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こんなに緊張することも早々ない(1)

 

 

 ********

 

 

 翌日午後。

 リリーナとディードリヒはオイレンブルグ一家と共に機関車に乗って首都へと出発する。オイレンブルグ領を出発した機関車は、リリーナの希望が通り午後に出発するものになった。

 そしてリリーナは前日言った通り午前中にヒルドと買い物へ向かい、無事に買い物としての目的を達成している。


 そして鉄道一つとってもフレーメンには階級による差によって座席に違いが存在しているが、リリーナとディードリヒ、それからオイレンブルグ一家は一等席と呼ばれるボックス型の個室席に腰掛けていた。

 一等席のチケットを購入するには特定の条件があり、その中の一つは購入者の爵位である。なので一見爵位の高い者が一等席のチケットを購入すれば、平民であっても一等席を味わうことができるように思えるが、実際は他にも条件がある上平民がそういった機会に恵まれるのは難しいだろう。


 唯一特定の条件を満たさずとも地位だけで一等席を購入できるのは王族のみである。さらに王族には優先的に一等席があてがわれるので、少なくともディードリヒはこの国を走る機関車の一等席以外には座ったことがない。


 そんな機関車の一等席は六部屋存在し、それぞれが個室のようにドア付きの区切られた空間になっていて、中には上質なベロア生地で覆われた高級な長椅子が向き合うように二つ置かれている。勿論景色の見える窓は大きく、長椅子の下には蒸気機関の熱を再利用した暖房が備えられていた。

 唯一不満があるとすれば、それは個室そのものが若干狭く個室から出る時に少しまごつくことくらいではないだろうか。

 今回の旅では行き帰り共に一等室が二つ、予約で控えられていた。行きは一部屋にオイレンブルグ一家が、もう一部屋はリリーナとディードリヒが座っていたが…帰り道である今は、少し事情が変わっている。


 帰りも確かに一等室は二つ控えられていたが、そのうちの一部屋に腰掛けているのはオイレンブルグ一家のうちキーガンとグリゼルダのみ。

 では娘のヒルドはどこへいったのかというと、今は両親が腰掛けている個室のドアの前でそわそわと落ち着かない様子を見せていた。


「うぅ…まだ少し不安なような…」

「大丈夫ですか? ヒルド」

「そんなに怯えなくても問題ないと言っただろ、緊張するだけ無駄だ」


 何やら不安げに落ち着かないヒルドとその姿を心配するリリーナ、そしてぶっきらぼうに励ましている…ように聞こえなくもない発言をしているディードリヒの三人は今、リリーナの提案である作戦を実行しようと機関車の一等席だけが集められた車両の廊下で何やらひそひそと会話をしている。


「ディードリヒ様…少しは言い方を考えてくださいませ。子供ではないのですから」

「僕はまだ君とオイレンブルグ公爵令嬢の距離感に不服だよ」

「…その話題をまだ続けるのであれば次は頬をつねりますわよ」


 昨日の出来事を未だ引きずっているディードリヒを睨みつけるリリーナ。しかしディードリヒは彼女を煽るように笑顔を返した。こういった話題だとありがちだが、今回もディードリヒはリリーナに対して意見を譲るつもりはないらしい。


「ありがとう二人とも…でも私もリリーナを譲るつもりはないわ」

「お前な…」

「二人とも、ここは機関車の中でしてよ…」


 火に油を注ぐヒルドの発言にまんまと引っかかるディードリヒ。もはやお決まりとでも言わんばりに睨み合いに発展しつつある空気に対して、リリーナはやんわりと注意するも内心で頭を抱えている。

 しかしそんなリリーナの心情を知ってか知らずか、ヒルドは「冗談は置いておいて」と一拍置くと大きな深呼吸で一度逸る心臓を落ち着けた。その白く細い手には装飾された二つの箱が握られている。


「…よし、行ってくるわ。でももし失敗しても笑わないでね?」

「そのようなことはしませんわ、提案したのは私ですもの」

「僕はノーコメント」


 リリーナから見れば、今回の挑戦はヒルドにとって大きな緊張を伴うことだというのに一貫してそっけない態度を取り続けるディードリヒに呆れ果てた。

 そして意を決したように個室のドアをノックして中へと入っていくヒルドを見送り、同時に成功するかは確信がないのでつい個室のドアにつけられた小窓からそっと中を覗き始める。


 すると個室の中では緊張した面持ちで両親に何かを話し、それから二人に対して小箱を一つずつ渡すヒルドの姿が見えた。

 そして小箱を渡された両親は少し驚きながらも娘からのプレゼントを受け取り、そのうちの父親が少し意外な…いやある意味予想通りの反応を見せたのをリリーナは目にする。


 母であるグリゼルダは優しい笑みと言葉で娘からのプレゼントに素直に喜んでいるようだが、一方で父親のキーガンの表情は変わらず硬いままであった。その反応を見たリリーナは一瞬自分の予想が外れていたようだとヒルドに申し訳なさを抱くも、次の瞬間に見た光景で考えを一変させる。

 キーガンは、娘からのプレゼントに対して不器用な様子ではあったが確かに小さく微笑んでいた。そして何か一言ヒルドに告げると、上着の内ポケットにそっと渡された小箱をしまう。


 そしてリリーナがその様子に驚きと感動を覚えている横で、ディードリヒはさも「呆れた」と言わんばりのため息をこぼした。

 それから一家は数分の会話を交わし、その後ヒルドが個室からそっと退室してくる。


「ヒルド…」

「リリーナ、聞いて…うまくいったかも、しれなくて」

「えぇ、その…ごめんなさい、心配で中を覗いていましたわ。ですが…」

「そう、そうなの。お父様がね、ほんの少しだけど笑って受け取ってくれて『ありがとう』って…」


 リリーナにあったことを報告しているヒルドの表情は喜びと安堵と驚きが入り混じっていて、その姿を見ているリリーナもまた彼女と共に涙を流しそうになっていた。

 提案してよかった、そう確かに感じたリリーナがヒルドと二人感動の中にいる横で、ディードリヒがまたもそっけない言葉を贈る。


「言っただろう、『緊張するだけ無駄』だと」

「あら、本心からだったのね。珍しく優しいじゃない」

「事実だからな。というかお前はいい加減話し方を直せ」

「お断り、誰を敬うかは私の自由だもの。今の貴方にそんな気持ちは湧かないわ」

「誰に向かってものを言っているかわかってるんだろうな…?」


 今回の旅行で、すっかり二人は犬猿の仲になってしまった。それこそ昨日は何か起これば言い合いを起こし、そこにリリーナが絡んでくると悪化するという悪循環の中でヒルドがすっかりディードリヒを敬わなくなったのである。

 確かに王政というのは国民に認められ、その信頼に行動で返していくことで成り立っている政治だ。そういった意味ではヒルドの発言に間違いはない…だからこそリリーナは二人に揃って呆れている。


 公的な立場に対して私情を持ち込むのはリリーナから見ればヒルドらしくない、そしてディードリヒは当たり前だが自分が関わる人間関係にめくじらを立てやすすぎる…一体どうしたものか。

 リリーナとしても今の状況は不服だ。大変不服である。勿論二人は二人とも大切なので仲良くとはいかなくても歪み合うような仲であって欲しくないというのはあるが…それ以上にディードリヒの行動が今のリリーナにとってはあまりにも気に食わない。


 なのでこの帰り道では仕返しの一つとしてヒルドを自分たちの個室に呼んだ。当然ディードリヒは反発してきたが、昨日怒鳴ったことの原因について釘を刺しねじ伏せて今に至る。

 とはいえ今ここではその感情を明らかにするのに相応しくない。なのでいがみ合う二人を一度仲裁し自分たちの個室に戻ろうと促した。


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