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まずは最後の買い物から(2)


「そろそろ着きますわね。ですが、渡した家は少し立地が悪かったでしょうか? 店からは近いですが平民街側の大きな通りに出るには少し遠かったですわね」

「このくらいなら全然近いですよ。前は街に出ようとするだけでも近所の人に馬車を出してもらわないといけなかったんですから」

「あの場所と比べるのは少し話が変わってきますわ…確かに、言葉を選ばず言うのであればやや辺鄙な場所であったと言えますが」


 ヴァイスリリィで働くことになる前に兄妹が住んでいた場所は、首都ラッヘンの東に広がる広い農業地域の中でもさらに端の方にある雑木林の中であった。それ故リリーナとしてはなぜ兄妹の両親があのような場所に家を建てたのか不思議でならない。


 確かに兄弟はその場所で長らく生活していたのだからあの場所が当たり前だっただろうとは思うが、はたから見たら大きな畑を維持しているわけでもない親子が周囲にあるのは寂れた牧畜場だけなどという不便極まりない場所に住んでいるのは、どうしておかしいような気がしてしまう。


 その牧畜場でさえ兄妹の家からは十分程度歩かなくてはならない。街へ向かう馬車はその牧畜場の人間に出してもらっていたのだろうが、たった二人の子供が生きていくことになるにしては環境が悪すぎる。

 屋根すらない場所で生活している貧民街の住人よりはマシだと言われそうではあるが、だからと言って気にしなくていい疑問点ではないだろう。


「辺鄙ってなんですか?」

「周囲に何もない、殆ど人も住んでいないような場所…ですわね。失礼な物言いでしたら謝りますわ」

「そういうことなら間違ってないですよ〜。おにいはハーブの畑があれば良かったみたいだけど、あたしはお母さんと暮らしてた場所じゃなかったらもっとあれこれ言ったと思いますし」


 言いながら、ソフィアは引っ越すために荷物を持って近所の牧畜場を管理している家族に挨拶へ行った時のことを思い出す。

 当時、家具はそれこそリリーナが揃えてくれていたので運び込む必要はなく、服も同じようにリリーナが気を遣って用意してくれていたので古着を着回す必要がなくなり、結果として引っ越しの荷物は大切なものを鞄に詰めて持っていく程度になっていた。


 なので背負型の鞄に気に入ってる食器や小物、何より母親の使っていたものと同じ香水を持って兄妹は最後の挨拶にと近所の牧畜場に向かったのだ。

 牧畜場を営む家族には家畜の肉を分けてもらったり馬車を出してもらったり、逆にこちらが手伝えることがあれば積極的に声をかけたりと深い関わりがあったので最後に顔を出しに行くことにしたのである。


 話をすると皆快く送り出して背中を押してくれたが、その中でも最高齢の老婆だけは最後まで“名残惜しい”と泣いていたのを、つい思い出してしまった。

 老婆はそれこそ自分たちを老婆の孫と同じように扱ってくれていたため兄妹としても別れは特に惜しかったが、それでも兄の決意に妹はついていくことを決め、二人で老婆に別れを告げたのである。


「そういえば、あの時のリリーナ様はよく使用人から文句をつけられていましたね」

「なんですかその言い方は。汚れたものを洗うのは使用人の仕事の一つですし、汚すドレスは古いものに限っていたでしょう」

「それってどういうことですか?」

「リリーナ様は馬車の入れない雑木林を毎度歩いてそちらのお宅に向かっておりましたので、使用人から時折苦情が届いていたのです」


 少し棘のある言葉遣いでミソラは言う。

 実際、初めてリリーナがアンムート宅に向かった時“雑木林の中に馬車は踏み入れない”と言われた瞬間彼女は馬車を停め、その直後にはなんの迷いもなく地に足をつけたのである。


 当然リリーナを深く知らない当時のファリカは驚き、声まで出ていたがミソラは呆れた様子で放っておくばかりであった。なぜならリリーナは自分で決めた行動に関して頑固で意見を譲らないのをミソラはわかっている。


 これは彼女の身を守るという意味での安全でも同じことで、リリーナとミソラは時に自由奔放なリリーナを止めるために何度か諍いにもなっていた。

 なので地面を直に歩くことなどもはや止める意思すら湧かず、ミソラは放置することを決め込んだのである。流石にファリカには「ドレスや靴が汚れるのはよくない」と侍従に運んでもらうよう進言したが。


 そしてそれ以降アンムート宅に向かう際のリリーナは比較的着古した、周りから見ても怪しまれはしないものの最悪捨ててもいいドレスと靴を纏って出かけるようになっていたのである。それに付き合うミソラも地面に擦れないよう若干裾の短いドレスを纏い、靴もさりげなく“影”の任務に使っている汚れてもいいものを履いていた。


 そしてリリーナはいつも「服を洗うのは使用人の仕事」と言い切って多少ドレスが汚れても毎度雑木林を迷わず進んでいくのである。

 彼女も投獄されていた時期は自らの手で着ているドレスは洗わなくてはならなかったはずなのでその大変さは経験しているはずなのだが…まぁ、汚れたドレスを洗った使用人には追加でボーナスを出していたので使用人側からも苦労は報酬で帳消しにされていると思いたい。


「き、貴族の人があるい…」


 驚いたあまり大きな声で反応しそうになったソフィアの口元をリリーナが慌てて塞ぐ。そして「流石に大声で言うのはよろしくない」と耳打ちしてソフィアを解放した。


「ご、ごめんなさい…いつもどうやってあの林抜けてるんだろうって思ってたんですけど、まさかリリーナ様が自分で歩いてたって思ってなくて…」

「何も素足で針のむしろを歩こうというわけではないのですから、そのように驚かなくてもいいのではなくて?」

「リリーナ様は根性が据わり過ぎて時折上位貴族だということをお忘れになっていると言われています」

「そのようなことはありませんわ。ただ“貴族だから”と言って多少な汚れに潔癖になるのは民衆に対して差別的に見えて好きではないだけです」

「志は素晴らしいですが、その無駄に据わった根性を貫かれますとディードリヒ様が荒れますのでやめていただきたく」


 ミソラの一言がやや不可解にリリーナは感じる。なぜここでディードリヒの名前が出るのだろうか。


「リリーナ様が万が一にもお怪我などされますとあれが暴れるので大変なんです。実際リリーナ様が雑木林を歩いたと聞いてあれも呆れていましたので」

「往来の場で彼の方を“あれ”と言うのはおやめなさい…。ですがこれからはもう少し気をつけますわ、あまり彼の方に心配をかけると厄介なことになるのは事実ですので」

「えっと、今はなんの話ですか…?」

「ディードリヒ様はリリーナ様をとてもお大事になさっているという…話です。恐らくですが」


 若干言い淀むミソラ。ディードリヒがリリーナに何か起きると暴れるというのは“大切”などという純粋な感情なのか認めかねる。そうと言えばそうだし、違うと言えば違う。


「わぁ、じゃあやっぱりディードリヒ様ってリリーナ様のこと大好きなんですね!」

「…えぇ、そうですわね」

「そうだとは思いますよ」


 方向性がどう見てもおかしいだけで、とは二人とも言えなかった。


「あ、そろそろ着きますね。今日は楽しみです!」


 やや気まずい二人に気づかずソフィアは家路に気を取られている。深掘りされたらどうしたものかと思っていたリリーナはその様子に一度胸を撫で下ろし、はしゃいでいるソフィアに視線を向けた。


「今日は腕によりをかけましょう、私も楽しみですわ」

「本当ですか!? 嬉しいですっ、がんばります!」


男装の麗人はいいぞ(断言)

元よりずっとミソラの変装術に関しては取り上げたいと思っていました。これも一巻の話から引っ張ってはいるのですが普通に必要のあるイベントが思いつかなかったので放置していただけです。ただ書く機会がないだけで彼女はよく変装をした状態で一人でいるリリーナの側にいたりします。リリーナがよく「今見えないだけでどこかにいるんだろう」と言うのは大体このことです


そしてリリーナ様の根性に振り回される身の回りの人たち

強いて言うなら雑木林の話をヒルドが聞いたら爆笑すると思っています「リリーナっぽい」とか言いながらツボにはいってそう。なぜなら本人が泥だらけになって庭の手入れをしているのであんまりそういうところを気にしてないからです。目立つ場所でやらないならいいんじゃないって感じ

そしてディードリヒはハラハラしっぱなし、ミソラとファリカは呆れ…と言ったところですね。アンムートはこのことを知ったら胃を痛めそうですが


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