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愛らしい華やかさの裏側で(1)

 

 ***

 

 リリーナとヒルドがガールズトークに花を咲かせている一方で、ディードリヒはキーガンに彼の自室まで連れてこられている。

 広い部屋の一角に設けられた大きな窓際には皮のソファが二つ。ソファに高さを合わせたような机を挟むように置かれていて、机の上には温かな光を灯すランプが置かれていた。


 キーガンはソファの好きな方に腰掛けてほしいとディードリヒを促すと、ディードリヒがソファに腰掛けたのを確認してから自身もソファに身を預け、持ってきたワインと二つのグラスを机に置く。


「…大切な話だと聞いたが」


 そう一言最初に切り出したのはディードリヒだが、その声はあからさまなほど不服げだ。一方キーガンはそれを承知の上と言わんばかりにワインをグラスに注ぎ、ディードリヒに勧める。

 だがヒルドとの“話し合い”を阻害され機嫌のよくないディードリヒはその勧めをはっきりと断った。さっきの今では、とてもワインを楽しもうなどという気分にはなれない。


「大切な話でございます。少なくとも自分にとっては」


 グラスの中で揺れるワインを眺めながらそう呟くように話すキーガンの声は、やけに重たい雰囲気を纏っていた。


「…中身を聞こう」


 普段仕事をしている中ですら早々聞くことのない低い声音に、ディードリヒは“確かに大切な話のようだ”と納得し、ソファの背もたれに背中を預け脚を組む。

 その様子を視界の端で感じていたキーガンは、未だワインが僅かに揺れているグラスを机に置くと鋭い目線をディードリヒに向けた。


「娘の話でございます、殿下。単刀直入に申しましょう、なぜ貴方は『ヒルドではなくルーベンシュタイン様をお選びになったのか』と」

「…」

「自分から申しますのも烏滸がましいことは承知でございますが、自分はあの子を貴方の隣に置いて差し支えない淑女として育て上げたつもりでございます。少なくともこのフレーメンの中で、あの子以上に貴方に相応しい女性はいなかったはずだ。それが何故、なんの前触れもなく国外の娘になろうというのか」


 不服と疑念のこもった声音でこちらに問うキーガンを見つめるディードリヒが何か彼に対して言葉を返すことはない。

 “まだお前には言いたいことがあるだろう”、そう言いたげに相手を見つめながら、彼はキーガンの言葉に耳を傾けている。


「ルーベンシュタイン様を貶そうというわけではございません。確かに彼女は淑女として完成され、国交においても重要な立ち位置として我が国におられます。ですが同時に、貴方にはこの件に対する説明責任があることを忘れないでいただきたい」


 そこまで言い切ったキーガンの表情は尖ったように感情的で険しいもの。それはディードリヒから見ても少し意外と取れる様であった。


 キーガン・オイレンブルグといえばその冷徹さが有名な男と言える。

 常に冷静に、いや冷徹にすら思えるほど感情に左右されず、合理性を重視した仕事運びをする宰相兼貴族議会議長。挙げられた法案の中から最終的にディードリヒへ決定を預ける立案は殆どが国営に益があるか如何によって定まり、それ故に彼の判断は時に温情にも非情にもなる。


 常に表情が大きく動くことはなく、言葉も堅苦しく重々しい。彼を知らない人間からすれば常に機嫌が悪いように見えるだろう。

 それが今はどうだ、彼の言う“大切な話”は国益に掠りもしない個人の話な上、その中身は自らの娘のために少なからず王族に噛みつこうというものなのだから、とても普段の彼からは程遠い。


 そう、程遠いのだ。


「まさかオイレンブルグ公爵が声を荒げる様を見ることができるとはな。言わんとすることはわかるが、公爵がこうも娘を可愛がる父親というのも少し意外だ」

「これでも親として生きて参りました故、愛のない婚姻から始まろうとも少なからず感情は芽生えるものでございます」

「それはオイレンブルグ公爵令嬢に直接聞かせてやったらどうだ。普段の公爵と令嬢本人の立ち居振る舞いを見るに、娘にもさぞ厳しい教育をしたのだろうに」


 ディードリヒは敢えて相手を煽るような言葉を選んでいる。遊んでいるのではなく、皮肉に反応する程度の感情なのかを試しているのだ。

 だがキーガンがそこに感情を向けることはない。彼の視点の矛先は別の場所にある。


「確かにあの子には“そうあれ”と言い相応しいよう教育を施しております。だからこそ貴方には説明していただかなくてはならない。あの子の…ヒルドの成してきたことを、この国に仕える我々を少なからず裏切った貴方には」


 キーガンの言葉はディードリヒを叱責しているようでもあった。確かにキーガンが求めたのは納得のいく説明だが、彼の言う“裏切り”とは、確かにディードリヒがなんのあてもない女を突然連れてきたことに他ならない。


 ディードリヒとしてもキーガンの言葉に何も思わないわけでもなく、むしろキーガンがことをよく大きくしなかったものだと感心している。

 オイレンブルク家以外にも自分にアプローチをしてきた令嬢や家は山ほどあった。毎日のように見合いの申し込みの手紙に令嬢の写真が添えられたものが送られてきていたのはもはや日常茶飯事と言って差し支えない。


 その上パーティに参加すればひっきりなしに声をかけられ、どの娘も親にそう言われたのか本人の意思なのかは知らないが、その誰もが自分の取り入ろうと必死だった。それこそ醜いほどに。

 そういった意味だと、ディードリヒにとってヒルドは印象に残る令嬢ではあった。彼女は自分に対して特筆してアピールしてくることはなく、余裕を絵に描いたような印象でこちらに無関心なまま世間話程度に声をかけてくる。


 当時パーティで見かけたヒルドが何を考えて自分を接触していたのか知る気もないが、確かにヒルド本人にその気はなくヒルドを自分の隣に据えたいのは父親のキーガンの方だという噂には納得できた。

 それでも、その程度の関心しかない娘だったことに変わりはないが。


 さらに言えばリリーナを連れてくるにあたってもディードリヒは議会全体からの反発はそれなりに覚悟していたのだが、思いの外騒ぎにもはならなかった。

 皆自分が思っているより自分の結婚相手など興味がないのか、角が立つようなことをする度胸がある人間がいなかったのかは知らないが。


 リリーナが投獄されていた過去を引き摺り出してばら撒こうとする人間や、リリーナがパンドラの宰相の娘であることを利用しようとする人間は山のようにいたが、それこそ“何故”と正面から問うてきたのは目の前の男だけである。

 どちらにせよ国交的な婚姻であると状況を利用した自分も自分だ、と責められていることに変わりはない。


 見ている限り、キーガンはディードリヒが感じていた印象よりよりも娘に思い入れがあるようだ。ならば尚更、自分とリリーナの婚姻の突然さという理不尽に納得がいかないのも頷ける。


「簡単なことだ、僕は利益ではなく感情を優先した。全てを犠牲にしてでも愛する人を隣に置くことを選んだに過ぎない」

「…嘘でも利益と言ってしまえばいいものを、その言葉では貴方の国の上に立つ者としての軽率さが明るみになるだけではありませんか。如何にルーベンシュタイン様に外交的価値があろうとも、この無理強いに言い訳がつかないのと同じでございます」

「嘘をつく必要などどこにある? 元より誰もが利益を得て、納得し、賞賛できる婚姻など存在しない。それに軽率と言われるにはパンドラとの関係性は捨てがたいと思うがな。あそこは銀鉱山が多く質も高い、友好国として互いに益のある取引もできるだろう」

「貴方の狙いはそこではありますまい。それに他の貴族が騒ぎたて始めたらなんと説明するのです。今動きがなくともゲリヒト家が王家に対し反感的な態度であることは貴方もご存知のはずだ」


 法律、法廷を預かるゲリヒト家は、王家とはまた違った形でフレーメン全土に根付いている。

 上王の時代より法廷という仕組みが大きく改善され、それまでは領地ごとの領主が領内での諍いに判決を下していたものを、裁判所という専門の場所を用意することでより公平な法の裁きの場を設けた。


 裁判所はフレーメン全土の特定の場所に建てられ、裁判官の管理や教育をはじめとした法務関連の多くを管理しているのがゲリヒト家である。

 だがゲリヒト家は王政の撤廃を訴えている家でもあった。ゲリヒト家は長く王政という独裁国家ではなく、民主主義における国民全土の統治を訴えかけている。

 それ故キーガンは“攻撃されるような隙を作るべきではない”と言っているのだ。


 だが、


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