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まさかこんなことになるなんて!(2)

 

 ***

 

「ダイエット?」


 一先ずリリーナの部屋にて二人から事情を聞いたディードリヒは、驚きのあまり眉を顰める。

 ただし彼が持ってきた茶菓子は事情説明への代償として侍女二人に持って行かれた。


「なんていうか…リリーナ様的には体重そのものより太ったって事実がショックだったみたいですよ」

「リリーナ様は体型維持に非常に気を遣っておられますので、ある意味彼女らしいかと」


 体型維持はリリーナが日常的に気をつけている部分の一つである。ドレスの採寸や着付けに直結して関わってくるからだ。

 いかに裕福な貴族であろうと、一度着た程度でドレスを廃棄したりはしない。必要な場面で新調することは勿論あるが、場面によってはかつて纏ったドレスを使用する機会も多くある。


 なので、体型維持をしておくとドレスの使い回しがしやすいのだ。どうしようもない場合には多少手を加えるが、基本的にリリーナは二年程度前のものであればすんなりと着ることができる。それ以前のものとなると、身長の問題が出てくるのでどうしようもないが。


「そんな…少し体重が増えたくらいのことなんて気にしなくていいのに」

「女性は気にするものですよ。むくみ一つで印象変わりますからね」


 なんて言いながらファリカは呑気に紅茶を飲み下しているが、向かいのソファに座るディードリヒは何やら残念そうな表情。


「無理しなくても、少しお肉がついてるくらいが触り心地がいいのに…」

「うわ気持ち悪っ! それ絶対リリーナ様の前で言わないでくださいね。殺されますよ」

「発言に気を遣えないほど馬鹿だったとは…」


 ディードリヒの発言にかなり引いている侍女二人の発言を彼が気にしたような様子はない。どころかまだ彼の言葉は続く。


「だってそうだろ、リリーナは今の引き締まった感じも捨て難いけど、女の子らしい体型も捨て難い…」

「殿下って私たちのこと女って思ってないですよね」

「ファリカさんは私と違って馬鹿の発言に慣れていないのですから口を慎んでください馬鹿」


 呆れるファリカと憤るミソラ。目の前にいる変態野郎に叱咤してくれるミソラには申し訳ないが、自分はもうだいぶこの救いようのない発言の数々に慣れつつある…とファリカは内心で自白する。


 恐らくではあるが、ディードリヒの中でまともな“女性”とカウントされているのはリリーナだけなのではないだろうか。他の女性は、なんというか…生物学上は女性であるが、まともに女性として扱われるかは別、という感じ。


 これが事実だとしたら、特にミソラから見ると彼は本当に救いようがない。脳みその作りがどこかでイかれてしまったのだろう。


「ていうかリリーナ様の体にべたべた触ってるんですか? うわぁ…」

「? そんなことしなくても少し抱きしめたらわかるだろ」

「…」


 おかしい、確かにそうファリカは感じた。

 自分は確かに当たり前の反応として「気持ち悪い」と言ったはずなのに、発言に対して「何言ってるんだ?」みたいな反応をされる謂れはない。そもそも少し抱きしめた程度で相手の体型を把握するのはやはり気持ち悪いと思い至ったが、もう言うのも面倒なので黙った。


 かといってディードリヒもリリーナの体を「触っていない」とは言っていない。ついこの間の騒ぎの後も“お仕置き”と称してあちこち触り倒し、首筋や頸をはじめとしたドレスから垣間見える肌にキスをして大層味わった後である。リリーナがされる“お仕置き”など、大概似たようなことをされているが。


「ミソラさん、リリーナ様に貞操の危機が迫ってませんか…?」

「そこまで馬鹿ではないはず…いえそうでもないですね、暫くリリーナ様に近寄らないでください。というか一生近寄らないでください」

「僕にもその程度の理性はあるから」


 向けられた発言に顔を顰めるディードリヒだが、侍女二人からは疑念の目しか返ってこない。言うまでもなくこの反応は自業自得だろう。そしてこの男のこういった行動と言動はいつものことなので、彼女らから向けられる視線の種類が変わることも早々ないのではないだろうか。


「…リリーナを傷つけるようなことするわけないだろ。ていうかそういうのはタイミングが大事なんだよ、それこそ結婚した後とかな」

「え…殿下がまともなこと言ってる…」

「夢でしょうか、ファリカさん」

「お前らは本当に僕をなんだと思ってるんだ…」

「「犯罪者」」

「…」


 ぐぅの音もでない…と、何度言っただろう。だが今回も確実にその言葉が適当であると言える。

 こればかりはディードリヒに返せる言葉は存在しない。


「とにかく、リリーナにすぐ手を出したりはしない。今はもうその辺和解してるんだから」

「でもトラウマ刻みつけたいとかは思ってそう」

「…」


 ファリカの偏見に満ちた一言に、そっと視線を逸らすディードリヒ。


「そこは嘘でも否定してくださいよ…」

「冗談だよ。僕の趣味はそういう方向じゃない」

「それは、詳しく聞きたいような聞きたくないような…」


 好奇心と藪蛇の間で若干葛藤するファリカ。絶対に聞いたら後悔すると頭ではわかっているのに、ディードリヒがリリーナに何をしようというのか…気にってしまう。彼は一体リリーナに何をして、結果的に彼女をどうしたいのだろうか。


 だがどちらにせよ今広げる話でもないと判断したファリカは、話題を切り替えようと口を開く。


「でもまぁ、話戻すとリリーナ様の気持ちってわかりますけどね。基本的にオーダーメイドで作ってる服って、体型変わるとモロにでますもん」

「…まぁ、そういうものだな」

「身に覚えがあるんですか?」

「子供の頃のことだ。背が伸びるとすぐに服が合わなくなるからな」

「確かに男の人はそういうのも大変らしいですよね…。でも、殿下は太ったりとかってないんですか?」


 ファリカの何気ない質問に、ディードリヒは顎に手を添え少し考えるような仕草をとる。


「特に思い当たる節はないな。甘いものは食べれはするがすすんで手を付けることはないし、食事にこだわりがあるわけでもない。いやでも体を動かさないといけないのは今も昔も変わらないしな」

「えぇ、それって生きてくことにこだわりがないみたいなこと言ってません…? なんかないんですか、こだわってること」

「リリーナをどうやって追いかけ続けるか」

「…訊くんじゃなかった」


 返ってきた返答に心底ため息をつく。そうだった、こういう人間だったこの変態は。

 つい今し方もその狂った発言に付き合わされたばかりだというのに、自ら墓穴を掘ってしまうとは我ながらなんと愚かな。


「まだ続けているのですか、トレーニングは」

「一応な。鈍ると馬に乗れなくなる」


 ディードリヒの趣味の中には乗馬が含まれている。馬に乗るためにはそれなりの筋力と体力が必要だ。

 そして少し前に起きたラインハートの一件のせいで、あれから騎士団長であるケーニッヒが彼を見つけると演習場へ拉致するようになってしまい、ディードリヒは心底疲弊を重ねている。


 仕事の隙間に無理やり剣術について扱かれるのは当然疲れるが、何よりリリーナとの時間が加速度的に減っているのが主な原因だ。リリーナも時間が合えば顔を見せにきてくれるが、そもそも二人の時間が必要なのでこのままでは精神的に死んでしまいかねない。


「まぁとにかく、そっとしといてあげてくださいよ。今回ばかりは声をかけるのもやめてください」

「応援くらいはしたいものだけど」

「デリカシーない。好きな男の人にダイエット応援されるとか、相手から見ても太ってるって言われてるみたいで最悪ですからね」

「そう思われるのは嫌だな…」


 珍しくファリカの言葉を素直に聞き入れるディードリヒ。

 ファリカの発言が全ての女性に当てはまるかは別だが、少なくともリリーナが急にそんな話をされたら卒倒すると思われるので、あながち間違ってはいない。


「リリーナ様の運動メニューについてはこちらで管理いたします。無理はさせませんのでご安心を」

「わかった…その辺はお前の方が適しているからな」

「一先ずディードリヒ様にはあまり深く気に留めず過ごしていただくのが一番かと。今説明しているのも単にことが拗れるのを防ぐためのものですので」


 ミソラの声にはすっかり表情がなく、淡々としている。基本的に彼女の話し方というのはこの姿なのだが、リリーナを揶揄う時やディードリヒが馬鹿をやらかした時などに感情を表す。


「単純に状況説明だけなら茶菓子を強奪する必要はなかっただろ。焼き菓子だったから暫く保存できたのに」

「もう食べちゃいましたもん」

「真実には代償が必要です」

「…」


 ディードリヒは眉間に深く皺を寄せながらため息を一つ。無礼な部下ほど信頼できるとはどういうことなのか。


「二人がそこまで言うならとりあえず僕は触れないでおくよ…仕方ない」

「ものわかりがいいですね」

「言っただろ、リリーナに嫌われたくないからな」

「今までの行いで嫌われてないの奇跡だと思った方がいいですよ」

「その辺の線引きはわかっててやってるから」

「うわぁ…確信犯だ…」


 ファリカはまた一つディードリヒを気持ち悪いと思った。


「とにかく忠告はしましたからね。リリーナ様に下手なこと言わないでくださいよ」

「わかってるよ…僕は仕事に戻る」


 ディードリヒは呆れた様子で立ち上がると、二人に見送られ部屋を出ていく。


「…珍しく大人しかったですね。気持ち悪いのは変わらなかったですけど」

「リリーナ様がいませんので、そういうものでしょう」

「本当にリリーナ様以外でテンション上げないんだあの人…」

「本来はお静かな方です。お一人でいる方が気が楽な様子が多い方なので」

「ちょっと意外…」

「人間とは多面的なものですよ」


 ミソラはそう言うと、ソファの方へ戻って行った。ファリカはその後を追いながら、一人でいる時のディードリヒ、という想像がつくようなつかないようなものについて考え始める。


 だが自分にはわからない側面も多いのだろう、とそこで考えるのをやめた。少しばかり興味がある程度でしかない物事に時間を使っても無駄なことだし、そもそもディードリヒ自身にファリカは知人以上の興味はない。


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