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君がただ“君だけ”になるために(5)


「リリーナは僕が守るよ。危険なやつを近寄らせたりしないし、リリーナを貶したようなやつと僕らに入り込もうとした奴は残らず殺す。これでも足りない?」

「足りないどころかやりすぎですわ。精々トラウマを植え付ける程度になさい」

「じゃあその周辺を殺したらトラウマになるよね!」

「違いますわ、本人の体と精神ににわからせなさい。関係のない人物を巻き込んではいけません」

「えー…まぁリリーナがそう言うならしょうがないか」


 不服気な返事を返すディードリヒにリリーナは一つ呆れたため息をこぼす。殺してしまうより見せしめがあったほうが効果的だというのに…。

 などと物騒な話は一度傍に置きつつ、リリーナは少し困ったような照れたような様子でディードリヒの頬に手を滑らせた。


「ですが…それだけ貴方が守ってくださるのであれば、少しくらい気を抜いても罰は当たらないかもしれませんわね」


 確かに己のやるべきことは残っているが、それはそれとして少しくらい気を抜いてもいいのかもしれない。

 貴方なら、確かに私を守ってくれると信じられるから。


「バチなんて当たらせないよ。むしろ見えもしない神様なんかより誰よりも君を愛してる僕の忠告を大切にするべきだと思うな」

「その見えもしない存在にまで張り合わないでくださいませ。私もそうだと思いますから」


 と、困ったような表情を見せたリリーナは、次にそわそわと体を揺らし始める。ディードリヒがその様子を少し疑問に思っていると、珍しく彼女がディードリヒの胸に飛び込んで彼を抱きしめた。


「!?」


 リリーナは化粧が付きすぎないよう意識しつつ、彼の胸板に額を擦り付ける。それから少し腕の力を強めて、彼を自分のものだと主張するように少し強く抱きしめた。


「ど…どうしたのリリーナ、急に」

「その…気を抜いていいならば、普段我慢していることをしてもいいではありませんか…これでもずっとこうしたかったのですから」

「え…」


 リリーナから出るとは思えない発言に困惑と興奮が止まらないディードリヒ。

 だが爆音を立てる心臓を抱えたまま緊張してしまい、現状をどうするべきかわからなくなってしまっている彼の腕は完全にホールドアップされている。


「…」

「ふふ…」


 リリーナは大変満足そうな様子で自分の胸板に頭を預けていが、ディードリヒは正に青天の霹靂と言わんばかりの状況に脳が追いつかないでいた。

 そのせいで胸に収まるリリーナを眺めながら固まっていると、不意に彼女が自分と視線を合わせる。


「抱きしめ返してくださらないのですか?」

「!?」

「やはりこんな私はお嫌でしょうか…」


 さも平然と抱きしめ返してもらえると思っているリリーナは、自分の行動が遅いせいで少し不安になってしまったようだ。

 いやいやそんなまさか、これは夢じゃないのか…と、ディードリヒの脳は一度考えるが同時に案外不思議ではないのではないかと考える自分がいる。


 なんてったってリリーナは公爵家の一人娘だ。裕福な環境で両親の愛を一身に受けて育ってきたに違いない。

 むしろ今までが彼女にとっては抑圧された状態だったのではないだろうか。リリーナが無意識的にこの状態を抑え込んでいて、本来の彼女は自分が思っているより甘え上手なのだとしたら…?


「っ嫌なわけないでしょ!?」


 ディードリヒはそれこそ一秒以下の時間でそこまでの思考に至り、そして迷いなくリリーナを抱きしめ返す。するとリリーナは満足げに笑って、彼の襟元あたりに顔を近づけた。


「ふふ、貴方のかおりがしますわ。差し上げた香水も使ってくださっているのですわね…嬉しい」

「え、あ、まぁ、少しだけど…そんなに嬉しいもの?」

「勿論ですわ。貴方に似合うと思って差し上げたんですもの」

「…っ」


 なんだこの可愛い生き物は、ディードリヒの脳内では今その思考に関するものだけが渦巻いている。

 目の前の彼女はまるで懐いた猫のようだ。普段の彼女からは想像もできないほど自分に全てを預け、かまえかまえと体をすり寄せてくる。これは自分の中で新しい扉が開いてしまう。


 ディードリヒは、そのまま恐る恐る彼女の髪に手を滑らせた。すると彼女は心底嬉しそうに自分の手に頭を預け、幸せそうに微笑んでいる。

 なんだこの、可愛い生き物は。


「ディードリヒ様の手がとても好きですわ。いつも優しく触れてくださる大きな掌と、長く細い指が髪を流れて少しだけ絡んで…とても幸せになれますの」

「そ…んなに褒めても何も出ないよ?」

「そのままのことを言ったまでですわ。でも少し…こうやって欲を出すのは慣れませんわね。初めての行いはやはり緊張します」

「…初めてなの?」


 おかしい、自分の予想とは違うと驚いたディードリヒからでた言葉にリリーナは少し頬を染めて恥ずかしそうに視線を逸らす。


「両親にもしたことはありません。なんといいますか…幼い子供のようではありませんか。ですが、ディードリヒ様にはその…受け入れて欲しくて」

「…!?」


 リリーナの言葉に、ディードリヒは何も返せなくなってしまう。なぜなら彼の頭の中は爆弾でも落ちてきたかのような衝撃で真っ白になってしまっているからだ。

 リリーナの発言を受け取ると、つまり世界の全てで自分だけがこの可愛い生き物を初めて見て、そして独占して腕の中に収めて眺めて温かさを感じているわけで。

 そのまま衝撃に固まっていると、リリーナがおず、と申し訳なさそうに彼の腕から離れた。


「や、やはりお嫌でしたでしょうか、ではやめますのでその…」

「嫌なわけないから! もっと! そういうのもっとちょうだい!?」

「ひぁっ!?」


 目の前からの急な大声に驚いて体を跳ねさせるリリーナ。その姿にディードリヒははっと我を取り戻し、軽く咳払いをして気を取り直す。


「んん…ごめん。嬉しさのあまり動揺しちゃって」

「受け入れてくださるのは嬉しいですが、そこまで喜ぶことでしょうか?」

「嬉しいに決まってる。大丈夫だよね? 今これ現実だよね…?」

「現実ですわ、少し慣れませんが…」


 再び目の前の光景が信じられないあまり疑心暗鬼になるディードリヒだが、今の彼が現実を確信する術は痛みを抱えるほどに鼓動が上がっている心臓を信じることではないだろうか。


「だってリリーナがこんなに甘えてくれるなんて…何度夢に見たことか」

「そこまであり得ないことのように言われると、なんだがやりたくなくなりますわ…」

「いやだ! ごめんなさい! もっと抱きしめさせて!」

「…」


 懇願して頼み込むディードリヒの姿に少し呆れつつ、それでもリリーナは腕を広げて彼を見る。


「…仕方がないですから、もう一度抱きしめてくださったら許します」

「…!」


 今日は彼の脳内に何度爆弾が投下されるのだろう。ディードリヒはもう何度目かわからない思考が吹き飛ばされる感覚を喰らう。

 だが体は正直なもので、彼の腕は自然のリリーナの元へ向かい脳内を混乱させながらもちゃっかりリリーナに抱きついた。

 そして抱擁を求めてきた彼女は、再び満足気な様子で彼の胸に収まっている。


「ディードリヒ様はいつも温かいですわね…手先は少し冷えている印象ですのに」

「嫌だった?」

「そんなことはありませんわ。むしろ貴方が私に触れているのだとよくわかって好きですもの」

「そ、そっか…」


 本日何度目かわからない“なんだこの可愛い生き物は”が脳を占めるディードリヒ。自分と認識できるから自分の手が好きとは…確かに彼自身もリリーナの小さく温かい手にそう思ってはいるが、相手から言われるとこうも破壊力が高いものなのか…とまた一つ思考が奪われる。


「ですがここに定期的に来るのではあれば、ドレスを纏うのは少し抵抗がありますわね…」

「ドレスは“貴族”っぽい?」

「そうだと感じています。私の中でドレスというのは己の役割を果たすための服装ですから」

「なるほど…確かにリリーナって結構フランクな服も持ってるもんね」


 城で生活している以上、常に社交場と言って過言ではない状況に置かれているリリーナは殆ど毎日ドレスを纏っているのが現状だ。彼女が望む望まないに関わらず、城に勤めている者たちはそれぞれがそれぞれの役割に沿った服装をしているし、基本的に自分だけが例外ということはない。


 ディアナでさえ、基本的に見かける時はドレスばかりだ。そう考えるとやはり城内でフランクな服装をするのは憚られる。

 確かにフランクと言っても膝丈かそれより長いスカートやワンピースにブラウスを合わせ、そこに季節に沿った上着を羽織ったりということが多いのだが。


 とは言えやはり城で生活している以上フランクな服装に袖を通すことが減ったのは事実。実家にいた頃は城に通っていた状態だったので休日などには袖を通したところから考えると、ここを精神的に休ませるための場所にするのならばフランクの服装の方が相応しいだろう。


「なぜ貴方が私の私服に詳しいのかは敢えて訊きませんが…とにかく、より楽な服装の方が心身を休ませやすいと思いまして」

「いいね、その考え方。僕も必要がないなら正装はしないけど、ここに来るならもっと楽な服にしてもいいかも」

「ではここに来るタイミングは合わせた方がいいでしょうか?」

「あぁ、それは気にしないで。ここは君が所有者だから僕は関係ないよ」

「そう、なのですか?」


 とは問いつつも、リリーナはディードリヒの言葉に少し意外性を感じていた。

 ここは彼の祖父が所有していた家であることや、自分以外は彼しか入れないという条件である以上所有権はディードリヒにあるか、そうでなくても共用だと思っていたのに。


「僕はあくまでお邪魔してるだけ…写真機を隠して置いたりもしないしリリーナが好きに管理してくれていい。まぁ確かに…合鍵は二人分作るから僕も勝手に入るけど」

「貴方であればそれは構いませんが…少し寂しいような気もしますわね」


 少ししょぼくれるリリーナの髪をディードリヒは優しく撫でる。


「ううん、これでいいんだよ。これだけはね。リリーナに必要なのは僕しかいないパーソナルスペースなんだから」

「はい…」

「それに僕との愛はどこでも日常的に育んでるでしょ?」


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