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「私が誰よりも可愛くしてあげるからね!」(1)

 

 

 ********

 

 

「ほらリリーナ、こっちの方が貴女に似合うわ!」

「そ、そのようなことは…! 私にはこちらの方が性に合っていますもの」


 翌開けて、今日は約束通りヒルドお気に入りの店に来店した二人なのだが、今二人は若干意見の食い違いから言い合いになりつつある。

 ことの発端はヒルドが「リリーナに似合う帽子を見つけましょう」と言い始めたことにあった。


 だがヒルドが勧めてくる帽子はどれもリリーナが普段手をつけることのない愛らしいデザインのものばかりで、つい「そんなに愛らしいものは自分には似合わない」といった意図の発言をしてしまい、その発言に対してヒルドが反発した結果やや喧嘩のような雰囲気が漂っていた。


「リリーナってば自分にどんな服が似合うのかわかっていないの? せっかく髪色だって可愛いのだから可愛い服だって着ても誰も否定しないわ」

「私にも“イメージ”というものがありますわ。こういった愛らしいものはイドナ様やヒルドのような印象の柔らかい方に似合うものです。ほら、貴女ならばこのボンネットもよく似合います。黒いボンネットの生地に貴女の銀の髪はよく映えますもの」


 リリーナは棚に飾られていた一つのボンネットを手にとる。黒の生地とフリルをベースに作られたボンネットには、アクセントとして白い薔薇の装飾が付いていた。確かにこのボンネットはヒルドの白く美しい髪を際立たせ、合わせたドレスを纏えば雰囲気のある美しい仕上がりになるだろう。


「それを言い始めてしまったら、このドレスの生地は確かにピンクだけれど落ち着きがあって貴女によく似合うわ。私がそのボンネットに合わせたドレスを着るから、貴女も思い切って可愛いドレスを着てみない?」

「そんな…ディードリヒ様のようなことを言わないでくださいませ。愛らしいドレスは彼の方に贈られたものでいっぱいいっぱいですのに」


 愛らしい、自分のイメージに合わないドレスなど、屋敷にいた時に散々贈られてきた上あの頃はそれしかないので愛らしいそのドレスたちを日常的に纏っていた。未だに勿体無いと保存はしてあるが、どうにも着る勇気がない。

 そんな調子で困惑しているリリーナに、ヒルドはピクリ、と眉を動かす。そのまま彼女の表情はみるみるうちに険しいものに変わっていった。


「…私より先に殿下から可愛いドレスを贈られているの?」

「え、えぇ…ここまでフリルは多くありませんでしたが…」

「…」

「ヒルド…?」


 むすっとした、明らかに不機嫌な眉間の寄せ方を隠さないヒルド。リリーナがその表情を何事かと見ていると、彼女の両手が自分の肩を力強く掴んだ。


「行くわよ、リリーナ」

「ど、どこへ…?」

「今日は徹底的に貴女を可愛くしてあげる。私の方がリリーナを可愛くできるってあの男に証明してやるんだから!」

「何を張り合っているんですの!?」

「あいつは今お父様と視察に出ているけれど、向かっている場所を聞いた限り必ずこの通りを使うはず…その時に声をかけて屋敷の空き部屋に呼びつけてやるわ!」


 闘志に燃える…といった様子で気合いのみなぎるヒルドの気迫にやや気圧されていると、彼女はリリーナの手を引きながらいくつかドレスを選び付近に待機していた店員に渡しつける。


「さぁ行くわよリリーナ。ここは馴染みの店だから着付けもよくわかっているし、貴女はいつもの二人を連れていないけど安心してくれていいわ。とことん可愛くしてあげるから、まずは見合うドレスを見つけましょう」

「ヒルド、私はまだ承諾しておりませ…」

「大丈夫。私も合わせたドレスでおめかししてあげるから、一緒に可愛くなれば怖くなんてないものね?」

「ひぇ…」


 言いながらこちらに向けられたヒルドの笑顔は、とても安易に歯向かえるものではない。気迫と圧があまりにも凄まじすぎるあまりリリーナは言葉を返すこともできなかった。

 ヒルドの指示のままに動き出した店員によって試着室に連行されていくリリーナ。この時彼女はファリカとミソラをそばに置いていないことをやや後悔していた。

 せっかく気を遣って送り出してくれた二人には申し訳ないが、止めに入ってくれる人間がいないということのなんと心細いことか…と、そこまで考えて思考が止まる。


(いえ、あの二人のことですから話に乗ってきそうですわ…)


 ファリカは普段こそ常識人だが、リリーナが自身の普段の行動からはイメージできない、といった抵抗感を感じることに限って後押ししてくる傾向にあるし、ミソラに至っては護衛でどこかに潜んでいるはずなのに止めに入ってこないということは、自分の慌てている様を楽しんでいるに違いない。


「…」


 救いなどなかったのだと、そうリリーナは確かに感じた。この状況で呼べる助けなどいない。

 その事実に、リリーナはほんの少し泣きそうになりながら試着室へ連れていかれた。

 

 ***

 

「…っ」

「まぁ! 思った通りよく似合うわ! 砂糖菓子みたいに可愛いピンクの生地にオーロラみたいに降り注ぐレース地のフリル、腰のリボンについたアクセントの薔薇も差し色になって素敵だし、店頭にあるドレスにしては可愛いわね!」

「は、恥ずかしいですわ…っ! ここまで甘いドレスはディードリヒ様からも贈られていませんわよ!?」

「本当!? 嬉しいわ! 他も見たいからこの調子でどんどん行きましょうね!」

「やめてくださいませ…!」

「嫌!」


 リリーナの絞り出すような悲鳴を満面の笑みで切り捨てるヒルド。

 その言葉と同時に空気を読んだ店員によって試着室のカーテンはピシャリと閉じられ、その向こうからはリリーナの小さな悲鳴が聞こえる。

 ヒルドはその悲鳴を聴きながら、他のドレスをご機嫌に選び始めた。

 

 ***

 

「イマイチ、次」


 その一言で試着室のカーテンはピシャリと閉まる。


「うーん、可愛いけれど…私が併せられるドレスがなかったのよね。次に行きましょう」


 ヒルドの「次へ」の指示で容赦なく閉まるカーテン。そうするとリリーナは問答無用で次のドレスへ着せ替えられていく。すでに試着したドレスはこれで五着目だが、未だこの時間が終わる気配はない。

 ドレスを選ぶにあたって何度も着替えたり時間がかかるのには随分と慣れたが、それにしても先程着せられたドレスはヒルド自身が「併せられない」と言ったのに着せられたのは何故だったのだろう。


 着せ替えられるドレスは徹底して愛らしいものばかりで、“可愛い”と一口に言ってもこんなに種類があるものなのかとリリーナはやや困惑している。

 普段率先して身につけないドレスは確かに新鮮だが、自分は吊り目がキツく顔の印象が愛らしくないため女性らしい柔らかな表情が似合わず、そもそも澄ました顔ばかりしているような女がヒルドやイドナ、ソフィアのように柔らかく優しい笑顔を作れるわけもない。


 パーティで笑顔を作る時でさえ優しい表情はついぞ作れなかったというのに、そのような印象のキツい女に可愛らしいドレスなど豚に真珠のようなものではないだろうか。

 ディードリヒといいヒルドといい、本当に何を考えているのか理解できそうにない…。


「…!?」


 などと考えているうちにまた一枚着替えが終わったわけだが、リリーナはその姿を鏡で見た瞬間、自らが纏ったドレスに驚愕した。


 白を基調としたドレスはシルクでできているのか肌触りがよく、胸元の細いリボンとコルセット、たくさんのパニエで膨らみ裾の美しさを強調されたデザインになっている。袖の肩口はバルーン型で少しばかり膨らんだようになっており、そこから裾に向かって末広がりになって裾の内側にはフリルが、外側にはスリットが入れられていた。そしてそのスリットには編み上げのリボンが切れ目に付けられている。

 そこまではいい、大変愛らしいドレスではあるが全体的に白く甘さは際立ちすぎていないからだ。


 問題はスカート部分の丈にある。


 目の前の自分が身に纏っているドレスの裾からは、膝から下が丸見えになってしまっている。だがそれは正面だけで、裾そのものは後ろに向かうにつれて丈を伸ばしたフィッシュテールのデザインになっていた。まるでかつて図鑑で見た観賞魚の鰭のように波打つ後裾が上品さを醸し出して…はいるのだが。


「リリーナ、着替えは終わったかしら?」

「え、ええと、一応終わりはしましたが…」

「じゃあ開けるわよ?」

「まっ…!」


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