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新しい“秘密基地”へのご招待(1)

 

 

 ********

 

 

 ディードリヒから上王アダラートの兄が使っていたという離れの一軒家について話を聞いてから、一週間ほどが経過している。

 そんな今日は少し珍しいことが起こっていた。


 今日は自分もディードリヒも仕事や作業がなく、かといってデートの予定が入っていない。リリーナは一応午前中こそ予約していた美容室に顔を出していたものの、そこから帰ってからは特筆して思いつく予定もなく買い物もこの間済ませてしまったし…と考えると彼女はこの国に来て殆ど初めての“まるっきり暇”という状態になっていた。


 だからこそリリーナは少し困惑している。

 ディードリヒがデートの予定を申し込んで来なかったのがあまりにも不可解で気になってしまうのだ。


 互いに時間があるとすぐに「出かけよう」と言い出すディードリヒから誘いがないなど、今までに一度もない。確かに、彼の誕生日プレゼントを買おうという話の時以来自分から彼に予定を尋ねる機会を設けるようにはしているが、今回その話をし忘れてしまっていた。


 自分が声をかけてくると思って彼は自分をあえて放置していたのだろうか、だとしたら後でいじけそうでやや面倒臭い。

 もしくは体調が優れないのだろうか。見かけている限りではその様子を見せなかったが、隠し事のうまい彼のことなので自分が気づかなかっただけかもしれない。


(後で探してみたほうがいいでしょうか…)


 そうは思いつつ、“リリーナがディードリヒを看病する”という機会は早々起きることではなく、ディードリヒがそれを逃すとも思えないのでやはりおかしいような。

 ぐるぐると頭を悩ませて思い当たる節について考えていると、自分の横から声が聞こえる。


「リリーナ様、どうしたの?」


 そう声をかけてきたのはファリカだ。彼女は何やら辞書を開きながら異国の本を読み解いている。その中でふとリリーナの様子に気づいたのか、心配して声をかけてくれたようだ。


「いえ…何か大きなことがあったわけではないのですが、ディードリヒ様が今日は私に対して何も行動していないのを不思議に思っていたのです」

「あー…確かにそうだね。私としてはあんまり心配しなくていいような気がするけど」

「そうでしょうか?」

「殿下がリリーナ様のこと考えてないなんてありえないもん。嵐の前の静けさだと思って今は休んでもいいんじゃない?」

「ふむ…」


 確かにファリカの発言には一理ある。

 ディードリヒが自分に何もしてこないなど不可解にも程がある…となると、確かに嵐の前の静けさと思う方がいいだろう。


「紅茶でも淹れてこようか? 私も少し休憩しようかなって思ってたから」

「ではお願いしますわ。考え事ばかりしていても脳が固まってしまいますものね」

「了解。ミソラさんの分も淹れてきちゃっていいですか?」

「ではお願いします。ありがとうございます」

「はーい」


 二人に「待っててくださいね〜」と残したファリカの背中を見送って、自分も本でも読もうかと意識を考えていたことから逸らす。するとミソラが一言リリーナへの言葉を口にした。


「ディードリヒ様が何もなさらないのは確かに不気味ですが、結局リリーナ様へ還元されていくことしかなさらない方であることも事実です。ファリカさんの言う通り構えて待っているのがよろしいかと」

「ありがとう、ミソラ。二人がそう言うならばそうなのだと思えますわ」


 そう言ってリリーナがソファから立ち上がると、部屋にノックの音が響く。すると流れるようにミソラが立ち上がり、最早お決まりとなった来客に対してミソラが最初に対応する流れとなる。そしてそれはリリーナにとって安心を得られる行動であった。

 来客を安全な人物と判断したミソラが一歩後ろへ下がる。すると中にはリリーナが今日ここまで頭を悩ませていた人物が中へ入ってきた。


「やぁ、リリーナ」

「ディードリヒ様」


 リリーナは彼の名を呼ぶとそのまま近くまで小走りで駆け寄っていく。

 その姿を見ているディードリヒはいつも彼女が転ばないか少し心配するも、同時にリリーナは転ばないという信頼と彼女が自分に向かって駆け寄ってきてくれる喜びを感じて彼女を眺めたままその場で待ってしまう。


「如何なさいましたか? 事前に使いを出してくだされば、ご用意をいたしましたのに」

「気持ちは嬉しいけど、今日は突然来たことに意味があるっていうか…僕と一緒に来て欲しいところがあって」

「来てほしいところ…?」


 リリーナはディードリヒの言葉に素直な疑問を浮かべる。すると彼は懐から一本の細い帯を取り出した。


「うん。でもこれを巻かせてね…よし、できた」

「ディードリヒ様、これはどういう…?」


 ディードリヒは取り出した帯をリリーナの目元を隠すように頭部に巻き付ける。そして次に状況が読み取れないまま困惑するリリーナの手を取った。


「これから行くところは着くまで内緒にしておきたいんだ。ちゃんと手は引いていくから、離れないでね」

「わ、わかりましたわ…?」


 急な展開と奪われた視界に困惑し続けるリリーナ。対してディードリヒはリリーナの手を握ったままミソラに向かってちらりと視線を送り、ミソラはその視線に向かって小さく頷く。


「よし、歩き出すよ」

「は、はい…」


 ミソラの頷いた姿を確認したディードリヒは部屋の出入り口に向かって一歩踏み出すと、そのままリリーナを気遣いつつ彼はゆっくりと歩を進めていく。

 視界が真っ暗なままのリリーナは未だに少し困惑が残っている。視界を奪われるというのはここまで不安になるのかと思いつつ、自分を誘導するディードリヒの掌に縋る思いで少し強く握った。


 頼れるものが繋いだ手だけというのは一見心細いが、それでも繋いだ手の相手は絶対にディードリヒだと確信できる自分がいる。

 その感触が、彼の体温が繋いだ手の中に感じられる限り自分は心細くても歩を進められると思うと、素直に安心できた。

 

 ***

 

「「…」」


 沈黙の空気が二人の間には流れている。

 だがリリーナの脳内は再び困惑しつつあった。


(思ったより長く歩いているような…視界がないのでそう感じるだけでしょうか?)


 この思考と似たようなことをすでに二回は考えている。視界を塞がれて歩くくらいなのだからすぐに辿り着くだろうと思っていたのに、気が付けば城の外にまで出ているようだ。

 自分の部屋はこの城の中でも王族たちの自室が集められた塔の中にあるが、その中でも三階に位置している。なので外に出るには階段を使わなくてはならず、その際にはディードリヒに抱き抱えられた。


 一体どこに向かっているのかはわからないが、建物の外に出なければいけない用事など思い当たらない。なにかトラブルなどでなければいいのだが…。

 ぐるぐると考えつつそれでも繋がれた手に従って進んでいると、ある場所でディードリヒが足を止めた。


「!」

「ちょっと動かないでね」


 足を止めたディードリヒに“とうとう目的地に到達したのだろうか”とぼんやり考えていたら、急に彼の香りが近くなって動揺する。驚いて反射的に一歩後ろに下がると、動かないように指示された後彼の手が頭部に触れたのがわかった。


「…っ」


 視界が急に明るくなって目を覆っていた帯が外されたのかとわかるも、今まで暗闇を映していた瞳は急な光の刺激にすぐ対応できずわずかな痛みを伴う眩しさに顔を顰める。

 咄嗟に手で目元に影を作り視界に入る光を調整してから目を慣らし、正常に戻った視界を確認して目元の手を退けると、目の前には古びた一軒家が見えた。


 レンガと木材を中心に作られたであろう二階建ての一軒家は、一見古びて寂れているようにも見える。しかしよく見ると修繕が繰り返され綺麗に保たれているのがわかった。

 すぐ付近に建物が見えるのでここが城の敷地内であることは明白だが、少なくともこの一軒家はとてもじゃないが貴族が使うようなものではなく、さらに使用人たちには城の中に生活スペースがあるのでこういった場所には用がない。


 上級貴族である自分からしたら明らかに典型的な平民の家で、他の貴族たちから見れば倉庫のような小屋にしか見えないだろう。

 だが自分が平民の家というものを見慣れているからだろうか、少しも嫌な感覚はなく少し安心感すらあるように感じる。


「これは…」


 間違いない、ディードリヒの執務室から給湯室に向かう途中の渡り廊下から見える一軒家だ…そうリリーナはすぐに勘付く。


「驚いた?」

「それは勿論ですが…何故ここへ?」


 リリーナの素直な疑問に対して、ディードリヒはすぐに答えなかった。代わりに彼は目の前の一軒家に向かって歩き出すと鍵を使って玄関ドアのロックを開け、そのままドアを開きリリーナを招き入れるように手を差し向ける。


「まずは中に入ろうよ、詳しい話は中でしよう」

「…」


 ディードリヒの言葉に、リリーナは少し躊躇う。ここは上王アダラートが兄との思い出として大切にしている場所。そこに自分が足を踏み入れていいのだろうか、と。

 だがディードリヒは自分が戸惑うのさえわかっていたかのようにドアの前で自分を待っている。その姿に意を決したリリーナは、一軒家の中へ向かって踏み出した。


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