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“努力”とは才能なのか

 

 

 ********

 

 

「僕、恋愛を描いた舞台って初めて観たんだけど、リリーナはどうだった?」


 観劇後にやってきたディナーの最中ディードリヒの言葉は、リリーナにとって予想外のものであった。

 なにせ今日のデートの行き先を決めたのはディードリヒである。元々デートの予定はディードリヒの予定依存で決まることが多いため、そう考えるとますます今日の演目を選んだ理由がわからない。


「私も…あぁいった内容のものを観るのは初めてでしたので、正直驚いた…といいますか、ディードリヒ様がお選びになるにはやはり、珍しいとは思いましたわ」


 うまく言葉をまとめられないままとりあえずといった感覚で口にすると、ディードリヒは納得したように「あはは」と笑う。


「実はね、平民の真似事がしたかったんだ」

「真似事?」

「とある人から聞いたんだけど、最近の平民はデートの時恋愛映画を見るらしいよ」

「そ、そうなのですか…」

「まぁでも、映画じゃ少し物足りない気がしてさ、そしたら丁度マディに昔読まされた恋愛小説が演目に上がってたから、これにしようと思って」


 平民の真似事とは…リリーナにはまた思い至らなかった。

 だが納得もできる。ディードリヒは刺激というか、エンターテイメント性に富んだことを好むところがあるので、フィルムの向こうを観るだけの映画よりもより臨場感のある演劇を選んだのだろう。

 それにしては、演目に故意的な意図を感じるが。


(…)


 あの演劇の二人の関係性は、自分たちの関係にあまりにも似通っていたように思う。

 殺してしまいたいほど相手に執着を抱きそれに自覚のない男爵と、才能と努力に恵まれたゆえに人間不信に陥った主人公…確かにマディが偶然を疑うのも頷ける。


 ただ、二人の関係性を信じようと踏み出したのは自分で、元々人間不信だったのはディードリヒだ。そう思うと、似ているというよりは自分たちの立場や環境を混ぜこぜにしたようにも感じてしまう。


「半分興味本位でもあったんだよね。あそこの劇団は叙情詩を脚本に起こしたものが多かったから。支配人の女性があの小説の大ファンってことで決まったらしいって聞いて、ちょっと気になって」


 なるほど、少なくとも自分が観劇中に予想していたことの半分は当たっていたようだと内心で納得する。

 支配人がファンだったのであれば、確かに頻度は少なくともそういうことはあるかもしれない。そうだとしても、よく劇にしようと話が決まったものだ…とは思うが。


「個人的な所感としましては、大衆小説では味わえない臨場感のようなものが足されているように感じましたわ」

「僕もそう思った。まさか脚本と役者であんなにも人間ドラマに深みが出るなんてね」


 演劇としてあの作品を見てみると、恋愛作品としては内容に起伏があって恋愛的な人間ドラマだけでない多面的な側面もあり、一風変わった味わいのあるものだった。

 だが、やはり最後は主人公と男爵の会話のみというのも原作通りなのではないだろうか。そうなると、あのシーンはここまでの起伏のなる内容と異なりとても単調で味わいの薄いものになっていただろう。


 それを見応えのあるシーンとして観客に提供できたのはやはり脚本家と演出家、そして役者の連携がなせる技だとリリーナは感じた。


「ただ…」


 ディードリヒはそう述べ、少しばかり言い淀む。

 リリーナが何も言わず彼の言葉を待っていると、ディードリヒは少し自虐的に視線を逸らして感情を言葉にした。


「…僕たちには少し、皮肉が過ぎたかな」

「…」

「作品に罪はないよ。けど、思うところは多かった」

「それは…私も同じですわ」


 もし、ディードリヒが今の強い執着を抱えたまま男爵のように見合う結果を出すことができなかったら?

 そうしたら、今のような関係は築けずリリーナは本当にどこかで死んでいたかもしれない。ディードリヒが恨み辛みとして彼女へ執着を向けるかはともかく、届かないものへの執着は計り知れないほど増していっただろう。


 対して、リリーナが産まれつき才能溢れる女性だったとしたら?

 才能があったとしても、リリーナの生真面目な性格からすれば努力を怠ることはなかったかもしれない。だがそうすれば、物語のようにただひたすらに二人の溝は深まっていっただろう。


 そうなってしまったら、たとえ思いを通じ合わせることができたとしても物語のように幸せに抱き合うことは…できただろうか。

 たまたまあの二人が幸せになれただけであって、心中して終わらないとは誰も言っていない。

 そう思うと、やはり感情としては複雑だ。


「男爵を見ながら、リリーナの才能に強い嫉妬を覚えたの思い出したよ。僕は君に憧れるのと同じだけ、心配するのと同じだけ…嫉妬にだけは蓋をしてここまで来たからね」

「才能など、私にはございませんわ。ですから積み重ねることでしか…」

「その“積み重ね”がね、確かな才能なんだよ」


 ディードリヒの言葉に、思わず目を剥く。

 その言葉はあまりも予想外で、驚いてしまったから。


「自然と努力を重ねることができるって、僕は才能だと思う」

「…」

「目標に向かうのってたくさんの壁があって、それを乗り越えるには途方もないエネルギーを使う…それが努力だよね。でも君はいつだってそれを“そういうものだから”と割り切って次に向かってしまうんだ…僕は君に倣って努力を始めた時、それを嫌というほど痛感したよ」

「…それは」


 言葉を失ったリリーナにとって、“努力”とはそういうものであるとしか言えなかった。

 目の前にある壁を乗り越えることに楽しみを感じたことはない。ただ目の前に壁があるということは、少なくとも目標には届いていないということだ。ならまずは目の前に壁に対処するのが優先的である…そう考えてリリーナは常に行動している。


 それが彼女の“積み重ね”であり、今の自分がここにいる証だ。そして越えるべき壁はきっと死ぬまで存在し続けるだろう。


「だからもっと憧れて、心配も増えて。だから…自分は君に劣っているんだと感じた」

「そのような、ことは」

「もしかしたら君に『頑張らなくていい』って言うのにも、無意識に君が努力をやめたら僕も頑張らなくていいって思えるからかも」


 ディードリヒは少し自虐的に表情を暗くしていく。リリーナは彼の言葉に驚くのと同時に、うまく伝えることのできない感情を抱えた。

 だがリリーナから見れば、ディードリヒが自分を卑下する理由がわからない。彼は自分が見てきた誰よりも努力に結果を出していると言える。


 普段の所作や何気ない会話にもそれは常に現れていて、勿論仕事や公の場の振る舞いに関しては言うまでもない。

 そこに辿り着くまでには途方もない努力が必要だっただろう。それを自分を追いかけるという理由で行えてしまうことは狂気じみているのも事実だが、他人が容易に真似できるものでもない。


 彼に比べたら自分など、こんなに空っぽだというのに。

 誰を追うでもなく、大した目標もなくただ自分を追い詰める人間の、なんと伽藍堂なものだろうか。たとえそれが、今の立場に在るための道筋であったとしても、中身がないことには変わらない。

 それでも彼は、自分が羨ましいと言うのだろうか。何もない、空っぽな自分を。


「…私は、貴方が羨ましいですわ」


 そんなことを考えてしまったらそのまま言葉がこぼれ落ちてしまって、その瞬間“しまった”と口に手を当てる。

 だが慌てて反応を確認した相手は、自分が驚いた時よりずっと驚いたような顔をしてこちらを見ていた。


 そんなに、信じられない言葉を言っただろうか。

 貴方がそこまで驚くなら、もう少し話してみようか…そう思い口を開く。


「私はずっと空っぽでしたもの。貴方のように誰かを焦がれるでもなく、何かしらゴールを設定したわけでもない。ただ目の前にあったことをこなしていただけですわ。褒められなければ価値がないとまで思ったことはございませんが…上を目指して結果の出た瞬間だけが私を安心させてくれるものでもありました」

「…」

「ですがそのような努力は無意味ですわ。努力を重ねるという行為が才能だと言うのならば、そこに意味もつけてくださったら…私は神を信じたかもしれません。今思えば“両親のため”は、少しこじつけがましいですもの」


 デザートに手をつけるためのフォークが止まる。半分程皿に残ったフォレノワールは、かつての残骸だけが残った自分に見えて少し虚しく見えた。


「でもやっぱりリリーナはすごいんだよ。僕は君がいなかったら…」

「私から見ても、それは同じことですわ」

「…?」


 リリーナはディードリヒの言葉を遮るようにして自分の言葉を重ねる。そんな彼女の表情はとても穏やかだが、ディードリヒは言葉の意図が掴めず少し顔を顰めた。


「貴方は、私の努力に意味をくれましたもの」

「意味…?」

「そう。何もなかった私を見て、認めて、愛してくださる人がいた。貴方は私の虚しさに…光をくれました」


 皿に残ったデザートを食べ切ると、流れるように紅茶のカップと入れ替えられる。その紅茶の水面を眺めながら、リリーナは何かを逡巡するように微笑んだ。


「貴方は私が輝いていると言ってくださいました。ですがその輝きはメッキのようなもので、剥がすことなど簡単です」

「メッキなんて、そんなわけないよ」

「いいえ、意味のない努力などハリボテですもの。ですが貴方が与えてくださった光には確かに暖かさがあって、それは私を満たしてくれる…それができる貴方が、私は羨ましい」

「…そんなもの、僕にあるかな」

「ありますわよ。そしてその光が、私だけに向いていることに私は喜びを感じてしまう。その喜びに…私は罪を感じたのですから」


 あの時、自分の矛盾を確かに彼は「嬉しい」と言ったが、リリーナは決して自分を許してはいない。

 どれだけ彼が肯定してくれたとしても、この矛盾は確かに彼を傷つけ、心に要らぬ雑音を挟むとわかっているから。

 それは相手もわかっているはずなのに、やはり彼は「嬉しい」と…なんの迷いもなく言えてしまう。


「他人を愛することもまた、才能なのですわ。特に一人の人間を見返りもなく愛し続けることなど容易ではありません。今でこそ私は貴方を愛していますが、かつての私に恋など…絵空事ですもの」


 全て貴方がくれた。

 自分を取り戻すことの大切さや、弱い自分を受け入れること、見知らぬ誰かの愛を信じることも。

 全て貴方がいたからできた。これは間違いなく全て貴方がくれたもの。


(最初は、このようなことを考えて思いを告げたわけでもないのですが)


 そう、最初は…気がついたらすっかり当たり前になってしまった相手の態度が変わってしまったことに、何か大切なものが欠けてしまったように思えて恐ろしかっただけだった。

 深くものを考えたわけではなく感情的になっていたのは事実で、ただ私を好きだという貴方を信じたかっただけなのに。


「それに、私は以前申しましたわ。私は己の価値に値しない人間をそばには置きません。貴方の努力は、かけらほども卑下する必要などありませんわ」


 それは紛れもない事実で、今もその思いは変わらない。

 ただそれでも、相手の焦がれる感情が言葉の至る所に焼き付いていて、その熱が自分の身を焦がす。その感覚に喜びを覚えた自分を恥じたリリーナはそっと視線を逸らした。


「…あは」

「?」


 止めていた空気が吐き出されたかのような笑い声で視線を戻す。すると相手があまりにも恍惚と笑っていて、少し驚いた。


「本当に、今って夢じゃない?」

「…何が仰りたいんですの?」


 急に何を言い出すかと思えば、そう眉を顰めるリリーナを置いてディードリヒは席を立つ。彼女がその動きに少し驚いていると、彼は流れるように手を差し伸べた。


「ごめんねリリーナ、今日は帰ろう。ちょっとここでは話せないことがあって」

「…? わかりましたわ、貴方がそう仰るのでしたら…」


 少し困惑したままのリリーナがディードリヒの手を取ると、彼は少し足早にレストランを出る。そのまま馬車に乗り込んだ彼は、真っ直ぐ城へ帰るよう侍従に指示を出した。


努力とは才能なのか、と問われれば私は肯定します

三日坊主とはよく言ったもので、続けるとか積み重ねるというのは本当に時間と労力でしか得られないのがしんどいしだるいです

私は積み重ねるということが本当に苦手です。結果がすぐに出ないと嫌だし、長期的に結果が出ましたと言われても目先の評価にとらわれることの方が多いです。我慢強いという言葉は自分から一番遠い言葉だと常に思っています

でも今やってることは努力なんですよ。小説何ヶ月も同じシリーズで書いて、相方と話しながらキャラ深めて話広げて、こうやって読者の方々が一人でも多く読んでくださるのを願いながらこの後書きを書いているのも、結局今日まで続けてきちゃったから努力だし積み重ねなんですよ

こんな感じで「気がついたらここまできてたわ」みたいなことばっかりだったらいいんですが、そうでもないことばっかりでしんどいとしか言いようがない


ですがリリーナってその「しんどい」がないんですよ

「目の前の目標だからやる」くらいの思考で行動できてしまうので、終わりも諦めもないんですよね。ある意味何をしても感情が絡まないので作業と化しているといいますか。そう言う意味だと泥臭く生きてきたのはディードリヒの方だと思います。何度も挫けそうになっても、もしかしたら挫けたことがあっても、リリーナだけを見て這いずってきたのは事実なので


かといって結果に限界があることをリリーナは知っているので「自分には才能がない」と言うわけですね

彼女にとって努力は絵に描いたような泥臭いものを指す言葉で、自分のやっている努力というのはあくまで作業でしかないと無意識に思っているのでしょう。いろんなところからやっかまれそうな女ですね、特にそれで結果が出てしまってるところとか

だからこそ、ここまでの積み重ねが自分のやってきたことだという感情もまた、彼女の努力の裏表です

そしてその結果、狂気の努力モンスターが生まれたわけです。そしてそのエンジンは未だオーバーホールを知りません

ディードリヒくん頑張って


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