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もう知らない、耐えられない(2)


「だからやっぱり二人だけで生きていったほうがいいよね!」

「…」

「リリーナが僕のことをこんなに強く思ってくれるなら、僕たちは本当に相思相愛なんだしもう互いが傷つかないためにも全てを断ち切る必要があると思うんだ。リリーナもそう思うでしょ?」


 そう言いながら輝かしい笑顔を向けてくるディードリヒに対して、リリーナは確かに“しまった”と内心で眉間に皺を寄せる。

 自分が嫉妬という感情をこの男に発露してしまったらこうなるとわかっていたではないか、と。


 あぁ、自分はこの事態を生みたくて相手に感情をぶつけたわけではなかったのに、これこそ自爆としか言いようがない。相手の思考回路はすぐに相手にとって都合よく飛躍していくことなど何度も味わっている。それなのに、明らかに感情的になりすぎた。

 その上でよく考えれば、自分が言いたかったのは彼が言っているような隔絶された世界のことではない。


(なるべく冷静に、冷静に話をしませんと…)


 でなければ新たな火種を生むか相手の飛躍した発想を加速させることになる。それだけは避けたい。そう思いつつリリーナは一つ小さな深呼吸をしてから口を開く。


「ディードリヒ様」

「どうしたの? 急にそんな真剣な顔して」

「私は今回の件に関して反省点がございますが…それを踏まえていくつかお話ししたいことがございますの」

「話したいこと?」


 ディードリヒはやはり自分の言いたいことに対して勘づいてはいないようだ。普段は自分の思考を読んで先回りするというのに、こう自分にとって都合のいいことを考えた時だけそれをやめるのかについては疑問だが、今それは本題でないので一旦傍に置いておく。


「まず一つ目に、私は貴方と隔絶された環境で生活をしたいという意味で今回のことを発言したわけではございませんわ」

「え!? なんで!?」

「私が貴方に求めたのは、他人がどれだけ私の話をしたとしても私を優先してほしい、という話であって、それは敢えて他人という存在がいなければ成り立ちません」

「えぇ…」


 露骨に残念そうな表情を見せるディードリヒ。こうなるだろうとはわかっていたが、何も互いを最も優先した環境を作るというのは物理的である必要はないという発想はやはりないようだ。


 自分がしてほしいのは他人に対しても自分たちの世界を優先してくれることであって、それはつまりディードリヒが自分たちの関係に対して自信を持つこと、ということになる。

 だからリリーナは安い挑発に乗って他人に時間を割くディードリヒに怒っているのだ。


「私たちには、まず前提として立場の問題がありますわ。その上でその…互いに重たい感情を抱えているのであれば、いっそそれをこの関係の強い結び目として見せつけていくほどの覚悟が必要であると私は考えているのです」

「ふむ…確かに言いたことはわかるよ。もっと他人の前でいちゃついていいってことだよね?」

「乱暴な言い方をすればそうなりますが…例えば私とヒルドが今回のように二人で遊びに行くようなことがあっても、私が貴方を優先しないということはないと信じていただきたいという話でもございますの」

「それは少し論点が変わってくるかな…僕は物理的にもリリーナと離れたくないから他人が気に障るわけだし」


 それを言われるとリリーナとしては困ってしまうわけだが…確かにこれはこれで解決しなければならない問題とも言える。


「でしたらせめてお茶会以外でも二人の時間は増やすのはどうでしょう…と提案したいところではございますが、流石に今のままですと難しいですわね」


 現状、どうしても互いに多忙であることに変わりはない。今の状況で自分が大きく削れる時間となると時たま起きる庭や街をふらつく時間や、表向き利益はないものの余計な波風を立てないよう出席している社交の場程度のものだ。

 その上でディードリヒは基本的に一日中執務であると考えると、互いの時間を噛み合わせるのは難しい。


「現状ではそこが妥協点だとも思うけど…リリーナの言う通り難しいから、余計に不安になるというか…」

「そもそもそれを言い始めたら城中に配置された写真機や盗聴器は撤去していないのでしょう? それでも不安だと?」

「写真や録音は本人に敵わないよ、もうリリーナはここにいてくれるんだから。それに関しては少し考えてることがあるし…」

「考えていること?」

「あぁ、まだ細かく決まってないから、それはその時話すよ。まぁでも、リリーナの言いたいこともわかるし…うーん…」


 ディードリヒの反応に少しばかり安堵するリリーナ。彼はどうやらこちらの意見に対してある程度の理解は示してくれているようだ。

 だが確かにディードリヒの要望はより物理的なものであることも、ここまでの経験でわかっている。そうなると本当になにかしらここで話をすり合わせていかないと後々厄介なことになるだろう。


「リリーナの言いたいこともわかった。でも、そもそも僕はもうリリーナの心が僕から離れていくとはあんまり思ってないよ」

「…そうなのですか?」

「うん。この間のこともそうだし今回のこともそうだし…リリーナって僕に負けず劣らず嫉妬深くて独占欲が強いみたいだから。だからこそ、僕は君の身体も欲しい…全部欲しいんだ」

「! それは」


 自分の中では明確になっていても、他人に指摘されるとやはり顔が熱くなる。付き合い始めた最初はこんなつもりじゃなかったはずなのに。

 少なくとも自分が相手に負けず劣らずな人間なのだとは思っていなかった。思考の方向性が違うだけでやっていることは大差ない。


「あは、照れてる。可愛い」

「て、照れてなど…!」

「顔真っ赤だよ?」

「う…」


 思わず視線を逸らす。それに対してもディードリヒは満足そうに笑うのだから、それはそれで不服だ。


「まぁ…僕のやりたいことに関しては僕が考えておくよ。そこをリリーナに任せるつもりはないかな」

「貴方に任せるということに不安を感じるのですが…」

「信用ないなぁ、大丈夫だよ。リリーナに迷惑がかからないようには気をつける」

「そこまで言うのでしたら、信じますわよ?」

「うん、大丈夫」


 そう言った彼は珍しく感情の波が安定しているように見える。これも彼の成長なのだろうか、そうだと嬉しいのだが。


「あぁ、あとは…」

「?」

「リリーナは僕の人間関係が不安だって言ってたよね」

「!」

「それについてもちゃんと話をしよう」


 と、言いつつそれを切り出した彼は途端に疲れたように一つため息をつく。リリーナがその姿を疑問に思っていると、その様子のまま彼は口を開いた。


「まずはグレンツェ辺境伯の話からかな…。あの頃僕は、これでもリリーナからある程度自立した生活を目指すのが正しいと思っていたんだ。リリーナはここにいてくれてるわけだからね」

「そうでしたの…」


 リリーナからすると、彼から出た発言は少し意外に感じる。少なくとも今の彼にそのような気配はかけらもないので余計に。


「それで、グレンツェ辺境伯が絡んできた時に『気が向いたら手合わせをしてもいい』みたいなことを言ったら、あぁなって…正直僕も困ってるっていうか」

「貴方という人は…グレンツェ辺境伯のような素直で人懐こい方は根性の捻じ曲がった貴方と対極に位置する、貴方と最も相性が悪い人間ですのよ。もう少し考えてから発言なさい」

「…相変わらず僕への評価が厳しいね、リリーナ…」


 自分に対しての評価に悲しみを抱えるディードリヒを置き去りにして、彼の発言に呆れ返るリリーナ。


 確かにラインハートは領主として、そして戦士として優秀だが、彼は特に戦士であることに重きを置いて生きている人間だ。

 最初にディードリヒを目的としながら彼を逆上させる手段を敢えて選ぶあたりに駆け引きもできるのが伺えるが、基本的には素直で明るく気持ちのいいタイプの人種である。そして剣術の話になると途端に機嫌を良くして遊びまわる大型犬のように跳ね回るような人間なのだ。


 少なくとも、ラインハート・グレンツェという男はとてもディードリヒがうまく扱えるような人間ではないし、それどころかあの懐きっぷりを見ている限り彼はディードリヒのプライベートな部分にずけずけと足を踏み入れているに違いない。そんな人間と上手い距離感の関係を築こうなど、まず発想が愚かと言って過言ではないだろう。


 あまりにもディードリヒらしくない人選だ。あぁいったタイプは本来彼が最も嫌厭するだろうに、そうリリーナは考える。


「あいつは一貫してリリーナに興味が無かったから、知り合いを増やす程度には良いかとその時は思ったんだ。辺境伯は他国との諍いが起きた時に重要な立ち位置の人物だし、ある程度関係を築いて損はないとも思って」

「そういったところは貴方らしいですわね…」

「そしたら予想以上にあいつが…うん…馬鹿っていうか素直っていうか…」


 頭を抱えるディードリヒに向かって、リリーナは一つため息をつく。


「お馬鹿なのは貴方もでしょう…まず、かけた言葉があまりにも悪すぎますし、計算で接するにはあまりにも不確定要素が多い相手ではありませんか。それにあの様子ですと本当に友人と思われていてもおかしくありませんわ」

「どうだろう…その辺の一線を勘違いするような馬鹿には思えては…ないけど」

「そうだといいですわね」


 呆れて視線を逸らすリリーナ。だがこれでラインハートからディードリヒへの距離感が異様に近い理由はわかった。ラインハート許そうとは思わないが、これに関してはディードリヒの選択が完全に誤った結果なのである意味自業自得と言える。

 そのせいで感情を引っ掻き回されるこっちはたまったものではないが。


「ではミソラはどうなのです? 彼女の仕事に対する態度を見ている限り、とても貴方と気安い仲になるとは思えないのですが」


 ディードリヒがリリーナをストーキングするにあたって、リリーナの実家に向かいリリーナの懐に入り込んで実働していたのはミソラだ。よって報告や指示を仰ぐなどで二人は関わりがあるだろう。


 しかしミソラは己の仕事に大きな私情を持ち込むことはない。普段自分の侍女としてそばにいる彼女は確かに人をいじったりこちらの声掛けに応じたりと交流もするが、護衛としてそばにいる彼女は決してこちらに気配を気取らせず危険がなければ目の前に現れることすらない。


 なんなら人の多い場に行くと彼女は敢えて気配を消していく。基本的なコミュニケーションはファリカに任せて自分は護衛としての立場を優先するのがミソラだ。しかもそれは恐らくファリカと予め打ち合わせをしているかのように見事な連携を見せる。

 そんな彼女がディードリヒとあのように近い距離感で接しているなど、リリーナから見ればあまりにも不自然だ。


「あれはあいつから始めたんだ。何かある度に僕を煽るようになって…」

「意外ですわね…」


 確かにミソラは人をいじって遊ぶのが好きな方ではあるがそれだって踏み込んでいいラインは常に弁えているし、そもそもディードリヒがリリーナに抱いている感情をわかっていて深く踏み込むようなことをするとは一見思えない。


「いつだったか、報告を受けてる時にあいつが『こんなことをしていていいのか』って訊いてきたんだよ。僕だってよくないことはわかってたけど、あれでしか僕はリリーナを感じられなかったから『知らないよ』って返しだんだ。そしたらあいつが明らかに僕を鼻で笑ったのが始まり」

「まぁ…普段の貴方とミソラを見ていると、確かに彼女のやりそうなことではありますわね」


 ミソラは基本的にディードリヒを見下したような態度をとっていることが多い。何かと遠回しに馬鹿にしたり彼の言動や行動に対して明らかに鼻で笑い捨てるなど日常茶飯事だ。

 そしてそれをきっかけにディードリヒがミソラに噛みつき始めるのだが、基本的にそれに対してミソラが反省することはなく噛み付くディードリヒを放置するか言葉で制圧するかのどちらかである。


 そんな彼女はよくディードリヒに向かって「私以上にリリーナ様をお守りするのにふさわしい人物がいるのであれば、お好きになさったら如何ですか」と吐き捨てるので、少なくともディードリヒが簡単に彼女を切り捨てることができないのにも理由があるのだろう。


「あの時のあいつが何を狙ってたのかは知らないけど、気づいたらそれが当たり前になってて…今思い返しても報告だけのふりして時折煽ってくるの腹たつ…」


 何かを思い出したのか、ディードリヒは少し苛ついた様子を見せた。

 ミソラといいケーニッヒといいディアナといい、自分の周りにいる人間はなぜこうも自分を煽ってくるのだろう。これでも王太子として恥じない立ち回りはしてきたが、それでもまだ足りない…つまり危うく倒れかねない立場だとでも言いたいのだろうか。


「なんと言いますか…少し話が見えてきましたわね…」


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