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愛らしい華やかさの裏側で(2)


「だからわざわざ父上を巻き込んでパンドラとの表向きな公約まで結んできたんだ。その上で、僕は僕の妻に対して他人が軽率なヤジを飛ばせるような立ち位置にはいない。それは貴様が一番わかっているはずだ」


 問われる全てに対して、ディードリヒは冷静に答えていく。

 ディードリヒは自分が求められてきた立場に対して、揺るがせるようなことはない絶対の自信がある。


 そのために他人を使って手を汚し、表では学問を積み重ね、剣術を磨き、より早く父王の補佐をすることで後継者としての威厳を示してきた。

 最初に執務を手伝うと言い出した時、本来であればまだ自分は遊んでていい年齢なのだと父王であるハイマンは言ったが、ディードリヒはそれを断り執務に参加することとなった過去がある。


 ディードリヒは常に自分の立場に余地を作らないよう立ち回り続けることで高みに立ち続けるリリーナを目指し、そしてそれは結果的にリリーナを迎えるための地盤となった。


「公爵、貴様の言い分が理解できないわけではない。僕の動き方が強引であったことも認めよう。だが同時に僕の意思が変わることもない、僕はリリーナを妻として迎えこの国を背負うと決めている」


 キーガンに鋭く向けられたディードリヒの視線には強く硬い意思がこもっている。それはまるで、眼前を真摯に見つめるリリーナの瞳の様であった。


「利益があるからではない、彼女が“リリーナ・ルーベンシュタイン”だから隣に据えるのだ。誰も彼女の隣に成り代わることなどできはしない、させる気もない。たとえこの身が裂けようとも、僕は彼女を愛することをやめる気はない」

「…っ、では何が貴方をそう突き動かすのです! あの子の努力は、あの子に強いてきた時間はなんだったと!」

「…努力が報われるなど、誰が言った?」

「!」


 感情的であるように見えて、それでも冷静さを保っていたキーガンが声を上げた時、ディードリヒは彼の言葉を真っ向から切り捨てる。

 その吐き捨てるような言葉と共に移り変わった視線は、目の前の人物に対して“馬鹿にしているのか?”と問うているように見えた。


「ヒルド・オイレンブルグが、フレーメン王国において最も僕に相応しい女性であったことは事実だろう。だがそれはあくまで地位と能力の話であり、そこに僕の意思は介在していない」

「ですが」

「陛下ご夫婦は僕に自分の伴侶を自分で見つけるように言いつけられた。つまり始めから陛下は能力だけの女など求めていないということだ、公爵」


 一人の王太子の冷たい視線に映るキーガンという父親は、彼の口から出る言葉にやや狼狽えている様子が伺える。そして父親は自身の現状に気付かぬまま、言葉を溢す。


「だがそれでは、あれだけのことに耐えてきたヒルドが、グリゼルダが…!」

「その言葉を口にするのであれば…もう少しありきたりな父親として生きるべきだったのではないか? オイレンブルグ公爵」

「それは…どういう、意味でしょうか」


 ディードリヒの言葉の意図が計りきれず眉を顰めるキーガン。対して感情の揺れ続けているキーガンと違いディードリヒの視線は至って無表情に冷ややかで、内情に揺れも感じられない。


「貴様の見ていない…それこそリリーナといる時のオイレンブルグ公爵令嬢は随分と楽しげに笑っているぞ、それこそありきたりな少女の様にな」

「そのような、ことは…」

「貴様は結果が出せない自分を慰めたいのか、努力を重ねた娘を慰めたいのか、もう少し考えてから僕に物申すべきだった。如何にも、普段議事堂で見る議長殿の姿には程遠い」


 “ありきたりな少女”として笑うヒルドをやや否定するかのようなキーガンの反応に若干の苛立ちを覚えるディードリヒ。たとえわずかな反応であったとしても、その言葉はまるで人形のような彼女しかわからないと言わんばかりだ。


 何故キーガンはこちらのかけた言葉に対して何かに気づくのではなく否定的とも取れる態度を取るのだろうか。彼は合理主義であるが故に、人道的な立案をこちらに寄越すことも多いというのに。

 それは時として回り道や無駄に思えることもより良い結果を生むためのピースになることを、それこそキーガンは理解しているからだ。

 それだけ極まった合理性を持つ頭脳が、娘一人の多面性にすら気づけないなどとても笑えた話ではない。


 人間は感情的になると視野が狭くなる、というのはディードリヒ自身自覚のあるところだが、では何がキーガンをここまで感情的にさせるというのかという話にもなっていく。


「オイレンブルグ家の生活がどういったものなのか僕は知らないが、どのような形であれリリーナを否定しようと言うのなら僕は容赦しない。ついでに言うならば、他人が積み重ねたものを奪い取るような人間を信じられるほど心も広くない…それが娘であろうとな」

「そのような、否定などということは…自分は、殿下にはより輝かしい未来があると、ヒルドは期待に答えようとしてくれていたと…」

「今この時期にこの話題を持ってきた時点で、謀反の気配すら汲み取らせるという自覚さえなかったようなもの言いだな。僕の未来に他人の意思を介在させるつもりなど初めからない。不要な気遣いだ」


 挙式はもう六月と決まってしまっている。もう間も無く準備の一つや二つは動き出すだろう。

 そのようなタイミングでこのような、それこそ二人の婚姻に対して否定的とも取れる話をするなど「王家の意向には従えない」と遠回しに言っているようなものだ。


 かといって少なくともディードリヒから見るに今のキーガンにその意思はなく、この状況を想定していなかったようにすら見えるが。

 本当にリリーナを排除し、自分の娘を隣に据えようとしたのならばもっとやり方や相応しい時期があったはずだ。

 少なくとも、この大詰めに近づいている状況でその布石を蒔こうなど、派手にことを起こし王家そのものへの謀反でも考えていると相手に少なからず疑われるのは当然のこと。


 だが今のキーガンはその全てに当てはまらないにも関わらず、未練がましく娘の話をしている。少なくともあのような人形を生み出した割にこの男は娘を愛しているのだろうと、ディードリヒは感じた。

 最初はこちらの事情を聞こうとしたことも本心で、元より何かの布石ではなく本当に自分の所感が聞きたかったのだろう。少なくともディードリヒは目の前の家臣の行動にそう判断をつけた。

 どうしてもデリケートな話である以上警戒は怠れないが、怪しいと決めつけるほど自分の思考は懐疑的でもない。


「オイレンブルグ公爵令嬢に落ち度があったわけではない。だが僕も誰でも良かったわけではない、それだけだ」

「殿下…」

「貴様の娘は貴様が思っているよりよく笑い、よく怒る。人形のように澄ました顔ばかりだったあの頃より今は余程接しやすい」

「…」

「僕はこれでも、彼女を一流の淑女として認めているつもりだ。でなければ初めからリリーナとの接触は許していない」


 ディードリヒから見ても、確かにヒルドの立ち居振る舞いには目を見張るものがある。

 リリーナが至高なのはディードリヒにとって絶対的事実だが、礼節やダンスの動きだけを見れば二人は瓜二つなほど似通った美しさを持ち合わせていると、ディードリヒは長らく感じていた。


 だが同時に、ヒルド・オイレンブルグという令嬢はどうしてもどこか虚に映る。リリーナが自らの意思を所作に持ち込むのであれば、ヒルドは本当に操り糸に吊り下げられた人形のようだったからだ。常にそこに明確は意思はなく、どこか自分と同じやる気のなさが少しばかり透けて見える。

 その雰囲気がどこか儚げで美しいと言っていた人間は多かったが。少なくとも自分には“儚い”などと美しい表現が彼女に似合うと思ったことはなかった。


 公爵家の娘となれば必然的に顔を合わせる機会も多いものだが、ヒルドはいつも花のように笑い、目が合わなくなった途端に遠くを見ている。だがその姿を見れるのはほんの一瞬で、すぐに誰かと目が合うなり接触があると元に戻ってしまう。


 “変な女だ”、とはディードリヒも思っていた。権力に大きく縋るつもりがないのは、仕事が全うできるかしか考えていない父親に似たのだろうとも思えるが、それでも与えられた役目をこなすためにこちらへ媚を売ることもしない。


 それ故彼女は自分の立ち位置に絶対的な自信でもあったのだろうかと、当時ヒルドを見ながらディードリヒは思っていたのをよく覚えている。

 ディードリヒ自身リリーナを迎える今が起きず、本当にリヒターとリリーナが婚約するようであれば手を引く予定だった。そのためそうなったらヒルドを隣に据えるのが一番角が立たないだろうとも考えてはいたので、その安牌を見抜いていたのだろうか、と。


 だが今となっては、その予測は大きく間違っていたのだとわかってしまった。


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