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愛らしい華やかさの裏側で(4)


「今日…漸く憑き物が落ちたような諦めを得てございます。取るに足らぬ自己満足にお付き合いいただきまして申し訳ございません、殿下」

「謝らなくていい、僕が自分の道のために家臣の思いを一つ切り捨てたのは事実だ」

「相変わらず、お優しいですな…自分は先んずる道を歩むものとして、若き殿下に学ばせていただいた今日に恥ずべきものと温故知新を得ております故、せめて感謝を述べさせていただきたい」

「…そうか」


 ディードリヒはそっと視線を逸らし、それ以上は何も返さなかった。

 キーガンもまた目の前の相手から視線を逸らす。だが彼は自らの右側に置かれた窓の外へ景色を動かし、どこかわだかまりの晴れたような表情をしていた。

 今日の自分は果てしなく情けなかったが、それでも妻と娘を確かに愛しているのだと明確になったような温かさが胸を占めている。


「…そろそろ僕は部屋に戻ろう。明日はリリーナがオイレンブルグ侯爵令嬢と出かけると聞いている。僕は予定通り視察に出るので案内は任せたぞ」

「勿論でございます、殿下。ですが一つだけ…疑問を口にしてもよろしいでしょうか?」

「…答えられる範囲でならば、ということでいいなら聞こう」


 ふと、キーガンの言葉にディードリヒは嫌な予感が脳を過り、質問の範囲にセーフティラインを予め設定した。そしてキーガンはそれに了承した上でディードリヒに問う。


「ルーベンシュタイン様とはどこでご親交を?」

「!」

「自分めも立場上殿下と共に多くの場に顔を出して参りました上で、パンドラのルーベンシュタイン公爵とは多く交流を重ねて参りましたが、会場にてお二方が接しておられるお姿を見かけたことがなく…今に繋がるにはやや不可解でございまして」

「…」


 ディードリヒは内心でゆっくりと、心を落ち着かせるための深呼吸をした。

 キーガンの持つ疑問は、ディードリヒの周りでも限られた人間だけが持てる、尤もたる疑問である。

 宰相であるキーガンや騎士団長であるケーニッヒなど、必然的に外交的な社交場に出る人間であればすぐに気づくことだ。ディードリヒは父王に変わり国家の顔として、キーガンは国政の代表として多くの場に顔を出し、それはパンドラ側にも同じことが言える故である。


 そうでなくともパンドラとフレーメンは元より友好国、互いの国で国を挙げた式典や催しがあれば代表者が顔を出すことなど珍しいことではない。

 となれば必然的にキーガンや護衛についているケーニッヒはそういった催事場などでディードリヒを見かけているわけだが…キーガンには不可解な点があった。


 ディードリヒがリリーナに…女性に対して積極的に声をかけているところなど見たことがないのである。

 国内でも“仮面の殿下”と呼ばれたその白々しい愛想笑いで声をかけてきた他国の女性たちをあしらうことはあっても、自分から声をかけに行ったような様子など見かけていない。


 そもディードリヒや自分に声をかける要人は少なくなかったので自分が見かけなかっただけかもしれないが、それでも不自然に思ってしまう。

 何がどうなったら、リリーナが突然“婚約者”などという大きな立場になってこの国にやってくるのか…キーガンからすれば疑問でしかない。


「そうだな…」


 と、一拍起きつつディードリヒは考える。

 その質問は最初から覚悟していた、と。


 正直に言って、今日呼ばれた理由はここについて問われるのではないかとすら思っていた。そもそも大勢の記者が城に押しかけてこのことについて根掘り葉掘りと訊かれ大事にされるのではないか、ともっと前の段階で思っていたことですらある。

 そう思えば、こんな静かな空気の一対一の話し合いで答えることなど造作もない。

 だからこそ、必然的に答えは一つ。


「はっきり言おう、僕とリリーナは運命なんだ。ダサいアプローチなんてなくても初めから思いは通じ合ってる」


 ディードリヒはとても爽やかな笑顔で、相手に聞こえるようにそう言い切った。

 その答えにキーガンは一瞬唖然とするも、すぐに我を取り戻し眉間に皺を寄せて内心でため息をつく。


「…お答えなさる気がないとお見受けしました。予めお答えなされる範囲でとのことを了承したのはこちらですので深入りはいたしませんが、何やら不正な手段を用いたりなさったわけではないということでよろしいでしょうか?」

「あぁ、勿論だ。僕とリリーナはパーティで顔を合わせた時に二、三言話すだけでも愛おしさを共有できる関係だからな。不正な手段など必要ない」


 ディードリヒはさも己の潔白を証明するように笑い続けているが、こればかりはなんとも白々しい嘘としか言いようがない。

 実際は“犯罪”の二文字を手垢まみれにした上で半ば強引に勝ち取った関係だというのに、ディードリヒはさも平然とかつ敢えて仮面でない笑顔で回答している。


「では王妃様と陛下にご確認をとってもよろしいのでございますね?」

「勿論構わない。二人はリリーナを気に入ってくれているから、意地の悪いことも言わないはずだ」


 これこそ所謂“嘘は言っていない”という発言ではないだろうか。

 余裕を浮かべた笑顔を続ける犯罪者の両親である国王ハイマンと王妃ディアナがリリーナを気に入っているのは事実だが、ディードリヒの汚点について二人が話をしないとしたらそれは彼の所業がバレるということが余りにも“王族の印象を損ねる”という大きすぎるリスクに繋がるからだろう。


 国家の代表として国の内外に顔を出す存在が実は粘着性の高い犯罪者で、王家には他に直系の継承者がいないとなれば隠せるものは隠しておくに越したことはない、という話になるのは必然である。

 だが、ディードリヒはそのリスクを両親が優先するとわかっていて“キーガンが両親への質問をとる”という行動を容認した。


 これはディアナを驚かせようというディードリヒなりの普段の仕返しである。いつもこちらを手のひらで転がして遊んでいるディアナを見返してやろう、というちょっとした悪戯だ。

 正直あの両親がこの程度で大きく動揺するとはディードリヒも思っていないので、このくらいは許されるだろう、と彼は考えている。

 リリーナあたりが現場にいたら“三倍になって返ってきそうだ”とは思うだろうが。


「殿下から詳しいお話は聞けないというのはやや残念ではございますが、こちらでもルーベンシュタイン様のご様子はしばらく見させていただいておりました。誠に勝手な行動であることをお許しください」

「構わん、その程度は気づいていて放置している。おそらく彼女も気づいているはずだ」


 リリーナがどういった人間なのか、気にならない人間はいないだろう。突如現れた彼女が密偵の類でないと疑うものは少なくなかったはずだと考えれば余計に。

 勿論不穏分子はミソラをはじめとしたディードリヒが抱えている人間が未だ都度対応しているが、放置していいと判断したものは敢えて放置していた。キーガンがリリーナにつけていた密偵は放置していた人物の一人である。


 一定の時間に何を行なっていたか、時折写真をつけてキーガンに報告していた人間がいたのはディードリヒもミソラから聞いていた。だがそれ以上は特に動きがなく基本的な身辺調査に近いものと判断して様子見を決めたのである。

 現在はその密偵も役割を終えたのか見かけていない。


「尊大なお心遣いに感謝したします。調査の結果、淑女としての立ち居振る舞いは勿論ですが、こちらに裏のある様子は見受けられず人格にも大きな問題は見受けられません。ですので…」


 はぁ、とため息をつきたい気持ちを抑えた鼻息がキーガンから漏れる。その上で彼はゆっくりと口を開いた。


「改めまして、自分はルーベンシュタイン様を受け入れさせていただきたく存じます。素性も実力も折り紙付きだと言いますのにお二人の経緯については何も教えていただけないというのも、いささか残念ではございますが…」

「それに関しては話し出すと止まらないのでな。自重する線引きは弁えている」

「…ではまたの機会と致しましょう。幸い、お二人に対して大きく反発している分子は少なくこちらで牽制ができる状態でございます。何かあればその際は迅速にお伝えいたしします」

「感謝する、オイレンブルグ公爵。貴様の権力の前では多少の反乱分子も身動きはとれまい。理解と協力は有り難くいただこう」


 にっこりと、ご機嫌な笑顔を返しながらディードリヒは言う。その笑顔を前にキーガンはとうとう頭を抱えた末のため息を隠せなくなってしまった。

 だがディードリヒがそれに反応を示すことはない。本来王族の前でため息など無礼極まりない行いだが、ディードリヒ自身相手を困らせている自覚がある以上、ため息の一つや二つは許そうではないか、と。


「もういいだろう? 明日は早いのだからそろそろ休ませてくれ」

「かしこまりました。お引き止めしてしまい申し訳ございません、殿下。外までご案内いたします」


 ディードリヒがソファから立ち上がりつつそう言うと、キーガンも後を追うように立ち上がりディードリヒを部屋の外まで案内する。

 キーガンが部屋のドアを開け、ディードリヒが一歩踏み出そうとした時「あぁ、そうだな」と呟いたディードリヒは彼の言葉に感じた疑問を表情で表すキーガンに向かって振り返った。


「リリーナとオイレンブルグ公爵令嬢は驚くほど仲がいい。正直こちらが嫉妬するほどだ、貴様が心配するようなことは今後もないと断言しよう。ではおやすみ」


 ディードリヒはそれだけ残すと、キーガンの返事も待たずに去っていく。

 キーガンは彼の言葉に置いていかれるようにしばし呆然とした後で、自分が無意識にヒルドとリリーナの関係に心配の念を抱いていたことに気づかされた。


「全く…読めないお方だ」


 渋い顔でそう呟きながら、彼は自室のドアを閉める。明日の夜は予定がないから、グリゼルダと少し話をしてみようか…と、心境の変化を感じながら。


ガールズトークの裏側にあった小難しい話でしたね

ヒルドとリリーナが呑気な話をしている間に問いただされるディードリヒくん。うーん、自業自得


キーガンパパ本人はヒルドに対する愛情は比較的薄いと自認しています。感情より合理性や将来性を優先した考え方を押し付けて彼女を育てた以上、自分の愛情はその程度でやはり親というには愛情に欠けていると

まぁそう思うなら直せよって話なんですが、そうでなくてもキーガンパパって娘大好きでしたね。いいんじゃないでしょうか、あとはその不器用さを直せば良好な親子関係になりそうです


小ネタですが、キーガンはヒルドが幼い頃に睾丸の病気を抱えてしまい二個とも摘出しています。なので子供が作れないわけですね。貴族のお家は女性側に問題があればあえて愛人などを設けて解決するということがあったらしいですが、男性の場合どうだったんでしょうね?

そうでなくともオイレンブルグ家の家系図の話までし始めると風呂敷が不要に広がるので本当に機会があれば話すかもね、程度ですが


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