ハーブティーの中に溢れる戸惑い
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ディードリヒとキーガンが向かっていた視察に予定外の事態が発生したため、リリーナが着せ替え人形にされていた店を通らず帰ってくると聞いたヒルドではあったが、それでもそう時間はかからす二人は屋敷に帰ってくると聞いたので彼女は予定通りリリーナを連れ実家であるオイレンブルグ邸に帰ってきた。
その屋敷の一角にある女性用の着替え室に敷き詰められるように置かれたドレスたちのさらに最奥に設置された、男性の身の丈を超える大きな壁のような鏡には二人の令嬢が向き合い立っている。
二人はまるで双子のように揃いのデザインで白と黒の色違いになっているドレスを身に纏い、髪型も毛先をふんわりと巻いた状態で二人とも対になるような位置のサイドテールにまとめ上げられていた。
小物や靴もそれぞれのドレスと同じ色で統一され、背丈も同じ二人は本当に双子のような立ち姿である。
相違点があるとすれば、吊り目で気の強い印象の目元から覗く金の瞳と優しげで淑やかな印象のやや垂れた目元から覗く濃紫の瞳。そしてピンクブロンドの髪と銀の髪。
何より胸元のボリュームの圧倒的差であった。
リリーナはややふくよかな胸元なのだが、ヒルドのそれはまるで板のようにすとんとスレンダーに流れている。
そこに良い悪いは存在しないが、二人の体型に合わせてドレスのコルセットの締め方が違ったのは言うまでもない。
「うん、可愛い。とっても良い感じだわ」
「や、やはり恥ずかしいのですが…っ!」
「こういったものは堂々としている方が恥ずかしくないわよ、リリーナ」
ヒルドはそう言うとリリーナの手を引いて別室に移動する。ドアを開くと中にはアンティークな机と二つの椅子、それからティーセットと茶菓子が用意されていた。
「ハーブティーを用意してもらったから少し休まない? ここまで疲れたでしょう?」
「そ…それはそうですわね。ありがたくいただきますわ」
リリーナはおず…と椅子に腰掛ける。淹れたてのハーブティーから湯気が上るティーカップを手に取り香りを楽しむと、柔らかなカモミールの香気がリリーナの緊張をほぐした。
「ん…とても素敵な香りですわ」
「ありがとう。お母様がカモミールを好きだからうちには常備されているの。私もカモミールやレモングラスは育てているからたまに作ったりするわ」
「ハーブティーを手作りしている、ということですの?」
「そうよ。育ててるだけじゃ勿体無いから時折作るのだけれど…これが思いの外難しくて。でも楽しいわよ、貴女も機会があればお勧めするわ」
「機会があれば是非やってみたいですわ! そういった創造的な作業はとても好きですから」
「創造的…は少し言い過ぎじゃない?」
リリーナの表現はやや大袈裟なような、と軽く苦笑いで返すヒルドに「確かにそうかもしれません…」とこちらも苦笑いで返すリリーナ。
そんなやりとりに二人で小さく笑い合ってからまたカモミールティーの香りを、今度は紅茶の味わいと共に楽しむ。
だが少し気持ちが落ち着いただけでドレスは着替えていない。今もドレスに合わせた白いタイツを履いているとはいえ、膝から下はドレスの裾から露出している。
今はカモミールティーの香りを楽しみながら気が紛れているものの、果たして自分はこの羞恥を一時的にでも忘れられるのだろうか。
確かに私服であれば膝丈程度のスカートも持っているが、あれは簡素な服装だからこそ羞恥を感じないのであってドレスのような普段脚を見せるなどはしたないと怒号が飛んできそうな服でこのような丈は見たことがない。
それ故に罪悪感と背徳感による羞恥が激しく身を焼いているのだ。
「…ねぇリリーナ、聞いて欲しいの」
「どうしましたの?」
そんな邪念に囚われていたら、不意にヒルドが呟くような言葉と共に視線を落としている。その姿にリリーナは少し驚くも、その姿は悲しんでいると言うよりは戸惑っていると言う方が正しいように見えた。
「昨日ね、夜に驚くことが起きたの。お父様が、びっくりするようなことを言ったわ」
「…何を言われたのです?」
ヒルドの言葉に少しばかり身構えるリリーナ。昨日自分はヒルドとずっと一緒にいたようなものなので、キーガンが大きく彼女を傷つけるような発言をした場面は見ていないと思うのだが。
「昨日、殿下と喧嘩していた時…お父様が殿下を呼んで連れて行ったでしょう? その去り際に私も早く寝るよう言われていたのだけれど…」
「確かに言っていましたわね」
「その時『一緒に寝るなら“お友達”も』って、貴女のことを“私の友達”として言葉を残したのよ」
「! それは」
リリーナはヒルドの発言に驚きつつ、同時に彼女が抱えている動揺に納得した。
昨日はディードリヒとヒルドの言い合いにばかり気が行っていて、キーガンに対する違和感はヒルドへの態度にばかり向いていたが、彼女の言う通りキーガンの言葉選びは明らかに妙だとわかる。
階級意識が強く忠義に厚い公爵であるキーガンが、いくらヒルドとリリーナの仲を知っていたとしてもリリーナを“ディードリヒの婚約者様”と呼称しないのには違和感があった。少なくとも自分とヒルドを“お友達”などという対等でフランクな仲に括るとは、一見考えづらい。
リリーナがディードリヒの婚約者、という特異な立場である以上ヒルドに対応を任せるのではなく個別の言葉をかけるのが礼儀とも言えるだろう。だがここまでのキーガンの態度をみるにその一点以外でこちらを邪険に扱うようなことはなかった。
そうなるとまるでキーガンの態度は、自らのこだわりである階級意識を捨て“娘の友人”という娘の中の価値観を優先したように思える。
「偶然なのかしら…あれだけ立場に厳しいお父様がリリーナを特別扱いしないで私の友達として扱うなんて」
「そうですわね…」
ヒルドが驚くのも無理はない。リリーナが昨日話をした印象からも、キーガンがそのようなミスを偶発的に起こすような人間には思えなかった。もしそのようなミスを起こしたとしたら、彼は謝罪の言葉をこちらに言うような人物にすら思える。
ならば何故、彼は故意とも言える行動と言動を行ったのだろうか。
「…もしかして、という仮定の話ではあるのですが、オイレンブルグ公爵にはなんらかの心境の変化があったのではないでしょうか?」
「お父様が?」
「自信のある仮説ではありませんが、オイレンブルグ公爵はヒルドをディードリヒ様に対して“立場や能力として相応しい”ように教育を施してきたわけですが、今やその必要はありません。ですので“親としての自分”や“娘としての貴女”を優先するようになったのではないか…という話ですわね」
「だとしても、友人関係に対等さがあるのは本人同士だけだとお父様は考えそうなものだわ。リリーナは殿下の婚約者なのだから、私の考え方と混同するのは少しおかしい気がして」
「確かにそうですわね…」
考え込む二人。だが自分の立てた仮説以上にヒントになりそうなものは見当たらず、ヒルドから見たらそれだけ予想外の出来事だったと思うと、今これ以上考えるのは難しいだろう。
と、そこでリリーナは一つ閃いた。
「ヒルド、一つ提案があるのですが…」
「なぁに?」
「明日、ここを発つ前に少しだけ買い物に付き合って欲しいのです。大きな買い物をするわけではないのですが…」
「私は良いけど…お父様たちは大丈夫かしら? 少し確認してみるわね」
「ありがとうございます、ヒルド」
たった今、殆どあてもなく閃いたのは実験的な行動で大した結果が期待できるとは限らない。
だが思いついた以上、そして戸惑う友達になにかできるならば行動してみようという提案だった。
ただその詳細については、なるべく土壇場で話したほうが良いだろうと思いながら。
昨日キーガンがディードリヒと喧嘩していたヒルドに対しての態度一つでも、ヒルドとリリーナでは見ている場所が違ったようですね
ちなみにヒルドは口にはしてないですがリリーナが気づいたキーガンに対する違和感の残る対応を含めて話をしています。おそらくリリーナは気づいているだろうと口にしなかったら本当に通じたのである意味一安心
どうでもいいですが各女性キャラクターには胸の大きさが設定してあります
小さい順に
A→ミソラ、ヒルド、ソフィア
B→エマ、イドナ
C→ファリカ
D→リリーナ、ディアナ、エルーシア
E→マチルダ
の順番です。
リリーナの胸元については二巻でも描写がありますが、本当に彼女は比較的胸が大きいです
なので胸元が開けたドレスを着ると娼婦のようにはしたない印象になってしまいかねないので彼女はデコルテの部分が隠れるドレスが多いです
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