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困っているようで浮かれている(1)


 

 ********

 

 

 同日、午後。


「困りましたわね…」


 リリーナは悩んでいる。


 屋敷の庭先に座り込んで花を眺めているふりをして悩んでいた。

 何故かと問われれば朝の騒動が発端である。


 朝の騒動の後朝食で口を利かなかったせいで、現在彼女はディードリヒと勝手に気まずいのであった。

 ついでに言うと相手の顔を見づらい。


 相手の顔がいつにも増して美形に見えるので悔しい上、そこに一瞬でもときめいた自分がなお悔しいリリーナであった。


 しかしもうすぐ約束のお茶会の時間である。ぐずぐずしていられないのも事実であり、だからこそこうして悩んでいるのであった。


「今度は何をお悩みですか?」


 急に聞こえた声にリリーナは体が跳ねる。反射的に立ち上がったが、相手は横にきた気配さえ感じさせなかったのだから仕方ない。


「あ、貴女、いつからここに居たんですの?」

「さぁ…ご想像にお任せします」

「恐ろしいことを言わないでくださる!?」


 若干の恐怖を煽るメイドに警戒しつつ、他に事情を知ってる人間も居ないかと、諦めて口を開いた。


「貴女…また私の侍女のようになっていませんこと?」

「私がこの屋敷で一番強いですから。リリーナ様のそばにいるのがディードリヒ様も安心すると思いまして」

「…そ、そう」


 確かに護身術のレッスンを思い返すと動きのキレがいいというか、戦い慣れているような気配を感じはする女性がミソラである。


 しかしリリーナはこれ以上掘り下げても意味がないように感じて、ため息を一つこぼすとこの話題を放棄した。


「殿下と会うのが少し…気まずいというだけです」

「フラれたんですか?」

「そういうことではな…揶揄ってますわね!?」


 あまりにも自然にリリーナを揶揄うメイドである。しかし揶揄われている本人も多少は慣れてきたのか反応に磨きがかかってきた。


「当たり前じゃないですか、ディードリヒ様がリリーナ様を振るなんて天変地異が起きてもあり得ないので」

「なら最初から言わなければいいでしょう! 貴女は私をどうしたいと言うのです!」

「可愛がりたいです」

「私は貴女の妹ではなくってよ!」

「えー」

「かわいこぶらないでもらえないかしら!?」


 ミソラとしては半分本気である。しかし相手の立場が自分の妹である必要はない。リリーナがリリーナであることにミソラにとっては意味がある。


「…で、昨日から朝まで何があったんですか」

「ちょっとその…揶揄われただけです」

「襲われでもしたんですか?」

「な…っ、淑女がそのような発言はしないと教わらなかったのかしら!? 恥を知りなさい恥を!」

「あら失礼…蜜のような時間を過ごされましたの?」

「…っ」


 リリーナは生まれて初めて人を殴りたいと思った。確信犯で行われるこの茶番に苛立ちを覚えない人間も少ないような気もするが、ひとまず気を取り直す。


「詳細が言えるわけではないのですが…ちょっと押し倒されたり…して…」


 自分で言ってて顔が赤くなってきた。

 恥ずかしさ極まるなか、ミソラの叫びが聞こえる。


「えぇ!? あの童貞が!?」

「…はしたなさ極まりないですわ…」


 リリーナはミソラの発言にいっそ呆れを感じ、若干気分が落ち着いた。もうこれは言っても直さない気がする、と。


「驚かないでいられません…婚約者を一人も取らないどころか誘拐までして好きな女を娶ろうとするような男なのに…」

「!」


 ミソラにとっては何気ない言葉なのだろうが、リリーナにとっては衝撃の事実が飛び込んできた。

 まさかディードリヒが自分以外に婚約のアプローチをしていないとは思っていなかった故に、束の間の喜びを感じる。


「それがそんな…押し倒して理性を勝たせるなんて…!」

「そっちに驚くんですの!?」


 ミソラの中ではディードリヒの印象がどう映っているのか、少なくとも押し倒したら本能が勝つ人間だとは思われているようだ。


「ディードリヒ様は変態が極まってますからね…気をつけてくださいね」

「…それは今更でなくって?」

「大丈夫、まだ大丈夫です。花は散ってないようなので…」

「貴女下世話な話しかできませんの…?」


 同時に話についていけてしまった自分にがっかりした。数年前、興味本位で手をつけてしまったご婦人向けの本を思い出す。城にはたくさんの本があるものである。


「はぁ…」


 これは相談相手を間違えた、リリーナはそう深く後悔した。


(これでは、結局のところどんな顔をして殿下に会ったらいいかわかりませんわ…)


 リリーナも花の恥じらうお年頃である。


 本当に恋愛結婚ができるならば、あれやこれやと憧れがないわけではない。例えばキスだって、本当にディードリヒの言うようなものならば夢があると思うし、その先を考えないわけではないのだ。


 かといってあの見目のいい顔が目の前にあると思うと、心臓が持ちそうにない。正直言って下手に輝かせないでほしいとさえ思う。


「…っ」


 考えただけで顔から火を吹きそうになる。

 あの美しい水色の瞳が頭から離れないのだ。何かあれば池の水より濁った色にできるくせに、普段はあんな、アクアマリンのような。


 ついでに言うならあの濁った目ですらそのうち好きになってしまいそうだ。あの目のディードリヒは自分を愛していると言って疑わせない。寂しそうなくせに、悲しそうなくせに、リリーナを見ているようで見ていないようにすら見えるのに、絶対に自分を愛してると言いながらゾッとするほど重い愛情を向ける。


(しかしあれを好きになってしまったらおしまいなような…気もしますわ)


 リリーナはしばらくこの感情を見なかったことにしようと心に決めた。


「どうしたものかしら…」


 結局は最初の問題に立ち返ってしまう。

 今朝、キスをされると覚悟を決めた時、何もしなかったことは紳士的であったと思っている。世の中には女性の意を介さず乱暴を働く下賎な男もいると聞く中、そんなことは一切しないディードリヒには感謝をしているほどだ。


 それでも好きだと自覚してしまってから自分はおかしい。


 いつもは向こうが勝手にやってくるようなことを、自発的に求めている自分がいて、勿論やってもらえたら嬉しいわけで…。


 月並みに言ってしまえば相手にときめいているのだ。わかっている。そういうものなのだろう、だから持て余してしまっている。


 だからこそ、願望が出てしまう。



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