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大好きだから、ごめんなさい(2)

 

 ***

 

「それでね〜、あの氷みたいな瞳のディードリヒ兄様がリリーナさんを組み敷いてるのがとってもどきどきするっていうか…!」

「は、はぁ…」


 熱く語るマディに相槌を打ちつつも、やはりマディが見ているものは自分とは大きく違うのだと思いつつマディの言葉に耳を傾けるリリーナ。マディはお茶が出されてからすぐに話を始めて、その火力が全開になるまでそう時間はかからなかった。


「嘘を貼り付けた笑顔の裏側にあの表情があって、その鋭い欲望がリリーナさんに張り付いているのが私には見えるの〜!」

「そうなの、でございますか…」


 この発言はまるでこちらの関係を見抜いているようだと、リリーナは反応に困る。果たしてこれはディードリヒがわかりやすいのかそれともマディが聡いのか。


「私確信しているの。たとえディードリヒ兄様のストーカー疑惑が嘘でも本当でも、兄様はリリーナさんのことを殺してしまいたいほど好きなんだって!」

「!!」

「やっぱり兄様は『渇望は泉が如く』の男爵のようだわ〜! お祖父様とお祖母様のお家であの溶岩みたいな視線に気づいた時、リリーナさんとの撮影会を絶対に取り付けて、絶対にこのテーマで行こうと決めていたの〜!」


 すっかりこの話で元気を取り戻したのか、いきいきとしているマディは話し方も戻って楽しそうである。

 それは嬉しいことなのだが、リリーナとしてはディードリヒという存在そのものが子供教育に悪いような気がしてきていた。


 ディードリヒから自分に向けられた視線については何かと話題に出ている…とこの話をきっかけ振り返ると、どう考えても彼が周囲に対してこれ見よがしにやっているとしか思えない。

 その視線がとても熱視線などという生優しいものでないことはわかっていたが、自分は彼の視線をもう長いこと浴びているせいで当たり前になっているのだろう。絶対にいいことではない。


「相手に対する思いの渇望と、生きるために純潔の乙女の血を求める渇望…その二つが合わさった時、絶対に素晴らしい写真が撮れるって確信していたもの〜!」

「確信なさっていらしたのですか?」

「そうなの! ディードリヒ兄様からリリーナさんへの視線は本当に“渇望”と言うのに相応しいと感じていたわ〜。そしてディードリヒ兄様って髪色が暗いのを気にして暗い色の服はあまり身につけないでしょう? でもそれってとっても勿体無いと思っていたの〜。だからしっかりと退廃的な雰囲気を重視したダークな世界観を作ってあげれば髪色はむしろ生かされるし、兄様の瞳はとっても綺麗だからそれも際立ってリリーナさんの金の瞳と絡んだ時耽美で危険な香りのする写真が出来上がると思ったの〜!」


 耳が追いつかないのでは、と思ってしまう勢いで語るマディ。あまりの熱量にリリーナは驚きつつも、改めて彼女の創作や服飾に対する熱量を感じ、マディのもつ一つの視点に感心した。


 確かに、ディードリヒは普段から髪色の重たい印象を気にして服装は白を中心にベストなどで差し色を入れるものが多い。シャツは絶対に白を選ぶ上、スラックスも正装では特に白を選んでいる。

 しかしマディのアイデアは正に“逆転の発想”といったもので、ディードリヒの持つ髪色の暗い印象を活かし世界観を彼に合わせるというのは素晴らしい発想力だとリリーナは感じた。

 そしてそれは創作であるが故に際立たせて美しいものへと昇華することができる。おそらくマディにはそういった発想面で天性の才があるのだろう。


「そしてディードリヒ兄様から『吸血鬼みたいな服装を活かしたい』って言われた時に“愛するが故に殺してしまう”を表現できるのは兄様の提案だと思って…っ!」

「そういったことでございましたのね…」


 先ほどまでの記憶を振り返り噛み締めるマディ。しかしそのすぐ後で、彼女は自身に落胆した姿を見せる。


「そうしたら興奮して何も考えずにOKを出してしまって…本当にリリーナさんのことを考えていなかったわ…」

「初めからコンセプトは吸血鬼や妖精だと聞いていましたが…なにかディードリヒ様の提案で変更した箇所があったということですの?」

「そうなの〜。コンセプトは変わっていないのだけれど、先ほど撮った少し過激な写真のことまでは考えていなくて…提案を聞いてから閃いてOKを出してしまったの…」

「…」


 またもや眉が下がり落ち込んでしまっているマディ。本当に彼女は自身が衝動と感情で動いていたことを反省しているようだ。

 しかし彼女の反省する気持ちはわかるが、本来この件で反省すべきは彼女の純粋な思いを利用してあの場を作り上げたディードリヒである。確かにマディにも己の行いを振り返るべき点はあるが、根本の問題を起こしたのはディードリヒなのだから。


「反省しないといけないわ…私はリリーナさんを蔑ろにしたもの…」

「マディ様…」

「それなのに…それなのに、あの光景が頭から離れないの…っ!」

「…」


 祈るように胸の前で指を組むマディの発言に言葉を失うリリーナ。なぜならマディは先ほどのやや青いまでの表情から、一瞬にしてときめきに頬を赤らめる少女へと変貌を遂げたからである。


「あの美しすぎる退廃的な誘惑から、さらにヒルドさんの妖精も加わって…少女を守ろうとする妖精と奪い去ろうとする吸血鬼の少女を巡る三角関係が展開されるという、さながら恋愛小説の挿絵のような楽園が広がっていたのよ…! もう興奮して止まらなかったわ…ごめんなさい…」


 そして最高潮まで達した熱は坂を転げ落ちる大岩のように急激に下がっていく。マディの中のあまりに上下の激しい情緒を心配したリリーナが彼女を落ち着かせようと声をかけようとすると、


「…楽しかった」


 そうぽつりとしたつぶやきが聞こえた。


「…?」

「楽しかったわ、本当に…ルアナやメリセントにもいつからかできなくなってしまったこと、周りの子にも声を大にしては言いづらくなってしまったことを受け入れてもらえたことが本当に嬉しくて、楽しかった」


 ぽつ、ぽつ、と聞こえる言葉は少しばかり不安に揺れている。きっと言っていいものなのか悩みながらも話をしてくれているのだろう。

 だからリリーナは、彼女の言葉を待つことにした。


「今日、リリーナさんは文句の一つも言わないで受け入れてくれたわ。余計なことを言ったら私が困ると思ってくれたのも気づいていた。ディードリヒ兄様が交換条件を出してきたときも、ヒルドさんからお手紙が来た時も、全部いっそ運がいいようにさえ感じていたの」

「…」

「私はすぐ感情的になって視野が狭くなるって、お母様からよく叱られていたのに…」


 どうやらマディは今回のことですっかり落ち込みきってしまっていて、リリーナが少しでも楽しい気持ちを思い出せたらと切り出した話題さえその悲しみにつながっていってしまっている。


 心の底からこちらに詫びてくれるのは確かに誠意を感じるが、リリーナから見ると彼女は少し悲しみに囚われすぎているように見えた。

 ならば、少し説教くさいと避けていた話題を使うしかないかもしれない。


「マディ様」

「あ、ごめんなさい…私また自分勝手な…」

「いえ、少しお話ししたいことがありますの。ゆっくり話しますので聞いていただけませんこと?」

「わ、わかったわ…」


 リリーナの言葉に頷いたマディの顔は少し青く見える。ここまでのことで自分はリリーナに嫌われたと思っているのかもしれない。

 しかしリリーナが伝えたいことはそのような感情的な話ではなく、決して彼女を嫌いになったわけでもない…故に、言葉はなるべく慎重に選ばなくては。


「まず、マディ様には一人怒ってもいい…いえ怒るべき人物がいます」


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