この思いを伝えるならば(1)
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翌日。
護身術のレッスンの終わりに汗を拭いながら、講師であるミソラにあることを尋ねてみた。
「だ、男性には、どのような贈り物をするのが喜んでいただけるのかしら…」
本来なんでもないような質問のはずなのにどうにも恥ずかしくてたまらない。相手や目的が明確なだけに、どうしてもあれやこれやと想像をしてしまう。
しかしこれも作戦であった。
ディードリヒが好むものをサプライズで渡して、普段仕立ててくれている身の回りのものや、香水のお礼をしよう、というもの。
「…ディードリヒ様のことでしょうか?」
「! そ、そうですわ。何かいけないことでもあって?」
顔を赤くしたままつんとした態度をとるリリーナの姿を見たミソラは、一つ深呼吸をして彼女を見つめ返す。
「いえ…おめでとうございます」
「まだ何も言ってなくてよ!?」
「そんな…乙女の顔では…説得力がないかなって…」
ミソラは心中でディードリヒを祝った。
一方リリーナは“乙女の顔”にピンとこないのか頬を触って何やら確認しつつ視線をミソラに戻す。
「で! 彼の方は何がお好きかご存知じゃありませんこと?」
「リリーナ様ですよ」
「な…そんなこと、ありませんわ…」
しょげるリリーナの姿にミソラは近頃の二人を思い返した。確かに最近は以前のようなおもしろ…元気そうな部分はない。
「そうお思いですか?」
「だって最近は…絵に描いたような王子様じゃありませんか…」
「なにかご不満で?」
「!」
疑問を返されて初めて自分の失言に気づいた。慌てて言葉が口から飛び出す。
「あ、いえ…不満ではないんですのよっ」
「素直に言ってもいいと思いますが」
「素直ですわ! あんな、あんな変態…好きじゃ…」
言葉を重ねるごとにリリーナはしなしなと元気を失っていく。
「好きじゃ…ないですわ…」
そこまで言う頃にはすっかり覇気を失ってしまった。枯れた植物のようなしなしな具合である。そこまで落ち込むなら言わなければいいのに、とミソラは思ったものの若さゆえの過ちと思うと楽しみたいとは思えど指摘しようと言う考えはどこかへ飛んでいった。
「素直じゃない方ですね。だからディードリヒ様が最近つまらな…大人しいのではないですか?」
「うぅ…愛想を尽かされてしまったかしら…」
不安に震えるリリーナだが、ミソラはその姿を大変楽しんでいる。ディードリヒが彼女に愛想を尽かすことなどほぼほぼない、が、リリーナはすっかり踊らされていて、ミソラがそれを言うことはない。本人たちの問題なので本人たちが解決するのが良いだろうとも考えてはいるが、それ以上に状況に翻弄されているリリーナを見ている微笑ましさが優先された結果であった。
つまり返す言葉はこうなる。
「あら…リリーナ様はディードリヒ様の独特な求愛が理想…ということでしょうか?」
「そ、そうは言っていないでしょう! あれは、あれで…最近多少は慣れてきたといいますか、まぁ、好意を向けられるのは悪くないといいますか…」
「やっぱり好きなんじゃないですか」
「う、うぅ〜〜! 揚げ足取りですか! 貴女は!」
顔を真っ赤にして怒るリリーナが激しく微笑ましい。そう考えるが故にミソラは今後もいじり続けると心に決めた。
しかしそれとこれは別として、やはりなにも手助けしないと言うのも忍びない。
「そうですね、ディードリヒ様はリリーナ様が好きなんですから、普段の仕返しでもして驚かせてみたら如何ですか?」
「…仕返し?」
「リリーナ様さえよろしければ、ですが」
「勿体ぶらないで早く話しなさい」
「ディードリヒ様のベッドにでも潜り込んだら良いんですよ」
***
ごそごそとベッドでバレないようにと動く影がある。
ディードリヒの個室で彼を待つリリーナは、関係性の進展を期待し普段はしないようなことをしていた。普段の彼女であれば、異性の寝所でましてや先に待っているなど不純も甚だしいとやることはないが、側から見れば完全に興奮で冷静さを失っている彼女はなぜかミソラの提案を鵜呑みにして行動している。
しかし二人きりであればこのある種膠着してしまった状態も脱せるはず! とリリーナは意気込んでいるわけで。少なくともこの屋敷に彼女の熱意を妨げるような使用人は存在しなかった。つまり誰も止めなかったのである。
こうしてネグリジェの状態で異性のベッドに潜り込む元お嬢様、と言う状況が出来上がった。
「…それにしても、私のベッドより大きいのではなくって!?」
理不尽な怒りを枕にぶつけるリリーナ。
確かにディードリヒは身長が高いことも相待ってキングサイズのベッドだが、リリーナの個室に置かれているものはクイーンサイズではある。それでも十分大きいと思うが、彼女は何が不満なのだろうか。
「…」
五分ほど暴れ沈黙。時刻は二十二時を過ぎているがディードリヒが帰ってくる気配はない。
つまらないと言わんばかりにぼすん、と音を立てて倒れ込む。抱き抱えた枕からディードリヒの香りがして、そこに顔を埋めてみた。
「…ふむ」
悪くない。
匂いがどうだのと口にされると気持ち悪いが、確かに相手の香りを感じるというのは悪くないと思った。ディードリヒも、好きな人間の香りというのは安心するのだろうか。
「まぁ、何があっても気持ち悪いと言う感想は撤回されませんけど!」
虚空に向かって言い放つ。しかし返事が返ってくることはなく、ただ虚しくなっただけであった。
「もう…早く来ないかしら」
こっちがここまで勇気を出して行動を起こしているのだから、と気持ちが逸る。そうでなくてもこの時間に仕事をしているなど疲労も溜まるだろうに。
「…心配、ですわね」
相手だって人間だ。いつだって忙しそうな姿を見ていれば心配にもなる。
「私にも…何か…」
自分も役に立てないだろうか、とはやはり考えてしまって、あれやこれやと考えているうちに、枕を抱いたまま意識が遠くなっていく。
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