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とにかく主導権が握れない(2)


 ちらり、とヒルドはミソラに視線を送る。ミソラはその悪戯な視線に対して、至って冷静に自らの視線を返した。

 強いていうならば、自分が令嬢扱いされることにミソラ自身は慣れていない。それ故に僅かに反応が遅れた。


「私ずっと貴女のことが気になっていたの。確かに沈黙は美徳だけれど、貴女の話も聞いてみたいわ」


 ヒルドの言っていることに間違いはない。基本的にミソラが自発的な発言をすることは極端に少ないのが常だ。リリーナやファリカ、ディードリヒなど彼女の砕けた様子を知っている人間には喋ることもあるが、それでも彼女が口を動かすことは少ない。


 自分が主催しているはずのこの場でヒルドがあまりにも自由なためそろそろ止めに入ろうか悩んでいたリリーナですら、ミソラの反応に対する好奇心が勝り口を噤んでしまうほどには。


「私程度の意見でよろしければ。ですがあまり話が上手い方ではありませんので、皆様の空気を害したくはなく…」

「優しいのね、もっと冷たく返されてしまうと思っていたわ。だけど今日はいい機会だし貴女の話を是非聞きたいの、貴女が一番リリーナと長くいるのでしょう?」

「…一応、それなりに長くお仕えさせていただいております」


 ミソラの曖昧な返しに、ヒルドはにこりと微笑む。そのまま「ねぇ、なら…」と含むような言葉の切り出しにリリーナは嫌な予感がして、止めに入ろうと口を開きかけた時、


「貴女、リリーナの苦い過去とか知らない?」


 ヒルドは確かに、そう言いながら明るい笑顔を見せた。

 驚いたあまり空いた口が塞がらないリリーナとファリカを他所に、ミソラはヒルドに視線を送ったまま沈黙を貫いている。


「ヒルド! 貴女は急に何を言い出すんですの!?」

「だって、貴女そういうこと話そうとしないじゃない。こんな時でもないと機会がないんだもの、たまにはいいでしょう? ここには身内しかいないのだから」

「今日の主催は私でしてよ!?」

「勿論私のも話すわ。それに“苦い過去”なんて大袈裟に言ってみたけど、実際知りたいのはうっかりとか、小さなミスとか、直らない癖とか…そんな小さなものだもの」


 混乱したままのリリーナにヒルドは何事もなかったかのように笑いかけ続けているが、リリーナとしては予定が狂いに狂っているのだから混乱するのも無理はないだろう。

 本来リリーナの予定では、少なくともこんなにてんやわんやと引っ掻き回される予定がなかったのは事実だ。


「シュピーゲル伯爵令嬢も気にならない? リリーナって完璧に見えるもの。でも同じ人間ならうっかりくらいあるはずだわ」


 イドナに視線を向けたヒルドは混乱したままのリリーナを楽しむような様子で悪戯に笑っている。対してその視線を受けたイドナは“なんと返したものか”と少し困惑したような目線を返した。

 そして好奇心と躊躇いの中で揺れる心境の中で出た答えを、イドナははっきりと口にする。


「き、気になりますわ! 勿論私のお話もいたしますので!」

「イドナ様!?」


 予想外にも話の雰囲気に乗ってきたイドナに驚きを隠せないリリーナ。その様子を見たヒルドは満足げに口角を上げると、そのままファリカへ視線を移す。


「ファリカさんもいいわよね?」

「いいと思いますよ。せっかく身内ですから」


 問われた言葉にファリカは軽い調子で返す。どうやらファリカにはヒルドの行動の魂胆がわかっているようだ。

 ミソラは四人の様子をしばし眺めた後、どうやら多数決の結果は出たようだと察しゆっくりと口を開く。


「リリーナ様の苦い思い出、ですか…」

「そうそう。ちょっと意外な癖とかでもいいわよ」


 ミソラの反応に対してヒルドは言葉を付け足し、ミソラはそこから少しばかり考えるような仕草をとる。そしてその姿をリリーナは戦々恐々と見つめていた。


「思い出というより癖に近いものですが、リリーナ様は基本的に寝起きが悪いです」

「ミソラ貴女!」

「こちらがお声がけをするまで夢の中にいらっしゃることが多いですし、お身体を起こされても意識が明確になるまでしばしお時間がかかります」

「それは少し意外ね、明け方に起きて運動でもしているようなイメージだったけれど」


 顔を赤くして怒っているリリーナを他所に、ミソラは何食わぬ顔で紅茶を飲み下している。そしてそんなミソラから飛び出た言葉にヒルドが少し驚いたと素直に口にすると、補足するようにファリカが口を挟んだ。


「リリーナ様の寝起き姿って、ずーっとぼーっとしてますよ。こっちが声をかけてもふわふわ〜っとした返事が返ってくるだけで、目の前に出されたことはできるけどずっと夢現みたいな」

「そ、それは、かわっ…!」

「貴女たち! 本人が目の前でしてよ!」


 思わず想像したイドナから隠せないときめきが口から出た一方で、リリーナは羞恥に身を焼き怒りで震えている。そんな彼女を宥めるようにファリカは視線をリリーナに移した。


「怒らなくてもいいと思いますけどね? 可愛いですし」

「確かに苦味があるかと言われると…可愛いって感じよね。他にはないの?」

「そうですね…昔でしたら忘れ物が多い方だったのですが」

「リリーナ様がですか!?」

「ファリカ、貴女は私をなんだと思っているんですの…」


 思わず呆れた声が溢れるリリーナ。自分もあくまで人間だと思うと、ミスをしない人間だと思われるのも複雑だ。


「完璧超人じゃないんですか?」

「ディードリヒ様のようなことを言わないでくださいませ。第一、貴女は私の生活を間近で見ているではありませんか」


 リリーナの日常には常にダンスや姿勢、歩法などを確認するための時間が設けられている。明らかに目に見える部分であるが故に、高い完成度を誇るそれらの維持を怠ることは許されない。


「できることを維持するのとできるように進んでいくのは意味が違うじゃないですか」

「言いたいことはわかりますが…」


 あくまでリリーナが上等な人間であると言いたげなファリカの言葉に苦い表情を返す彼女の様子をみたミソラは、リリーナの言葉を肯定するようにまた一つ思い出を口にする。


「懐かしいですね、かつてバイオリンの公演会当日にメモまみれの楽譜をお忘れになったことがありました」

「あ、あれは忘れたのではなく持っていかなかったのです!」

「真っ黒になるくらいメモだらけでしたもんね」

「やめなさい掘り返すのは!」


 ミソラはすっかりリリーナを揶揄う方向に反応をシフトしたようだ。長い付き合いゆえに、リリーナが何を掘り返したら嫌がるかをよく理解しているのがミソラでもある。すっかり赤い顔に戻ったリリーナを見た彼女は内心静かにニヤついていた。


「あら、努力家なのは本当なのね」

「ずっとそう言っているではありませんか。どれだけ話に信憑性がないと思われているのですか私は」

「そう思われるのでしたら未だにお忘れ物は直りきっていないようですし、信憑性はこれで上がるのではないでしょうか」

「あー、確かにリリーナ様って忘れ物多いですよね」

「前日『確認した』と豪語なされたお荷物が当日になって何か一つはない、は常ですね」


 そうは言っても、大事なものを忘れるのではなく櫛や浴室で髪を纏めるための紐など代用の効くものが多いのだが。

 ここだけの話、ミソラがリリーナに黙ってくすねてディードリヒに送りつけた私物に普通ならすぐ気づきそうなものなのだが、リリーナは自分が何かと忘れものをしたりすることを自覚していたのでなにかと“自分のミスではないか”と割り切ってしまっており、かつ“そのうち見つかるだろう”と深く考えない癖がついてしまっていた。


 それ故今でもリリーナは故郷で紛失したまま見つからなかった私物にあまり執着していない。無くすのは基本的に代えの効くようなものが多かったのも作用していたのだろう。

 この間ディードリヒに櫛をくすねられたのを尋問したのは、あの櫛が彼女の特筆したお気に入りであった故に目に届く場所に置いていたものであることと、そもそもディードリヒがリリーナが越してきて少ししたタイミングで自分から溢してバラすという迂闊な行動をとったせいである。後からこの話題についてリリーナから問われたミソラはディードリヒに対して心底呆れた感情しか抱けなかった。


「それを言い始めたらミソラもついこの間何もない場所でよろけていたではありませんか。私の後ろを歩いているからといって気づかないなどないんですのよ!」

「あら、見られていたのですか。お恥ずかしい限りです」


 口ではそう言うものの、そこに感情の機微はなく、表情に変化もない。つまりリリーナの言葉はミソラにとって打撃には至っていないようだ。いつものことだが。


「私も確かにリリーナの忘れ物は見たことあるような気がするけど…なんだったかしら? まぁどちらにせようっかりしたミスなのは確かね」

「次はヒルドですわよ! 言い出したのは貴女なのですから」


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