「やっと夢が叶うのね!」
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フレーメン王国の中でも名だたる公爵家といえば、真っ先にオイレンブルグ家を連想する国民が多いのではないだろうか。
貴族議院たちをまとめ、国政議会の議長を代々務めているオイレンブルグ家は最も名が売れている公爵家と言って過言ではない。それだけオイレンブルグ家に置かれた国政への責任は重く、王家との連携を含め立場を明示されることが仕事だからだ。
同じく公爵家でありともに歴史を重ねるシュヴァルツヴァルト家、今はとある事情により立ち位置の変わったシュヴァイゲン家と含め三大公爵家であるゆえのプライドも高い。
そんな名高い公爵家…いや国政議会の議長殿は、もう間もなく議会も開かれようというこの忙しい時期に首都ではなく公爵としての本来の屋敷があるオイレンブルグ領にて、王太子殿下であるディードリヒとその婚約者であるリリーナを出迎えている。
ちょうど時期的に目がまわるほど忙しい中、ディードリヒの存在によって鉄道に乗り長い道のりを帰らざるを得なくなったのだ。
「ディードリヒ殿下、ルーベンシュタイン様、本日はようこそお越しくださいました」
だがその疲れや複雑に重なる感情をオイレンブルグ家当主であるキーガン・オイレンブルグが表に出すことはない。
一つ睨みつけるだけで相手を殺してしまえるのではないかと感じるほどの人相の悪さからは一見わからないが、実際は忠義に厚く冷静で頭脳明晰な人物である。
静かに頭を下げディードリヒたちを歓迎するキーガンの一歩後ろでは、妻であるグリゼルダと娘のヒルドがカーテシーで二人を迎えていた。
「ご苦労だ、オイレンブルグ公爵」
ディードリヒの言葉にオイレンブルグ家の三人が静かに頭を上げる。リリーナはその横で静かに佇んでいるが、内心ではヒルドに対する申し訳なさが胸を締め付けていた。
今日はそれこそ、前々から約束していた“ヒルドの手作りの庭に訪問する”という目的でリリーナはオイレンブルグ領に出かける予定だったのだが、何の因果かディードリヒが当たり前のように隣に立っている。
ミソラとファリカでさえ、リリーナがこの約束を楽しみにしていることを察し「二人で楽しんでおいで」と単身旅立たせてくれたというのに。まぁミソラは表にいないだけでどこかにはいるのだろうが、それはそれだ。
何にせよディードリヒがこの場に強引についてきたことに対しては疑問しかない。
「早速中へご案内いたします。是非道中に広がる庭もご覧ください、ヒルドが庭師に申しつけてこまめに整えさせておりますので」
屋敷までの案内のため、正門の向こうに広がる庭を歩き出すキーガンたちについていくリリーナとディードリヒ。リリーナはいつもの感覚で正面に広がる庭を眺めながら歩を進める。
庭というのは基本的に他人に見せるために造られている場所なのでじろじろ見回したところで無礼に値しないというのが大きな部分だが、リリーナの場合は自分の花好きが高じてその花々を輝かせる庭を注視するのが癖になっているのも事実だ。
眼前に広がる庭は大人が何人も走り回って遊べそうなほど広く、広い道はレンガで造られている。その道に沿うように花が植えられ、春の暖かさが舞い降りた空の下でどの花も色とりどりに咲き開いていた。少し歩くと奥には大きな噴水が目に入り、噴水を囲むように敷かれたレンガの道のさらに奥にとても大きな屋敷が見える。
一歩進むごとに広がる景色にリリーナは素直に感心するが、同時に少し違和感を感じた。
ヒルドが言うには、彼女の住まうこの屋敷の庭はヒルドが手ずから一人で作り上げたという。しかし少女一人にこの規模の庭を一人で作り上げ、管理できるとは到底思えない。キーガンが庭師の存在を仄めかしていたのでこの庭を管理するのには庭師も関わっているのだろうが、それでも規模が大きすぎるように感じた。
しかしヒルドが自分に嘘をついてまで招くようなメリットは思いつかず、そもそもそういった虚勢を張るような人間には思えない。となると、まだ自分にはわからないことが多くあるようだ。
「広い庭ですので少々お手間をおかけしてしまい申し訳ございません。こちらが我がオイレンブルグ家の屋敷でございます。本日より三日間、できうる限りのおもてなしをさせていただきたく」
屋敷の前にたどり着いて、キーガンはそう一つこちらに頭を下げる。正門より庭を抜けて眼前まで迫った屋敷は、一体幾つ部屋があるのかと思うほど大きなものであった。
見た限り三階建てなのは確実で、少し前に訪問した王家の別荘と遜色を感じさせない。確かにリリーナの実家であるルーベンシュタインの屋敷も大きいものであったが、この屋敷は実家よりも一回り大きな印象だ。
今日から二泊三日この屋敷で過ごすことになるのだが、それに伴ってということだろうか、キーガンはいつもより少し強く緊張しているようにリリーナには見える。
普段城で見かけるキーガンも常に緊張感を保ったような雰囲気でいるが、今日はその気がさらに強いというか、少し硬い印象に映った。
「楽しみにしている、オイレンブルグ公爵。ここのワインは好みだからな」
「それは勿体無いお言葉でございます、殿下。お好きな銘柄をお申し付けいただければご用意いたしますので、その際はご遠慮なく」
キーガンとディードリヒの短い会話を察したように、屋敷のドアが建物の内側に開いていく。その向こうには、エントランスに敷かれた高級と見て取れる生地で作られた赤いカーペットが道なりに広がり、その両脇に沿うな形で百人はいるであろう使用人たちが並んて頭を下げ来客を迎えていた。
「ディードリヒ殿下、ようこそオイレンブルグへいらっしゃいました。本日より三日間、私どもが公爵様のお言葉に従い誠心誠意おもてなしさせていただきます」
寸分の隙もなく整列し頭を下げる使用人たちの最も手前でこちらに礼をする老齢な燕尾服の男性が使用人たちを代表して客人たちに挨拶を述べる。その後でキーガンが合図を出すと、燕尾服の男…執事が最初に頭を上げ、それに連なるような形で使用人たちが頭を上げていった。
「殿下、談話室にご案内いたします。積もる話はそこでいたしましょう」
「いいだろう、案内してくれ」
ディードリヒはキーガンに連れられ談話室へと歩き出す。歩き出しながらディードリヒはこちらに振り向き「後でね」と優しくリリーナに微笑みかけてから去っていった。
「奥様のご予定はございますでしょうか? お嬢様からは温室にルーベンシュタイン様をご案内すると仰せつかっております」
「殿下のおもてなしをお手伝いするわ。ワインセラーを開けましょう」
「かしこまりました」
丁寧に頭を下げる執事を一瞥してから、グリゼルダはヒルドに目を向ける。
「ヒルドはこのままお庭へ向かうのかしら?」
「はい、お母様。リリーナは今日庭を楽しみに来てくれたのです」
「そう、ならとびきりのお紅茶を用意しましょう。貴女のお気に入りがいいわ」
「ありがとうございます、お母様。楽しみにしています」
優しく微笑むヒルドにグリゼルダもまた静かな笑みを返すと、執事を連れ去っていく。その姿を合図に他の使用人たちもそれぞれの仕事場へ向かうため散り散りとなり、エントランスにはリリーナとヒルドだけが残された。
「改めて我が家へいらっしゃい、リリーナ。早速“私の”庭へ案内するわ」
「ありがとう、ヒルド。ですが今通った場所は違うのですか?」
「それはこれからわかることよ。ふふ、きっと気に入ってくれるわ。行きましょう」
ヒルドはリリーナの手を取るとそのまま誘導するように屋敷の奥へと進み始める。リリーナは少し戸惑いを残しつつも、ご機嫌な様子で歩くヒルドに手を引かれたまま歩き始めた。
五巻の終わりの方で立っていたフラグの回収回のスタートですね
少なくともリリーナとヒルドの間では長く話が出ていたようですが、約束をしていたことをはっきり書いたのは前巻だったように思います。間違ってたらすいません
ディードリヒくんのバカが炸裂してとばっちりを喰らうヒルドのパパキーガン
そら王族が来るってなったらいくら偉い貴族ったって当主が出迎えないわけに行かないでしょう、かわいそうに
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