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投獄された冤罪悪役令嬢はストーカー王太子と踊る〜隣国の王太子が変態だなんて聞いてませんわ!〜  作者: 三日月深和
“友達”の家と“自分”の家と、大切な記念日がもう一つ(後編)
231/233

休みの日に上司に会いたいか否か、みたいな話

 

 

 ********

 

 

 本を買いに行こうという話になってから数日経って、今日リリーナ、ファリカ、ミソラの三人はドレスではなく普段着で平民街を歩いている。

 ファリカに買おうという話になっていた辞書は、古い本であると情報に齟齬が生まれる可能性があったため新しい本を購入した。

 そして今はリリーナが求めている古本を買いに古書店に向かっているところである。


「リリーナ様はどんな本が買いたいの?」

「古い文学作品をいくつか買おうと思っていますわ。以前バートンに話を聞いた場所に行こうと思っています」


 バートンはヴァイスリリィで働く接客担当の従業員の一人だが、彼の本来の仕事は街にある図書館の司書だ。それ故古書店などにも精通している彼に話をきき、おすすめの古書店をいくつか挙げてもらったので今日はその中の一箇所を目指している。


「リリーナ様が図書をお買い上げになるのは久しいですね」

「そうですわね…特筆した理由があったわけではなかったのですが」


 言われてみればそうだ、とリリーナは気づく。確かに本というものは存在そのものが高価なので普段は率先して買うこともないが、今回はディードリヒから渡された家で読む本がほしいと思い行動している。


「文学かぁ…難しいよね、あぁいう哲学っぽいのって」

「そうかもしれませんわね、本当に哲学書の場合、それこそ受け取り方は読者に委ねられることも多いですから」

「リリーナ様はそういった少し形容し難い作品を好まれますね」

「受け手側に想像の余地がある作品は好きですわ。本の中の世界を起点として自分の世界が広げられていくような感覚になるのです」


 一見詩的で脈絡のないものやすぐに理解できない文章であろうとも、そこには自らの力で感じたことを言葉にしたり考察を重ねて自分の世界を広げるヒントがたくさんある。

 そしてそれは物語であろうが研究文献であろうが詩集であろうが変わらない。だから本というものには魅力がある。


「あ、リリーナ様。あれって…」


 不意にファリカがリリーナの袖を引いた。そして彼女が指差す先には見覚えのある兄妹の姿がある。


「あれってアンムートくんとソフィアちゃんだよね? こっちから声かける?」

「いえ、やめておきましょう。二人も今は休日ですから」


 リリーナの言葉にファリカが残念そうな反応を見せると、二人の視界に偶然映ったままになっていた兄妹がこちらに気づいたようだ。兄妹はそのままこちらに振り返ると、ソフィアが途端に表情を明るくし兄を引き連れてこちらに走ってくる。


「リリーナ様!」


 兄妹のうち妹のソフィアは大変嬉しそうな様子でこちらに駆けてくるが、それに引っ張られている兄のアンムートは申し訳ないと顔に書いてあった。


「リリーナ様、ファリカ様、ミソラ様、こんにちは!」

「こんにちは、ソフィアちゃん」

「こんにちは」

「ごきげんようソフィア」


 ソフィアは基本的に、という以前にヴァイスリリィの従業員は全員平民である。なので基本的に皆が三人を敬ったように扱ってはくれるのだが…


「ソフィアちゃん、私のことは“ファリカお姉さん”って呼んでよ」

「えっ!? それはいけないんじゃ…」

「ずっと言おうと思ってたんだよね。私堅苦しいの嫌いだからさ、なんなら好きに呼んで」

「じゃあ…」


 と言いつつファリカは少し躊躇うも、ちらりと兄を見て意思を決めた。


「じゃあ、ファリカお姉さんって呼ばせてください」

「うん、ありがとうソフィアちゃん。なんならミソラさんもそれでいいですよね?」

「構いません。お好きにどうぞ」

「じゃ、じゃあミソラお姉さん…!」

「はい、なんでしょうかファリカさん」


 ソフィアの声かけにミソラは少し屈んで優しく笑いかける。するとソフィアは一気に表情を明るくし、それから少し照れたように笑い返した。


「アンムートくんも好きに呼んでよ。様づけって本当は苦手なんだよね」

「え、そんな…ソフィアがお三方を見かけた途端飛び出したせいでご迷惑をかけているのに、そんな無礼なことまでできませんよ。本当に申し訳ないくらいで…」

「いいよいいよ、とりあえず考えておいて。まぁリリーナ様にはやらない方がいいと思うけど」

「リリーナ様にそんなことしないといけなくなったら、俺の胃に穴が開くので勘弁してください…」

「出た、おにいの緊張しい」

「お前が雑なだけだ、このバカ」

「バカってなによ!」


 兄妹の睨み合いが起こる空気の中、リリーナが一度二人の間に言葉を挟む。


「それにしても二人が声をかけてくれたのは嬉しいですがよかったんですの? 折角の休日でしょうに」


 兄妹は接客担当の三人と違い不定休である。材料の仕入れや仕込みの関係上どうしても不定休にならざるを得ない二人故に、折角の休日に職場の人間に会うのは二人の負担になるのでは、とリリーナは心配していた。


 なので先ほどファリカが二人を見つけた時も声をかけるのはやめようと判断したのである。オーナーである彼女なりに二人の時間を大切にしてほしいと考えていた。

 これに関しては、周囲から見るとリリーナも似たようなものだと思うが。


「全然です! あたしむしろ皆さんに会えてとっても嬉しいですよ!」

「私も嬉しいよ〜ファリカちゃん。こっちで見つけた時声かけるかリリーナ様に相談したもん」

「わぁ、本当ですか? 声かけて欲しかったです!」


 長いこと身近な人間が兄と近所の老人であったソフィアからすると、ヴァイスリリィに来てからは歳の近い兄姉が増えたような感覚でずっと喜んでいる。

 ソフィアにとってファリカとエマはじゃれやすい身近な存在で、リリーナとミソラは頼りになる憧れといったところ。だがエマは身だしなみを整えるのが上手いのでそういった意味では憧れもある。


 その上で、兄妹にとってバートンは教師のような立場だ。文系とはいえ学術院を卒業しているバートンから、兄妹は時間があると簡単な勉強を教わっている。生きていくだけに必要な部分から発展した少し難しい読み書きや掛け算に割り算、小数点の計算などを教わっていて、アンムートはいつか化学についても学びたいと思っている。

 香りというのは化学反応による副産物であるとバートンから聞いたアンムートは、将来的にはある程度勉強するべきだと考えるようになった。


 そしてここまでとはまた違う立ち位置にいると兄妹が思っているのがグラツィアである。

 彼のような在り方をしている存在をどう形容するのか兄妹には未だわからないが、ヴァイスリリィの従業員の中で最も頼り甲斐のある存在がグラツィアであるとも兄妹は思っているのだ。

 なので何かしら相談するのは二人ともグラツィアであることが多い。


「そうだ、今度リリーナ様に会ったら言いたいことがあったんです」

「なんですの?」

「パーティがやりたです!」

「…?」


 急にソフィアから飛んできた言葉にやや戸惑うリリーナ。それを見たいた兄がすかさず「すいません…」と言いながら話に入ってくる。


「この間そろそろお店が開いて一年だなんて話になって、そしたらこいつが家にみんなを呼んでパーティするんだってきかなくて」

「そういったことでしたのね」


 その点に関してはリリーナも準備をしようと考えていた。本来であれば別で場所を借りてお祝いをしようと思っていたが、言われてみれば兄妹の家の方が普段そういった場所は照れ臭いと遠慮しちなバートンなども来やすいかもしれない。


「リリーナ様っ、あたし前にお話しした一緒に料理作るやつやりたいです!」

「やめろってお前、まだ話しただけだろ」

「何したいかは言っとくべきでしょ! 大事だよ!」

「ここは往来のど真ん中だって言ってんだバカ」


 そして始まる兄弟喧嘩。身内からすれば最早日常茶飯事ではあるが、アンムートの言う通りここは往来のど真ん中であると思うと二人を放置するべきか否か。

 それにしても、ソフィアは普段こそしっかりものだが何か嬉しいことなどがあると周りが見えなくなるところがあり、それをいつもフォローし同時に指摘するのが兄…という図式が日常なのでリリーナからすると兄がいるとはこういう感覚なのだろうかとは少し考えつつ、一先ず二人に話の続きをするため声をかける。


「ソフィアの言っていたことに関しては私も考えていました。これから少し古書店に向かわなければならないのですが、そのあとでよければお茶でも如何?」


 言いながらリリーナは後ろに待機する二人の侍女に向かって振り返った。するとミソラはいつも通り静かに頷き、ファリカは「もちろん!」と喜んで肯定してくれる。どうやらこちらの問題はないようだ。


「俺たちは荷物置きに行ったら暇なんでいいですけど…皆さんは忙しいんじゃ?」

「ここで会ったのも何かの縁ですから少し話をしたいと思ったんですの。こういったことは早くに動いて損はありませんから」

「すみません、ソフィアのわがままに時間を使わせてしまって…」

「たとえ身内であろうと気を遣って予定を変更することはありませんわ。それだけ私にとってこの話は有意義であるということです」


 リリーナはアンムートに優しく微笑みかける。それでもアンムートは少し申し訳なさそうだ。


「ならいいんですけど…ありがとうございます」

「ありがとうございます! リリーナ様っ」


 リリーナから見れば素直に喜んでいるソフィアに倣ってもっと気を遣わなくていいとも思うのだが、あまりしつこく言うと彼の負担になってしまうと思い発言を控える。そういったことは少しずつ慣らしたほうが彼の負担にはなりづらいだろう。


「では、私たちは本来の予定に向かいますが…二時間ほどで集まれたらと思っていますの、二人はどこかちょうどいい場所は知っていまして?」

「この辺で店を探すなら、ウチに来てもらったほうがいいと思います。貴族街みたいに洒落たお店があるわけじゃないので…」

「飲み屋さんしかないもんね?」

「どこの店も客層が飲み屋みたいになってるだけで、別に飲み屋じゃないぞ」


 平民街に詳しくないリリーナが集合場所について問うと、アンムートが平民街の店屋についてざっくりと説明する。

 そこに被せてきたソフィアの認知がややずれていたのを兄が修正しているとそこにファリカが口を出した。


「この辺から少し離れると工業地域があるでしょ? その影響でこの辺りのお店は労働者向けなことが多いんだよ」

「確かに…西側の工業地域には大きな工場も多いですものね」


 フレーメン王国の首都ラッヘンは首都の領地の最奥に置かれた王城から中心に広がる貴族街とその両脇にできた平民街、そして西側の郊外に広がる工業地域と東側の郊外に広がる農業地域で構成されている。


 首都と銘打ってはいるものの都会的な生活ができる地域は限られており、土地としては農業地域の面積が最も広い。

 そして反対側の工業地域には製糸工場や工業機械を扱う工場が大きく建っており、その周辺に関連した中小の工場や会社の建物が並んでいる。


 ちなみに首都に入って最初に見るのは、どの交通手段を用いても鉄道の駅であることが多い。これは鉄道という技術が比較的近年にできたものであるゆえに、後付けとして建てられた建物だからだ。


 ヴァイスリリィに来る前のアンムートたちが生活していたのは、農業地域でも更に端の方にある寂れた牧畜場のある場所である。付近の家もまばらなその場所で生活していた兄妹は父親の仕送りが主な収入源だったため、現状の生活は大きく変わったと言えるだろう。


「申し出はありがたいのですが…急に訪問するのはいいのでしょうか?」

「大したおもてなしもできないですけど…一応家は常に掃除してますから問題ないですよ」

「そこまで気を遣う必要はありませんわ。ではお言葉に甘えて後程そちらに伺いますので、その時にお邪魔しますわね」

「わかりました。待ってます」

「あたしも待ってますね!」


 そのやりとりの後にこの場は一度解散となり、リリーナたちは本来の目的地である古書店へ歩き出す。

 だがミソラからすると、リリーナはアンムートをスカウトするために動いていた際は何かと通い詰めていたが、その際は何かと突然の訪問も多かったような…と思わなくもない。

 だがこれは、本人に言った時にうまくいじって遊べる話題だろうか。


世の中仕事場の方との距離感は人それぞれだと思いますので一概に言い切ることはできませんが、少なくとも兄妹は休みの日にリリーナ様と会っても嫌な感情はないようです。よかったねリリーナ様

ファリカとミソラは半分以上友達って感じなので話は別ですが。それでもリリーナと一番仲がいい友達はヒルドなので人間関係って不思議


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