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投獄された冤罪悪役令嬢はストーカー王太子と踊る〜隣国の王太子が変態だなんて聞いてませんわ!〜  作者: 三日月深和
“友達”の家と“自分”の家と、大切な記念日がもう一つ(後編)
220/221

気になる一軒家

 

 

 ********

 

 

 しんと静まった室内で、二種類の音が響いている。

 一つは紙の上にペンが走る音。

 もう一つは、紙が一枚、また一枚と拾い上げられては別の場所へ移動していく音が…同じ室内の二つの場所から小さく響いている。


 そしてその静かな音だけが聴こえる執務室の中では、一組の男女が違う作業を行っていた。

 男の方はディードリヒである。執務室の最奥に置かれた執務机に置かれた書類に目を通し、議会を通して上がってきた立案の数々に最終決定のサインを記し、また別の書類に目を通す…その作業を繰り返していた。


 女の方はリリーナ。彼女は先日勝ち取ったディードリヒの執務の手伝いをしにきている。

 彼女に任されている主な作業は二つ。議会から上がってきたディードリヒへの書類をカテゴリー別、優先順位別に振り分け整頓をする作業と、必要な資料を図書館や資料室まで回収しにいく作業だ。


「「…」」


 黙々と室内には二人の作業音だけが響いているが、その実リリーナの内心は邪念に囚われている。


 “先日は散々な目にあった”、と。


 彼女の指す先日は、旅行に向かっていたオイレンブルグ領より帰還する最中での出来事をきっかけに、今まで溜まっていた醜い嫉妬をそのままヒステリーを起こしたようにディードリヒに向かって叩きつけ、なぜがそれに喜ばれたのちにお仕置きをされたあの日である。


 全くもって、いつまで経っても“お仕置き”は慣れない…と思い出すだけで自爆したように恥ずかしい思いをしてしまう。

 確かにお仕置きなのだから慣れてしまっては意味がないのだが…それでもドレス越しに彼の手が撫でるように、何かを期待させるように体を滑り、耳元で囁かれる愛の言葉は甘く響く。挙げ句の果てにその時の彼の瞳は恍惚と自分だけを見て、それなのにかけらほども濁ることはない。あの美しい薄い水色の瞳が、自分の心臓が逸るとわかっていて狙ったように見つめてくる。


「…っ」


 今の表情を見られたらまずい。できる限り全力で平静を装ってはいるが、うっかりでも顔を赤くしていてそれが執務室のソファに座り目の前のテーブルで作業をしている自分の右側で仕事をこなしてる彼に勘づかれでもしたら、羞恥で死んでしまう。


(いけません、目の前の作業に集中しなくては…私はここへ遊びに来ているわけではないのですから)


 内心で思い切り頭を振り邪念を散らせたリリーナは目の前の視線に視界を戻す。

 そして改めて、ディードリヒの元に送られてくる書類は本当に幅が広いと感じた。その多くは多様な知識と見聞を必要とし、さらに膨大な資料と睨み合いながら出なくてはいけないと、眺めているだけで嫌でもわかる。


 各領地のインフラ整備に関わる補助金の申請や、学術院など国から支援を受けている施設からの補助金や扱っている資料などに関する保管物などの報告、及び許可の申請は毎日のように彼の書類は基本的かつ多く見かけるもの。


 だが他にも各領地から送られてきた税収の統計から今年度の徴収の決定の報告書に新しい法整備の決定に関する最終決定を委ねた書類、首都にある商会から寄せられた大口の仕入れや国境を越えた商品の仕入れの許可証の申請など…勿論他にも種類は存在し、本当に多岐に渡る書類がディードリヒの元にはいつも押し寄せている。


 リリーナに任されている作業も基本的にディードリヒに仕事がある日は呼ばれることが多い。それ故本当にこの膨大な書類を彼は毎日のように、ここからでもわかる涼しい顔でこなしていると思うと彼女はディードリヒに対して素直に尊敬の念を抱いた。


 それこそ彼女が故郷で父親の持ち帰った書類を勝手に振り分けていた頃の内容とディードリヒが扱っている書類の内容はまるで違い、最初にミイルズから説明されていなければ自分は勝手もわからず困惑していただろう。

 しかし作業そのものは単調なものに変わりはない。資料を持ってくることも確かにリリーナの仕事ではあるが、最優先は書類の整理だ。

 資料の運搬はミイルズの手が足りない時に時折呼ばれるだけで、そのミイルズは今丁度ディードリヒに頼まれた資料を回収するため執務室を不在にしている。


「ふぅ…」


 ディードリヒの邪魔にならないよう、ほんの小さな吐息で一息をつく。壁にかかった時計を確認すると、作業そのものは二時間程度で終わったようだ。いつもこの程度の時間で作業が終わっていることが多いので、今日もある意味予定通りと言える。

 分配が終わりテーブルに整然と並べられた書類を、今度は優先順位に従ってディードリヒの執務机に並べていく。その作業をしながら、リリーナはちらりとディードリヒの横顔に目を向けた。


 先日旅行に向かったオイレンブルグ領より帰還してから本格化したこの作業だが、やはりというか…集中して机に向かう彼の表情は涼しげで感情はなく、その姿を格好いいと思っている自分がいる。

 視線が下にある机に向かっているので少し伏せられたように見える瞼の淵に生えるまつ毛は長く、鼻も高く筋が通っていて、閉じられた唇は少し薄く見えるが柔らかいだろうと思わせる。そこにあの綺麗な薄い水色の瞳が重なり、表情はそれこそ氷のようだというのになんとも言えない胸の高鳴りを感じてしまう。


 だが絶対に本人にこの感情を伝えるつもりはない。調子に乗ってはしゃぐに決まっている。

 ほんの一瞬だけ彼の様子を伺ったリリーナはすぐに視線を戻し、最後の書類の束を執務机に置くと、そのまま視線の向きを変えず一つ呟いた。


「お茶をご用意して参りますわ」

「…ありがとう」


 彼女の一言に、ディードリヒからは表情からは伺えない僅かな動揺と強い寂しさの籠った声音の返事が返ってくる。それでも彼の視線は書類に向いたままだ。

 リリーナが「お茶を淹れてくる」という旨の発言をするのは今日の彼女の主な作業が終わったことを言外に差している。彼女はいつも最後にディードリヒへ差し入れとして手ずから紅茶を彼に持ってきてから静かに部屋を去っていくのだ。


 そしてリリーナの言葉に対してディードリヒは視線こそ向けないものの、声音には必ず感情を乗せてくる。彼女もその感情の波は感じているが、あえて何も反応はしないようにしていた。

 状況はどうにもならなくとも、せめて感情を受け止めることはできる。いやむしろ、それしかできないからこそ何も言うことはできない。


 リリーナは今日もディードリヒの言葉に反応をせず、静かに部屋を一度退室する。そこから給湯室に向かう中で、彼女はいつも気になるものを見かけていた。

 執務室から給湯室までは別棟に移動しなくてはいけないので一度塔の外に出て渡り廊下を進まなくてはいけないのだが、その渡り廊下からはいつも小さな一軒家が見える。


 城の敷地の端の方にひっそりと置かれたその一軒家は、どう見ても貴族や王族が使うのにはふさわしくないむしろ平民が使う程度の家だ。

 おそらく二階建てで、暖炉があるのか屋根からは煙突が見える。レンガ造りのその小さな家は随分年季の入った様子が伺えて、リリーナはずっと気になっていた。


 前々から執務室のあるこの塔に用事があってくる際には気になっていたのだが、ここ最近では作業の関係でさらに見る機会が増えた。おかげでさらにあの建物に興味が湧いてはいるのだが…ディードリヒに訊いたら何か知っているだろうか。

 いつか機会があったら尋ねてみようか…と思いつつ今は視線を逸らす。作業も終わった今の自分にできることは、せめて自分がいた名残として彼に差し入れを残すことだけ。

 彼の声音に乗る寂しさに、何か他のことでも応えられたらいいのだが。

 

 

 ********

 

 

「…失礼、一つお伺いしたいことがあるのですが」


 不意に、そう言って沈黙を破ったのは珍しくリリーナであった。

 今日もリリーナはディードリヒの執務を手伝っているわけだが、普段の彼女であれば発言することはほとんどない。声を出すのは必要な時だけで、それこそ最近では頼まれたことに対する返事しかしなくなってしまったので、質問ですら珍しいと言えば珍しい。


「何か問題でもあった?」

「いえ…雑談のようなものなのですが」

「珍しいね…いいよ、なんでも聞かせて」


 ディードリヒは素直に驚きつつもリリーナに笑顔を返す。だがリリーナが作業中に“雑談”などという単語を出すのは初めてだ。それ故に彼としては、彼女が何を話したいのだろうと興味が湧いてくる。


「いつも最後にお茶を淹れるため給湯室へ向かうとき、気になるものを目にするのです」

「気になるもの? リリーナもここにきて多少経つし…少し意外だな」

「別棟へ向かう渡り廊下から小さな一軒家が見えるのですが、あの一軒家が何に使われているものなのかディードリヒ様ならご存知ではないかと思いまして…」

「あぁ、あれか」


 リリーナの問いに対して、ディードリヒは納得したような表情を見せた。そのまま椅子から立ち上がると、彼は壁に敷き詰められるように置かれた満杯の本棚から一冊の本を取り出す。


「リリーナ、こっちに来れる?」

「はい」


 書類をテーブルに置いたリリーナがソファを立ち上がりディードリヒの横につくと、彼は持っている本を開く。どうやら彼が手にしているのは絵画の印刷された本に見えたが…途中からはアルバムのように写真が貼られていた。

 その中からディードリヒは一つのページを探し出すとそのまま本を少し大きめに広げる。そこには一枚の絵画が印刷されており、その中の一人の人物を彼は指差した。


「この人なんだけど」


 彼が指を指したのは一人の子供。男児に見える子供は兄弟がいるのかもう一人の男児と共に描かれている。その後ろには彼らの両親と思しき二人の大人が描かれており、貴族によくある家族の姿を描いた絵画であることがわかった。


「この人はアダラートお祖父様の兄、フランツ大叔父」

「!」

「あの家はフランツ大叔父が十四歳で亡くなるまで住んでいた家なんだ」

「住んでいた…?」


 ディードリヒの言葉に思わず動揺するリリーナ。確かにリリーナもフランツが若くして亡くなっていたのは知っていたが、なぜ隔離されるような生活を?


「肺が弱くて心臓にも病気を抱えてた人で、城の中を歩き回れなかったんだ。だから生活しやすようにあの家が建てられて、そこで生活してたみたい。でも家族仲がすごく良かったみたいで、頻繁に見舞いに行ってたってお祖父様は言ってたよ」

「そうでしたのね…」

「大叔父が亡くなってから家主はいないけど…お祖父様の言いつけで管理はされているはずだよ」


 と、そこまで言ったディードリヒはふとなにか思いついたのか考えるような仕草をとる。


「如何なさいましたか?」

「あぁ、いや…大丈夫だよ。それより疑問は解消できたかな?」

「はい、ありがとうございます。お邪魔をしてしまって申し訳ありませんでした」


 リリーナはそう言って一つ礼をすると、そのまま作業へ戻っていく。

 一方ディードリヒも執務机に戻っては行ったが、その様子は何やら少なからず考え事をしている様子であった。


城の敷地の中に一軒家があることが判明しましたね

それ以外だとリリーナ様はお仕置きが満更でもなさそうだがこのままでいいのか彼女は


フランツさんは肺機能が弱く肺炎などになりやすいのに心臓に繋がる動脈が人より細いという状態で生きていました。現代の医学なら心臓の方は動脈にパイプを入れて拡張するとかできるんですが、この世界にまだその技術はない…いや衛星面と耐久性を兼ね備えたパイプすら作れないでしょう。なので若くして亡くなるという人生でした


病弱な彼の楽しみは弟であるアダラートがお菓子を持って遊びに来てくれること

本当は消化に悪いので食べたらいけない、と言われているおやつを弟とこっそり食べながら外で起きたことを聞くのが好きだったようです

また天才的な頭脳と柔軟な思考を持ち、父王が時折仕事で悩むことがあると意見を聞きにくることもあったとか。その時にも父王は内緒で彼の好きな果物を持ってきたりします。さらにお母さんもお見舞いに来ると似たようなことをしていますので、そのせいで普段は食べられないだけなんじゃないかな

フランツ本人はとても柔らかな印象の優しい子供でした。純粋でしっかりものです

だからこそアダラートにとっては忘れられない存在なのでしょうね


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