着せ替え人形とペテン師吸血鬼(1)
フレーメン王国首都ラッヘンの一角に存在する貴族たちの居住区域である通称“貴族街”には、さる大公の別荘が存在する。
元来より王国大公たちに受け継がれてきたその建物は、大公が首都に住まえば住居に、首都を出て他領地に住まうことになれば別荘として扱われてきた。
そして今代の大公であるエドガー・フレーメンは、その二階建ての広い屋敷を別荘…つまりタウンハウスとして扱い、首都に来訪した際に家族と共に使用している。
しかし今回は少し状況が違うようで、現在この別荘に居るのはエドガー大公の自慢の娘たちの中でも三姉妹の長女であるマディがある目的のために家族より先立ってこの別荘に滞在していた。
そしてその彼女の目的は二つ。
「やっぱり! リリーナさんなら絶対に似合うって思っていたわ〜!」
「そ、そうなのでごさいますか…」
戸惑うリリーナに向かって、マディは今彼女が纏っている衣装とリリーナの相性を褒め称えている。これこそが、マディが家族に先立って首都を訪れていた理由である。
本来エドガー大公の一家は、来月行われるリリーナとディードリヒの結婚式に出席するため首都に訪れる予定であった。しかしマディは年始にリリーナと初めて会った際に言っていた“首都までリリーナに着せたい衣装を持ってやってくる”という目的のために、家族のもとを離れ別荘にわざわざ先乗りしたのである。
そして今、約束通りリリーナはエドガー大公の別荘に呼び付けられ、文字通り着せ替え人形にされていた。
大きな荷運び用の馬車に詰められたたくさんの衣装は屋敷の小部屋を埋め尽くし、その中の何着かをすでに着せられては写真を撮影されるという流れを繰り返している。
今着ているドレスは新緑を思わせる優しい緑色のドレスで、愛らしいダリアやマーガレットなどが飾られているのが美しい。ただ胸元の大きなリボンと腹部の飾り程度のコルセット、そして何段にも重ねられたフリルのスカートはやはり自分には甘いデザインにリリーナは感じた。髪も左右で三つ編みにまとめ花飾りのついたボーターハットを被り、日除けなのか白いストッキングとドレスに合わせた色味の靴…なんともマディの好きそうなデザインと言える。
嫌と言うわけではないが、感情を言葉にするならば落ち着かない。そわそわむずむずと体が変に緊張してしまう。マディが喜んでいるのでそれは嬉しいのだが。
しかしこの場には、リリーナが話を聞いていない二人のゲストも滞在していた。
「きゃあぁぁっ! リリーナ可愛い!」
「…」
マディ同様目を煌めかせてこちらに賞賛を送るのはヒルドである。なんでも彼女は今日の噂を聞きつけて、マディに直談判の手紙を送りやってきたらしい。
今日の予定の何が彼女にとってそこまで魅力的なのかはわからないが、先日のお揃いのドレスの件からわかるように本人は愛らしいものが好きなようなので興味を持ったのだろう。なのでそちらは納得できるのだが…。
もう一人のゲストは、今日の撮影のために呼ばれた専門の写真屋に混ざってひたすらリリーナを撮影しているディードリヒである。
リリーナはディードリヒがこの場にくるなど一言も話を聞いていないし、朝食もいつも通りフレーメン一家と共にした。しかし、なぜかここに着いたら彼がいたのである。
正直嫌な予感しかしないが、マディが彼を呼んだのかもしれないと思うとそれはそれで何も言えなかった。
「ディードリヒ兄様、お写真撮れました〜?」
「待て、もう少し」
「だめで〜す。リリーナさんのお衣装変えるのでフィルム変えておいてくださいね〜」
「待って!」
「嫌です♪」
何着も衣装を替えては撮影をしてと繰り返しているが、そもそもこの集まりは一体なんなのだろうか。
ここはマディの所有物ではなく、あくまで彼女の父親であるエドガー大公のもつ屋敷だ。しかしその屋敷の部屋はいくつも今日のために改造され、すっかり屋敷丸ごと撮影用のスタジオにされてしまっている。
大公本人とその妻エリシア、そして彼女の姉妹であるルアナとメリセントが首都に訪れるまでまだ時間はあると聞いているが、屋敷は元の姿に戻れるのだろうか。
そんなことを考えながら、遠くで聴こえるマディの「次はメイクを変えて黒いお洋服にしましょうね〜」という言葉をぼんやりと耳に入れつつ、マディに手を引かれるまま再び衣装室に連れて行かれるリリーナ。
もうすでに何着も撮影しているはずなのだが、マディの中で今日は何着分の写真を残すつもりなのだろうか。
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