君がただ“君だけ”になるために(7)
「ここなら少しくらい…“いい”って思わない?」
「あ…」
先ほどまでの美しさが嘘のように堕ちていった昏い瞳が自分を捕らえたとわかった瞬間、心臓が爆発するようにどくん、と鳴った。自分の瞼が自然と見開いて、彼の瞳に自分が引き込まれていくのがわかる。
そして彼の手が頬を滑ったときぞくりと背筋に快感が走った。金縛りのように身体は動かず、そのことに幸福を感じている自分がいる。
「いい子…こっちに来て。まだ時間はあるから大丈夫」
「…」
あぁ、これは、これも確かに貴方の愛で。
頭がぼんやりと濁っていく。彼の瞳と頬に触れていた手が首を滑り背中に向かう感覚だけが鮮明に感じた。
自分の手もまた、引き寄せられるように彼の頬を滑る。惹きつけられる身体に呼応して心臓の感覚がすどくなっていく。
このまま、キスをするような…
「!?」
そう思った瞬間、なんとか相手の頬を摘んだ。明らかに衝撃を受けている相手に向かって、リリーナはなんとか言葉を口に出す。
「っ、いいわけ! ないでしょう…っ!」
強く相手を睨みつけるリリーナからなんとか捻り出た言葉は、確かに彼の誘惑を無理に断ち切った彼女の制止であった。
大きく肩で息をしている彼女を見たディードリヒは、おそらくあの状態から彼女が抜け出すには相当な体力を使うようだと思いつつ、それはそれとして不服を申し立てる。
「えー…外だからいいと思ったのに」
「貴方が言うにはここは私が預かる場所なのでしょう? 貴方の好き勝手にはさせませんわ」
「でもここには誰も入れないよ?」
相変わらず濁った目でこちらに笑いかけてくるディードリヒ。だが彼の笑顔に向かってリリーナは鋭い視線を送る。
「それと! これは! 別ですわ!」
リリーナの剣幕は激しいが、対してディードリヒもへこたれはしない。
「じゃあ君はいつ“僕”に対して素直になれるの? どうして我慢するの?」
「それは…」
互いの感情に和解しあったからこそ、これは当然の権利だと主張するディードリヒ。
だがリリーナは彼の言葉に突如赤面し始め、なんと言ったらいいかと言うようなそぶりでもじもじとし始める。
この発言に対し彼女の怒りが返ってくるであろうと考えていたディードリヒは、赤面する彼女に素直に困惑した。しかしリリーナがそれを察することはなく、言葉がまとまったのかゆっくりと口を開き始める。
「そのことに関しては、勝手ではありますが式が終わってからがいいと考えていまして…式が上がって届けを出せれば、私は名実ともに貴方の私として一身に貴方の愛を受ける権利を手に入れますわ。寝室も同じになるでしょうし、邪魔も入りませんから…」
リリーナから飛んできたのは、ディードリヒにとって再びまさかの発言であった。そのせいで返す言葉が見つからずその場で固まる。
だがリリーナがこの場を誤魔化そうと発言しているわけではないことも明白だ。彼女はディードリヒに誤魔化すようなことをすると罪悪感か“優越感を得たい”という感情が露骨に態度に現れるので、こんな時だけ都合よく演技できるとも思えない。
改めて彼女のある種の器の大きさのようなものにディードリヒは若干戦慄すらする。おかしい、相手を支配しようなどという思考は嫌悪されて然るべきではないのだろうか。
確かにリリーナがここまで一途に、誰よりも自分を思ってくれていたことには多少自信があるが、彼自身は彼女に自分の行いを恐れるでもなく嫌悪するでもなく求められていることが常に起きるとは思っていない。
これは喜んでいいのだろうか、嵐の前の静けさに現れた幻覚ではと警戒するべきなのだろうか。
しかし目の前のリリーナは顔を赤くしたまま思い切り目を閉じ、まるで生娘が初恋の相手に告白でもするのかという雰囲気になっていく。
「今…このような場所で貴方の愛を受け過ぎてしまったら、本当に戻れなくなってしまいますわ。今そうなってしまったら、私は…と、とにかく私も我慢していますので、もう少しだけお許しくださいませっ」
自分の目の前でまさかの懇願を見せるリリーナ。今日、自分は何度知らない彼女を発見すればいいのだろう。そしてそのどれもが自分に突き刺さってくるとなると、最早目の前の“可愛い”は暴力ではなかろうか。
「…っ」
そう思いながら己の中の激しい感情と理性が彼の中で葛藤している。落ち着け自分、リリーナを怖がらせるな…と理性が言っているが、感情は最早目の前の可愛い生き物に完膚なきまでに情緒を破壊されている。
どうしたものかと葛藤を重ねていると、今度はリリーナが不安げに表情を曇らせた。
「やはり、お嫌でしょうか…信用できないというお話でしたらこの場でも…」
「あぁ、いや…むしろ反省してたとこ」
「反省?」
まさか内心のくだらない問答で目の前のリリーナを不安にさせるとはなんとも情けない…そう思いつつ、ディードリヒはまず彼女の手を優しく取る。
「リリーナがそこまで考えてくれてたとは思ってなくて、言葉の端から端まで嬉しくて上手く考えられなかったんだ」
「お気になさることは何も…私のわがままですので」
「ううん、とっても僕のことを…僕たちのことを考えてくれた言葉なんだってわかったから大丈夫」
そう言ってディードリヒが微笑むと、リリーナもまた安心したように微笑み返す。だがそのすぐ後で、ディードリヒはリリーナに向かって真剣な表情に切り替えた。
「でも今のリリーナは誰にも見せたら駄目だよ。可愛いから」
「…? そう言われましても、何を気をつければいいのかわかりかねますわ…?」
「“必死のお願い”なんて可愛すぎるから絶対に駄目だし、僕に自分から抱きつくのもここだけにしてね、今日のリリーナはどこを切り取っても可愛いんだから」
「かわ…? ただの子供のようなわがままでは?」
彼の発言にとても理解が追いつかないリリーナ。しかし言葉は理解できなくとも彼が必死なのは伝わってくるので、少なくとも外で抱きついてはいけないということはわかった。
「あぁ…こんなに可愛いリリーナが外に出るの? うっかり誰とも知れない奴に見られたら耐えられないよ…心臓保つかな…」
「ここまでも似たようなものだと思いますが…私も随分と丸くなったようには思っていますので」
「リリーナは生きてるだけで日に日に可愛くなっていくんだよ? そこに今日見たリリーナが合わさったらどうなると思う? 国が傾くよ? どんなに被害が少なくても連れ去られちゃうよ!」
「どの口が言う言葉なのか教えていただきたいですわね…」
実際に自分を攫った本人にそんなことは言われたくない。ついでに言えば国が傾く魅力など自分には存在しないどころか、こういった発言をされるとディードリヒの目に自分がどう映っているのか度々不安になる。
「僕以外にやっていい奴なんてどこにもいないよ。いたら殺すから」
「…」
「リリーナを手元に引き寄せていいのは僕だけだよ。君を引き寄せるためだけにこの立場を危険に晒したのに他の奴に隙なんか作らせない」
「…っ!」
しかし相手の発言に心底呆れたのも束の間、次の瞬間リリーナは自身に呆れる結果となった。
どんなに己の中で魅力的に感じようが、相手の言っていることは変態と狂人をかき混ぜた世迷言だと言うのに何をときめいているんだ自分は。
自分にそう言い聞かせながら真っ赤な顔を引き締めようと試みるも、悲しいが口の端はぎこちなくも嬉しそうに上がってしまっている。
「リリーナはこの世に産まれた女神だと知らしめたいけど誰にも見せたくない…っ。僕はどうしたらいいんだ…っ」
「…知りませんわそのようなことは」
それでもすぐに呆れに戻ってくる発言をするのがこの男だと思うと悲しくなっていく。
本当にどうしよもうないとしか言いようがなく、さっきのときめきを返してほしいとどうしても思ってしまう。
「はっ…どこからでも見えるくらい大きな絵画を描かせて表ではそれを使って、本物のリリーにはここにいてもらって僕と愛を深めれば…」
「それだけはさせませんわよ!」
何が起きたらそのような辱めを受けて生きなければいけないというのか。
そして相手はさも“今思いついた”と主張した顔でこの世迷言を言い始めたが、どう考えてもこの男が過去のこれまででその考えに行き着いていないとはとても思えない。何か理由があってやめたであろうことなど明白だ。
「まぁそうか…リリーナの美しさを形にできる奴なんていないし、しょうがないか…」
「揶揄わないでくださいませ!」
「揶揄ってないよ。そうだとしてもやめないだけで」
「わがまま極まりありませんわね!?」
先ほどまでの空気は本当にどこへ行ったのか。それこそ嬉しいことも悲しいこともあったはずだというのにまた自分はいつの間にか相手のおふざけに怒鳴り散らしている。
「リリーナがあんなに甘えて可愛い姿を見せてくれたんだよ!? 今喜ばなくていつ喜ぶの!?」
「そういうことを仰るのであればもうしませんわよ!」
「やだ!!」
「やだじゃありませんわ!」
何をはっきり本人に言っているんだこの男は、そう呆れないでいられない。さらに言えばここは自分が気を抜くための場所だと聞いているのに、なぜ揶揄われ始めたのだろう。
こんなことが続くのであれば、ディードリヒも出禁にした方がいいだろうか。どうせできはしないだろうし、冗談でもそんなことを言ったら何をされるか見当もつかないが。
「もう! 妙なことを言っている暇があるのでしたらコーヒーでも淹れてきてくださいませ! 散々話して喉が渇きましたわ!」
「いいよ! 丹精込めるからちょっと待っててね!」
ポカポカと軽い音を立てながら相手に両拳と怒りをぶつけるリリーナ。対してディードリヒはその拳を幸せそうに受け止めながらリリーナの言葉に笑顔を返すと、彼女の髪を軽く撫でて立ち上がる。
そしてそのまま台所に向かうのだろうと思いつつリリーナが目を閉じて呆れたため息をついていると、その瞬間唇を奪われ驚きに目を見開く。
「でもやっぱり、コーヒーを淹れる一時だってリリーナと離れるのは寂しいね。大好きだよ」
唇同士が離れた後、ディードリヒはそう言い残して台所へと向かっていった。
「…っ、〜〜〜〜っ! 〜〜〜〜〜〜っ!!」
リリーナは彼の背中を見送りながら顔を真っ赤にして固まってしまう。激しく叩かれた大太鼓のような心臓を抱えたまま置き去りにされ、最後に映った美しい瞳の衝撃に身を悶えさせながら、最後は息絶えたようにソファの背もたれへ顔を埋める。
7話…?
一塊で7話…?(スペースキャット)
一塊消化するのに7話かかったのは初めてですね
カクヨムに最初投稿していた時は1話頭1000文字〜2000文字だった時期があるので(なろうは全話現状の2500〜5000文字程度に調整し直しています)その頃は5話かかった話とか、四巻でも5話程度かかった話はありましたが、7話…?
しかもその前の2話から話は始まっているので実質9話で一塊。どうしてこうなった?
正直なかなか話が終わらなくて疲れた方がいないことを祈ります…すみません…なるべく読みやすさや話題のテンポは意識しているので読みやすいといいのですが
一塊の中に「根っこと繋がってるけど別の話といえば別の話」を入れて話を広げていくことが多いので、キャラの重要な話になると長くなってしまいますね
内容の話をしましょう
いますよね、大きく場所を変えないと気を抜けない人って。そういう人はそれこそ旅行とか普段行かない場所に行って休んだりすると聞いたことがあります。それこそ別荘とかいい例ですよね。なのでリリーナもその例に漏れないというだけです
リリーナにとって実家と城はどちらも「寝る場所であり仕事場」で、それが当たり前として生きてきてしまったので本当の休息を忘れてしまっています。実家は両親にいいところ見せたいし城はフレーメンであろうがパンドラであろうが基本的には仕事場なので
そこに狂気の努力モンスターが重なり、正直彼女は三巻辺りからいつ倒れてもおかしくない状況が続いています。そしてそういう人って、余裕のない状態で倒れちゃうとそのまま再起不能になってしまったりするんですよね。なので漠然とではありますが周囲の人たちはリリーナのそんな脆さを心配しています
しかしディードリヒくんの最初の計画は大きく失敗に終わりました。仕事場で気を抜ける人間が何人いるかって話なんですよね。現代的にいうと会社のビルの中にあるオフィスと仮眠室とシャワーを行き来して生活して、服や私物はロッカーの中で洗濯はコインランドリー、ご飯はコンビニ。当然昼は仕事で夜は仮眠室で寝る。くらいの限界生活くらい気が抜けていません。どう考えてもおかしいのですが、リリーナにとってこの状況は当たり前です。当たり前にすなって話なんですが、ディードリヒくんは最初この生活がリリーナにとっていかに根深く厄介な問題なのかを理解しきれていませんでした
そのせいでリリーナは誘拐された屋敷からでたら元に戻ったどころか「幸せを失いたくない」とさらに自分を追い込むようになってしまった訳ですね。どこまで行っても“力こそパワー”みたいな概念で生きてる女だと思います
そこから延々と考えた結果、ディードリヒくんはフランツ大叔父ちゃんのお家に辿り着きました。もうまるっと建物から場所変えないとだめだこれ!と
今後がどうなるかは今後次第ですが、リリーナにとっていい環境になることを願っています
そして好きなだけ恋人といちゃついててくれ。そのための場所でもあるからいっぱい甘えな…
とは言えヤンデレ的シュチュエーションは相変わらずお断りされるディードリヒくん。一応これヤンデレモノなんだけどな?
わかりやすいシュチュエーション書いてないだけで基本的にヤンデレモノらしさは意識していますが。個人的にシュチュエーションありきのヤンデレモノよりかはねっっっっっっっちり動機とかが細かく書かれていたり一見平和に見えても片鱗がそこかしこにあって「うわ…」って静かに引くような話の厚みって言ったらいいんでしょうか、そういうものがある作品が好きなので一応意識して書いてはいます。できてるかは…読者様次第かもしれない
ラブコメドタバタ感をベースにしてるのは話が長くても重たくなりづらく読みやすいからです。でも重たいところは激重なので一応メリハリはあるかなぁとおもってはいます
まぁ、上記に関してはヤンデレシュチュエーションを入れてしまうと話の根本となる方向性からずれちゃうので、一旦お預けしてるところもあります
どこかで話したかもしれませんが、この話のコンセプトを小難しくいうと「変わらない本質と変わっていく人間性」なので二人が進まなかったら意味ないっていう
でもヤンデレシュチュエーションは好きなので本音を言うとめちゃくちゃ描きたいです
いいじゃんさぁ! リリーナも本当は破滅したいんだから書かせろヨォ!!!!
って思いながらずっと耐えています。そう言う意味だと五巻でディードリヒがリリーナに壁ドンするシーンのくだりとか死ぬほど書いてて楽しかったです
顔のいい男が相手の嘘に気づいて目見開きながら問い詰めてくるの最高ですね。そこにあの二人の関係性とこれまでが効いてさらによくなるわけですよ!
どっかでがっつり書けるチャンスないかなぁ…
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