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君がただ“君だけ”になるために(6)


「それに僕との愛はどこでも日常的に育んでるでしょ?」

「! その言い方はいかがわしいのではなくて!?」

「嘘は言ってないよ?」


 軽い調子で笑い返すディードリヒに不服な様子を見せるリリーナ。

 だが自分に必要なのはあくまで一人で過ごすための空間なのだという言葉は理解できる。城内での生活で侍女を連れ歩かないということはあり得ないからだ。


 侍女というのは主人が気に入っていたり信頼できる人間であると同時に、メイドを先導して主人の世話をする責任者でもある。彼女たちを連れ歩かないということは自分が人望のない人物であると言外に言っているようなもの。社交界では馬鹿にされる筆頭例だ。

 子爵や男爵などの下級貴族ならば仕方がないと言えるが、伯爵以上であれば単独で行動する場合侍女を連れ歩くことが多い。


 そうなると勿論ファリカにも侍女は存在しているわけだが、彼女は自邸にいるメイドを侍女として連れ歩いているが、今では基本的にリリーナの侍女として生活している時間が増えたので彼女が侍女を連れ歩くことは減っている。

 城内で侍女を連れ歩くのは勿論、侍女が主人の部屋にいるのは実に一般的だ。彼女たちは主人の部屋で自由に過ごす権利があり、時に主人の話し相手やリリーナのようにお茶会を開く際のメンバーとして参加することもある。


「ですが…そうですわね。あまりにも当たり前が多すぎて気づかないことも多かったように思いますわ」


 貴族の中には自分の侍女を自邸で生活させ、生活のサポートをさせる人間がいる。リリーナにとってはミソラがそういった存在であった。

 リリーナはミソラに対して、機密を守り余計なおしゃべりもせず冷静で正確な仕事ぶりをしていると大変気に入っていたからである。


 それでいて彼女はスケジュール管理がとても上手く、多少緊急事態が起きようがすぐに修正が利くようにしてくれていたので、こまめに予定を合わせるためにもそばに置いていた。

 リリーナが過労防止のために強制的に軟禁される機会は少しばかり減ったが、それもまだ続いている。それでもヴァイスリリィの運営などに大きな支障をきたさないのはミソラの手腕が輝いていたからといって過言ではない。


「特にミソラに関しては、それこそ見えないところにはいるのだろうと思いますし…強いていうならば、彼女は貴族らしい私を求めない数少ない人間ですので気が抜けないということはないのですが」

「うーん、あいつもここでは外す?」

「貴方が嫌がるのは勿論ですが、彼女もいい顔はしないでしょう。それに彼女がいてくれるということには安心感がありますわ」


 存在を忘れることができないミソラではあるが、彼女の護衛としての様子を見るにそういった意味でも信頼に値するとリリーナは考えている。

 普段自分に直接的な害が起きることは今の所起きていないが、ラインハートと一悶着あった際に彼が撃った礫を迷うことなく掴んだのを見た時や、普段から自分の安全に口酸っぱくなっている彼女を思い返すととても安心感がある。

 ここで一人で過ごすのは、それはそれで安全面のリスクを捨てきれない。そう考えると、ミソラのような自分の行動を理解している護衛は頼りにできる。


「でも愛が、深い愛が育みづらいよ…僕は見せつけるけどリリーナは気にするし…」

「貴方がいるのでしたらミソラは警戒する範囲を変えるのではなくて? 彼女も貴方の実力はそれなりに認めているようですもの」


 ディードリヒが自分のそばにいる状態であろうとミソラがそばにいるとは考えづらい。もしかしたら自分に気を遣って周囲にいるのをやめている可能性すらある。

 リリーナがミソラの言動から察するに、彼女にとってディードリヒは“自分より”弱いのであって決してそれ以外の点で見下したようなことはしない。つまりそれは、リリーナを守ることに関して彼女はディードリヒに一定の信頼があると言っているのではないだろうか。


「まぁあいつもそこまで馬鹿じゃないし…そうかもね。じゃあもっと抱きついてくれるってことだよね?」

「そ、それは…そうしたいところですわ」

「わぁ、リリーナが素直だ…」

「普段の私が素直でないとでも?」

「ん? 素直だよ、照れたり怒ったりなら」

「…」


 そう言われてしまうと複雑である。なぜなら確かにそうかもしれない…と思う自分がいるからだ。

 短気なので気を許した相手ほどすぐに怒ってしまうし、恥ずかしさのあまり怒ってしまうとそれ以外の態度が取れない場合もある。

 そういった部分はもう少し反省するべきかもしれない。


「正直、今思えばリリーナに城で生活してもらおうと判断したのは失敗だったかなと思わなくもないけど…やっぱり僕の判断が変わることもなかっと思う。リリーナが少しでも離れてるのは絶対に嫌だ」


 不安、という少し輪郭のぼやけた言葉ではなく“嫌だ”とはっきり言ってしまうところを彼らしいと思いながら、リリーナは彼の言葉に耳を傾ける。


「本当は僕の部屋が君にとってリラックスできる場所だったらよかったけど、城の中である以上誰が部屋を訪ねるかはわからないし…ここならまぁ、いいかなって」

「本当は貴方がここまで手を焼いてくださる必要はないのですから、私としては申し訳ないほどですわ。まだまだ己と向き合えていないということですもの」

「向き合うのにも得手不得手のある場所ってあるし、リリーナはそういうところがやっと見え始めた段階なんだから場所くらい用意させてよ」

「そういうものでしょうか…」

「そういうものだよ。僕にもこういう場所があるし」

「貴方にも…まぁ、そのような気はしますが」


 具体的に想像がつくわけではないが、少なくとも彼のストーキングに関係したことであるのはなんとなく察した。


「真面目なのはすごく美点だけど、心も含めて身体だから」

「…そうですわね」


 彼の言う通り、人間には得手不得手があるのはリリーナにもわかる。凝り固まった自分の思考を解すことは自分にはきっとすぐにできないだろうし、きっとそれを支えるために彼はここにいてくれるのだろう。

 そう考えると、隣にディードリヒがいることが喜ばしく…そしてありがたいことに感じた。


「ここにいるときはリリーナが自由に過ごしていいんだ。好きな本を読んだり、蓄音機を買って音楽を聴いてもいいよね。それこそ昼寝のために来たって最高だよ、ここは日当たりがいいから」

「それはそれで…落ち着かないような」

「最初はそういうものだと思うよ。リリーナにとっては慣れないことなんだから」


 この家で過ごすにしてもどうしたものか…とリリーナはすでに考え始めている。少なくとも仕事を持ち込んだり立ち居振る舞いの基礎を見直すような場所にしてはいけない、というのは自分でもわかるがそれ以外となると時間潰しにやっていた読書と刺繍しかやることが思いつかない。


 そんな彼女をディードリヒは微笑ましい目線で眺めていた。何もない時間にやることがないのならそれこそ昼寝をしてもいいと言ったのにそれが選択肢になさそうだと見て取れるあたり、これは少し手強いかもしれないが。

 内心少し苦笑いにはなりつつも、どこかで彼女これからに期待している自分がいる。いつかリリーナが己を解すことを覚えたら、その分長い時間を過ごしていけるのだろう、と

 彼女が万が一にも過労で倒れてそのまま…など考えたくもない。どんなに構えていても治らない病気や本当の不運に立ち向かえるかはわからないのに。


(君が僕を幸せにしたいって思ってくれるように、僕も君を幸せにしたい。だから少しでも永くいられるように、笑っていて)


 彼女の本心からの笑顔というものは、思いの外日常で見ることは少ない。それも強気な笑顔ではなく先ほどのように綻んでいるような笑顔など。

 だが彼はそれだって欲しいのだ。彼女のどんな側面も見て、聴いて、覚えて、触れる…。


 それは彼女の苦痛でも慟哭でも、絶望でも変わりはしない。だからこそ同じだけ、彼女には幸せでいてほしいと彼は願う。

 そう、だから今…今なら許されたい。


「ねぇ、リリーナ」

「なんですの?」


 未だこの家での過ごし方について答えの出ないリリーナに向かって、ディードリヒは優しく声をかける。そして彼女の手に自分の手を重ねて、視線の絡んだ彼女に向かって微笑んだ。

 怪しく堕ちて歪んだ、光のない瞳で。


「ここは僕と君しかいないよね?」

「そう…ですが」


 リリーナはその姿に嫌なものを感じ、少し狼狽える。だが目が離せなくなっている彼女に向かって、彼は囁くように語りかけた。


「ここなら少しくらい…“いい”って思わない?」


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