ファリカ・アンベルの特技
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「こちらのルビーが気になるとのことでしたが…」
「うん、ちょっと見せてね…」
今日の午前中、リリーナに商品を売り付けようとやってきた宝石商は二つの商品を勧めてこの場に置いていった。
しかしリリーナの座るソファの後ろに立ちミソラと共にその様子を眺めていたファリカが、宝石商が退室した途端「商品を見せてほしい」と言ってきたのである。
リリーナは急なことに少し困惑しつつもファリカに許可を出し、その瞬間彼女は礼を一つ述べながら懐から白い手袋と鑑定用のルーペを持ち出して商品を細かく検分し始めた。
「やっぱり。これ、一見粒は大きくてインパクトあるけど中に傷がある。カットも微妙に揃ってないし、買うならエメラルドの指輪じゃないかな。そっちの方が粒は小さいけどものはいいよ」
冷静に商品を見比べがらぼやくような様子でファリカは呟く。今彼女の利き手にはエメラルドの指輪が握られているが、先ほどルビーを鑑定していた時の彼女の眉間への皺の寄せ方は、普段のファリカからは考えられないほど不機嫌なものであった。
だが一見粒が大きく目立ちやすいルビーのネックレスに使われている主役のルビーは、実際あまり質がいいものではない。一見美しくは見えるものの細かく見れば雑で精細を欠いたカットが施されており、それに隠れるような形で小さな傷が内部に入ってしまっている。
もしかしたらこの傷を隠すため故意的に雑なカットを施された商品である可能性もある。どう足掻いてもファリカからすればリリーナには相応しくない。
一方でエメラルドの嵌め込まれた指輪は、全体的に控えめなデザインではあるものの原石の段階から細かく計算されているであろう繊細なカットと、少し珍しいより深い色味が上品に輝いている。
何より傷や不純物のない上ものが使われているのは明白で、普段使いには良さそうな品だ。
かといって、とファリカは思っているが。
「二人が話をしてる時に違和感あるなぁと思って見せてもらったら正解だったよ。あの業者はリリーナ様のこと馬鹿にしてるから、これも返却してもう話したら駄目だよ」
ファリカの話を聞く限り、確かに自分は随分と宝石商に見くびられていたようだ。派手で粗悪な商品の価値を上げ嘘の価値を話し、地味だが上質な商品に嘘の価値をつけ相手を騙す。もし両者の価値が本当にわかった者であろうと、馬鹿な人間は派手な方を好むので結果的に金は稼げる…そういった寸法だったのだろう。
そういった点で考えればファリカの意見に対してリリーナに異論はなく、あの宝石商は二度と受け入れないがそれ以上に気になることがいくつかあった。
ファリカが自分の買い物に口を出したり、そうでなくともわかりやすく怒ることは珍しい。ついでに言えば彼女が懐から取り出した手袋と鑑定用のルーペもいつも持ち歩いているものなのか気になるところだが…それは一度傍に置いておくことにした。
「貴女がそこまで言うのでしたら…というのはありますが、助けられた感謝と同時に意外なものを見たようなきがしますわ」
「そう? うちは絵画がメインってだけで宝石も扱ってるからあんまり変じゃないと思うけど…」
「そういったことではありません。貴女の技能について言っているのです。アンベル家が扱う商品の幅はともかく、令嬢が宝石鑑定の技能を持っているなど聞いたことがありませんもの」
リリーナはファリカの新たな一面に素直な驚きを見せている。確かに貴族であれば専門の鑑定士を雇えば宝石の鑑定は済む。商人であればあったほうが利便性のある技能だとは思うが、やはり商人としての血脈や彼女の目標であるアクセサリーショップに関わっているのだろうか。
しかしファリカはリリーナの言葉に対して「あぁ〜…」と言いながら少し困った様子で頬を軽く掻いた。それから少し言葉に悩み、答えが出てから口を開く。
「これに関しては趣味っていうか…最初はお店を開くってなっても鑑定士の人を雇った方がいいかなって思ってたんだけどね? 興味本位でやってみたらハマっちゃって…気づいたら資格もあるのが現状、みたいな」
「趣味が高じて…と言うには随分と本格的な着地点ですわね」
「まぁ、私がやりたいお店って宝石をメインに扱うわけじゃないから、本当に無駄なんだけどね…」
「そうなのですか?」
リリーナの中ではアクセサリーショップというと必然的に宝石を主に扱った店が出てくる。しかしファリカの言葉が正しければ、彼女がやりたいのはそういった定番的なものではないようだ。
「私はね、世界中のビーズアクセサリーのお店をやりたいんだ」
「ビーズ…ですか?」
「そうだよ。ビーズって一口に言ってもいろんな国でいろんなものが作られてて、千年以上歴史があるなんて言われてるの。手芸で使うやつってキラキラしてて綺麗だけど、地域によっては木材とか石で作られたやつもあるのよ」
ファリカから帰ってきた言葉に興味を惹かれるリリーナ。確かに自分が身の回りで見かけるビーズと言えば、ガラス製の細かく煌びやかでドレスを彩るためのもの…という印象があるが、もっと広域的な地域で用いられ材料にも種類があるとは知らなかった。
さらに言えば長い長い歴史があるとも言う…世の中自分の知らないことはとても多い。
「私、自分のこと何も目立ったとこがないって思ってたから人と違うことがしたかったの。それでたまたまお父様の扱ってる商品にそういう古物があって、調べてみたらこれもハマっちゃって…」
あはは…と照れたように再び頬を掻くファリカ。その姿を見てリリーナは“なるほど”と内心で彼女の少し変わった興味関心に対して納得と感心を覚える。
アンベル家がどれほどの商品を扱っているのかは知らないが、さすがに首都で立ち上がっている商会を執り仕切っているだけあって入ってくる商品の幅は広いらしい。
話を聞く限りファリカは父親が仕事している様子を近くで見ていたことが多かったようだ。であれば古物や調度品を見かけることもあったのだろう。
「メリセントがよく本を読んでるでしょ? それに倣う感じであの子の本棚漁り始めたらそっちも止まらなくなっちゃって…そしたら派生で鉱物とかに興味が出るようになって、今に繋がってる感じ」
「確かに人とは少し違った視点ですわね、とても素敵だと思いますわ」
「一応最初は自分で再現してみようとか思ったんだけど…これがすごく難しいの。で、納得がいくものもできずに投げちゃったし“商人の娘”であることを活かして半分くらい博物館みたいなお店を作ろうかなって」
「そういったことでしたのね。ですがファリカにそこまで手芸が不得意という印象はないのですが…」
リリーナの記憶では、少なくともその辺の令嬢より余程上手い印象がある。彼女は手芸と言って服飾品を作るだけでなく毛糸の編み物やなんならばレース編みもできるほど器用だ。勿論リリーナほどではないが刺繍もできる。
正直リリーナから見ると自分のやっている刺繍はただの時間潰しであり熱心でもないので、他の手芸に長けているわけでもない。
普段使いするようなブラウスやスカート、鞄などは作れるがレース編みはやったことがない。毛糸編みならば、パンドラは冬に冷え込む国だったので基礎的なものならできるが。
「あぁ、作るって木とか石を削ってビーズを作る方ね。でもガラスビーズも好きよ。だからそっちだけでもなんとか良いものを作りたかったんだけど…なんていうかセンスがなくて」
「自分で木を削っていたんですの!? それはさすがに驚いてしまいますわ…」
「危ないからやめた方がいいよ。キリで穴開けてる時に手が滑って指に刺さるとかあるから」
「貴女よくそれでご両親に怒られませんでしたわね…」
「結構怒られたよ。楽しかったから後悔してないけどね」
調子のいいことを言うファリカはけろりとした様子で笑っている。しかしヒルドといいルアナといい願望だけならばメリセント、そしてファリカと…どうしてこう自分の周りには豪胆で危険を顧みない女性が多いのだろうか。
「まぁそういうことだから、できないならお店にしようと思ったのよね。そのほうが私に合ったやり方で好きなものを広められると思って」
「アンベル家であれば人脈の幅はとても広いでしょうし、より良い商品が手に入るかもしれませんわね」
「勿論。アンベル領の領主たるオトマン・アンベルは毎日商談の尽きない凄腕の商人だもの。伯爵まで上り詰めたのは伊達じゃないわ」
「その娘も、私にとってはとても頼り甲斐のある存在ですわ」
誇らしげなファリカの言葉に、リリーナは穏やかな笑みを見せる。
そんな彼女の姿にファリカはリリーナの変化を感じていた。そしてそれは口にしないだけでミソラも同じことを考えているだろう、とファリカは考えている。
少し前、リリーナにはディードリヒからのプレゼントである一軒家を貰い受けたらしい。なかなか突飛な発想としか言いようがないがそのあたりの時期を境にして、彼女の纏う雰囲気が変わったようにファリカは感じていた。
今までのように笑っているようでも、張り詰めた糸が少し緩んだような、どこか温かい印象の笑みを浮かべるようになったと思っている。
リリーナから初めて話を聞いた時、自分はこの城の敷地に一軒家が建っているなど覚えてもいなかった。なんでもディードリヒの祖先に関するものらしいが、リリーナが定期的に顔を出すようになったその一軒家で何があったのか、ファリカは割と気になっている。
「そうでしょ? ファリカさんはしっかりもので頼り甲斐のあるいいお姉さんだからね」
だが彼女がこのことをリリーナに対して深く問おうという思いはなかった。それは彼女がまだリリーナにとってそこまで深い場所にいる人間ではないと、彼女自身で思っているから。
それは仲の良さや信頼の話ではなく、単純に年月やリリーナの中の人間関係の立ち位置の話で、それこそリリーナはあの家でのことをミソラにも率先して話すことはないだろう。
だがファリカは知っている。リリーナが如何に自分の身内に寛容で心優しいかを。だから今は単純に“時期ではない”のだろう、自分が何か行動を取らなくても彼女は心にゆとりができた時、彼女の話せる範囲の話をしてくれるとファリカは信じている。
…まぁ、ディードリヒと二人しか入れないなどと彼が言い出すのはわかっているので、リリーナが恥ずかしげもなく話せる内容があれば、だが。
「えぇ、いつもありがとうファリカ。ところで…」
「?」
「先日貸した辞書のことなのですが」
「あっ忘れてた! 今とってくる?」
「急いではいません、よく使っているものではありますが…あぁでも、そうですわね」
短い会話の中でリリーナにはなにか思うところがあったようだ。ファリカがリリーナを不思議そうに眺めていると、不意にリリーナが口を開く。
「折角ですから貴女が持ち歩くための辞書を買いましょう。あって困るものではありませんから」
「え!? いいよいいよ、自分で買うって。確かに借りることも増えてるし、近いうちに買いに行くね」
リリーナの提案に対してファリカは勢いよく首を横に振り、申し訳ないと提案を断る。だがそれを見たリリーナはやや残念そうだ。
「そうですの? 私もいい機会ですから古い本を見てまわりたかったのですが…」
「そういうことならミソラさんも誘って三人で行かない? ついでにお茶もしようよ、この間美味しそうな限定品を見かけたんだ」
「素敵な提案ですわ、少し予定を確認しましょう。ミソラが紅茶を淹れに行って少し経ちますし、そろそろ帰ってくるでしょうから」
「じゃあそうしよう。楽しみだなぁ」
細かいフラグの回収に近かったですね
ファリカのやりたいアクセサリーショップとはどんな店なのかという話でした
ファリカは考古学や国を超えた文化の全般に対して興味があるわけではありませんが、その入り口には立っているようです。そのうち化石に目覚めてほしい、私が恐竜好きなので
そしてファリカ姉さんの特技が発覚しましたね、彼女は宝石鑑定ができるという…
鑑定士として食っていけるレベルであるという設定があります
鑑定キットを常に持ち歩いているのかなどは七不思議的な感じにしておいてください。ミソラがリリーナのそばにいない時どこにいるのかと同じです
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