)

一つの話の塊に8話は長い!!!なんでって一日一回しか更新してないから!

でもせめてこのスタンスを取らないと次の話のプロットを立てる時間もない!!!

本当に申し訳ありません…

きっと今後もこういうのは多いです…


気を取り直して話の中身について触れていきましょう

マディちゃんとリリーナが年始に会った時にマディが言った「そのうち首都に行ってリリーナを着せ替え人形にする!(要約)」が叶ってしまいましたね。リリーナ様の結婚式に向かって進んでいく中で、遠方からエドガー叔父さんも来るというのに前乗りする気合いの入りっぷり、さすがです

後マディちゃんの趣味すんごい中二病で笑っちゃった。ゴシックな世界観も好きみたいですね、自分で着るなら圧倒的に甘ロリが良い主義な彼女ではあるんですが

好きなことになるとあまりにも熱量の高い彼女ですが、基本的に根っこの育ちがいいので自分が何か良くないことをしてしまった、と思ったら素直に謝れる子でもあります。特にリリーナは最後まで付き合ってくれたので負い目があったんでしょう

これからリリーナが言ったことを活かしてうまいことお友達ができるといいなと思っています


そして安定のディードリヒくんさぁ…

己の目的のためなら手段を選ばない男。ついでに言うと「待て」もできない。救いようがない

とはいえなんだかんだと甘やかしてしまうリリーナ様もよくない、よくないよ。如何にマディの目が輝いててもワンチャン断れるって、いけるいける大丈夫だから!諦めないでぇー!

と、作家は思うのですが己の欲望に抗い切れるとは限らないのが人間という生き物なので仕方ない…のか?

それにしても病み(?)シーン書くの楽しかったです。最高に楽しかった。でも首元はだけててそこにキスをするのは全年齢的に大丈夫なのだろうか?セクシーさの加減がわからん…

ディードリヒくんがリリーナを病み目で見る時のどろりとした感情はもっと上手く描けるようになりたいなぁと思います


そしてヒルドがどんどん口悪くなってる(ディードリヒ限定)だけど大丈夫そ?

ほんまにヒルドはディードリヒ嫌いで見ていて面白いです。多分一生分かり合えない

言うてリリーナにピンチが来たら物理的に守ってくれる部下はラインハートで人脈的に守ってくれるのがヒルドだと思っています。そしてリリーナの最もそばにいるのがディードリヒ、という感じ

わかり合えなくても目的が果たせて必要最低限の意見が合うなら問題ないかもしれない


個人的には三人の写真が自前で欲しいです。

無表情リリーナ様はいいぞ、さらにディードリヒもイケメンになるしヒルドはもとより美女だし、いいことしかないな、うん


「面白い!」と思ってくださった方はぜひブックマークと⭐︎5評価をお願いします!

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