とにかく主導権が握れない(4)
「でも結婚に関する話をし始めたらリリーナもじゃない。いつになったら式を挙げるの?」
「現状では六月を予定していますわ。シーズン中でなければ大きな式を挙げづらいですから」
議会が始まり、本格的な社交シーズンが訪れるのは四月の中頃からである。だが遠方から議会に出席するため首都へ移動してくる貴族は多い。そのためシーズンの開幕早々に大きな予定を入れるのは避けようということになり、結果的に時期としては中頃に当たる六月に結婚式と籍入れを行うことになっているのだ。
シーズンの開始から少し間を置き、長い移動にと議会の開始によるばたつきが収まった辺りで客人の招待など諸般の物事を済ませるのが行動の時期としては丁度いいだろう。
「式のご予定がもうお決まりになっておりますのね! 羨ましいですわ、私も早く許嫁と婚約まで進めると良いのですが」
「イドナ様には許嫁の方がおられますの?」
「はいっ、トロイメライ伯爵家の次男様であるアーバン様ですわ。とても博識でお優しい方ですのよ」
柔らかな笑顔で話をするイドナの姿に、リリーナは彼女と許嫁は穏やかな関係性なのだろうと感じた。結婚というと自由恋愛の末にとは限らないこのご時世において、相手との関係性が良好なものであるというのは素敵なものだと言える。
一方、そんな二人を見ていたヒルドとファリカが苦々しい表情で視線を逸らす。
「どうしたのです、二人とも」
今の会話のどこにもそのような顔をする要素はなかったと思うのだが、と素直に疑問を口にしたリリーナに二人は静かに肩を落とした。
「いやぁ…」
「察してちょうだい。私に至っては公爵家の娘なんだから」
ヒルドの言葉にリリーナとイドナは静かに話を察する。要は年齢や立場に対して未だ婚約者のいない二人は、イドナの話に危機感を思い出した…ということのようだ。
「そうですわね…ファリカは勿論ですが、ヒルドに至っては体裁がつかないのではなくって?」
「まったくよ。かといって同じ公爵家と籍を入れるわけにはいかないし…見合う男を見つけるのって難しいのよ」
リリーナの言葉にヒルドは心底疲れたような、“やれやれ”といった様子で首を振る。しかしその様子にファリカが素直な疑問を口にした。
「同じ爵位の家なら体裁は良さそうですけど…シュヴァルツヴァルト公爵とか」
「基本的に公爵家は同じ爵位で血を繋げないのが暗黙のルールなの。そうでなくともオイレンブルクの家に必要なのは婿養子だから、すでに爵位を継いでる上男児が一人しか産まれなかったあの家は数に入らないわ」
「あぁ…確かに」
フレーメンには現在五家の公爵家が存在する。それぞれが国営に対し深い関わりを持つ役割を担っているが、その五つという数ですら戦争や疫病という大きな災禍を経てその数を減らしている状況だ。
そしてそれぞれが大きな役割を担っているが故に、権力の分散という点を含めて同じ爵位の家での婚姻は良しとされない。
現在フレーメンに存在する五つの公爵家の中で二つの家が最も歴史が古く、かつてある事情を経て侯爵の位まで落ちたもう一つの家を含めた三家が王国の歩んできた道筋を深く支えてきた。おかげでオイレンブルグ、シュヴァルツヴァルト、そして元公爵家であるさる侯爵家が“三大公爵家”と呼ばれている。
貴族の家というものは家としての歴史を重視する考えが強いため、ヒルド・オイレンブルグと家の爵位が見合う上で歴史も見合うとなると、必然的にファリカの頭に出てきたのがシュヴァルツヴァルト家であった。
だが、暗黙のルールに相手がすでに爵位を継いでいること、さらに婿養子は基本的に下位の家からとるのが一般的であることも踏まえ、必然的にシュヴァルツヴァルト家は候補から外れてしまったのである。
「お父様が病に伏してしまったから仕方ないのはわかっているけれど…こういった時だけは弟か兄がいたら楽だったのに、なんて思ってしまうわ」
ヒルドの父であるキーガン・オイレンブルクは、ヒルドが幼少の時に病で睾丸を無くしており、そのためヒルドには兄弟が存在しない。なのでキーガンはヒルドが王家に嫁いだ際は遠縁の人間を継承者に据えようと考えていた。
しかしその遠縁の人間も病弱で体が弱く、結果的にヒルドが王家に嫁ぐこともなかったので、現状オイレンブルク家の存続はヒルドに全てかかっている。
「ですが、オイレンブルグ様に相応しい方などいるのでしょうか…? 伯爵家以下ならば母数も多く相手を見つけやすいですが、オイレンブルグ様に見合うかどうかとなりますと…」
「私もイドナ様に同意しますわ。そういった意味ですと、ファリカはもう少し融通が効くわけですから社交に出て相手を見つけてくるべきですわね」
「え、急に私!? でもまぁほら、私はリリーナ様の侍女っていう栄誉あるお仕事がありますし…」
あはは…と苦笑いで誤魔化そうとするファリカに静かな声が鋭く入り込んだ。
「リリーナ様のお世話は私が長く担っておりますのでお気になさらず」
「ほら、ミソラもこう言っていますもの」
「うっ、でもミソラさんも相手が必要なんじゃないですか?」
「私は婚約者がおりますので」
「そうなんですか!?」
さらりと当たり前のように返したミソラだが、実際は婚約者などいない。ついでに言うならば、家は兄が継ぐのでミソラ本人は結婚する気もなく仕事を続け生きようと決めているが、それはリリーナも知らない事実である。
「そうは言っても、結婚なんて現実味がなくて…」
気まずそうに目を閉じるファリカ。年齢的にこのままでは行き遅れになってしまうとわかってはいるものの、自分が誰かと人生を歩むことに現実味もなく踏ん切りがつけられずにいる。
異性に声をかけることに過度な抵抗があるわけではないが、結婚という結果を意識して行動するのに抵抗があった。
「わかるわファリカさん。でも、いくら面倒でも身を固めないといけないのが女なのよ…。今度私の付き添いで舞踏会にでも行く?」
「えっと…考えておきます」
ヒルドの言葉が気遣いであることはわかりつつも、ファリカにはぎこちない笑顔を返すのでいっぱいだ。
大変ありがたい申し出なのだが、どこからどう見ても美人と形容できる女性と行動を共にしても、自分では添え物にもならない。リリーナと行動するようになって痛感したことを繰り返すのは心にくる。
「オイレンブルグ様は、ご結婚に前向きではないのでしょうか?」
「今はやりたいことがあるもの。結婚なんてことになったら時間を使えなくなってしまうかもしれないでしょう?」
「ご趣味ということですの?」
「そうよ、ガーデニングが趣味なの」
「まぁ、それは素敵なご趣味ですわ!」
自分が素直に問うた言葉に対する回答に、イドナは明るい表情を見せた。
だがイドナがある事実を知ることはないだろう。ヒルドの言う“ガーデニング”は、ヒルド本人が自らつなぎを身にまとい、泥だらけになりながら土の選別から植物の配置にまでこだわっているという事実を。
このこだわりが詰まった趣味ではあるが、実はヒルドはこの趣味に関して母親からあまりよく思われていない。危険が伴う作業を自分の手で行っていることが理由なのだが、今の状態で結婚などした日にはそれを理由に庭に手をかけるのを止められてしまうかもしれないとヒルドは危惧している。
そんな生活はごめんだ、と心から考えているヒルドとしては結婚に向かって前向きな感情を抱けないでいるのだ。
「趣味といえば、シュピーゲル伯爵令嬢は好きなものや趣味はある?」
「はい、私は自分が気に入ったものを集めるのが趣味ですわ。最近はガラスの小鳥を集めるのに凝っていますの」
「ガラスの小鳥?」
「えぇ。ガラス製品において小鳥をモチーフにしたものはとても多いですわ。理由はいくつかあるとは思うのですが…よく見るとそれぞれ個性があって可愛いんですのよ!」
造形品などにおいて小鳥というのはなんともありきたりなモチーフ故に数が多い。だがそんな何気ないモチーフにも商品ごとの個性や違いが存在する。イドナはそういった細やかな差異を楽しんでいるようだ。
「ついこの間もガラスの小鳥の装飾が取っ手になっている小物入れを購入しましたわ。鳥には詳しくないので種類がわかるわけではありませんが、とても愛らしいんですのよ!」
「素敵な趣味ですね、シュピーゲル伯爵令嬢は普段からガラス製品を集めてるんですか?」
「いいえ、そういったわけではありませんわ。ただ最近凝っているというだけですが、確かにシュピーゲルのガラス製品の魅力はたくさんお伝えできますわよ!」
イドナは一つ言葉を紡ぐたびにころころと表情を変える。先ほどのやりとりを経て大分緊張がほぐれているようで、リリーナは少し安心した。
かといって先ほど自分をダシにされたことは許していない。何故自分で墓穴を掘ったわけでもないのに恥をかかされているのか。これ以上態度に出すつもりはないが、そのうちヒルドにはケーキでも買ってきて貰わねば気もすまない。
「先日も思いましたが、イドナ様は本当にお住まいになっている土地を愛しておられるのですね」
「はいっ! 今年は早めに離れてしまいましたが、領地の皆で作り上げたシュピーゲルのガラス製品はどこに出しても恥ずかしいものではありません。私はお父様とたくさんの工房を見て、職人たちのガラスに対する真摯な姿勢を見て育ちましたもの、それに報いるためにももっとシュピーゲルを盛り上げたいと思っていますわ!」
イドナの言葉は力強く、はっきりと胸を張っていた。この意思の明確な強さこそがリリーナがイドナを気にいる理由であり、ここに呼んだ理由でもある。
リリーナはちらりとヒルドへ視線を向けた。その視線にヒルドは納得した様子の小さな頷きと視線で応える。
「すごいですね、シュピーゲル伯爵令嬢。私は領地を大きく盛り上げようなんてところまでは考えたことがないです」
「ありがとうございます、アンベル伯爵令嬢。ですが私などリリーナ様に比べれば蟻のようなものですわ、日々リリーナ様のお話を耳にする度に上を目指されている方なのだと痛感しますもの」
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