新しい“秘密基地”へのご招待(2)
一軒家の中へ入ったリリーナは、震える声で家に挨拶をする。
「お、お邪魔しますわ…」
一歩屋内へ踏み入れると、足元には土足で入れないのか目の前の石畳の先に低い段差があり、その段差の上からフローリングが広がっていた。そして段差の縁には簡素な室内履きが置かれている。
一先ず室内履きに履き替えて建物に足を踏み入れると、向かって右側には二階へ続くと思われる階段があり、左側は奥まで廊下が続いていて壁には二つドアが見えた。
「左の奥にある部屋に入って。暖めてるから」
「あたため…?」
ディードリヒの言っていることが理解できないままではあるが、言われた通り向かって左の廊下を進むと確かに最奥には一枚のドアが見える。自分の後ろからついてきていたはずのディードリヒが目の前のドアを開け中へ踏み入っていくと、どうやらそこはリビングのようであった。
中も見た目通り平民の家といった雰囲気だが、それにしては内装には質の高いものを使っているような気がした。
少なくともアンムートを最初に自分の香水店へスカウトするために向かった彼の家はここまで小綺麗なものではなかったし、木で作られた屋外の壁が内部でも剥き出しになっていたがこの家のリビングには壁紙が施してある。
壁紙は決して派手なデザインではないが、柔らかな淡い緑が心を落ち着かせてくれるような気がした。
自分もアンムートとソフィアに贈った家には全体的に白い壁紙を貼って綺麗に見えるよう意識したので、それと似たような感覚を覚える。
「暖炉の前のソファで待ってて。昨日は冷えたから寒かったでしょ?」
「待つ…ということはディードリヒ様はどちらへ?」
「コーヒーでも淹れてこようと思って、あったまるし」
「!?」
ディードリヒの発言に絶句するリリーナ。
そんな、そんなことは彼のすることではないのに。
「それは、ディードリヒ様にそのようなことをさせるわけには…」
「“ここ”ではこれでいいんだ。少し待っててね」
彼はそう言ってリリーナの頭を軽く撫でると、そのまま流れるように台所へ向かってしまった。ぽつんとその場に残されてしまったリリーナは“仕方ない”と一先ず指示された暖炉前のソファに腰掛ける。
確かに昨日雨が降った影響で今日は少し冷えるので、暖炉の暖かさに心が少し安らぐ。目の前で火花を散らせながら独特の弾けるような音を立てるそれの中で揺れる炎を見つめると、少し意識がぼんやりとして…
「リリーナ?」
「!」
「大丈夫? 少し暑かった?」
「いえ、程よいですわ。ありがとうございます」
少し眠りかかっていたのだろうか、かけられた声に大きく反応してしまった。そこから少し落ち着くと、柔らかなコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
「よかった。コーヒー淹れてきたんだ、リリーナはブラックでも飲めるもんね?」
「大丈夫ですわ、お手数をおかけしました」
「そんな言い方しないでよ。やりたくてやってるから気にしないで」
「…では、ありがとうございます」
おず、と差し出されたカップを受け取りつつ“少し困らせてしまったようだ”、と考えた。困らせたかったわけではないのだが、どうにもディードリヒ相手にとなると仰々しくなってしまう。
受け取ったカップからは温かな湯気が上り、同じくカップの外側へ熱を伝えている。両手で包むようにカップを持つと、寒さで冷えた指先をじんわりと暖めてくれた。
「いただいても?」
「勿論」
「では…失礼して」
静かにカップの淵に唇を預け一口コーヒーを口内へ迎え入れる。程よい熱と特徴的な香り、そして意識が冴えるような苦味と少しの酸味が広がり、最後の名残りに柔らかな甘さを感じた。
口内に広がって鼻から抜ける香りはまた一つ自分の緊張を和らげてくれる。
「…美味しい」
「それは嬉しいな。練習した甲斐があったみたいだ」
暖炉の前に置かれた二人がけのソファの左側に腰掛けるリリーナの横にそっと座りながらディードリヒは言う。それから彼は自身もカップのコーヒーを一口飲み下し、満足そうに口元からカップを一度離した。
「ん、良い感じかな」
自分の横に座る彼の姿に、リリーナは少し“珍しい”と感じる。
普段紅茶を嗜んでいる時の彼に、このような満足げな表情は少ない。気に入っている茶葉か何故かリリーナが淹れたものには反応を示すが、それも目の前の彼の様子とは少し違うような…緊張感の持ち方が違うと言えばいいのだろうか、見ていて不思議な感覚を覚える。
だが、今はそれどころではない。
「あの…そろそろ詳しいお話を聞かせていただきたいのですが…」
ディードリヒがコーヒーを淹れる練習を手ずからしたのだろうか、この家に招かれた理由とは、何故ここまで話をしないのか…など今のリリーナには疑問は多い。
屋内で話そうと言っていたので頃合いではないだろうかと話を切り出もそんなリリーナに向かって、何故かディードリヒはただ優しく微笑みかけた。
「もう少しゆっくりしたら話すよ。冷えた体がしっかり温まった頃に」
「…? そうなのですか…」
隣の彼の言葉にやはり困惑は隠せないものの、はぐらかしている様子にも見えなかったのでリリーナは彼の提案を承諾し一つ深呼吸をする。
そして体を温めるように、また一口コーヒーの入ったカップに口をつけた。
ディードリヒくんは何がしたいのでしょうね?
少なくともリリーナはまだ戸惑っているようですが、タイトルから想像できる読者様もいるかもしれません
なので詳しい話はまた次回の長い後書きにでも書きます
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