とにかく主導権が握れない(5)
「リリーナの話…そうね、確かに耳にすることは多いわね」
「話になるようなことなどしていないと思うのですが…」
上がった話題に思わず怪訝な表情を見せるリリーナ。自分はどちらかというと地味な方で、話題に上がるようなことなど何もしていないと思うのだが。
「そんなことはありませんわ! この間リリーナ様が通りのお店でお買い上げになったブラウスなど、噂を聞きつけたご令嬢たちによってもう完売しているんですのよ!」
「リリーナが花好きだって広まってから、髪や服に生花をあしらう令嬢が増えたわね。貴女が自室に花を飾るのは有名な話だから、花屋はさぞ儲かっているんじゃないかしら?」
「リリーナ様はその圧倒的カリスマと美貌だけでなく、積極的に貧民への炊き出しにご参加なさったり孤児院への寄付など民により沿った姿勢をとり続け、ヴァイスリリィのご経営も自らの手でと…見るもの全てを魅了し続けていますわ!」
フレーメンでは貧民の多く住まう市域が存在する。基本的には不法建築に強引に住まう者たちだが、そこは首都で働いていたもののその場がなくなりいく当てのない人間たちが集まってできた場所でもあった。
住民票に登録されている者も少なくはなく、国としては安易に蔑ろにするのも難しい存在になっている。
ディードリヒの祖父母の代より少しずつ形成されていった法律と人権にまつわる取り決めにより、最低限首都でならば生きていける…という人間もいるのが現状だ。
リリーナはそういった貧民や、孤児院などの支援をする団体に店の売上から寄付を行ったり貧民地域での炊き出しに参加するといったことを時折行っている。
こういった行いの根底にあるものはリリーナの幼少期の脱走事件と、自らが罪に問われ投獄されていた経験から来ており、常に“自分の目の前にあるものだけが当たり前ではない”という思考から来ていた。
決して自分が全てを解決できるわけではないが、何もしないというのも己の価値観に反する…それがリリーナの行動理念である。
勿論、炊き出しなどの催しには必ず警護がつき場合によっては当たり前のような顔をしてディードリヒがやってくるが。その度にリリーナから「仕事はどうしたのか」と詰められるのは恒例の場面である。
「花が好きだとは確かによく口にしますが、ブラウスの話はどこから広まったんですの? たまたま気に留めて買っただけですのに」
「店員が噂を流したか、誰か見ている人間がいたか…くらいしか考えつかないけれどいいんじゃないかしら? 私もよく似たようなことをされるわ」
「そうなりますと、店頭でものを選ぶのは控えた方がいいでしょうか…店側が混乱するのはあまりいいことではありませんわ」
目立つ服装で平民街などに顔を出すことはないが、貴族街まで買い物に行くことは少なくない。基本的に上位の貴族になればなるほど店側を呼びつけて買い物をすることが多いが、リリーナはこちらに来てから出先で買い物をすることが増えていた。
そうは言っても散財するわけではなく、かといって冷やかしも礼儀に欠けるので立ち寄った店ではいくつか買い物をする程度といったところ。
噂のブラウスは少し考えていた予定があったのでそれに合わせるのにいいのではないか、と購入したものだ。
ついでに言えば髪に生花を飾っている令嬢は確かに何かと見かけていたが、まさか自分が発端だったとは思わず正直に驚く。
見かける令嬢たちは皆愛らしい雰囲気の女性が多かったので自らやろうとは考えていなかったのだが、もしやったらディードリヒが喜ぶだろうか…と、考えないこともない。
「混雑とかそういったことは気にしない方がいいわよ。その混雑がお店の利益になるのは確実だし、それは貴女が一番わかっているでしょう?」
「パンドラの時にはなかったんですか? こっちじゃ公爵家とか王族がお墨付きをつけた、なんて話題に上がったらそのお店が行列なんて当たり前ですよ」
「そういった部分は詳しくありませんわ。故郷では街をふらついて買い物をするというのは、用事がある出先のついでで見かけた店の香水を買う程度でしたから」
「あら、それは勿体無いわね。今度一緒に買い物でもどう?」
「いいですわね。オイレンブルグに訪問した際にでもお店を紹介してくださいませ」
「喜んで、おすすめを紹介するわ」
リリーナは近々ヒルドと約束していた彼女の住まう屋敷に訪問予定である。なので二人はその際の話をしているのだろう。
流れるようにリリーナの予定が一つ埋まる中、ファリカが何気ない調子でイドナに声をかける。
「そういえば、シュピーゲル伯爵令嬢ってリリーナ様のファンクラブに入ったりしてるんですか?」
「はいっ! 会員番号は八番ですわ!」
まるで取り止めのない世間話のような感覚で飛び出した言葉にリリーナは戦慄した表情を向け、ゆっくりと驚きに震える唇を開く。
「ファンクラブ、とはなんですの…?」
「あれ、言いませんでしたっけ? リリーナ様のファンクラブが少し前にできたんですよ」
「ディードリヒ様やオイレンブルグ様など、一部上位貴族、王族の方にはそういった同好の志が集まり輪をなしているようです」
「私は自分のは把握してるわ。特に害もないから放置しているけれど」
聞いたこともない言葉に固まるリリーナに平静な様子で概要を説明する侍女二人と、あえて放置しているとまで言ってのけたヒルド。それに続くようにして自らがそのファンクラブに所属していると明言したイドナが目を輝かせて口を開く。
「去年の最後に発行された会報誌には白百合の育て方が記載されていましたわ〜! 早速屋敷の庭師に声をかけて植えてもらっているのですが、花が咲くのは六月ごろだと聞いているので今から楽しみなんですの!」
「そうね、百合はその頃咲く品種が多いわ。そうなるとリリーナの挙式で使うブーケは白百合が中心になるのかしら?」
「白百合って花言葉なんでしたっけ? 結構大切だって言いますよね、縁起みたいな話で…」
「花言葉は…“純潔”とか“高貴”に“栄華”あたりだったと思うわ。王族の結婚式にならよく合っていると思うわよ」
話は流れるように別のものへ移行しつつあるが、リリーナは未だ見知らぬ文化に脳が追いつけないでいる。
まるで自分だけが知らなかったと言わんばかりの空気には勿論だが、故郷にいた頃に“ファンクラブ”などという言葉を貴族相手に使うなど耳の端にも聞いたことがない。
舞台や映画に出演している俳優などにはそういった“おっかけ”が存在すると聞いたことがあるが、何を考えたら上位貴族にそういった活動を当てはめようと思うのだろうか。
「リリーナ様のファンクラブって今何人くらい会員の方がいるんですか?」
「そうですわね…サロンスペースを借りて集まりを開く程度でしょうか? リリーナ様が皆の憧れであるが故に、自然と輪が広がっていきましたの!」
「結構いそうですね…楽しそうな気がします」
「アンベル伯爵令嬢も如何でしょう? 言葉通りに楽しいですわよ!」
「少し考えておきます、後学に繋がる気がするので」
「見学もできますので私にお声がけくださいませ〜」
ファリカを勧誘できそうなイドナはご機嫌だが、リリーナとしてはファリカがそういった集まりに興味を示すのは珍しいように感じた。
リリーナから見ているとファリカは人当たりが良く付き合いやすいが、一人の人間に大きく入れ込むような印象はない。自分のことも気に入ってくれているのはわかるが、どちらかというと友人としての側面が大きな印象で付き合いがあるような気がしている。
それに、彼女の言っていた“後学のため”とは一体何を指しているのだろうか。もしかしたら、彼女は限られた話題のコミュニティに何か興味があるのかもしれない。
「ファンクラブと一口に言っても、良し悪しのある集まりもあります。ディードリヒ様のファンの方は熱量の高い方が多く、リリーナ様がこちらにいらした時に少しトラブルが起きました」
「私のところの子たちはいい子ばかりよ。誕生日に毎年連名でプレゼントを贈ってくれたりするわ」
「そうなの、ですか…」
一口に同好の集まりと言っても形はそれぞれなのだと感じつつ話を聞きながら、リリーナは去年の出来事をふと思い出す。
ディードリヒと合同で開かれた誕生日パーティで、リリーナ宛に匿名の相手から花束が届いていたのである。特に毒などは見当たらず問題はないと聞いたのでありがたく花瓶に移し部屋にしばらく飾っていたのだが、もしかしてそれはファンクラブとやらに属するものたちから贈られてきたものだったのだろうか。
「リリーナ様のファンクラブの皆様は、リリーナ様があまりことを大きくすることを望んでおられないのをわかっているようで、認知されないよう活動をなさっている方も多いですわ。ですが皆様集まると素敵な方ばかりですわよ」
「人気俳優のおっかけではないのですから、私にそこまでする必要は…」
「そのようなことはございませんわ! 私たちの誰もがリリーナ様の麗しさに夢中なのでございますものっ。会員同士、いつもリリーナ様の纏われたドレスやアクセサリー、お好きなスポーツにお買い上げになられた商品など…いつも話題は尽きないほどのなのです!」
やや自嘲気味に出した言葉を遮って飛び出した熱い思いの数々に驚くリリーナ。正しく熱弁と例えるのに相応しいイドナの言葉には、純粋で高い熱量の感情が込められていた。
それにしても、ディードリヒがこのファンクラブとやらの存在を認知していないとはとても思えない。本人が何を考えてこの集まりを放置しているのかはわからないが、普段の彼ならこういった集まりを許すとも思えずリリーナはそれはそれで何やら薄寒いものを感じた。
「まぁいいじゃない、好かれることに悪いことはそうないもの。普段通りが一番だわ」
「自分を支持してくれる人たちがいるんだなぁ、くらいの認知でいいと思いますけどね? 問題が出てから考えるくらいが気が楽ですし」
「そういうものでしょうか…」
たとえ何か問題があったところでディードリヒが、それ以前にミソラを含めた影の人間がそれを察知しないとは確かに思えない。ディードリヒのことなのでファンクラブ内にスパイを忍び込ませている可能性すらあると思うと、確かに安全ではあるのだが複雑な心境である。
「もし、リリーナ様が私たちの活動に抵抗や嫌悪を感じられているのでしたら、私から皆さんにお話ししておきますわ。少し残念ではありますが…」
「あぁ、いえ…素直に驚いている、というのが最も正しいですわ。支援してくださる方々がいるのはとても嬉しく思っています、ありがとう」
「では、このままファンクラブとしての活動をお認めいただけるということですの!?」
「構いませんが…他の誰かにご迷惑のないように行動してくださいませ」
「ありがとうございます! リリーナ様のお言葉は責任を持って私が皆様にお伝えいたしますわっ!」
言葉に嘘はないのだが、イドナの喜び様が予想を上回っていてリリーナは少し驚く。喜んでもらえたならいいか、と思う反面本当に他人の迷惑になるような行動は取らないでほしいとは思った。
恋人はすでに犯罪者なのだと思うと、これ以上同じ穴の狢を増やしたくはない。
「そういえば…」
リリーナが若干苦い顔でディードリヒに対し頭を悩ませていると、不意にイドナがそう言って辺りを見回し始める。
「どうかしましたか?」
「今日は折角の機会ですので、お土産を持ってきていたのです。皆様持ち寄られるとは思ったのですが、シュピーゲルの伝統菓子を味わっていただけたらと思いまして…従業員に渡しつけてありますので、すぐに出てくるとは思うのですが」
今日この場を用意したのはリリーナだが、ここは貸し出し式のサロン用スペースだ。なのでセッティングなどはリリーナの要望に従いつつスペースの入っている建物の従業員の手によって行われている。
イドナは持ち寄った菓子をこの部屋に入る前に従業員の一人へ渡しつけ、時期を見て出してほしいと頼んであった。そのことを思い出したイドナが部屋に待機している従業員の一人と目を合わせると、従業員は静かに頭を下げる。
「お申し付け通り、お支度はできております。皆様お持ち寄りになった品は全ていつでもお出しできますが、ご歓談の空気でしたので時期を伺っておりました。すぐにお持ちいたします」
「ありがとう、そうしてちょうだい」
「よろしければ、お紅茶も新しいものをご用意いたします。少々お待ちくださいませ」
従業員はそう残し一度頭を下げると静かに部屋を立ち去った。その姿を見送ることなく視線を正面に戻したイドナはにこりと笑いかける。
「お騒がせいたしましたわ。ですが絶対におすすめの品ですので楽しみにしてくださいませ!」
「ありがとうございます、イドナ様。私もささやかながらお茶菓子をもう一つご用意しました。こちらは先日故郷の商人より買い上げたもので…」
イドナの言葉を皮切りに、それぞれが持ち寄った菓子の話に移行していく。楽しげに弾む少女たちのお茶会は、まだ始まったばかりのようだ。
はいということで長らくお待たせいたしました、冤罪令嬢連載再開及び六巻スタートです
一ヶ月以上更新ができていなかったと思うのですが、プライベートが立て込んでしまいご迷惑をおかけしました
今後とも作品と作家をよろしくお願いします
中身の話をしますと、とりあえず初っ端から5話構成って何事?
書いてるこっちは楽しいし世界が深まるしいいことづくめですが文章量がすでにえげつないと公表しているようなモノですね。ちなみに縦式くんの言う六巻の総文字数は20万文字を超えております。あほかな
長くともテンポよく読めるよう意識をして書いておりますが、いかんせん話が長いし1話頭の登場人物も多かったりすることも増えてきたので…わかりにくかったら申し訳ないです
お話としては五巻のラストで始まったお茶会の中身を描いた感じでしたね
ここは「書かなくてもいいかなって思ってたけど相方が『書いた方がいい』って言ったので書いてみたら思いの外重要だったシーン」シリーズです。相方にはいつも助けられています
自分が主催なのに引っ掻き回されてるリリーナ様かわいそうではあるんですが、彼女に進行を任せると絵に描いたような令嬢の優雅なお茶会になってしまいわざわざメンツが身内である意味がないので、そんなこったろうとヒルドが引っ掻き回し周りがそれに乗っかった形です
まぁ、ヒルドは若干人を揶揄うのが趣味みたいになってるので適任だったのかなとは思います
そしてファリカのコミュ力の高さで緊張がほぐれていくイドナ。ファリカとヒルドのコンビネーションはこういった人の集まる場に適していますね。方向性は違うものの、二人が本当の意味で社交慣れしていることがよくわかります
リリーナはあぁいったことは向きません。逆に少し硬い空気を作って周囲を律することで「みんな同じだから気にしなくていいよ」って言外に伝えるやり方をするので、本来彼女の主催するお茶会はもっと意識高い感じになります
そういう意味でも、リリーナにとってはいい変化かなと思っています
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