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君がただ“君だけ”になるために(1)

 

 ***

 

 暖かな暖炉の火にあたり、少しずつコーヒーを飲むこの時間はリリーナの理性に少しずつ隙間を作り始める。

 乾いた薪の弾ける音は心地よく、ゆらゆらと揺れる炎は見つめていると緩やかな気持ちになっていく。両手に包んだカップはもうぬるくなってしまったが、ゆっくりと口に運ぶカップから口内に少しずつ注がれる液体は少しずつ変わっていく温度と香りで自分を楽しませてくれた。


「…あったかいね」


 不意に、隣に座っているディードリヒがそう呟いてはっと意識を取り戻す。声に反応して隣に目を向けると、暖かな暖炉の火を眺める彼の柔らかな表情に目を奪われた。

 やはり彼の纏っている雰囲気がいつもとは違う、とリリーナは感じる。それはもっと柔らかで、安らいでいて、少しだけ甘えたくなるような、温かい雰囲気。


「っ!」


 その横顔に見惚れていたら、薪が大きな音を出して弾けた。少し驚いて身を縮めてからそっと体の力を抜いて目を開くと、自分の動きに反応したのかディードリヒがこちらを見ている。

 彼の視線に気づいた瞬間、恥ずかしくてつい視線を逸らしてしまった。だがディードリヒはそんな彼女を見て小さく笑う。


「可愛いね、リリーナ」

「…ここは静かですから、少し火花が大きいように感じただけですわ」

「わかってる、だから可愛い」

「…っ」


 どうしてそう軽々しく自分を“可愛い”などと言えるのかも、その言葉に心臓を逸らせている自分も、全くもってわからない。

 彼以外に言われた“可愛い”など両親以外はお世辞だと流してきたのに。彼に出会って、いつの間にか彼の言葉にだけ自分は反応するようになってしまった。


 この感情の波は、自分が彼からは逃げられないから生まれるのだろうか。自分は彼からは逃げられない、逃げる気持ちにもならないから…それだけ彼を意識してるから、かけられた言葉が嘘でないと思えるのかもしれないと、なんとなく考える。

 そして嘘でないと思えるから、恥ずかしいのかもしれない。


 そんなことを考えて脳内を騒がしくしていると、目を閉じて逸る心臓を落ち着けようとする彼女の髪に大きな手が触れた。


「!」

「気にしないでいいよ、僕が愛でたいだけだから」

「気にしますわ!」

「そっかぁ、ごめんね? それでも続けるけど」

「おやめなさいっ!」


 やや顔を赤くしつつ怒る彼女に、ディードリヒは軽く笑って返す。そしてそのまま自分を撫でることをやめない彼にリリーナが一つため息をつくと、不意に自分を撫でていたはずの彼の手が今度は頬に触れた。


「…そろそろ話そうか、今日のこと。大事な話だからよく聞いてね」

「大事な話…?」

「うん、とても大事な話だよ」


 そう自分に語りかけるディードリヒの声音は静かで真剣なもの。そしてその言葉と同じだけ真摯な瞳が自分を見つめていて、リリーナは目が離せなくなる。

 だがディードリヒがここまで真剣になる話とは、何を話すのだろうか。

 …少しばかり不安な、気もする。


「大丈夫。そんな顔しなくても怖い話じゃないよ」

「そうですの…?」

「うん。僕はね、この家をリリーナにプレゼントしたいんだ」

「え…?」


 彼から飛び出た言葉がすぐに飲み込めず、最初に言葉を失う。

 “この家”、とは今ここに自分たちがいる一軒家だろうか。いや、それ以外にはないと頭ではわかっているのに心が困惑している。そもそも、彼は何故急にそのようなことを言い出したのだろう。


「驚かせたよね。確かにちょっとびっくりして欲しいなとは思ってたけど…それ以上にここを落ちついて用意できなかったからどうしても急な話になっちゃって…本当にごめん」

「確かに貴方の言うとおり驚いてはいますが…それ以前の問題として、私がここをいただくわけには参りません」


 ディードリヒにも何か理由があって今のような突飛な発言をしたのだろう、というのはリリーナにもわかる。

 だがここは上王アダラートが亡き兄を偲ぶために維持を続けている大切な場所。そのような思いのこもった場所を自分のような相手のこともわかっていない、浅い部外者が受け取るわけにはいかない。


 そのようなことを受け入れてしまったら、それは安易にアダラートを侮辱していることにすらなるだろうと、リリーナは考える。


「お祖父様には手紙を出して許可を取ってある。そろそろ取り壊しを考えてたらしいから、使ってくれるなら嬉しいとは言ってくれてた」

「ですが…」

「不安なのはわかるよ、だからまずは僕の考えを聞いてほしい。これはお祖父様にもきちんと話してある。聞いてくれる?」

「…わかりましたわ」


 ディードリヒの言葉は真摯でありながら穏やかで静かな語り口であった。珍しい彼の姿ではあるが、同時に彼の言葉に話の内容は自分を茶化すようなふざけた内容はないと感じさせる。

 そう考えたリリーナは彼の言葉を承諾し、その姿を見た彼は「ありがとう」と一つ前置きをしてから話を始めた。


「ここをね、君の“秘密基地”にしてほしいと思って」


 ディードリヒは最初に、確かに自分に向かってそう言ったのである。だがリリーナにはその言葉の意図が分からず、その場で少し固まった。

 彼は一体、何を考えて提案をしたのだろう、と。


「あの屋敷に来たばっかりの頃を覚えてる? 二人で大布とサンドイッチ持って屋敷の裏に行ってさ、地面に布を敷いたらあとはサンドイッチを食べながらぼーっとするだけ…ってことあったよね」

「確かに、ありましたわね…」

「何度かやったよね。あそこはリリーナの“秘密基地”だった。君がそう言ったから。そしてあの場所で笑ってる君には確かに立場も何もなくて、それは僕も同じだった」


 一つ一つの思い出をゆっくりと思い返すように彼は言う。その穏やかな表情に、リリーナもまたふとあの頃を思い出した。

 あの“秘密基地”を作った頃は、もう牢にすらいない自分は“何もない”自分なんだと半ばやけになっていたのを思い出す。


 あの頃はまだディードリヒのことを何も知らず、屋敷の建物から敷地内には出ることができる奇妙な状態だった故に“今までしてこなかった何かをしよう”という考えの元、その時の現状の中での自由や楽しみを見出そうとしていた。

 ただ最初は、何か大きな行動した時にディードリヒがそばにいないのは何か言われそうだったので、それなら巻き込んでしまおうと思ったから連れて行っただけだったのだが、気がつけばそれも当たり前になっていったのを覚えている。


 今思いだせば、確かにあの場所は自分の中の“自由”だったのかもしれない。本当に何もしない、ただ日差しと風を浴びるだけの時間だったのに。

 その何もない時間は、確かに心地よかった。


「僕は君がここに来て暫くしてから、君には“場所”が必要なんじゃないかって思ってたんだ。僕しか君を知らない場所が」

「…貴方しか、私を知らない場所…ですの?」

「だってほら、“秘密基地”はいつだって僕と君しかいなかったでしょ?」

「あ…」


 そういえば、とリリーナは思い返す。

 確かに最初から人気のない場所を選んでいたし、誰か他の人間を…多少話をしていたミソラや他の使用人を誘ったこともない。

 本当に、いつも自分と彼しかあの場所にはいない…そんな空間だった。


「でもここに“僕もいたら駄目”…だけはナシね。それだけは何があっても絶対に嫌だ」


 きっぱりと言い切った彼は少し焦って、必死になっているように見える。

 自分が一人でいることを要望したわけでもないのに、彼の表情は何よりも恐ろしいことを口にしているように見えた。


「そのようなことはいたしませんわ…最早私は、貴方がいなければ生きていくことの一つもできなくなってしまったのかもしれないと…思っているほどなのですから」

「え…?」


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