着せ替え人形とペテン師吸血鬼(3)
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移動したエントランスは確かにシャンデリアの明るさが調整され、少し陰鬱ともとれる雰囲気に変わっている。しかしこの暗さではうまく写真が撮れないのではないだろうか、とリリーナは周囲を見渡しながら考えた。
「暗いから足元に気をつけてね〜。写真はここに照明を当てて光度を調整するの〜、細かいことは写真屋さんがやってくれるわ〜」
マディの合図で写真屋が別荘の使用人と共に撮影のためのセッティングを始める。今日はディードリヒだけでなくマディの雇ったプロの写真屋が一日撮影しているので、まるで新聞に載っている写真広告のようだとリリーナは考えていた。
「準備が終わったみたいなので早速撮っていきましょう〜。あちらに立ってもらって、まずは二人で軽く並んでね〜」
マディの呼びかけに答えて移動するディードリヒとリリーナ。指示された場所はエントランスの中央にある大階段の踊り場であった。階段は広い踊り場から左右に分かれ、踊り場の壁には大きな絵画が飾られている。
そしてディードリヒと共に踊り場に立ち並んだリリーナではあるが、二人で撮影となるとまた勝手が変わってきてしまい少し戸惑ってしまう。とりあえず絵画に描かれる時のようにしていればいいのだろうか、と腹部の前で指を揃え真っ直ぐとディードリヒの隣に立った。
「では一枚〜」
マディの掛け声と同時にカシャリとシャッターの切られる音が聴こえる。同時に光るストロボに目が焼かれないよう少し気を払う。
そして何枚か撮ったタイミングで、ディードリヒが「自分でポーズを指定したい」とマディに発案した。
「ディードリヒ兄様は撮りたいポーズがあるんですか〜?」
「何枚かね。リリーナの魅力を一番引き出せるのは僕だという自負があるから」
「まぁ! 確かにそうかもしれません〜。ヒルドさんも同じ意見ならそうしようかしら〜?」
彼の言う“リリーナの魅力を最も引き出せる”という自信はいったいどこから来るのだろう。もしかしなくても盗撮からではないだろうな…と若干恐怖を抱えながら話を聞くリリーナ。
そんなリリーナの心配を察するはずもないマディはヒルドに話を振り、ヒルドは少し嫌そうではあるも仕方ないと言わんばかりに内心でため息をついてから口を開いた。
「この言葉ばかりは認めざるを得ません。以前今日と似たようなことがありましたが、その際の彼の手際と才能には目を見張るものがありました」
「あら〜、それは素敵なお話を聞いた気がするわ。お写真を分けてもらえたりはする〜?」
「勿論です。私のでよろしければいくつかお渡しします」
あの日の写真はいつの間に現像されヒルドの手元に渡っていたのだろう、とリリーナは若干遠い目でエントランスのシャンデリアを眺める。
しかし本来であればそういったコレクションを他人に渡すなどディードリヒらしからぬと言いたいところだが、そこは渡していなかったら後で自分が怒るだろうと察知し渋々渡したに違いない。
リリーナはその時の写真を見ていないが、ヒルドの発言から察するにどうやら彼の持つ腕は確かなもののようだ。こういった部分に才能を発揮して彼はどうするのだろうか、少なくともそれを仕事にすることなどないだろうに。
「ではディードリヒ兄様の提案に乗りましょう〜。兄様、早速お願いしますね〜」
どうやらディードリヒに指揮権は移ったらしい。マディの言葉を聞きながらどう動くのだろうと考えていると、彼の声が静かに耳元に届く。
「右手を出して、僕の手の上に。そう…視線はカメラに向けて、笑わなくていいよ」
「無表情でよろしいのですか?」
「大丈夫、その方が似合う雰囲気だから」
「…わかりましたわ」
リリーナは真っ直ぐと写真機に視線を向け、体を少しばかり内側に向けると同じように少しだけ自分と向き合うように体を向けた彼から差し出された手にリリーナが応えると、また何枚か写真の残る音がした。
「では次に行きましょう〜」
次は両手を軽く頭程度の高さまで上げて、背後に回った彼と指を絡めるポーズ。表情の指示は頭を斜め下に下げ、写真機と視線を合わせるのみというもの。そして変わらず表情筋は動かない。
「はい次〜。もっと動きがあると嬉しいわ〜」
切り替わったポーズはダンスの振り付けの一つ。大きな動きをつけるために、ステップではなくターンの一つを意識したポーズになった。
「素敵だわ〜!」
「…」
はしゃぐマディに対して、ヒルドはその横で“気に食わない”と言わんばかりの不機嫌な表情で二人を見ている。やはりディードリヒはリリーナがどう撮られれば美しいかをよくわかっていると思うと、どうにも虫唾が走るからだ。
社交界でのリリーナといえば咲き誇る薔薇のような笑顔が印象的だが、その実無表情の彼女も美しい。一見冷たいその印象の彼女を見かけるのは意外と難しく、そして彼女の本質としてはとてもストイックな人間性故に本来の彼女は時にやや無機質なのだ。
しかしその分彼女の持つ元来の美しさが光り、社交界での薔薇のような華やかな印象から凜と背筋を張り確かな存在感を放つ白いアルストロメリアのように変わっていく。ヒルドから見てアルストロメリアのもつ花言葉の“凛々しい”はまさにリリーナのためにある言葉だと常々感じていた。
そして暗く退廃的な印象の服にそのリリーナの無機質さを合わせることで、普段とはまるで違う惹き込まれるような美しさを演出している。正直ディードリヒの持つこういったリリーナに特化した審美眼のようなものは気持ち悪い。
対して写真機の側に立つヒルドとマディを置き去りにしてすっかり二人の世界を楽しんでいるディードリヒは、ポーズを次のものに切り替えるとリリーナと視線を絡めふらりとその瞳を濁らせた。
「普段と違う服も綺麗だね、リリーナ」
「な…この状況と服でその目を使うのは卑怯ですわ」
「そんなに合ってる? 嬉しいなぁ、勇気を出して良かったかも」
「…っ」
勇気などという相手の心にもなさそうな言葉に対して墓穴を掘ったとやや発言を後悔するリリーナ。褒めると調子に乗るので何も言わないでいたのに、実質褒めちぎってしまった。
「でもそんなに褒めてもらえるなんて思わなかったし、少し冒険しようよ」
「冒険…?」
瞳を濁らせたまま柔らかく微笑む彼の姿に怪訝な表情を見せるリリーナ。
「マディ」
「は〜い?」
しかしディードリヒはリリーナに制止をさせまいと間髪入れずに行動を始め、嫌な予感の隠せない彼女をその場に残すと彼は写真機のある場所まで歩き去ってしまう。
「まっ…」
待て、と言うにはもう遅く、声をかけられたマディは呼ばれた声に反応してディードリヒの元に向かってしまった。これではもう口を挟みづらい。
「おい、オイレンブルグ。お前もこい、一応意見が欲しい」
「私に対するその扱いの差は何?」
「次の撮影に関わるが興味ないならそこにいていいぞ」
「行かないなんて言ってないでしょ! ていうか私の質問に答えなさいよ! そこで待ってなさい!」
ディードリヒからの扱いに憤慨しつつもマディと彼の元に向かうヒルド。リリーナから見れば、先ほどマディも言っていたようにこういった喧嘩の絶えない互いに扱いが粗雑な部分もまた“仲がいい”と表現するということに気づいていないディードリヒに腹が立つ。
彼は自分がぶっきらぼうに愛想なく接すれば人が寄ってこないとでも思っているのだろうか、それとも自分といない時の彼は基本的にこういった姿なのか…何にせよ自分に向けられない側面があるというのは、そしてそれが他人に向いているというのはとても癪に障る。
しかし自分がこんなことを考えているということは、ディードリヒもまた同じことを考えているに違いない。これでは同じ穴の狢だとは思いつつも、同時に排他的で隔絶された環境を求める誘惑が理性を侵食しようとやってくる。
しかしそれは所詮目先の欲だ。それでは本来の目的は果たせないし、何より第三者が関わることで見つかる相手の側面というものは確かに存在する。そう考えると納得と同時に胸を締め付けるような苦しさが心を占めた。
「…」
それにしても、三人は自分を置き去りにして何を話しているのだろうか。撮影用の写真機の横で話している三人の中で、ヒルドは何やら騒いでいるがマディは目を輝かせてメモをとっている。
しかしディードリヒは背中しか見えず、特に大きく何かに反応している様子はない…。
リリーナはそこにとてつもない悪寒を感じながらも、場の空気を壊す抵抗感に負け三人を待つより仕方がなくなってしまった。
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