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この思いを伝えるならば(3)


「…」


 リリーナは絶句した。

 言葉を失い倒れかけたが、ぐっと堪えて前を見る。意識を保つように首を軽く横に振って相手と向き合う。


「わ、私が死んだら声は聴けなくなりますわよ」

「そうだね、たくさんある録音テープの出番かな」

「体温だって」

「寒いだろうから僕が温めてあげる」

「髪だって傷んで」

「毎日美しくあるようにちゃんとお手入れをするね」

「に、肉は腐」

「勿論腐ってしまう前に一緒になろうね。あぁでも、消化されて全部なくなるのは勿体無いから血は瓶に詰めようか」

「…」


 とうとう言葉を返せなくなったリリーナに、ディードリヒは微笑み続ける。リリーナは激しい心音と寒気を抱え叫ぶことしかできない。


「死ぬのなんて絶対に嫌ですわ!!!」

「だからほら、リリーナが生きてるか確かめないと」

「私は正真正銘生きてますわよ!」

「わかんないなぁ、リリーナは人形なんかよりよっぽど可愛いから」

「ひいぃ…っ」


 にこにこと笑うディードリヒに実は若干揶揄われていると、彼女が気づくのはいつだろうか。しかしこのやり取りの恐ろしいところはディードリヒの言葉に何も嘘がないところである。


 怯えるリリーナからしか得られないものがあると大層お喜びなディードリヒは、満足いくまで彼女を揶揄い、そしてふと、不安そうに笑う。


「でも良いの? 僕で」


 その笑顔はどことなく自信無さげで、それを見たリリーナは表情を変えた。


「自信がいないのならば最初からアプローチなどかけないで下さいませ」


 そう放つ彼女は明らかにむくれていて、わずかに怒っているようにも見える。


「この私が直々に貴方を選んだのですから、名誉であるとさえ考えてくださる?」


 そこから胸に手をあて堂々としたいつもの彼女を見ていると、ディードリヒは自分の不安が小さなものに思えてきた。この在り方がリリーナの在り方なのだと思えてくる今そのものが、彼の幸せなのだから。

 表情を安堵の笑みに変えたディードリヒは、そっと彼女の腰を抱きしめる。


「ありがとう。最高の名誉だよ、僕のお姫様」

「わ、わかればいいんですのよ。わかれば」


 また少し顔を赤くしたリリーナは、自分を抱く相手の首に腕を伸ばす。これまでとは違う、“抱き合う”という変化は、初めてここにきたあの日と同じ様にベッドで行われた。


「それにしても」


 と、湧いて出たようにディードリヒの声が聞こえ、再び二人は視線を合わせる。


「『押してダメなら引いてみろ』って言うけど本当だね」


 などと笑うディードリヒにリリーナは少し嫌な予感がした。


「…どういうことですの、それは」

「リリーナが『僕の愛し方じゃ愛せない』って言うから、君に合わせて我慢したんだよ? これでも」

「う…」

「でもリリーナが『いつもの僕が好き』って言ってくれたから、もう我慢しなくて良いよね」


 ディードリヒは妖艶な笑みでそう語りかけると、リリーナの手の甲にそっとキスを落とした。


「!?」

「リリーナ…寝ている君を見ているのは本当に久しぶりで興奮したよ」

「ひ…」


 嫌な予感は当たってしまった。これはまた変態発言が飛んでくると覚悟した時、それは耳元で囁かれる。


「まさか僕のベッドにいるなんて…誘ってるの?」

「さそっ…!」


 慌てて耳元を押さえながら上体だけ飛び退く。少し低い声音は強く耳に残る。


「そんなの言ってくれればいつでも満足させてあげるのに。かわいいなぁ、リリーナは」

「さ、誘っているなどありえませんわ!」

「えー」


 一見いつものようにむくれているようで、その瞳には彼女の知らない艶が乗っていて、リリーナは少し息を呑む。


「こんなに可愛いネグリジェで? こんなに綺麗に整った肌で?」


 流れるようにベッドへ押し倒されたリリーナの白い肌を、ディードリヒの少しばかり体温の低い手が滑る。

 そして彼女をまっすぐと見つめるその瞳は彼女の瞳を捕まえて、揺れた。


「…男を誘うのは案外簡単だと、覚えておかないと」


 宝石のように艶めく水色の瞳が、自分を映して。

 耳に残るあの声が、体を溶かして。


「…っ!」


 震える唇は、はくはくと宙に遊ばれるばかり、目は見開いたまま相手の瞳に捕まって、逃げられない。

 不意に、相手の顔が近づいていることがわかって、ぎゅっと目を閉じる。このまま一つ純潔が持っていかれるのだと覚悟して…


「!?」


 そのキスは頬に落ちた。


「ごめんねリリーナ、ちょっと意地悪し過ぎちゃったかな」


 そう言って悪戯に笑うディードリヒに混乱する彼女は、そっとキスの落ちた頬に触れそのまま放心している。


 覆い被さっていたディードリヒがどくのに引っ張られるように起き上がって、少しずつ感情を取り戻していく中で実が自分が期待していたことに、気づいてしまった。


「…っ」


 それが悔しくて相手を睨みつけるも、ディードリヒはそこにすら喜びを感じるのか、幸せそうに笑う。


「どうしたのリリーナ、そんなに怒って」


 まるでとぼけているような彼の態度にさらに不機嫌になったリリーナは顔を背ける。しかしディードリヒは彼女の頬を撫で、そして囁く。


「それともキス、ちゃんとしてみたかった?」


「!!!」


 耳を押さえながら勢いよく振り向くと、ディードリヒは揶揄うようにくすくすと笑っていた。


「冗談だよ。唇は結婚した時にしようって言ったでしょ?」


 その姿に揶揄われたと気づいたリリーナは顔を真っ赤にして、手当たり次第に枕を投げ始める。


「〜〜〜〜〜〜っ! 〜〜〜〜〜っ!!」


 枕なので音の割にダメージはないのだが、それでも彼女が行えばこの男にはなんでもご褒美になってしまうもので。


「あはは、ごめんっ。ごめんってリリーナ。あっ、いたい、枕ちょっとだけ痛いよリリーナ! これが君の全力なんだね、やっぱ力ないねリリーナ、かわいいよリリーナ!」

「うるっさいですわこの変態! 告白取り下げますわよ!」

「ああっ、それは嫌だ! ちゃんと謝るから許してよリリーナ!」

「わかったら朝の支度です!! いいから離れなさい!」


 謝りながら抱きつこうとするディードリヒをリリーナは押し退けようとしている。しかし力で叶うはずもなく抱き込まれた。


「あぁぁ、リリーナぁ…僕が悪かったよぉ…」

「わかりましたから離れなさい!」

「嫌」

「わがまま言わないでくださる!?」


 そしてこのやり取りは結局堂々めぐりとなり、なかなか朝食に来ないことを心配したメイドが尋ねてくるまで続く。

 朝食は共に食べたものの、その中でリリーナはディードリヒと口を聞かなかった。



真っ当に好かれてないから真っ当な告白とかできないのかもしれない()

リリーナ、生きて(動悸的な意味で)


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