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夢か現か幻か(1)

 

 

 ********

 

 

「「…」」


 帰ってきて早々、リリーナはディードリヒの部屋に連れ込まれる。一瞬、婚前にはやってはいけないことを想像したが、相手の様子を見るにそんな軽薄なことではなさそうだと口を閉じた。


 彼は部屋にリリーナを入れてベッドに腰掛けると、そのままリリーナを膝の上に乗せて彼女の胸に顔を埋める。同時に腰に腕を回して離れないようしっかりと固定したまま、何も話さなくなった。


(これは、一体…)


 困惑するリリーナ。

 今までも奇怪な行動ばかりとってきたディードリヒではあったが、今回は一言話すこともない。これは一体どういうことなのか…。

 何かを手放すまいと自分に抱きつくディードリヒを見ながら、リリーナの手がそっと彼の黒に近い紺の髪を撫でるも、特に反応はなかった。


「…」


 ただ、しばらくそれを続けていると、もぞり、と音を立て相手の頭が少しばかり動く。


「ディードリヒ様…?」


 リリーナの声に、ディードリヒは「ん…」と短く返事をして顔を上げる。彼女が見た彼の瞳は、久方ぶりに自信のないような様子であった。


「如何なさいましたか?」


 彼女の問いにディードリヒは視線を逸らす。その代わりと言わんばかりに彼は彼女の腰を抱く腕の力を少し強めた。


「…私がいなくなると思いまして?」

「いや、違うよ…」

「では…何が貴方を恐れさせるのでしょう?」


 彼に問いはするものの、リリーナの中では彼の返答についてある程度予想はついている。

 それはここ最近よく言っていたことでもあり、自分もまたどこかで感じていること。


「なんていうのかな…夢みたいなんだ」

「…」

「リリーナが僕を受け入れてくれる度に、初めから夢だったような気がする。特にこの間とか…今日とか」


 ディードリヒの言葉にリリーナは何も答えなかった。彼女は彼の言葉をただ静かに待っている。しっかりと、相手を見つめて。


「ふとした瞬間に怖くなる。君が僕を好きだと言う度に、今見えてるのは死後の夢なんじゃないかって。それなのに今日…」

「…」

「今日、君が…また一つ僕を認めてくれた」

「お嫌でしたか?」

「まさか、だから困ってるんでしょ。わかってるくせに」


 返ってきた声音は確かに困っているようで、少し不貞腐れたように怒っている。ただ確かに、彼の言う通りリリーナの発言を彼が嫌がっているなど、彼女も微塵も感じていない。

 ただ、意地の悪いことを言った自覚はある。


「おかしいと思わない? 何年も思い続けてきた女の子が目の前にいるだけじゃなくて、笑いかけて、好きだって言って…僕の汚いところを『嬉しい』って言うんだ」

「…」

「夢か幻覚か…もう死んでるかの三択でしか説明がつかないと思うんだよね」


 ディードリヒの話し方はなるべく平静を装っているのがわかるが、腰に回された腕の力は段々と増していっている。口では現実を否定しておきながら、体は現実を手放すまいとするように。


「今が信じられないと?」

「そりゃそうでしょ。あんまりにも都合が良すぎるよ、これでも現役で犯罪者なんだよ?」


 それは盗撮のことを指しているのだろうか。

 気づけば当たり前になってしまっているが、本人の言う通り犯罪であることに変わりはないだろう。

 しかしこちらが認知した上で放置しているという現状は、よく考えたらもはや犯罪と言えるのだろうか。


「僕は確かにリリーナが欲しいって言ったし、手放す気なんてさらさらない。でもだからこそ、今はおかしいって思う」

「何がおかしいと?」

「僕はリリーナの全部が欲しいよ。体も、心も、時間も、魂さえ…それを大事に保管して、眺めて、愛して、リリーナがここにいるんだってずっと感じていたい。君のかけらはどんなに小さなたった一つだって取りこぼしたくないよ…でもそういうのは、本当は『気持ち悪い』でしょ?」

「そうですわね」

「リリーナだって、ずっとそう言ってたのに…」


 ディードリヒの言葉を聞きながら、リリーナは彼に何か勘違いをさせてしまっているようだと思い至る。だがこの話に関しては結論が出ているようなもので、ここ最近だけでも似たような話をしているはずなのだが…おそらく彼は今、自分が伝えたかったことと少し違った形でものを捉えているようだ。


「貴方、一つ勘違いをしていませんこと?」

「…何が?」

「貴方の行いは、今でも気持ち悪いですわ」

「え」

「ディードリヒ様、貴方この間私の櫛をくすねたでしょう。お気に入りだったんですのよ」

「う、それは」

「貴方のことですから、私が気に入っているのをわかっていて盗みましたわね? ミソラはそのようなことをしませんもの」


 淡々と指摘するリリーナの視線から瞳を逸らし冷や汗を垂らすディードリヒ。


「それは、なんていうか、すぐ返すつもりだったんだよ? ちょっと髪の匂いが残ってそうだなって思ったらつい…」

「で? まだ返ってきていないのですが? お気に入りなので早く返していただけませんこと?」

「それはそこの引き出しに入ってるからすぐに…ってそうじゃなくて」

「?」


 ディードリヒは眉間に皺を寄せ歯を食いしばるようにして目を閉じる。それから苦渋の決断のように言葉を口にした。


「大事なのは櫛が返ってくるかどうかじゃないと思う!」

「…」


 ディードリヒの叫びに対して敢えて何も返さないリリーナ。ただその瞳はじと…と彼を見ている。


「そもそも僕のやっていることに怒るならともかく、そこから物が返ってくるかどうかは二の次じゃないかな!?」

「わかっているならばやめればいいではありませんか」

「それができないから罪を重ねてるんでしょ!」

「己の脆弱な意志に対して開き直らないでくださいませんこと?」


 自分の意志が脆弱なのをまるで仕方ないとでも言いたげな彼の言葉に眉間の皺が深くなっていく。

 本当に、自分でやったことに自分で罪を感じておきながら開き直らないでほしい。


「一旦その話は置いておくことにしましょう。とにかく、私の言いたいことは今のやりとりに詰まっていますわ」

「どういうこと…?」

「貴方の行いはどこまでいっても気持ち悪いことに変わりありません。ですがそれもまた、貴方が私に示す愛の一つなのでしょう? その強い感情がある限り、私はそれを受け入れますわ」

「…?」


 リリーナの言っていることを、ディードリヒは受け止めきれていないようだ。というか、やはり彼の中では現実味がないのだろう。


「仄暗い目線であろうが、常軌を逸したストーキングであろうが、相手を閉じ込めるほどの執着であろうが…貴方が『私を愛する』ための方法としてここまで用いてきたのですから、単にそれが貴方の愛であるというだけではありませんか。おわかり?」


 リリーナの声音は少し呆れているようなそれではあったが、表情は明るい。ディードリヒはそんな彼女に一瞬呆然とするも、慌てて我を取り戻す。


「いやいやいやいや! それがおかしいて言ってるんだよ!? 普通受け入れられないって!」

「半端に常識人ぶるのはやめてほしいですわ。貴方だって私を普通扱いしないではありませんか」

「そりゃ確かに僕にとってリリーナは唯一無二だからしかたな…ってそうじゃなくて!」

「やかましいですわね…そんなことですから王妃様に『ヘタレ』と罵られるのですわ」


 眉を顰めるリリーナに対して、ディードリヒは横に首を振り続けている。変なところで意固地になられてもリリーナとしては面倒臭い。


「じ、自分でも自分が情けないと思うけど! やっぱりこれは夢だって。リリーナは女神様なのに、こんな僕みたいな…」


 今正に耳に入って言葉に、リリーナの中でプツリと音がした。眉間の皺を極限まで深めた彼女は、てこの原理を利用して相手を押し倒し、逃げられないよう腕を拘束して怒りの籠った視線を向ける。


「あぁだのこうだの言ったところで…貴方はただ、自分の行いに責任を取りたくないだけではなくて?」


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