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この喜びは、認めてはいけない罪だ(2)


「…っ色ボケ程度で君を殺そうとするわけないだろ!」

「!」


 何かが破裂したように叫ぶディードリヒに怯むリリーナ。彼女は一度言葉を無くし、ディードリヒは言葉を続ける。


「僕はいつだって考えてる、どうしたら君を綺麗に殺すことができるかって。首を絞めたら跡が残るし、刃物は傷が残る。毒を入れたら最後に食べたりできないし、溺死は皮膚が膨張して綺麗な死体にならないんだよ」

「…!」

「僕は、君が僕の元からいなくなるくらいなら殺してでも手元に置いてみせる。ものを言えなんてわがまま言わないから、ただ君が、どうしたら一生ここにいてくれるかってずっと考えてるのに!」


 相変わらず彼の発言は飛躍的で狂気じみている。

 本人が結果的に実行するかは別として、故意に綺麗な死体を作ろうなど簡単ではないだろうに。

 そして自分のどこにも、もうそんなことをしてもらえる価値は感じられない。


「綺麗なだけの君なんてもうとっくに要らない。僕を利用したいならいくらしてくれてもいい。そんなことで君がここにいてくれるなら他に何も要らないよ」

「…それは駄目でしょう。貴方も人でしてよ」

「ほらそうやって、すぐ他人に目が行ってさ。君は自分のハードルばっかり上げて自分を見下すんだ。そんなことしなくても君は僕のことちゃんと考えてくれてるのに、僕を受け入れてくれてるのに」


 必死に訴える彼の声は今にも泣いてしまいそうなほど張り詰めているというのに、いつものような子供じみた側面が感じられなかった。その姿は、リリーナにとって少し不思議に感じられる。


 だが本当に自分は彼を受け入れていると言えるのだろうか。彼を幸せにしたいのはあくまで自分の傲慢でしかなく、まして彼の願いをそのままの形で叶えられているわけでもないというのに。


「リリーナは言ってくれたよね、『誰が見ても僕が幸せであるようにする』って。僕はそれが嬉しかったんだ。そして今『僕の願いを叶えたい』とも言ってくれた…リリーナは、こんなに僕を愛してくれてるんだよ」

「えぇ…愛してますとも」


 日毎、一秒ごとに自分が作り変えられていくのを感じるほどには、それを喜んで受け入れるほどには、貴方を愛している自覚がある。


「こんな、汚い僕を愛してくれるのにましてや嬉しいって? 夢じゃないこれ? 本当に現実でリリーナが言ってる? それなのに手放すとか…何を考えたらそんな冗談が思いつくの?」


 ギリギリと、掴まれたままの手首に更に力がこもっていく。漸く痛みを感じ始めたその感覚に嬉しさを感じてしまったことをリリーナはまたひとつ恥じた。


「僕が君を手放すわけないだろ、信じてくれないならわからせるよ。本当に僕にしか会えないようにして、閉じ込めて、わかってもらえるまで…専用の部屋なんて君がここに来る前には作ってあるんだから」


 ディードリヒの最初の計画では、リリーナを攫い服従させ、抵抗できないようにしてから自国の人間には“病弱”と説明して本人の意思を介在させないまま結婚まで持っていくつもりであったのだが、イレギュラーがいくつも重なり今に至る。


 城のある一角に作られた部屋はリリーナが屋敷にて監禁されていた際の部屋とよく似た作りで、風呂とトイレが併設され外鍵でしか施錠ができない。ただ違う点があるとすれば、屋敷の部屋のような窓は存在せず、本当に会うことのできる人間はディードリヒだけに変わっていっただろう。


 とは言ってもディードリヒの秘密をディアナは知っていたわけで、彼がなんの障害もなく本来の計画を実行できたかはわからないが。


「僕はリリーナが好きだよ。どんな君でも愛してることに嘘なんてない。だってリリーナは汚くて、情けなくて、君に縋らないと生きていけない僕を受け入れてくれたんだから。そうでなくたって、ずっとずっと追いかけてきたのに」

「…」

「なのにどうして僕から離れて行こうとするの…もう君はここにいるのに、僕を好きだって言ってくれるのに…」


 ぐしゃにぐしゃになった顔の彼は、声は、体は、まるでリリーナに全身で縋り付いているようだ。いや、縋り付いているのだとリリーナにはわかる。

 強い痛みを訴えている手首が、はっきりとそれを証明しているのだから。


「好き…」

「…」

「好きだよリリーナ。ねぇ…何回言ったらわかってくれる? 何回でもいいよ、君が不安になったりしないように、僕が君を捨てないって信じてくれるまで何度だって」


 段々と大きくなっていく彼の声に、リリーナが自分の声を被せる。


「わかっていますわ、貴方がそういう方なのは。だから私は貴方を愛していて、自分が許せないのです」

「…それは、どういう」


 言葉を遮られて少し冷静になったのか一度静かになった彼の問いに、リリーナは悔しさに歪んだ表情で答えを返した。


「…貴方は、やっていることがおかしいだけで、感情はいつもまっすぐで。それなのに私は、そんな貴方のことを」


 あぁ言いながら泣きそうになっている。なんて情けないことだろう。

 必死に泣かないよう眉間に力を込めるリリーナ。だがそれでも少しずつ間隔の開いていく彼女の言葉にディードリヒは、


「もう! そういうところ!」


 彼女が言葉を言い切らないうちに頬を優しく抓った。


「なんのために僕が何度も『頑張らないで』って言ったと思ってるの!? リリーナがそうやってすぐ自分を追い詰めるからでしょ!」

「ふぇ…」


 急なことに驚いてしまい、思わず妙な声が出てしまったリリーナ。対してディードリヒは、やはり泣きそうな顔のままとてつもなく怒っている。


「僕にとっては許すとかなんとかはないから! 僕は利用されたっていいんだよ。リリーナがこんな僕でも好きだって言ってくれたんだからそれ以上なんてない」

「ですが」

「ないったらないから! 僕がいいって言ったらそれで終わり!」

「…」


 ディードリヒの言葉に対してリリーナはなんとも不服そうだ。組み敷かれたまま眉間に皺を寄せる彼女にディードリヒは畳み掛ける。


「そんな不服そうな顔してもだめ! リリーナは恋に夢見過ぎだから!」

「な…! 何を根拠にそんなことを!」

「恋愛だって人間関係なんだから綺麗なことで終わらないよ! 僕が言うのもなんだけど、っていうか僕を見て夢みてられるリリーナってちょっとおかしいからね!?」

「おかしいの塊のような方に言われたくありませんわ!」


 全く何を根拠にディードリヒは自分が恋に夢を見ているなどと言えるのだろうか。恋に夢を見ているのなら、こんな異常者と婚約まで進んだりはしないというのに。


「だって僕がいいって…普通おかしいよ。君をストーカーしてるような男なんだからさ…」

「自分で言っていて勝手に萎れないでくださる?」


 自分から自虐をしておきながら勝手に萎れていくディードリヒに思わず苦言を呈してしまうリリーナ。やはりなんというか、彼は見ていて呆れ返る男である。


「自覚はあるんだよこれでも。やめられないだけで」

「救いようがありませんわね…」

「仕方ないよね、リリーナが綺麗だから」

「他責思考は嫌われますわよ」


 全くもって責任転嫁もいいところだ。

 自分は自分なりに生きてきただけだというのに、何があったらストーカーに「仕方ない」などと言われなくてはいけないのか。

 だがそれ以上の問題がある。


「…そういった行いは、私がつけあがるだけですわ」

「どんどんつけ上がって欲しいなぁ」

「なんですのその物言いは…変態ですか、貴方は」

「そうだけど?」

「…」


 リリーナは再び眉間に皺を寄せた。今回は不服ではない、当たり前のように開き直るディードリヒに向かって確かな怒りを示している。


「そもそも世界で僕だけが、リリーナがわかってくれるくらいリリーナを愛してて、そのヘドロみたいな感情まで君は愛してくれてる…それ以上のことってある? ないよね!」

「…貴方は本当にそれでよろしいんですの?」

「何か問題なんてあったっけ?」

「私の発言は明らかに矛盾しているといいますのに…」

「そんなのどうでもいいよ」

「え?」


 思わず困惑するリリーナに、ディードリヒの光の消えた瞳が向く。

 彼はその姿に動揺するリリーナを眺めながら、そっと彼女の頬を撫でた。


「そもそも、リリーナが気にしてることは最初から意味がないんだよ。僕にとってはいいことしかないんだから」

「そのようには感じませんが…」


 それでも渋るリリーナにディードリヒの顔が近づいてくる。キスが降ってくるのかと身構えたリリーナの予想は外れ、互いの額が優しくぶつかり合う。そのせいであの瞳に自分の視界を埋められてしまって心臓が鳴った。


「だってリリーナは今の僕も好きなんだもんね?」

「!?」

「あはは、慌ててる。可愛いなぁ」


 予想外の一言に目を剥くリリーナ。ディードリヒはその姿を楽しむように軽く笑う。


「な…貴方、まさかわざとやっていたんですの!?」

「できないわけないよ。普段抑えてるんだから気持ちの問題だし」

「それは…今まで私の感情に気づいていて放置していたと?」


 怪訝な表情を見せるリリーナに、ディードリヒは軽く首を横に振ると顔を離した。


「まさか。少なくともリリーナがこっちの僕も好きになってくれるなんて夢にも思ってなかったよ。許容してくれてるのはわかってたけどね」

「…っ」


 なんとも悔しい思いである。相手をつけあがらせてはいけないと何度も自分に言い聞かせていたというのに、夢にも思っていないような事態など起こしてしまったら加速度的にディードリヒは調子に乗るに違いない。

 そしてディードリヒは悔しそうに顔を赤くする彼女を見てご満悦に笑うのだ。


「いつからこっちの僕も好きになってくれたの?」


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