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邪魔な男(1)

 

 ***

 

 自分の手を引くヒルドについて行くまま案内されたのは、温室の一番奥に置かれた少し大きめの東屋。

 青い屋根を支える柱や土台は白でできていて、中心に雰囲気を合わせたような白いテーブルと椅子が置かれている。テーブルの中央には、まだ摘んだばかりであろう鮮度の高い花が生けられた花瓶が置かれていた。


 その東屋のさらに奥には、大きめの花壇が作られている。その中ではたくさんのラベンダーだけが咲き揺れていた。ヒルドはラベンダーが特筆して好きなので、気に入った場所で育てているのだろう。


「それにしたって、殿下までついてくるなんて思っていなかったわ!」


 自分を東屋に置かれた椅子にリリーナを置いていったヒルドが紅茶を持って帰ってくると、リリーナの正面に座るなりそう怒りの一言が飛んできた。


 普段は見ないほど憤慨した様子で紅茶と一緒に持ってきたクッキーに手をつけながら文句を吐き続ける彼女は、よほど今回ディードリヒがいることが気に食わないらしい。

 まぁ、確かにディードリヒが何故付いてきたのか自分でも疑問ばかり浮かんでくるが。


「その…ディードリヒ様が何か…?」

「なにかもなにもないわよ。友達と遊びたくて家に呼んだのに、彼氏まで付いてくるなんて思わないじゃない」

「それは…」


 全くもって尤もな言葉に、リリーナは気まずさを感じ視線を逸らす。それこそ最初の話ではディードリヒが付いてくる予定などなかったからだ。


 今日のことは事前に決めていた約束だったのでなんでもない予定としてディードリヒには伝えたのだが、その瞬間「僕も行く」と言い始め、あまりに急であることと彼の仕事を盾に断ろうとするも「リリーナが手伝ってくれてるから大丈夫だよ」と笑って返された挙句普段は自分から行きたがることなど絶対にない“視察”を名目に本当に無理やりついてきたのである。


 そのせいでヒルドの父であるキーガンは忙しいこの時期に急いで自領に帰り王族の出迎えをせざるを得なくなった。

 ディードリヒを切り捨てきれなかった自分がいうことではないが、キーガンのことは不憫としか言いようがなく申し訳なさが胸を締め付ける。リリーナだけであれば、少なくとも領主であるキーガン自らが出迎える必要などなかっただろうにと。


 さらに言うならば、自分は決してこのような事態を生むためにディードリヒの仕事を手伝っているわけではない上、そもそも友達と遊ぶというなんでもない行動にまで首を突っ込んでくるなどどういった風の吹き回しだろう。

 これでも一応ディードリヒには成長の兆しがあったというか、駄々を捏ねていた店への出勤や普段ヒルドと城でお茶をする程度ならば文句をつけることも減ったというのに。最初はファリカをそばに置くのでさえ嫌がったのだと思うと、成長しているのだと感じていたのだが。


「殿下とはそろそろ決着をつけないといけないわね…」

「ヒルドはディードリヒ様と何かあったんですの…?」

「何もないわよ、直接的には」


 ヒルドの言葉に随分と鋭い棘を感じ、やや困惑するリリーナ。

 少なくともリリーナから見て、ディードリヒとヒルドに何か特筆した関係があるような場面は見受けられなかったのだが、二人の間に何が起きているのだろうという疑問が浮かぶ。

 リリーナの中のイメージでは、二人は互いに“興味がない”といった様子で、顔を合わせるような機会があったとしても必要のないことは話さない記憶なのだが。


「仕方ないのよ。お互いに一番好きな相手が同じだから」

「それは…どう答えるのが正しいんですの…?」


 同性愛を否定するつもりはないが、自分にはすでにパートナーがいる。その上そもそもヒルドを恋愛対象として見たことはないリリーナは素直に回答に困ってしまう。


「私は友達としてよ、安心して。でも普段みたいに惚気を聞こうって話ならともかく、今日はリリーナを独り占めして二人で遊べるって期待してたのよ」

「それは…ごめんなさい」

「リリーナは責めてないわ、あの男は許さないけど。それこそこの間シュピーゲル伯爵令嬢を紹介してくれたお茶会の時『二人で買い物に行こう』って話をしたでしょう? 私眠れないくらい楽しみにしていたのよ」

「それは私もですわ、侍女もつけず友達とショッピングなど初めてですもの。話に聞くだけのことだとすら思っていましたのに」

「あら、私たちお揃いね! 嬉しいわ。それなら尚更あの男は邪魔ね」


 リリーナの言葉に喜んでくれているのは伝わってくるが、ヒルドの目はかけらほども笑っていない。なんならディードリヒを指す言葉が一つ口を開く度に雑になっていくところから察するに、よほどディードリヒが目の敵にされているのは明白だ。


「でぃ、ディードリヒ様はご視察という名目で滞在されておりますし、こちらに干渉するのは難しいように思うのですが…」

「何言ってるのリリーナ、あのおと…殿下の執念は岩漿より熱いのよ。忘れないで」

「…」


 それを言われてしまうと弱い。

 ディードリヒのことなので、容認しているだけで未だに自分の周りにいる人間は一人残らず良しとしていないのだろうということなど、考えるまでもないのだから。


「お父様がうまく足止めしてくれるといいんだけど…」

「難しいかもしれませんわ、屁理屈でできているような方ですから…」

「リリーナって殿下に対する評価が思ったより厳しいわよね」

「甘やかしてもつけあがるだけですもの」

「まぁ…そんな気はするわ」


 ふと、リリーナから普段聞き出している惚気を振り返るヒルド。自分の知らないディードリヒの本性というのは、思っていたよりお調子乗りで年相応に…いや子供のように無駄に元気で甘ったれといって過言ではない男だ。

 そのくせリリーナを赤面させて、他人からは早々見れないリリーナの慌てるその様を見て楽しんでいるのがすぐにわかる。元々どちらかと問われればそうなのだろうとは思っていたが、やはりサディストらしい。どちらかというといじめっ子に近いが。


 普段の氷のような表情と貼り付けたのを隠さない愛想笑いからはとても考えられない…とヒルドは内心渋い表情を見せる。

 その上権力にものを言わせてまで女性を長年ストーキングしている段階で関わり合いになりたくない程度には気持ち悪いというのに、粘り気の強い独占欲と手垢まみれの自称純愛とは、少なくともヒルドから見ていると国の将来が不安になる程度には吐き捨てるほど気持ち悪い。存在が気持ち悪い。


 ちょっと顔が綺麗だからと、何も知らない令嬢たちから黄色い声が聞こえてくる度に怖気がするようになったのを思い出すだけで、ヒルドは少し身震いしてしまう。

 今でもリリーナが危ない目に遭っていないか時折不安になる。様子を見ている限りでは大丈夫なようだし、リリーナの侍女を見ていると安易な展開は許さなそうなので強く言うのは控えているが。


 正直リリーナには悪いが、たとえ中身が良かろうとも自分はそんなことをした相手を容認するのは無理だ。そんなことが起きたら当たり前に事件であり、自分が対象だとわかってしまった日には人間不信になる自信すらある。

 そうでなくても正直リリーナの精神は器が大きすぎて下手なことに巻き込まれるのではと心配になるほどだというのに。


 これで二人に間には敷き詰まるほどの愛があるのだと側から見て明らかなのだから、本当に不思議である。だがその真相を…二人の蜜時になにが起きているのかを詳らかにするのは藪蛇だろう、恐ろしいものには触れないにこしたことはない。


(でもまぁ、リリーナには黙っておきましょう…振り回すのも可哀想だから)


 とはいえ、多少話が脱線したが本題はまだ何も解決していないので話を戻さなくては。


「何か手を考えなくちゃ、明日のお出かけは絶対に二人で行きたいの」

「初めてですものね、二人で買い物など」

「そこまで仲良くなりたい相手がいなかったんだもの、仕方がないじゃない。私からしたら伯爵家の子達が羨ましいくらいよ」


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