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ある意味千載一遇の機会とも言える(2)


「あぁ、あの人は…一番危険がないだろうね」

「どうして、そう思うんですか?」

「あの人はリリーナを見ていないから」

「…?」


 ディードリヒの言葉の意味がわからず疑問を顔に出すアンムート。だがバートンはどこか納得したような表情を見せていた。


「無粋な発言は控えよう。ただ言えることは、あの人は疑いようなくあの店で一番信用していいと僕は思っているし、本人にはその説得力がある」

「はぁ…」

「世の中知りすぎないほうが一番理解できているということもあるんだ。それがわかっていれば問題はないよ」


 曖昧な表現にとどめ詳細を話そうとしないディードリヒに向かってやはり怪訝な表情を隠せないアンムート。だがディードリヒにとってはそれでいい。

 それにしてもこの会話一つの中で何度ディードリヒの口から“信用”という言葉が出たことだろう。今ここにリリーナがいたら存在の真偽を疑い出すのではないだろうか。


 しかしディードリヒは二人に対して上部で話してはいない。リリーナに関わることで彼が手を抜くことない以上、今回は本音で話をしている。

 故に、彼は目的を果たした。


「急に来たのに堅苦しい話までしてすまなかった。だけど本当に大切な話だったから、聞いてもらえてよかったよ」

「そう…ですか…」

「…お役に立てたなら何よりですが」


 二人は今回の話に関してまだ少しばかり混乱しているように見える。そんな二人の中で、ふと思い出したようにディードリヒはアンムートに顔を向けた。


「あぁそうだ、先ほどは紅茶を出してくれてありがとう。君たちは稼ぎがいいと言っても少し値が張るだろうに」

「まぁそうではありますけど、リリーナ様たちが元より来る予定だったのと今日は祝い事だったので…でも殿下が飲まれるようなやつには敵いませんよ」

「まぁそれはそうだね」

「うっ…」


 ディードリヒの包み隠さない発言に若干胃を痛めるアンムート。だがこれでもアンムートは勇気を出して茶葉の専門店に向かい、緊張を抱えたまま店内に足を運んだのだ。


 フレーメンでは、気候と土質の問題で紅茶の原料となる茶葉の栽培できる地域が限られている。それゆえ基本的に紅茶は海外からの輸入品が殆どを占め、管理にも気を使うものなので必然的に高価になるため貴族が富の象徴として普段飲んでいるのだ。

 対してコーヒーは同じ輸入品でも管理がしやすく量が手に入りやすいため安価で、労働者や平民に親しまれている。


 実際紅茶葉を売っている店など貴族街にしか存在せず、平民が顔を出して接客してもらえたら幸運だと言われる中アンムートはできうる限り身なりを整えてそのドアを開いた。

 実際はなぜか邪険にされることもなく、あからさまに丁寧にされることもないが普通の接客をしてくれので退店後に安堵したが…。

 一応店員に話を聞きながら買うものは選んだものの、やはり自分の度胸がないせいで質はそれなりだろうし味の好みの話をされたらどうしようもない。


「でも安い茶葉を馬鹿にするものでもない。たまに飲む分には発見がある」

「発見ですか?」

「うん。高級品が高級品たる所以とかね」

「うぅ…」


 ディードリヒは一応オブラートには包んだ発言をしたが、今回藪蛇をついて墓穴を掘ったのはアンムートである。しかしディードリヒはその姿を見て“擦れてないやつだな”と考えていると、視界の端に人影が映った。


「殿下、アンムート君で遊ばないでくださいよ」


 ダイニングテーブルの椅子に腰掛ける男三人が、かけられた声に反応して視線を向けると、そこには不機嫌な様子のファリカの姿がある。

 仁王立ちで不機嫌を隠さない彼女の後ろには、ややどうしたものかという感情でこちらを控えめに見ているエマの姿もあった。


「お茶出してくれた本人にそれ言うの嫌味だってわかってやってますよね?」

「嫌味じゃない。素直な感想だ、これ以上に言い方が見つからないだけで」

「探す気がないの間違いでしょ。あんまりエマたちの大切な弟分をいじめないでください。あんまりひどいとリリーナ様に言いつけますよ」

「おぉ、それは怖いなぁ」


 自分の話を聞くつもり全くないディードリヒに更なる怒りがこみあげるファリカ。今にも手が出そうな怒りを顔に表すも、やはりディードリヒが彼女に向かってやや馬鹿にした視線を送ることをやめる気配もない。


「あの…嫌味かどうかってなるとちょっと違和感があるんですけど、言ってもいいですか?」


 睨み合う二人の空気に割り込んできたのはエマだ。そしてその割り込みにバートンがやや身構える。

 なぜならエマは仕事以外では割と口が悪く大雑把なので相手を怒らせるようなことを発言するのでは、とつい考えてしまう。


「さっきの、確かにアンムート君の反応は楽しんでましたけど、全然貶してなかったですよね?」

「ふむ…どうしてそう思う?」

「紅茶の話をしてる時、殿下は最初にお礼を言って、そこからアンムート君が買った茶葉に対してケチなんてつけなかった。どうやったって私たちが買えるものには限界があるのをわかってた上で、少し茶化しただけに聞こえましたけど」

「へぇ…よくわかったね。僕は君は愚かヴァイスリリィの従業員とは誰とも深く関わったことなんてないはずだけど」


 ディードリヒは少し興味深いという目でエマを見る。確かに彼はエマの前職については調査済みだが、ヴァイスリリィで働いている時の彼女の様子ではここまで聡い人間だとは感じなかった。


「本当に腹が黒くて他人を貶めたい奴はもっと態度から他人を馬鹿にしてる。尊大で偉ぶったフリをして、相手のやったことを貶す方向にしか評価しない」


 そう話すエマは過去を振り返るように表情を歪める。ディードリヒは彼女が元々いた製糸工場でなにがあったのかは知らないが、表情から察するにどこにでもクズはいるらしい。


「アンムート君は殿下が苦手なので慌ててファリカさんを呼んできましたけど…元々普段のリリーナ様を見てると違和感があったんです。あのリリーナ様が信用してる人が本当に裏側の黒い人だとは思えなくて」

「王族としてはその言葉は光栄だな。国民から一定の信頼を得られているという以上に大切なことはない」

「失礼な話、さっきのことだって確かに言い方は少し気になりましたけど…もったいなくないですか? そういう態度。いい人なのに意地悪に振る舞うなんて損だと思うんですけど」

「それは違うよ」


 エマの疑問に対してディードリヒは正面から否定する。そしてその言葉にファリカは内心で同意した。


「僕たちのいる場所は案外汚くてね、金があれば心に余裕ができるわけじゃないと思い知らされる。半端に金を持ってる奴ほど薄汚い」

「なんとなく、それはわかるような…」


 エマが以前勤めていた製糸工場も管理をしていたのは貴族だったのを思い出す。その貴族がどの程度偉かったのかは知らないが、少なくともリリーナとその周囲にいる貴族の人間のような余裕や品格を感じたことはないし、高慢ちきで嫌味が多く取引先には引いてしまうほど明らかに媚を売って従業員のことは貶す人間だった。


 そしてそれに釣られるような形で似たような人間が工場には集まり、毎日のように下世話な噂話と従業員同士のいらないヒエラルキーに巻き込まれかけて、その全てに嫌気がさしエマはその工場を辞めたのである。


「だから引っ掛けるような物言いや多少の煽り文句は持っていないとヘマを踏む。おかげで純真無垢な僕もひねくれてしまった」

「ひねくれてる自覚があるならもう少し真っ当な物言いはできるってことですよね?」


 さも平然と自分を正当化しようとするディードリヒにすかさず指摘を入れるファリカ。それに対して彼は「あはは」と軽く笑って返す。


「え…じゃあさっきのって怒ってなかったんですか?」

「勿論。むしろ突然来た僕を受け入れてくれた上に丁寧に紅茶まで出してくれたんだから、そこに文句をつけるほど捻くれてないよ。まぁ文句が欲しいなら言ってあげるけど」

「一言多い。リリーナ様に言いつけますよ」

「あはは。いいよ、怒ったリリーナは可愛いから」

「めんどくさ…」


 反省の意思を見せないディードリヒに呆れるファリカ。そうだった、この男はリリーナであればなんでもいい男なのだったと…最早面倒としか言いようがない。


「だとしてもアンムートをあまりいじめるのはやめてやってください、殿下。彼は胃がか弱いので」

「かよわ…くはないですよバートンさん…」

「この間取引先の担当者が変わるって言って胃薬飲んでただろう」

「うっ、それは…」

「僕もそれは“か弱い”って言うと思うけど」


 普段自分とよく話すバートンだけでなく、ディードリヒにまで同じ指摘をされるアンムート。そこから彼は軽く咳払いをしてファリカに視線を送り話題を逸らす。


「んん…っ、ファリカ…さんはエマさんに呼ばれたから来てくれたんですか?」

「それもあるけど…あっそうだ、リリーナ様からみんなに声かけてって言われたんだったわ。もう少しでできるからって」

「あぁ、じゃあ机動かさないと。バートンさん、さっき言った感じでお願いできますか?」

「わかった、手伝おう」


 “もうすぐ料理が出来上がる”、そのことを合図に全員が動き出す。エマがグラツィアとミソラにも声をかけてくると言い、ファリカは配膳の手伝いに台所へ、そしてアンムートたちは机を動かしたり予備を出したりと…各々が動き始め結果的にその場は解散となった。


ディードリヒくんがこの場に来た動機がわかりましたね。ただリリーナが考えていた理由も間違ってはいないので救いようがないのは変わらないです


ディードリヒにとってグラツィアは“自分に似た人種”です

違いがあるとすれば他人に対する態度ですが、それ以外の部分である「興味のある部分以外は全て同じに見える」というところが同じです

なのでグラツィアにとってリリーナは恩人で尊敬できる人物ではありますがそれ以上に思うところはありません。ある意味グラツィアの中でリリーナは“割り切った他人”です。リリーナもそれを薄々気づいているので信用できると考えています。仕事の付き合いに必要以上の私情が挟まるのはいいことがないとわかっているので

そしてグラツィアが最も関心を持つのは「自分」です。自分が何になりたいか、どうありたいか、どうすればそこに辿り着けるか…それが彼の行動理念の根本であり中心的な思考です

かといって周囲への気遣いや思いやり、程よい距離感を忘れず周囲の人間を大切に思っている側面は確かにあり、そこに嘘はありません。脳内の割合の問題なだけで両立しています。ある意味絵に描いたようなナルシストですね、大人とも言いますが

リリーナとは違った意味でかっこいいと個人的には思っています


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