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いたずらされたお出迎え(1)

 

 

 ********

 

 

 それは、ディードリヒが城へ向かった大雨とは正反対の、晴天の午前。


「ただいま、リリーナ…?」

「お、おかえりなさいませ…」


 屋敷の玄関前にてディードリヒが見たものは、何故かメイド服のリリーナの姿であった。


「ちょっとこっち来ようか」

「えっ!?」


 瞬時に何かを判断したディードリヒはリリーナを姫抱きにするとそのまま屋敷の中へ入っていく。


「ちょっと、離しなさい!」


 羞恥に身を焼くリリーナを横目に満面の笑みで向かっていった先は彼女の部屋。道中誰かが助けてくれるわけでもなく、暴れたところで相手が喜ぶだけであった。


「離してくださいませ…!」

「あぁっ、これがリリーナの平手…力がない! かわいい! かわいいねリリーナ!」

「ひいぃ! 喜ばないでくださいませ!」


 喜ぶ相手に怖気が立つ感覚はいっそ懐かしくすらある。ディードリヒはかれこれ二週間屋敷を留守にしていたのだから。


 半ば諦め気味に部屋に運ばれて、中のソファに相手が腰掛けたと思ったら、当たり前のように自分が膝に乗っていた。


「どういうことなんですの! これは!」


 赤い顔を覆い少しでも恥ずかしい今を見られないようにしてはいるが、服装は丸出しな上覆っていた手もあっさりこじ開けられてしまい視線を逸らすので彼女は今一杯一杯になっている。


「…」

「どうしたの? こんなにかわいい格好して」

「かわ…メイド服にまで劣情を催すだなんて手の施しようがありませんわね」


 メイド服とは本来異性を拐かす要素を排除した作業着であるため、それを思い出してしまうとやはり相手は変態なのかとリリーナは少し嫌悪した。


「まさか、リリーナが着てるから可愛いんじゃないか」

「!」

「僕にそんな変態趣味はないから安心して?」

「普段の行いを振り返ることができるようになったら考えて差し上げないこともありませんわ」


 一瞬、一瞬だけ“自分だから”という言葉に嬉しくなりかけた自分を恥じる。たとえメイド服に欲情するような人間でなくても、相手が救いようのない人物だということを忘れかけていた。現実はいつだってそれを思い出させてくれる。


 しかし相手はめげなかった。


「そんなことよりもさ、『ご主人様』とは呼んでくれないの?」


 確かに主従関係と言えばある意味お約束ではあるが、自分が何を言っているのか理解しているのだろうか、この王太子は。


「私が貴方に下げる頭などありませんわ」

「えー…僕だって王太子殿下なのに?」

「何を言っていますの? 今の私たちに立場など意味がないでしょう」


 むくれるディードリヒにリリーナは“当たり前”と言わんばかりの顔をする。


「え?」

「“立場の向こう側を見てほしい”と言ったのは貴方ではありませんか。そうであるならば主従関係は対等と言えるのかしら?」

「…!」


 リリーナの発言にディードリヒは驚きと喜びを同量で心に満たした。言葉にせずとも感情を示してくるディードリヒの表情にリリーナは少しばかり動揺する。


「な、なんですのその顔は」


 瞳を煌めかせまっすぐ感情を向けてくるディードリヒを見ていると、リリーナは複雑な気分になってしまう。


(こういう素直なところは、嫌いではないのですけれど)


 ディードリヒはどうにも素直が過ぎるところがある。

 相手の目に自分がどう映っているのかは定かでないが、ディードリヒが以前自分を“大層な人間ではない”と言ったように、自分もまた、自分で言うほど他人に称賛されるような人間ではないとどこかで考えてしまう。

 

 気高くあろうと努めるのと、実際それを成せているかは別のことで、彼女から見れば自分はまだまだ努力が足りないとわかっている。だからこそ、彼の言う過大評価がまた自分の感じる自分の評価と噛み合わなくて少し困ってしまうのだ。


 それを差し引いたところで匂いがどうだの涙を舐めたいだのといった発言はありふれた感情として気持ち悪いが。


「リリーナ!」


 相手が自分を抱きしめようと腕を広げてきたが、膝に乗せられた段階で逃げられないと諦めて受け入れた。こういうところから慣れとは始まり、やがて本来持つべき警戒心が薄れていくのだろうと再び思ってしまい悲しみを抱える。


「…なんですの」


 こちらが呆れ気味に返事をしても、相手は気にしないと言わんばかりの弾んだ声で返してきた。


「今僕らが対等ってことは、僕はいくらでもリリーナを好きでいていいってことだよね!」

「そんなことは言ってませんわ!」

「けちー」

 

 再びむくれる相手から顔を背ける。自分でもどうとは言えないが、なんだが顔が赤いような気がしてしまった。そんな姿は見せたくない、相手を調子づかせてしまう。


「そ、それとこれとは別に決まっているでしょう」

「いいんだよ? 僕がいない間寂しかったって素直に言ってくれても」

「貴方がいない間とても平和でしたわ」


 何が寂しかったものか、とつい考えてしまった。怪我さえ治れば自由で、変態に追いかけ回されたりベッドに潜り込まれる心配もしなくていい上、自分の研磨に努めることができたこの期間を素晴らしいと言わずしてなんと言おう。


(まぁ、喧しいのがいなくて少しだけ寂しかったとは…絶対に言いませんけれど)


 何が相手を調子づかせるかわからない。

 しかしそこで、気持ちを引き締めるリリーナの不意を突くように、死角から囁きが聞こえた。


「僕は寂しかったよ」

「!」

「朝も昼も夜も、どこにもリリーナがいないんだ。城を歩き回っても、やっぱり君はいなくて…気が狂いそうだった」

「…っ」


 不意を突かれたせいか、それとも囁く声が魅力的なのか、心臓が加速度的に高鳴ってくる。不意を突かれたせいだと自分に言い聞かせてその場を乗り切ろうとするも、主張する心臓までは隠しきれそうになく気付かれないように祈った。


「僕の気持ち、こんなに伝えてるのに…リリーナはそんなに僕が嫌い?」

「そ、それは…」


 どうして自分はここで言い淀んでしまったのか、わからない。はっきり言ってしまえばいいのだ、相手に興味もないと。わかっているのに。


(確かに、恩は感じていますけれど…)


 そうでなくても自分に素直な好意を向けてくれているのは嬉しいもので、相手の過剰な行動さえなければ、本来少しは考えないこともなかったのだ。


 見た目も良く、自分と見合う以上の立場なのは勿論のこと、自分だけだと言ってくれる情熱的な部分や素直な言動は…嫌いとは言い難い。かといって好きかと言われると、数々の被害を思い出して素直にそうとは言えないのも事実。


「…っ」


 それでも、考えれば考えるだけ顔が熱くなっていく。



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