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ここが二人の仲の転換点(2)


 実に和やかな笑顔の中、冷え込んだ空気で繰り広げられるリリーナ取り合い合戦。

 以前ファリカとディードリヒが似たようなことをやっていた時は、リリーナの緊張をほぐすために二人が故意に行っていた部分があったが今回は違う。ディードリヒとヒルドは本気でリリーナを取り合っている上、本気で犬猿の仲になってしまっている。


 確かにヒルドはディードリヒほどリリーナを独占したいわけではないが、ディードリヒはリリーナを見かけるといつであろうが声をかけに行くためヒルドがバッタリ城内でリリーナと出会った時に二人で話をしている時でもディードリヒは当たり前のように割り込んでくるのだ。


 リリーナの侍女たちがついている時ならばディードリヒを引き受けてくれるが、それだって絶対に側にいるわけではない。かといって自分が公共の場で大口を開けて噛みつきでもしたら大問題である。

 その上リリーナは多忙で自分も庭の手入れのために定期的に実家には顔を出さなくてはいけない。上位貴族の令嬢同士だというのに、時間を作るにしても普段は二人でお茶会を開くのが精一杯などなんと悲しいことか。


 ヒルドとしては本当は首都の通りでも二人で買い物をしたいし、一緒にクッキーを焼いてお茶を楽しむのもいい、他領にあるという植物園にも二人で足を運んでみたいとも思うし、二人で同じプランターを買って同じ植物を育てるのも楽しそうだ。

 だがこのままでは、その全てにこの男がついてきかねない。それのなんと邪魔なことか! そうヒルドは毎度このことが頭にちらついては思わず叫びそうになる。


 ただでさえ普段から自分たちの仲を見せつけて牽制しているのだから、これ以上する必要がどこにあるというのだろう。これが気持ち悪い犯罪に手を染める人間性の表れなのではないだろうか。


「言ったはずだ、リリーナは“僕の”婚約者だと。ドレスの一着で調子に乗るのはやめた方がいい」

「貴方の方が私よりリリーナを可愛くできると? さっきまでそこで可愛いリリーナに見惚れて動けなくなっていた貴方が? 私と同じくらい服に興味を持ってから言って欲しいわね」


 対してディードリヒから見ても、ヒルドは大きく目立つ存在である。

 ミソラやファリカのように自分の立ち位置を理解しているのならば容認したものの、友人であるからと家に呼びつけて独占しようなど許せたものではない。


 ただでさえリリーナの数少ない友人の中でも最もリリーナが“仲がいい”と呼称するのがヒルドである。茶会で呑気な話をしているだけならともかく、段々とリリーナを独占しようと欲が出てきているに違いない。


 ディードリヒの本心としては、リリーナの周囲に関する人間関係の全てに対して“リリーナを思って”何も言わないだけであって許した人間など一人もいないのだ。

 よってディードリヒとヒルドは互い同士で地雷を踏み抜きあっているのである。


「…っ、やっぱりリリーナを外に出すべきじゃなかった」

「負け惜しみかしら? それにしてはずいぶん身勝手ね。貴方の悪行でリリーナがこちらにきてくれたのが事実だとしても、ずっと閉じ込めておこうだなんてエゴもいいところだわ!」

「そういえばお前はリリーナから話を聞いているのだったな、僕のことをわかっていてものを言おうなど肝が据わっているじゃないか。だが話は早い。今すぐリリーナから離れろ、リリーナに触れていいのは僕だけだ」

「何を言っているのかしら? それを決めるのはリリーナであって貴方じゃないの。人権って言葉知ってる? それとも自分ならなんでもできるとでも?」


 取り繕った笑顔を通り越して本格的な言い合いになってきた空気をようやく自覚したリリーナも、これだけ話が続けば流石に冷静になってきていた。


「…」


 どころか前後の声に段々と苛立ちが募り、眉間に皺が刻まれていく。そしてヒルドはそのことを知らないとわかっていても、以前ファリカとディードリヒが喧嘩をしていた様を思い出し、何を似たようなことを繰り返しているのかと叫びたくなっている。


「第一ね、今回は私がリリーナと遊びたくてうちに呼んだのよ! 貴方がいることそのものが予定外なの! おめかしで可愛くなった天使みたいなリリーナを見せてあげただけでよしとしなさいよ!」

「何もしなくてもリリーナは女神なんだぞ何を言っている! この服装で更なる魅力が引き出されているのは事実だしお前の腕は認めるがそれを言い始めたらリリーナは“僕に見せたかった”ことを認めているんだから僕が見られてとうぜ———」


 熱を上げていく口喧嘩の中で飛び出したディードリヒの言葉をぶつ切りにするように、耐えきれなくなった彼女の渾身の叫びが突如部屋中に響いた。


「あああっ、もうっ!!」


 声の主はリリーナだ。彼女は二人の間に挟まったまま、両腕を思い切り上げて二人を遮る壁のように体勢を変える。

 深く眉間に皺を寄せたリリーナの目の前にいるディードリヒを彼女が視界に入れると、少なからず驚いているのはわかった。


「いい加減にしてくださいませ! 二人ともですわ!」


 もう耐えられない、と怒りを表すリリーナに驚いて返答できない二人。そのうちの一人であるディードリヒに向かってリリーナが手を伸ばすと、そのままネクタイの根元を掴んで思い切り自分に向かって引き寄せた。


「まず第一に、ディードリヒ様はこれ以上私を侮辱しないでいただけませんこと!?」

「り、リリーナ、これは」

「これは、なんですの? 私が友達と数日過ごしたところで私は貴方の私であることに変わりなく貴方が私にとって最も愛おしい方ですが? その確固たる事実に対して“疑いようがある”とでも言いたげなその態度はいい加減癪に障ります」

「う…」

「第二に、確かにこのドレスは貴方に見せると聞いて着ることを決めたのですから、とやかく言っている暇があるならその時間に私を見ていなさい! おわかり!?」


 憤慨どころか激怒と言って過言でないリリーナに向かって、ディードリヒはそれでも何か言おうとしたのか口を開きかかったところでリリーナに唇を奪われる。

 二人の唇はすぐ離れたものの、呆然とするディードリヒに対して吐き捨てるようにため息を一つついたリリーナは次に後ろにいるヒルドへ振り返った。


「…ヒルド、貴女もですわ。あまりディードリヒ様で遊ばないでくださいませ。貴女もディードリヒ様も私にとっては掛け替えのない存在なのです。何より取り合っても私は分裂しませんわ」

「えぇ…その、ごめんなさい。でも私、いますごいものを見た気がするの…」


 目の前の光景に動揺するあまりすっかりおとなしくなったヒルド。リリーナがディードリヒに向かって啖呵を切ったと思ったら、そのまま有無を言わせず唇を塞ぐという…とんでもない一部始終を見てしまった。

 だが自分たちは決して遊びで言い合っていたわけではない…と言ったら今のリリーナに向かって火に油を注ぎそうなので、それは黙っていよう。


「ディードリヒ様はあぁでもしなければ黙りませんので今はあれでいいのです。貴女はこちらのことを知っているのですから、今更キスの一つや二つを見られたところで傍に置いておけますもの」

「そ、そうなの…」


 “それはあまりにも度胸が据わり過ぎではないだろうか”…と、ヒルドは今そう口にするべきか悩む程度には驚いている。

 リリーナは元々凛々しく度胸のある性格ではあると思っていたが、ここまで潔い人間だとは思っていなかった。この調子ではうっかり民衆の前で今のような喧嘩になっても同じことをするような気がしてしまう。


 ついさっきまで顔を赤くしてあたふたと表情を変えていた恥ずかしがり屋で愛らしい彼女はどこへ行ってしまったのだろうか。ヒルドは薄々思ってはいたがやはりリリーナは怒らせると恐ろしい、ということを改めて学んだような気がした。


「ですが謝るのは私も同じですわ。本当にごめんなさい、ヒルド…。やはり無理を押してでもディードリヒ様が今回同行するのは止めるべきでしたし、この件についてはもっと早くに謝るべきでしたわ。心のどこかで彼の方が付き纏うことに慣れてしまっていた私の落ち度です」


 リリーナは今回の件に関して心から反省している。今回キッパリとディードリヒの行動を断れなかったのは、やはり“ディードリヒを蔑ろにしてしまうのではないか”とどこかで考えてしまったゆえだ。


 だが今やそれは判断ミスだったとはっきり言える。自分がするべきだったのは、今回の同行をはっきり断った上で“貴方を蔑ろにしたいわけではない”と喧嘩になってでも話し合うことだった。

 自分の不安が引き金となって結果的にディードリヒを甘やかしてしまったのだと思うと、二人それぞれに申し訳ない。自分は何をやっているのだろう。


「リリーナが謝ることないわ。私こそ…ごめんなさい。私たち意外と時間が噛み合わないから、長い時間遊んでいられるって浮かれてしまったの…」

「時間が噛み合わないのは本当のことです。私ももう少し時間の調整をしますわ、なのでまた遊びましょう?」

「ありがとう、リリーナ…」


 小さく、だが申し訳なさそうに微笑むヒルドに向かって、リリーナも微笑み返す。


「さて、では…」


 そう言って頭を切り替えると、今度リリーナはディードリヒのいる方に体を向き直した。


「ディードリヒ様、いい加減意識を取り戻してくださいませ! どうせ貴方のことなのですから今日も写真機を持ってきていますでしょう?」

「え? あぁ、うん…」


 固まったままのディードリヒの頬を何度か軽く叩いて意識を呼び戻す。意識はまだ半分ほど旅立っているもののなんとかリリーナに返事を返すディードリヒに、少し怒った様子のままリリーナは言った。


「諍いで時間を浪費している暇があるのでしたら写真の一枚でも残したら如何? 貴方に許されているのは私を見ることであって他人と私を取り合うことではございませんわ」

「でも写真って…いいの?」

「良いも何も、貴方に見せるとわかっていたから着替えたと言ったではありませんか。何を疑問に思っているのです」


 何を当たり前のことを、と言わんばかりの返事をディードリヒに返したリリーナは、今度はヒルドに向かって軽く振り向く。


「ヒルドも一緒に写ってほしいのですがよろしくて? せっかくの機会ですから形に残したいのです。勿論、私だけを撮るようなことをディードリヒ様が行ったら引っ叩きますわ」

「私は構わないわ、むしろ願ってもないくらいだもの。ありがとうリリーナ」


 リリーナの提案に快諾したヒルドは嬉しそうに微笑んでくれる。リリーナはその笑顔に自分も応えると、正面に向き直りディードリヒの体を反転させてぐいぐいと背中を押し始めた。


「ほら、そういうことですから貴方は写真機を撮りに行ってくださいませ! 私は先ほどのことで崩れた化粧を直して待っていますわ」

「わ、お、押さないでリリーナ! あっでもついた口紅拭き取ったら保管していい?」

「わざわざ訊くなど私を辱めたいんですの!? くだらないことを言っていないで早くなさい!」

「えー、くだらなくないのに…」


 ぶつぶつと不貞腐れるように呟きながら、リリーナに背中を押されるままにディードリヒは退室していく。リリーナは彼をドアの向こうへ押しやりすぐに閉めると、そのまま振り返ってドアに寄りかかり疲れたように一つため息をついた。


「ふっ…あはは…っ」


 そこから不意に聞こえた笑い声に反応して顔を上げると、目の前でヒルドがなぜか口元に手を当て笑いを堪えている。

 リリーナは彼女の様子に少し気の抜けたような空気で微笑んでから笑い声の主の元へ近づいた。


「もう…笑うことはないではありませんか」

「ごめ…ふふふっ…殿下のさっきの、間抜けな顔を思い出して…ふふ、だってあんなの初めて…あははっ、面白くって…っ」

「彼の方は私の前ではいつもあのような感じですわよ」

「ちょっと、それは言い方がひどいわっ…だめ、もう…っ、あははははっ! だめ、大口ははしたないわ…でも、あはははっ!」


 完全に笑いのツボを突かれてしまったのか腹を抱えながら大口を開けて笑ってしまっているヒルド。

 その姿を見ていたら、自分もなんだか腹の底から笑いが込み上げてきてしまった。


「ふ、ふふ…っ、ひどいですわ、ヒルド…っ。本当に腑抜けた顔では、ありましたが、ふふ、そんなに笑ったら…私までふふふっ」

「もうそれは笑ってるわよ、あははっ…だめ、頭から離れな…ふふふふふふっ」


 笑ってしまっている今が面白いのか、ディードリヒのあの腑抜けた顔が面白かったのか、もうすでにわからないがとにかく笑ってしまって止まらない。

 ディードリヒがいつ帰ってくるかなどわからないのに二人はいつまでも笑ってしまっていた。


ディードリヒくんの迷言が多すぎないか?

個人的のお気に入りのセリフは、ヒルドの「人権って言葉知ってる?」と、ディードリヒの「リリーナは何もしなくても女神なんだぞ!」です前者はともかく後者はやばすぎ。キモすぎて書いてて爆笑しました

ていうか、目の前に「天使が舞い降りた」みたいなことをドレスのリリーナに行ったのにそのあとで「リリーナは何もしなくても女神」って言い出すのは結局どっちなんだよw


そしてリリーナがあまりに可愛かったりヒルドの前で堂々とちゅーされて頭が真っ白になるディードリヒくん

普段は顔を赤くしやすいリリーナですが、本気でキレると結構手段を選ばないので周囲がよく引きます

ですがリリーナ様もそろそろ何かと我慢ならんようです


「面白い!」と思ってくださった方はぜひブックマークと⭐︎5評価をお願いします!

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