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大切な友人と、これから友人になる相手(1)

 

 

 ********

 

 

 友人が「おすすめ」と言って使用人に淹れさせた紅茶に口をつけると、確かに絶品であった。一見スタンダードな茶葉の香りに感じるのだが、後味のキレがよく茶菓子の甘さを綺麗に流してくれる。単体では少し物足りないものなのだろうが、今日は互いに茶菓子を持ち合って集まろうと事前に決めていたのでピッタリな代物と言えるだろう。


「リリーナ、流石にそろそろ時間に融通が利くわよね?」


 そんなことを、友人であるヒルドが唐突に言い始める。だが彼女の言いたいことは一つではないだろうかとリリーナは考えた。


「貴女のお屋敷のお庭の話でしたら、今日お話をしようと思っていましたわ」

「それなら話は早いわ。感謝祭も終わって年も明けて…もう少しすれば春だもの、一番綺麗なあの子たちをリリーナに見せたいわ。だから少し早くても今から予定を決めておきたいの」


 ヒルドの趣味はガーデニングである。それも自ら作業着に着替え軍手を嵌め、じっくりと土を厳選するところからというほどこだわりが強い。

 平民の生まれだったとしたら庭師になりたかった、といつかに言っていた彼女の思いは強く、危険なものでなければ虫に触ることができると言っていた。なのでリリーナは「自分には一生無理だ」という旨を話したのを思い出す。


「なんだかんだと予定が詰まってしまっていて行けていなかったのは申し訳なく思っていますわ。オイレンブルグ領に行くとなりますと流石に泊まりがけになってしまいますから」

「そんなにうちに周るところなんてあるかしら? お店なんて首都とそう変わらないもの、それ以外なんてぶどう畑しかないわよ?」

「そのぶどう畑が重要なのですわ。本当はワイン祭りも行きたいのですから」

「ワイン祭りねぇ…楽しいけど貴族が行ってもやることないわよ。貴賓席で楽しそうな平民を眺めさせられるだけだもの」


 オイレンブルグ領は、ヒルドの実家がある公爵領である。広大な規模の土地で行われる農耕はワインを生産するためのぶどうが栽培されていることが多く、領内で生産されたワインが有名だ。


 ぶどうの収穫時期に行われるワイン祭りは、機関車に乗って領の外からも観光客が来るほど賑わい、ワインを作る際に着る伝統的な衣装を借りてぶどうを樽の中で踏み潰す体験などができる。


 だが、そういったことができるのは基本的に平民の観光客かそれに紛れた貧民程度でしかない。ヒルドも子供の頃は楽しくぶどうを踏めると思っていたが、実際は「危険だ」と言われてぶどうジュースを飲みながら楽しげな平民を眺めて終わった。

 暇なあまり帰りたくとも両親は社交に忙しいので帰れる訳もなく、ただ不満が募るだけで終わったのでそれ以来彼女はワイン祭りという興行に期待していない。


「ふむ…」

「?」


 だがリリーナとしては今の話に思うところがあったようだ。何やら考え事をしているその姿をヒルドは不思議そうに眺めている。


「いえ、少し算段をつけたいことができましたわ。ですがそれは今度でよいのです」

「そう? なら庭の話に戻りたいわ」

「えぇ、水を差してごめんなさい」


 リリーナの花好きを聞いてから、ヒルドはずっと彼女に「庭を見てほしい」と誘っていた。

 話によればオイレンブルク家お抱えの庭師と共に一から作り変えたほどの気合いの入れようで、ヒルド自身も大変気に入っていると自慢げに話してくれたので、リリーナも噂の庭を眺めることができるのを楽しみにしている。


 ただ、リリーナとしては“せっかく行くなら蜻蛉返りはしたくない”、と言ってあちこち周ろうとしていたので時間が取れずずるずる延期が重なっていたのだ。

 延期の話に関してはリリーナ自身申し訳ないと思っているが、友人の実家に向かうなど初めてのことなので余計に欲が出てしまったような…気がしなくもない。口に出していることも本当ではあるのだが。


 しかしこれから春になるということは、まさに花咲く季節を迎えるということになる。ヒルドの住む屋敷の庭はさぞかし華やかな光景を見せてくれることだろう。そう思うと今から楽しみで胸が鳴った。


「絶対に後悔させないわ。私の自慢の庭だもの!」

「それは楽しみですわね、話に聴いていることだけではわからないことも多いですから」

「そうそう、本当にそうよ。かといって写真は我慢しているの。初めて見た時の感想が知りたいから」

「それは期待値ばかりが上がってしまいますわ、よろしいんですの?」

「勿論。お母様には悪いけど一生やめられないくらい好きなことだもの、必ず期待に沿ってみせるわ」


 そう言って得意げに笑うヒルドは、普段の冷静な印象と違い年頃の少女のような印象である。

 本人がそのことに気づいているかはわからないが、ガーデニングや草花の話になると彼女は砕けた様子を見せてくれることが多い。


 リリーナから見ても、ヒルドがそれだけ今の趣味に熱を注いでいるのがわかるのと同時に、何気ない表情を見せてもらえるほど信頼してもらっているのだと感じることができた。


 ただでさえ彼女自慢の庭を見に行くことでさえ予定が延びてしまっているので、この件のお詫びと普段のお礼を兼ねて何かできたらいいのだが。


「春、一番の見頃に伺いますわ。少しずつ時間を合わせていきましょう」

「今度は絶対よ? 楽しみにしているのだから」

「勿論ですわ、私も楽しみにしていますもの」

「ならますますお手入れに力を入れないといけないわね。今は一週間に一回しか帰れていないから…もう少し間隔を縮めようかしら」

「いくらオイレンブルグ領までは機関車で行けると言っても、無理はしないでくださいませ」

「あら、それ自分に言ってる?」


 心配したはいいものの、さらりと返されてしまって何も言えなくなってしまった。つまるところヒルドから見れば自分の方が余程張り詰めているらしい。

 リリーナは何も言い返せないのを誤魔化すように紅茶を一口飲み下し、そのまま話題を切り替えた。


「そういえば、と言うと少し失礼ですが…次の“お茶会”、無事イドナ様をお誘いできましたわ」

「あらそうなの? よかったじゃない」

「貴女と私の仲となりますと、流石に有名ですわね。ですが春はもうすぐそこですわ、貴女とイドナ様は私のお茶会に是非お呼びしたかったんですの」

「勿論よ。リリーナは私の大切なお友達だもの、有名なくらいが丁度いいわ。でも私でよかったの?」


 ヒルドは言外に“自分には影響力がない”と言いたいのだろう。

 確かに彼女が次期王妃候補として最も有力である、という立場には強い影響力があった。彼女が得るであろう権力に取り憑いて甘い汁を吸おうと集まってきた者や、彼女の懐に入れと言われた令嬢は少なくない。


 結局ヒルドの懐に入れた令嬢などいなかったのも事実だが、嵐のように現れたリリーナの存在によって彼女の影響力は明らかに薄れていったというのも事実だろう。

 だが公爵令嬢という立場は変わらず、彼女が強い影響力を持っているうちに積み重ねてきた評判は残っている。それ故にヒルドの発言には変わらず強い影響力があるのも明らかだ。


 そして現状のリリーナとの友好はヒルドとリリーナ、双方の印象の良さを高めるのに強く影響している。結局のところ、ヒルドはまだ自分を卑下するには早いということだ。

 とはいっても、リリーナが彼女に求めていることはそのような浅い価値ではない。


「まぁ、貴女と私の親交がそのような下賤な話のためにあると思われるのは悲しいものですわ…。私は純粋に友人と、これから友人となりたい方をお呼びしただけですのに」

「シュピーゲル伯爵令嬢は商売半分でしょう? そうなると、私と貴女の前に呼ぶのは少し可哀想じゃないかしら?」

「私はいつから商人になったのでしょう? 確かにヒルドには迷惑をかけたと思っていますが、私がイドナ様をお呼びしたのは個人的な親交のためですわ。利のあるやりとりであるのは…もう過ぎた話ですわね」

「迷惑だなんて思ってないわ、私と貴女の仲だもの。でもそんなに貴女が気に入る子なんて…妬けてしまうわね」


 ヒルドはリリーナに向かって“物珍しい”と言わんばかりの視線を送っている。それに対してリリーナは堂々と微笑んだ。


「イドナ様とはとても有意義なお話をさせていただきましたわ。彼の方は自分の住む領の強みを理解しておられましたもの。おかげで潤滑に、かつ実りのある話し合いでしたわ。そういう利発な方は素直に好感が持てます」

「シュピーゲル伯爵令嬢がねぇ…少し話したことがあるけれど、いかにも若い女の子を絵に描いたような印象だったわよ?」


 ヒルドは過去の記憶を掘り出しつつ、リリーナの話にやや違和感を覚える。ヒルド自身の記憶では、やはりイドナに利発なイメージはない。


「先日、シュピーゲル領のガラス製品についてお話をさせていただいたのですが…切り出したのがこちらだっただけで積極的なお話は彼女がしてくださいました。その上で互いに利益のある状況を探ってくださったので、想定以上と言ったところでしょうか」

「貴女にしては評価がいいじゃない。そんなに気に入った?」

「想定と言っても、所詮私の尺度でしかありませんもの。貴女の言う通り、私も普段からイドナ様に利発な印象があったわけではなありませんでしたので“想定以上”の評価、という話です」


 リリーナは涼しい顔をして紅茶を飲み下している。その姿にヒルドは小さく微笑んだ。

 ヒルドはリリーナのこういった側面を気に入っている。他人を見て計算しながら動いている割に、リリーナの中の相手に対する評価は常に更新されていく。利用するからこそ相手を軽んじて終わることがない。


 必要な場面であれば相手を正面から評価し、その上でまた話を構築する…それは人を動かすには確かに必要な素質だとヒルドは思っていて、リリーナにはその能力があると彼女は感じている。


「そんなに期待してなかったってことは、最初は本当に利用だけするつもりだったってこと? 悪い女だわ」

「利用というほどではありません。確かに建設的な話し合いができればいいとは思ってしましたが…最初の目的としては、シュピーゲル伯爵本人に仲介していただくことでした」

「本当に?」

「イドナ様はヴァイスリリィの常連様で、こちらに好意を抱いていてくださっていました。なのでお話をすれば、具体的な話まではいかなくともシュピーゲル伯爵に繋いでもらえるのでは、と考えたのです」

「それを“利用”って言うんじゃないかしら?」


 ヒルドの言葉に、リリーナは少し眉を顰めた。ヒルドは自分がリリーナの揚げ足を取るような発言をしているとわかった上で、不機嫌な彼女を楽しんでいる。


「それは否定できませんが…イドナ様を軽んじてお話をしたわけではありませんわ。彼女の存在を脇に置いてシュピーゲル伯爵と話をしようなど、無理だとわかっていますもの。それに、元々常連様としても彼女にはとても感謝しています」

「…貴女、甘いって言われない?」

「そうですわね、慣れましたわ」


 甘いなど、何度似たようなことを言われたことか。

 自分は危ない橋を渡るほど愚かな人間でないというだけなのに。物事というのは安牌が取れるように本来進めるものであり、そのためならば多少甘いと言われようが丁寧な行動をとった方が利益が出る。そのほうがあとぐされもなくリピートもしやすい。


 リスキーなやりとりや非情な行いというのは、必要な時にやればいいのだ。自分は綱渡りに快感を覚えるほど逼迫した状況でもなければ頭のネジも飛んでいないのだから。


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